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感謝すればいいのです

 生きる上で殺生は避けて通れない。食べるためには他者の命を奪う以外に術がない。奪ったからには無駄にせず、感謝していただこう。

 きっと野生のクマも、人間を食べるときは感謝しているだろう。こんなに弱い生き物を生み出してくれてありがとう、と。


 ジビエ料理が王都で注目を集めるようになったらしい。今までなかったかというとそんなことはなく、王都の周りだって大きな街道から少し外れるだけで農村に繋がる。そういうところでは当たり前に食べられているし、一部はベーコンや燻製みたいに加工されて、ひっそりと市場にも出回っている。ただ単純に、田舎のことに関心がなかっただけの話だ。

 こうやって人目につき始めると、大抵ろくでもない話もついて回る。

 「肉食をやめないこの店は・・・。」

 「モルモー、塩持ってきてくれ。」

 「はーい。3名様お帰りでーす。」

実際に塩を撒いちゃうとお掃除も大変だしもったいないし、相手にすると時間もムダになるから力づくでお引取り願っている。ただの人間が何人束になっても、吸血種(わたし)の腕力に敵うはずがない。首根っこを掴んで引きずるのにもすっかり慣れちゃった。

 「もうちょっと穏便に済ませたいんですがねぇ・・・。」

 「無理無理、話し合いに応じる奴らはわざわざ喧嘩売りに来ねえよ。」

 「やっぱりそうですよね。」

穏便に暴力で、が冗談でも何でもなく1番穏便な解決方法になってしまっている。結論ありきで論戦をしかけてくる相手に言葉で応戦したってどうにもならない。言葉は通じるのに話が通じない人たちは始末に負えない。

 それにしたって、自分で勝手にお肉断ちする分には好きにすればいいけど、それを他人に押しつけたがるのは何なんだろう。中にはお肉屋さんを襲撃する過激なグループもあるらしいし、肉食なんて可哀相、野蛮だって言っている人たちの方がよっぽど野蛮な気がする。

 「怒羅金(ドラゴン)の方がまだマシだぜ。乱暴で脳筋だが話は通じるからな。」

 「呼んだか、オヤジ!」

 「噂をすればなんとやら、ですね。」

ドアを勢いよく開け閉めしてやってきたドラゴンさん。壊れないドアが頑丈なのか、意外と繊細な力加減ができているのか。

 「少し見ねぇ間に傷が増えてんな。」

 「最近クマと戦ったばかりだからな。まだ治りきっておらんのだ。」

 「何でクマの相手してその程度で済んでるんです・・・?」

ドラゴンさんの傷は転んだ拍子に石とか硬いもので切った程度で、とてもクマの爪や牙でついた傷には見えない。そもそもいくら筋肉が厚くたって防御力に繋がらないことは、美しい魔闘家さんが証明してくれている。

 「小娘もまだまだだな。人間もクマも自然の一部、つまり同等だ。ならば強い者の被害が小さいのは当然というものだ。」

 「いつも思いますが本当に人間ですか?」

 「理屈のおかしさは放っとくとしても、こいつは規格外だ。」

筋肉理論にはついていけそうもない。1+1が200で10倍とかいう世界についていきたいとも思わないけど。

 「ところで貴様ら、事情も知らん都会のもやしっ子を黙らせる方法に心当たりはないか?」

 「何だ、お前んとこも変な連中湧いてんのか。」

聞くところによると、近頃ドラゴンさんの村にクマが出るようになって、原因は王都からふらっと遊びにきた旅行者が置いていったゴミみたい。人の食べ物の味を覚えて里まで降りてくるようになっちゃったんだって。そうなったクマは危険すぎて、もう殺しちゃうしかないんだけど・・・。

 「奴ら、己の行動を棚上げして『クマを殺すなんて可哀相だ』などと邪魔しにくるのだ! おかげで駆除もできず、追い払うのが精一杯だ!」

 「抗議にきた連中食わせりゃ解決すんじゃねぇか?」

 「人命軽視はよくないです、それに人の味覚えちゃったらもっと危ないですよ。」

 「迷惑しかかけん奴らだ、構わんだろ。1人残して抗議する奴ら食わせたら、そのクマを仕留めてお終いだ。生き残った奴からクマの怖さも伝わって一石二鳥だぜ。」

度重なる肉食反対派の抗議のせいで気が立っているのか、かなり過激な思想に染まっている。何か平和的解決につながる名案は・・・。そうだ!

