粘りが命、だけど命取り
食べることは生きること。何も食べずに生きていくことなどできはしない。
しかし、食べた結果命を落とすようなことがあっては死んでも死にきれない。喉に詰まらせないよう、落ち着いてゆっくり食べよう。
新しい年を祝う風習というものは、形こそ違ってもどこの国にもあるみたい。吸血種たちの新年は、お気に入りの血を持った人間を誘拐してきて、死なないギリギリまで血を絞ることから始まる。おかげでどこもかしこも吸血種に対する備えをしていて、心穏やかに過ごせた記憶がまるでない。
私たちはケンさんの国の風習に倣って、年越しそばを食べることにした。細く長く生きられるようにって意味らしいんだけど、人間の1年って吸血種に換算したら100年くらいになるから、私にはあんまり関係ない話だ。
そうやって新年を迎えてからは、ケンさんと一緒にお餅をついて過ごしていた。お客さんに出すものじゃなくて、ケンさんが食べる用のお餅だ。いろんな食べ方を教えてもらったけど、砂糖醤油につけて食べるのが私のお気に入りだ。
「さてと、今日から営業再開だ。今年もよろしく頼むぜ。」
「こちらこそ、よろしくお願いします。」
年が明けてから1週間、2人でひたすらだらだらと過ごしてきた。寝正月って言うらしい。とはいっても、食べるものを取りに出ることもあったし、完全にだらけていたわけでもない。今日からお仕事モードでまたがんばろう。
「つっても客もそんな来ねぇんだけどな。」
王都周辺では新年のお祝いは盛大にするせいもあって、食事も普段と違って豪華なものになりやすい。散財した分、お財布の紐が固くなりがちで外食の機会が少なくなっちゃうのが恒例だ。食べ過ぎで体重を気にする人がちらほらいることも、敬遠される要因になっている。
「ジャンクフード目当ての人なら結構見ますよね。」
「いいもんばっか食ってた反動だな。それに結局は安っぽいもんが落ち着くんだよ、身の丈にあったもんが1番だ。」
そういうケンさんの食事はというと、お重にいろいろな料理が少しずつ入った、見た目も華やかで手の込んだものだった。何でも1つ1つに願いが込められているらしいんだけど、どうにも数が多すぎてあんまり覚えていない。何となく私には無縁の願いだったような気はしている。
「それはそうと、お餅結構余りましたね。」
「ああ、そいつはまだ食わねぇやつだ。鏡開きまでそのまま飾っとくんだよ。」
ケンさんの国の習わしみたいだけど、どうしてこんなにも食べ物絡みの話が多いんだろう。たぶん私が知らないだけで、食べ物以外の話もたくさんあるんだろうけど。
「ハッピーニューイヤーですわ!」
「今年の客1号はお前か、サーシャ。」
いつもの黒ずくめの服装とは打って変わって、かなり明るい色合いの、極東の伝統衣装を着てきたサーシャさん。なんだか東洋風のビスクドールみたいだ。
「さぁケン様、おみくじの代わりにこちらを思い切り引いてくださいまし。」
「何に影響されたか知らんが、着物はそういうもんじゃねぇよ。」
よいではないか、よいではないか・・・って、よいわけないじゃない。ああいうのはもっと悪そうな人がやってこそ。ケンさんも愛想はいい方じゃないかもしれないけど、隠しきれない世話焼きの気配のおかげで悪い印象は受けない。
「今年のケン様もクールで素敵ですわ。」
「そうかい、用はそれだけか?」
クールじゃなくて、ただ冷たいだけじゃないかなぁ。まともに取り合うのも面倒だって顔に書いてある。
「わたくし、面白い情報を手に入れましたの。」
「もう嫌な予感がするんですが・・・。」
「そうだな。まぁ、一応聞くだけ聞いてやる。」
「ライスケーキという食べ物が多くの人の命を奪っているという話ですわ。死術の研究に役立てたいので、是非とも味わってみたいのです。」
「やっぱりロクでもねぇ話じゃねぇか。」
ライスケーキ、つまりお餅ってことだよね。別に毒があるわけでもないし、この辺りじゃ珍しいっていっても奪い合うほど希少価値があるわけでもない。それなのに人が死ぬってどういうことなんだろう。
