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通な人たち?

 食通、粋と呼ばれる者たちは遥か昔から存在した。蕎麦を食べる際に3分の1ほどしかつゆにつけない、まずは水で、などと宣うのだ。

 それはそれで結構なことだがおいしく食べることが何より大事だ。粋のために命をかけるなど、誰が見ても無粋でしかない。


 最近、隊商(キャラバン)の往来が増えた気がする。補給のために入れ代わり立ち代わりやってくる。結構な大所帯で捌くのに苦労するから、あんまり来ないでほしいっていうのが正直なところ。

 「俺もあいつらはそんなに好かねぇな。」

 「意外ですね、ケンさんでも嫌なお客さんいるんですね。」

ぼやきながらも、なんだかんだとお世話をしているところしか見たことがない。憎まれ口を叩きながらも、満更でもないのかと思っていた。

 「あいつら金払い悪いんだよ。うちみてぇな得体の知れんもんは特にな。」

 「あー・・・。言われてみれば、1度は値切ろうとしてきますね。」

 「頻繁に顔出す奴らじゃねぇだけマシってもんよ。」

そういえば常連さんは、単価の差はあっても気前よく払ってくれる人たちばかりだなぁ。私たちが適正価格をつけている保証もないのに言い値で払ってくれる。もちろんぼったくってなんかいないけど。

 でもどうして急に隊商が増えたんだろう。王都で何か遠い地方のものが流行り始めたのかなぁ。王都の人って何だか流行りに流されやすい上流階級が多いから、ひとたび人気になればお金に糸目もつけずに取り寄せちゃうんだよね。

 「上流っつーか、何かの拍子に成り上がった奴らだな。せいぜい中の上くらいの連中だ。」

 「そうなんです?」

 「貴族にゃ貴族の流行りってもんがあんだよ。世間の流行を追っかけてるような奴らじゃ、下級貴族の足元にも及ばねぇよ。」

 「へ~。お金持ちにもいろいろあるんですねぇ。」

 「ま、ここにはお貴族様は天地がひっくり返っても来ねぇがな。」

外観も内装も素朴、料理は高級レストランと遜色ないけど使っている素材は怪しさ満点。世間の目を気にする人たちはまかり間違っても足を運ばないと思う。

 「それでいいんだよ。大体食いもん屋ってのは庶民のためにあるもんだ。」

 「やっほー。大将、モルモーちゃん、元気かい?」

 「こいつみてぇな奴な。」

 「ロブさん、いらっしゃいませ。」

何だか勝手に庶民代表にされている、人魚(マーマン)のロブさん。言われてみると持ってくるお酒は大衆向けのブランドだし、家庭料理みたいなものを好んで頼んでいる。世間一般の感覚に1番近いと言っても差し支えなさそうだ。

 「2人ともちょっとお疲れな感じだね。近頃は物流が活発だからその影響かな?」

 「その通りなんだが、何で知ってんだ?」

 「王都の飲食街も商人で溢れてるからね。それに、この件についてはボクたちも1枚噛んでるんだ。」

そういえばロブさんって何をしているのか聞いたことがなかったなぁ。人魚の縄張りの管理人っぽいのは分かるんだけど、それ以外は遊び人のイメージしか浮かんでこない。

 「何人か魔法に長けた仲間がいてね、最近新しく習得した水系の魔法があるんだ。本当は攻撃用らしいんだけど、アレンジしたら魚を生きたまま閉じ込めておける水泡を作れるようになったんだ。」

 「つってもただの泡だろ? そんなんで大丈夫なのかよ。」

 「魔力が切れるまでは壊れないらしいよ。ボクは交渉担当だけど、その辺の細かい話はさっぱりさ。」

説明するより見てもらった方が早いとかで、サンプルを持ち歩いているらしい。ただの泡にしか見えないけど、落としてもゴム毬みたいに跳ねるだけ。中身も衝撃を受けた様子はない。