 「ちょっとだけ待っててください。」

 「む、小娘よ、どこへ行く?」

 「強力な助っ人を呼んできます~。」

私の貧困な頭脳じゃ、これ以上の案はきっと浮かばない。身の危険は感じるけど、そうも言っていられない。ケンさんの物騒な作戦、何が何でも止めないと・・・!

 「・・・ということで、ジュリエットさんに来てもらいました。」

 「どういうことだ。」

ここまでの道すがら、ジュリエットさんに伝えた作戦はこう。クマの怖ささえ伝えられればいいなら、何も本物のクマを用意しなくてもいい。そこで、ドラゴンさんに着せるクマスーツを作ってもらう。本物のクマのふりをして襲いかかって、抗議集団を追い払おうという作戦だ。

 「このすごい筋肉の方ですね。任せてください、一人前のクマに仕立てて差し上げます。」

 「この女、なるほど只者ではないな。貴様の腕前、見せてもらおうではないか!」

 「その前にマスターさん、モルモーちゃん。お願いがあるんです。」

 「何だ、何か入用か?」

 「2メートル以上のクマを1頭、できるだけ外傷のない状態でお願いします。」

うん、提案した時点でそうなる予感はしていた。本物そっくりに作るなら、本物の毛皮があった方がいいに決まっている。さぁ、気合い入れていこう!


 人間とクマはお互いの生活の場を侵さないよう暮らしてきた。どちらともなく、越えちゃいけない境界線みたいなものを感じ取っていたのかもしれない。今回クマを求めて到着した世界は、その境界を踏み越えてしまった集落みたいだ。まさか人がいる世界だなんて思わなかった。

 「・・・という状況じゃ。どうかあの化け物グマを退治してくれんか。」

 「クマはもらってくが、それでもいいか?」

 「本音を言えば置いていってほしいが、背に腹は代えられん。好きにしとくれ。」

村長のおじいちゃんが言うには、畑を荒らしたり家畜を襲ったり、ときには民家に入って食べ物を物色しているらしい。そして、ついに住人を襲ってしまい、村人たちを恐怖のどん底に叩き込んでいるみたい。

 「そういやお前、動物と話せたよな。何でわざわざクマ狩りにきたんだ?」

 「クマって臆病だから、迷い込んだのならまだどうにかなるんです。でも自分の意思で人里に出るようになるともうダメです。ドラゴンさんのとこも、ここも、もうただの餌場としか思ってないんです。」

 「なるほど、敵がいねぇと学習しちまってんだな。」

肥え太るように育てられた野菜がサラダバー状態だし、住んでいる動物は貧弱だし、人馴れしたクマにとってはボーナスステージなんだよね。誰も逆らえないし、横暴になっちゃうのも仕方ないのかなぁ。

 これ以上被害が広がる前に討伐作戦を始めよう。早速、襲われたっていう人のところから服を借りてきた。これを着て目撃情報の多いところで死んだふり作戦。においに引き寄せられるまでじっと我慢。

 半日くらい横たわっていたかな。何かが近づいてくる気配がする。まだ起き上がるときじゃない、齧られるくらいまで引き付けないと。そうそう、もっと近づいて・・・今だ!

 「ケンさん!」

 「おう!」

近くに潜んでいたケンさんも飛び出して、クマとの戦闘開始。傷付けないようにっていうのが難易度を上げるけど、うまくやるしかない。

 「ヴォー、ヴォヴォ、ヴァー!」

 「せっかくだ、翻訳してくれ。」

 「えっとですね、『鼠のように逃げおおせるか、この場で死ぬか、どちらか選べぃ!』だそうです。完全に狂戦士(バーサーカー)モードですね。」

 「今回シリアスだと思ってたが、その原因がシリアスぶち壊しにくるのかよ。」

シリアスがシリアルになったとしても、シリアルキラーの素質がある以上、真面目に戦わないと。後退の二文字はないし、逃げるなら最初から歯向かったりしない。

 その昔、牛刀でクマの足を斬り落としたとかいうあり得ない話を聞いた。人間にはまず無理だけど、吸血種(ブラッドサッカー)なら可能性はある。今回は斬ったらダメだから、刃を落とした打撃武器として作ろう。そうと決まればナイフを・・・。

 「ヴォヴヴヴォー!(アイテムなぞ使ってんじゃねぇ!)」

 「ちょ、理不尽すぎいぃやぁぁあぁぁぁ!!」

 「モルモー!」

 「だ、大丈夫です、これくらいなら死にません・・・!」

もう少しで上半身と下半身に分かれるところだった。人間だったら何回か死んでそう。でも気絶しそうな一撃をもらったおかげで、何とか武器も作れた。

 ここから反撃といきたいところだけど、クマの硬い毛と筋肉に対して私の腕力がどこまで通用するか。狙うなら二足で立ち上がれなくするために後足、もしくは短期決戦を狙って頭か首かな。