「お前は若いから実感ねぇかもしれんが、喉に詰まるんだよ。俺も結構気ぃ遣って食ってんだ。」
「実年齢で言えば貴女の方が上でしょう? 若く見積もっても1700ほどではありませんこと?」
「に、人間で言えばまだ18か19ですから・・・。」
「そういうお前も年齢不詳だぞ、サーシャ。」
「うふふふ、そこは乙女の秘密ですわ。」
歳の話はやめよう。薮をつついて出てくるのが蛇とは限らない。もっと恐ろしいものが出てくる確率の方が高い話題だ。
お餅なら今も飾ってあるけど、あれはまだだって話だし、改めて取りに行かないと。苦労することもなかったし、新年最初のお仕事、肩慣らしにはちょうどいいかな。
年が明ける前にも来た、もち米栽培用の水田。何でもケンさんがわざわざ開拓して作ったらしい。そうまでしてお餅が食べたかったみたい。いろいろとおかしな世界なだけあって、適当に苗を植えたらいつの間にか実っているという、ものすごく楽ちんな田んぼなんだって。そのせいか、もう田んぼに水は張っていない。
「この前来たばかりなのに、もう収穫できそうですね。」
「そうだな。さっさと刈り取るとするか。」
何があるか分かっているときは血を流す必要もなくて助かる。今日は持ってきた鎌を使って収穫だ。
それじゃあ早速・・・と思ったんだけど、何だか足が重たくて進めない。一体何が・・・?
「何ですかこれ。すっごいネバネバしますぅ・・・。」
「こいつぁトリモチだな。何だってこんなとこにあるんだ?」
普通のトリモチと比べてもかなり強い粘着力だ。私の力じゃないと引き剥がせないくらいには強力だ。先に脱出してから、ケンさんを救出しよう。
「はぁ、この前は何ともなかったのに、どうしたんでしょうね。」
「さぁな、こんなのは俺も初めてだ。見当もつかん。」
何があったのかを調べたいところだけど、歩き回ってまたくっついても大変だ。収穫を済ませてお米をしまってから調べよう。イタズラ好きな魔物でもいるのかもしれない。
「あっ!」
「どうした?」
「お米が、食べられてます!!」
稲穂を見てみると、ところどころお米が食べられてしまって、ボロボロになっている。無事なものもあるけれど、ちょっとずつ食べて新しいものに手を付けてを繰り返した様子がうかがえる。
食害に遭った私たちをあざ笑うように頭上を飛び回るスズメたち。どう見ても犯人はこの鳥たちだ。
「よく見たらあいつらモチモチしてんな。とっ捕まえてついてみるか。案外いい餅になるかもしれん。」
「それ、本気で言ってます?」
「おう。」
随分と猟奇的なことを言い出したなぁ・・・。冗談で言っているわけでもなさそうだ。
私たちの怪しげな気配を察知したのか、頭上を旋回していたスズメたちが飛び去っていった。それでも目の届くところの木に止まっているあたり、煽るのをやめる気はないみたいだ。鳥のくせに性格が悪い。
あの鳥たちが本当にお餅みたいなら棒で叩けばくっついてくれるはずだ。ちょうど手頃な長さの棒があるから、これで狙ってみよう。それじゃあこっそりと近づいて・・・。
「くそっ、何だってこんなとこにもトリモチがあるんだよ!?」
「さっきまでなかったはずなのに・・・。」
2人でトリモチに足を取られ、バランスを崩して手をついた先にもトリモチ。近づくどころじゃない。何か手を打たないと全身トリモチでベタベタになっちゃう。そんな私たちを嘲るように囀る小鳥たち。本当に人を小馬鹿にするのがうまい。
「どこにトリモチがあるのかだけでも分かりゃいいんだがな。」
「新年にふさわしくない光景でもいいならできますよ?」
「何でもいい、やってくれ。」
「それじゃあさっくりといきますね。」
さっくりと太ももの内側を切り裂く。最初のお仕事がスプラッタなのはいかがなものかと思わなくもない。でも白いトリモチと赤い鮮血で色合いだけならおめでたいかも?