 これってかなり革新的な魔法では? 卵とかも割れる心配をしなくてよくなる。

 「魚以外にも使えたらよかったんだけどね、他のものだとなぜか失敗するんだよ。」

 「商人からすりゃ、どこでも新鮮な魚を売れるってだけで十分すぎるだろ。」

冷凍しないと持っていけなかったところまで何の苦労もなく輸送できるなんて、夢のような魔法だ。わざわざ王都まで出向くだけの価値もある。

 「ちょっと話は変わるんだけどさ、変わった観賞魚とかいないかな?」

 「観賞用は専門外だな。いや、いねぇことはねぇと思うがよ。」

 「どうしてまた観賞魚を?」

 「お金持ちって、珍しい生き物を飼いたがるんだよ。この魔法のことが知れ渡ったら『見たことない魚を持ってきてくれ』って頼まれちゃってね。」

お金のかけ方がどこかズレていると思うのは私だけだろうか。でも人間はいいなぁ、お金があれば好きな生き物を飼えるんだから。お金じゃ使い魔とは契約できないし。

 「死んでも文句言わねぇでくれよ、飼い方までは知らねぇからな。」

 「そこんとこはうまくやるよ。」

そもそも野生の魚をペットになんてできるのかなぁ? まぁ、何かあってもお金で解決できる人たちだろうし、気にしないでいいか。


 魚を求めて海にやってきた。ここまではいつものことだけど、今日は食べるためじゃなくて眺めるための魚を取るわけだ。

 観賞用ということだから傷つけるわけにはいかないんだけど、どうやって捕まえよう。釣り針にかけてもダメだし、網で捕まえてもダメ。タコとかウナギみたいに、狭いところに勝手に入ってくれる魚ならいいんだけど。まさか潜って素手で捕まえるなんてことはしないよね?

 「少し傷があってもいいんじゃねぇか? そんなもんより見た目の強烈さのが大事だろ。」

 「適当になってますね。」

 「金持ちの道楽に付き合ってやってんだ、こっちのわがままも少しは聞いてもらわねぇとな。」

 「それじゃあ、仕掛けにいきましょうか。」

いつでも使えるように準備してある地引網を積み込んで沖へ漕ぎ出す。私が舟を操って、ケンさんが網を入れていく。陸地に戻って引き揚げ作業に移ろう。

 地引網なんて2人でやることじゃないはずだけど、吸血種(ブラッドサッカー)の手にかかれば問題にもならない。海上から指示を出すのはケンさんの役目、私は陸揚げ担当。さてさて、変わり種はかかっているかな?

 「想像以上にキモいのがかかってんな。」

 「キモカワには程遠いですね・・・。」

市場でも馴染み深い魚たちに混じって、一際目を引く魚がかかっていた。背鰭の代わりに立派なコブがついた、大きめの魚だ。魚のくせに生えている睫毛が目元を飾っているのが気持ち悪さを一層引き立てている。

 「あとこれ、魚・・・ですか?」

 「魚と言い張るしかねぇな。」

どこから見ても鰭の生えたキュウリだ。キュウリウオって、においが似ているからであって、見た目の話じゃないよね。

 「キュウリはこの際置いとくとして、こっちのは何なんでしょうね。」

 「分からん。何匹かかかってるし、1匹食ってみるか。」

いつもみたいにしゃべってくれれば少しは分かるのに。いや、観賞魚にしゃべられても困るけど。何か言うたびにテンション低めにネガティブな反応をする人面魚みたいなのはお断りだ。

 さて、食べるには捌かなきゃいけないわけだけど、どうすればいいんだろう。背中のコブが邪魔だから切り落として、そのまま背開きにしてみよう。

 「うわっ、これ全部脂肪ですよ。」

 「身の方は脂が乗ってるとは言えねぇな。そいつに全部貯め込んでんだな。」

そんなに過酷な環境でもないのに、栄養を貯めておく必要なんてどこにあるんだろう。生態が謎に満ちているし、毒とかあっても不思議じゃない。お刺身も危ないし、塩焼きにして私が毒見してからケンさんに味見してもらおう。