 「俺は攻撃役に向いてねぇな。あいつの攻撃全部引き受けてやる。時間かけてでも確実に仕留めろ。」

 「助かります。」

クマの前に躍り出て攻撃を誘ってはひらひらと避け、後隙を狙って注意を引き付けるケンさん。一撃が重たい相手だと回避盾の存在は本当に頼もしい。私も期待に応えないと。

 ケンさんがベアークローをかい潜って背後に回ったのを受けて、クマもケンさんの方に向き直った。私に背を向けたその一瞬、見逃す手はない。

 「覚悟はできましたか!?」

右後足を狙った下段攻撃。さすがに硬い。命中重視の攻撃じゃ骨を折るまでは至らないけど、バランスを崩すくらいの威力はある。すかさず左後足にも追撃。倒れたところにとどめ、命中率度外視の渾身の一撃を後頭部に放つ。骨の砕ける嫌な感触が伝わってくる。

 「ヴォ・・・。」

 「う、動かないですけど、どうです・・・?」

 「問題ねぇよ。持ち帰ってこの仕事は完了だ。」

よかった。これでこの村の安全も確保できたし、クマもきれいな状態で仕留められた。村長さんに報告をしたら、ドラゴンさんの村の問題も解決しちゃおう。


 クマ討伐を報告した私たちは、逃げるようにこっちの世界に帰ってきた。まさか村人総出で追い出しにかかってくるとは思わなかった。クマを倒すような危険な人は存在しちゃいけないとか、手前勝手な理由で。ここで働くようになって、人間に追われる生活から解放されたと思っていたのに・・・。

 「まぁ、何だ、元気出せ。ここに来る奴らは裏表ねぇからよ。」

 「はい・・・。」

裏表ないかはさておき、みんないい人なのはわかる。今ここにいる2人も本気で怒ってくれている。

 「なんと恩知らずな連中だ! 腐った性根を叩き直してくれるわ!」

 「モルモーちゃんを悲しませるなんて・・・。はさみの錆になりたいようですね。」

 「お気持ちだけでも嬉しいです。もう関わりない人たちですから大丈夫です。」

私のことは今は置いておいて、ドラゴンさんの村の方を優先してもらおう。

 「それでは早速始めますね。」

そう言ってはさみを持ったジュリエットさん。クマの方を向いたと思ったら、いつの間にか毛皮とお肉とに分離していた。早業とかそういう話じゃない。そもそもはさみでやる仕事じゃないよね。これがハーフエルフの技能かぁ、末恐ろしい。

 「肉はもらっとくぞ。仕事終わりには食えるようにしといてやる。」

 「じゃあ私も・・・。」

 「モルモーちゃんはここにいてください。同じ空気を吸っているだけで頑張れますから。」

 「あっはい。」

あんな笑顔で言われたら厨房に行くわけにもいかないなぁ。しょうがない、今日はジュリエットさんの職人技を見せてもらうことにしよう。

 残像が見えるほどの速さでドラゴンさんの採寸を終わらせ、何があったか理解できない技術で毛皮の洗浄と乾燥、防腐・防虫処理が完了していた。

 「ミシン流奥義!」

20秒くらいでお城を崩壊させる変態が使いそうな名前の奥義だ。ミシンって言いながら手縫いなのは考えないことにしよう。さすがに20秒とはいかないけれど、ほんの数分でドラゴンさんにジャストフィットのクマスーツに生まれ変わっていた。

 「はい、できました。試着してみてください。」

 「おお、野性の力が漲ってくるわ! 気に入ったぞ!」

 「お気に召したようで何よりです。」

首元からお腹にかけてついているファスナーと覗き穴を無視すれば、どこから見てもクマにしか見えない。爪をひっかけて上げ下げできるようになっていて、着脱もしやすい構造だ。