この大量の血を薄く広く伸ばしていって、トリモチがあるところをあぶり出す。赤い絨毯の上に白い斑点が浮かび上がって、安全な場所とそうでない場所が一目瞭然だ。
「私はこのまま血を操るんで、捕まえてきてください。」
「おう、任せとけ。」
赤いところを辿って鳥を追いかけるケンさん。逃げながら白いエリアを増やすスズメたち。なるほど、いつの間にか増えていたトリモチの正体はあの鳥たちのフンだったのかぁ。気がついたらあちこちにばら撒かれているのも納得だ。
「捕まえたぜ。」
「早くないです?」
「煽ってくる割に煽り耐性ねぇのな。ちょっとおちょくってやったらこの通りよ。」
棒の先っぽにくっついた2羽のスズメたち。モチモチが災いして、お互いに離れられなくなったみたい。早速持ち帰ってお餅になってもらおう。
餅つきをする前に鳥たちの下処理をと思っていたんだけど、ケンさんの思いつきでそのままつくことになってしまった。
「フンも餅だったんなら、内臓とかも全部餅だろうな。このままやっちまおうぜ。」
「ついた瞬間にグチャっと骨が飛び出すとか、血しぶきが上がるとか嫌ですよ?」
「さっき血の海作ってた奴がそれ言うか?」
「それとこれとは話が違いますよ。」
結局ケンさんに押し切られる形で餅つき大会が始まった。どうか普通の餅つきと同じように終わりますように。
「幼気な鳥を食べようとする奴らがいるんですよ~。」「な~に~!? やっちまったなぁ!」「男は黙って。」「見逃せ。」「男は黙って。」「見逃せ。」「助けてくださいよ~。」
「女もいるんだが?」
「容赦ないですね・・・。」
命乞いを華麗に無視してつき始めたケンさん。どうやら鳥っぽい軟体動物みたいで、心配していたグロ注意な展開にはならなかった。だんだん普通のお餅みたいになってきた。
「ま、こんなもんだろ。」
「意外ときれいなお餅になりましたね。」
食べやすい大きさに切り分けたら、形を整えて炭火で軽く焼き目がつくまで焼いて出来上がり。
「ふむふむ・・・。なるほど。想像以上に粘りが強いのですね。これが喉に詰まると一大事、というわけですのね。」
「分かったならわざと詰まらせたりしないでくれよ。」
「さすがケン様、わたくしの考えることなどお見通しということですのね!」
「モルモー、なんかやらかしたら背骨へし折っていいから叩いて吐かせてくれ。」
「分かりました。いや、折りませんけどね?」
食事中、ケンさんが無言で圧力をかけ続けた甲斐あってか、特に事件は起こらずに済んだ。ただし、食後も事件は起こらないとは言っていない。
「この程度でしたら即興で作れそうですわ。貴女、わたくしの作品の最初のぎせ・・・使用者になれることを喜びなさい。」
「今犠牲者って言いかけましたよね!?」
「気のせいですわ。」
懐から小瓶に入ったなんだかよく分からない物体とテーブルに描いた魔法陣を使って、これまたよく分からない物体を作り上げた。見た目は指輪よりは大きいかなってくらいの小さめなリングだ。
「これは何で・・・うわっ!?」
口の中に飛び込んできたかと思ったら、勝手に喉の奥に進んで、変なところにひっかかって止まってしまった。空気穴が空いているおかげで呼吸はできるんだけど、結構苦しい。おまけに妙に粘っこい異物感がものすごくて気持ち悪い。
「一体何なんです?」
「それ単体では死に至りませんが、何か食べると、ものが詰まって息ができなくなるという画期的な拷問具ですわ。死と生の狭間を楽しむ遊具でもありますわ。」
「悪趣味としか言えねぇな。」
「死術は死にまつわるものなら何でも取り入れて研究するものですわ。後日感想を聞きにまた来ますわ。」
一方的に宣言して、サーシャさんは帰っていった。
何か食べたら死ぬし、食べなくてもその内死ぬ、本当に嫌らしい。うまく穴に通せばトマトジュースなら流し込めそうだけど、失敗したときのことを考えたらやりたくないなぁ。・・・後で喉を切開して直接取り出そう。
「お餅が喉に詰まるのって、こんな感じなんですね。」
「じゃあ背中叩けば取れるんじゃねぇか?」
「取り方までお餅と同じ扱いですか・・・。」