 「あ、これは食べちゃダメです。貝とかそういうのにある毒です。」

 「毒あんのか。そんでもってこんな見た目っつーことは・・・。オニカマスか何かだな。」

 「カマスとは違うんです?」

 「いや、同じ仲間だ。オニカマスはそん中でも大型で毒を持つ奴らだ。バラクーダって方が分かりやすいかもな。」

食に関する知識はさすがだなぁ。私ももっと勉強しておかないと。オニカマスは毒があって別名バラクーダ・・・。あ、そういうことか。

 「バラクーダだからラクダみたいなコブがあるんですね。」

 「海と砂漠じゃ全く接点ねぇだろ。名前なんて人間が勝手につけたもんだってのに。」

 「そんなこと言われましても、実際こうなっちゃってるわけですし。」

こういう反応に困るときは、生命の神秘ということにしてお茶を濁すに限る。当初の目的どおり奇妙な魚っていうお題はクリアしているし、とりあえず持って帰ろう。ちなみにキュウリっぽい魚は浅漬けみたいで意外とおいしかった。


 持ち帰った魚のような生き物を見たロブさんの顔は、心なしか引きつっていたようにも見えた。いくら見たことがない魚を持ってこいって言われても、魚かどうか怪しいものがくるなんて想像していなかったんだろうなぁ。例の泡に入れて一応は持っていったけど、返品されたりしないかちょっと心配。

 あれから1週間くらい経ったころ、ロブさんが報告にやってきた。いつも通り陽気な感じだし、大きなトラブルはなかったのかな?

 「いやいや、あんなものでも喜んで引き取るとは思わなかったよ。ホント、お金持ちってのは何考えてるか分かんないね。」

 「自称・美の庇護者といい、貴族ってセンス悪いんでしょうか・・・?」

 「お貴族様の趣味なんぞ知ったこっちゃねぇ。そんなことより、ちゃんと伝えといたか?」

 「もちろん。でも人って禁止されるとやりたくなるからね。しっかりと守ってるかまでは責任取れないよ。」

観賞用だけど、気の迷いで食べちゃわないように毒があるってことは伝えてもらっている。キュウリっぽい方はさておき、あれを食べたいって思うならそれこそ悪趣味極まりない。毒見のためとはいえ、食べた私が言えたことじゃないけど。

 「こんちわっす。ロブさんここにいるって聞いたんすけど。」

 「ああ。どうしたんだい、何かトラブル?」

ロブさんの仲間の人魚かな? 落ち着いているし問題があったようには見えないけど、どうしたんだろう。

 「あの変な魚の届け先なんすけど、忠告無視して食ったらしいんすよ。」

 「言ったそばからこれだよ。」

 「先に言っとくが、馬鹿につける薬はねぇぞ。」

そんな薬があっても、そういう人たちって使い方とか読まないから、きっとつけないで飲むんだろうなぁ・・・。

 「それがっすね、毒でピリピリするのを楽しむのが通だとか訳分かんないこと言い始めたんすよ。それで、もっとたくさん手に入らないかって・・・。」

 「いやぁ、この展開は予想してなかったよ。」

 「馬鹿めと言ってやれ。そんでフグでも持っていけ。」

フグは食いたし命は惜しし。昔の人はそう言ったけれど、今は生きるか死ぬかを楽しむ奇特な人が一定数いるんだなぁ・・・。きっと、前世はイルカだったに違いない。

 傾奇者がいくら通ぶったって所詮は傾奇者。粋なつもりなのかもしれないけど、ただのおかしな人でしかない。お金じゃ品性は買えない、そんな言葉が頭を過る。

 「狂人の真似とて大路を走らば即ち狂人なりってな。」

 「狂ってるのは金銭感覚だけにしてほしいですね・・・。」

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