 「お、そっちも出来上がったみてぇだな。」

ちょうどケンさんの料理も終わったみたいだ。作ったのは味噌仕立てのお鍋かぁ。牛や豚と比べたら獣肉特有のにおいが強いから、大体味噌ベースの味付けに落ち着くんだよね。

 「自然の恵みに感謝して、皆でいただこうではないか。」

 「お前、肉関係はまともだよな。」

 「オレはいついかなるときもまともだぞ!」

 「ま、まぁそれはそれとして、冷めないうちにいただきましょう。」

みんなで取り分けていただくことに。お肉はあんまり食べ慣れないなぁ。でも狩った身としては食べないわけにはいかない。

 「か、固い・・・。」

 「こればっかりはなぁ、俺でもこれが限界だぜ。」

ケンさんの腕を疑うわけじゃない。クマはとにかく固くなりやすい。私がお肉を食べないから余計に固く感じるんだと思う。吸血種(ブラッドサッカー)でも顎の強さは人間と大差ないしね。

 「軟弱な顎だな! この程度どうということないわ!」

 「この脳筋野郎め。」

 「モルモーちゃんには私が柔らかくしたものを食べさせてあげますね。もちろん口移しで。」

 「えーっと・・・。」

 「こっちはロリコンの犯罪者か。脳筋よりタチ悪いぜ。」

話の内容はともかく、みんなでお鍋を囲んで食べるのって楽しい。楽しいとお箸もよく進む。気がつけばお鍋は空っぽ、お腹はいっぱい。

 「飯も食った! 早速もやしっ子どもに自然の厳しさを叩き込もうではないか!」

 「死なねぇ程度にしとけよ。」

 「オレがそう簡単にくたばるわけなかろう!」

 「お前じゃねぇよ。」

鬼に金棒、ドラゴンさんにクマの爪。強くなるのも考えものだなぁ、迂闊に手も振り上げられない。その辺の力加減ははうまくやってもらおう。

 「私も失礼しますね。あ、依頼料は気にしないでくださいね、モルモーちゃんからお金は受け取れませんから。」

 「いやいや、ちゃんとお金は払います!」

 「日頃のセクハラの慰謝料だと思っとけ。」

 「セクハラではなく、ただの愛情表現です。」

 「まぁ何でもいい。金については鍋の代金と相殺ってことでどうだ?」

 「いい落とし所ですね。そうしましょう。」

最初は結構重苦しい話だったのに、結局こういうおちゃらけた感じになっちゃった。それはそれでいいのかもしれない。日常まで張り詰めてなんかいられない。緩い空気感が、ここの魅力の1つなんだし。のんびり過ごしてドラゴンさんの結果報告を待っていよう。


 あれから数日、まだ何の音沙汰もない。抗議する人たちだってそんなに暇じゃないだろうし、まだ実行に移せていないのかもしれない。ここにも変な人たちは顔を見せていない。見せてくれなくていいんだけど。

 そんなことを考えていたら来客だ。

 「いらっしゃいま・・・せ・・・。」

 「てめぇらまた来やがったのか!」

いつか見た過激な肉食反対運動家だ。何度来たって結局は私につまみ出されるんだから諦めればいいのに。

 「「「すみませんでしたー!!」」」

今までの喧嘩腰な態度はどこへやら、というか何があったらこうなるんだろう。

 「ぬはははは! オレの手にかかればこの通りよ!」

 「あ、ドラゴンさんもいたんですね。」

自慢気に経緯を話してくれた。当初の作戦通り脅かすところまではよかったんだけど、偶然本物のクマも現れて、ドラゴンさんと縄張り争いに発展してしまった。目の前で繰り広げられる戦いでクマの恐ろしさが骨身にしみたのか、はたまたクマと互角な人間に恐れ慄いたのか、ドラゴンさんが縄張りの権利を勝ち取ったころにはすっかり大人しくなっちゃったみたい。おまけにドラゴンさんを命の恩人と崇拝するようになったとか。

 「すっかり目が覚めました。」「肉も食わなきゃ自然じゃ生き残れないんですね。」「俺たち、怒羅金さん目指して鍛え始めたんです。」

 「は、はぁ・・・。」

 「めんどくせぇのが増えたな。」

 「ということでだ。筋肉にいいものを4人前だ!」

前より話が通じるようにはなったんだろうけど、お手本がドラゴンさんだしなぁ・・・。また別の方向に話が通じなくなっていそう。

 持ってきた料理を前に、今日生きていること、食事にありつけること、自分たちのために食材になってくれたこと、料理を作ってくれたことに感謝の祈りを捧げてから食べ始めた。ちょっと大げさだけど、大事なことだよね。でも感謝の押し売りはしないでこのまま自己完結してほしい。

 「変な方向に拗らせなきゃいいですね。」

 「怒羅金目指してる元活動家だぞ。」

 「不穏な言い方しないでくださいよ・・・。」

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