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刺激的な芸術の秋

 新たな着想を得るために必要なことは、非日常に触れることだ。ただ漫然と日々を過ごしているところに不意に降って湧くものではない。普段体験しない刺激に触れてこそ、違うものが見えてくる。物理的な刺激を求めるのも悪くはないが、怪我しないよう細心の注意を払うべし。


 天高く馬肥ゆる秋、なんて言うけれど、それはトマトのシーズンが終わりに近づいていることを意味する。私の獲物のトマトの魔物は枯れたりしないけど、味はどうしても見劣りする。時間感覚がおかしい世界に生きているんだから、私たちの世界とシンクロしなくたっていいのに。

 それはそうとして、秋といえばスポーツとか読書とか、いろんな言葉がくっつく。厳しい暑さから解放されて活動が活発になるからかなぁ。

 ここ『飯屋 山猫』にも読書に明け暮れる人は何人かやってくる。なぜならコーヒー・紅茶のおかわりが自由だから。コーヒー1杯で何時間でも居座れるなんて、王都の喫茶店じゃ真似できないサービスだ。

 「コーヒーのおかわり、お願いいたしますわ。」

 「あの・・・、もうそろそろやめた方が・・・。体に毒ですって。」

 「地上にある毒ごときで、このわたくしは殺せませんわ。」

もうかれこれ10杯はおかわりしているのがサーシャさん。回数もそうだけど、問題は彼女の指定した焙煎にある。

 消し炭レベルまで煎った豆を使って抽出したコーヒーは、苦味以外の全てを台無しにした、もはや液状の炭とでもいうべき物体。煎りすぎて挽く前に勝手に豆が割れるなんて、誰が想像しただろうか。

 「最近思うんだよ。奇妙な魔術やってると毒が効かなくなるんじゃねぇかってな。」

 「うふふふ、褒めてもケン様への愛しか出ませんわよ?」

 「呆れてんだよ。」

サーシャさんがこうやってコーヒーに溺れているときというのは、決まって研究に行き詰まっている。平凡な私にはさっぱり理解できないけれど、あの泥水みたいなコーヒーが頭の回転をよくして、閃きを授けてくれるんだって。

 「最近ずっと入り浸ってますよね。そんなに詰まってるんですか?」

 「スランプと言うほかないですわ。」

テーブルに山積みの魔術書に目を通したと思ったら唸ってみたり、国も時代も分からない文字列を書きなぐったり、そんな姿をここ数日、開店から店じまいまでずっと見続けている。

 「所詮はコーヒー、せいぜい味覚と嗅覚にしか作用しないものでは足りませんわ。もっと全身を駆け巡るものをいただけません?」

 「そいつぁ料理でどうにかできるもんじゃないと思うんだが。」

 「何も食べなくたって構いませんわ。調理過程で衝撃的な出来事があるだけでもいいんですの。」

全身に衝撃が走る調理って何だろう。踏んでいる最中に急にトゲトゲになって全身を突き刺すうどん生地とか? それともふるいにかけるだけで粉塵爆発する小麦粉とか?

 「お前、意外と凶悪な発想してんな。兵器開発の才能あるんじゃねぇか?」

 「平凡なものが凶器に変貌、いいセンスだと思いますわ。」

 「嬉しくない・・・。」

ともかく、サーシャさんの無理難題を片付けるべく、食材探しにしゅっぱーつ。・・・また痛い目に遭いそうだなぁ。


 衝撃的な食材を求めた世界は、衝撃的だった。食べ物とは全く無縁の、球場のど真ん中。きれいに整備されたグラウンドは石ころ1つ落ちていないし、丹念に育てられた天然芝は均一に刈られていて、思わず寝転びたくなる。

 とても食べ物を探しにきたとは思えない光景の中で特に異彩を放つのが、マウンドにそびえる1本の木の存在だ。

 「どう見てもあれですよね。」

 「だろうな。」

このまま外野の芝生でゴロゴロしていたい、関わりたくないというのが正直な感想だ。あんな怪しいものと関係を持ちたいわけがない。でもそうはいかないのがこの世の常。気は進まないけど、近寄ってみよう。

 「何の木でしょう。よく分かんないですね。」

 「見たことねぇ葉っぱだな。これだけじゃ何とも言えねぇ。」

 「実の1つでもついてたら違うんでしょうけど・・・。」

放射状に枝分かれした、それほど背の高くない木。葉っぱはちょっとひょろ長いけど、これといった特徴がない。学者でもない私たちには同定できそうもない。

 「この際、分かりやすく動き出してくれませんかね。」

 「ちょっとどついてみるか。」

ケンさんが幹に前蹴りを入れる。・・・反応なし。続いて私も幹を揺すってみる。・・・うんともすんとも言わない。

 「手応えがねぇな。こういうときは・・・。」

 「こういうときは?」

 「打席に立ってみるか。」

ふざけているようで、意外とそうでもないのかもしれない。わざわざマウンドに生えているってことは、対戦相手を待っているピッチャーの可能性も否定できない。

 都合よくベンチに置いってあったバットとヘルメットを装備したケンさんが打席に入る。それに呼応して、木がざわめき始めた。

 「お、やる気みてぇだな。」

 「・・・第一球。トゲつきの薄緑の球を投げる際の掛け声は?」

 「何でクイズが始まってんだ?」

 「答えは『モヤッと』だァァァ!」

 「あっぶねぇぇぇ!!」

剛速球がケンさんを襲う。問題のとおり、薄緑のトゲボール。危険球退場でもおかしくないはずなのに、幹に刻まれた理不尽なSの文字にモヤッとする。

 「・・・第二球。」

 「まだ続くのかよ!?」

 「か、かっとばせー、ケンさん。」

 「ゴルフ場のピンクボールを邪魔する木の種類は?」

 「んなもん知るか!!」

 「答えは『アオダモ』だァァァ!」

それはケンさんの手に握られているバットの素材では・・・? かろうじて避けたピンクボールがバットに当たってファールグラウンドを点々と転がっていき、いきなり現れた穴の中に吸い込まれていった。

 「・・・第三球。」

 「しつけぇな、まだやるのかよ。」

 「猫は猫でも、ツーシームを投げる猫は?」

 「急に方向性変わりすぎじゃねぇか!?」

 「答えは『ツーシーム投げ猫』だァァァ!」

 「ふざけんなぁぁぁ!」

 「子どもでもそんな問題出しませんよ!?」

ネコ耳で可愛らしい見た目とは裏腹の、高速で抉るような変化。今までと違って正統な投球のせいもあって、豪快に空振るケンさんだった。

 三振に倒れたところでマウンドを降り、今度はバットを持って打席に立った。

 「もうやってられん。モルモー、お前が投げてくれ。」

 「分かりました・・・。」

めった打ちにされる未来が見えるけど、マウンドに向かって置いてあったボールを取る。

 「トゲトゲで握れないんですけど・・・。」

そこにあったのは、どこから見てもイガ栗だった。これを投げろと?

 さっきのモヤっとする緑球なら刺さりそうもなかったから理解できる。これをちゃんと投げようと握り込んだらどうなるかなんて、考えるまでもない。

 「魂の限り叫んで投げろ。正しき叫びが勝利を呼び込む。」

 「正しさ? 声の大きさじゃなくてですか?」

 「叫びに正しいも何もねぇだろ。」

もう何を言っているのかさっぱり分からないし、何を言ったらいいのかも分からない。今回は様子見だと割り切って、潔く打たれよう。

 「く、くりー!」

 「うにーーーーー!!」

 「いや、栗だろ。さっきから何なんだこいつ。」

確かにウニもトゲトゲだけど・・・。私の投げたウニ(栗)は弾丸ライナーでレフトスタンドに一直線、青色のぷにっとしたおまんじゅうみたいな生き物に直撃、撃破した。その場に残った青い玉が哀愁を誘う。

 「たるんどる、そこに並べ!」

ダイヤモンドを1周してきた木に言われるがまま、私とケンさんはバックネットを背にして立たされている。相対する木はというと、ホームベース付近でこっちを向いている。この状況、考えられるのはあれしかない。

 「まともな球は期待できねぇだろうな。死ぬ気で避けるぞ。」

 「何で運動系は理不尽なシゴキがまかり通るんでしょうね。ただの八つ当たりですよ。」

 「根性論を美化しすぎなんだよ。根性論そのものを否定する気はねぇがな。」

 「さぁ始めるぞ。『針千本×千本ノック』の時間だ!」

危険な枕詞がついていたとおり、飛んでくるのはさっきのモヤモヤするボールと栗ばかりだ。こっちは素手だというのに、そんなのお構いなしに打ち込んでくる。

 人間だったらトスして打って、球を拾っての繰り返しで1回に1球しか飛んでこないけど、さすがは植物といったところ、手みたいな枝をうまく使ってどんどん打ってくる。おまけにトゲのせいで跳ね方が不規則だ。

 「モヤッとすんのはゴム製だな。」

 「だから何なんです!?」

 「当たるならそっちにしとけ。」

 「この速さだとゴムでも痛いです、今まさに体感してます!」

何でケンさんはひらひら避け続けられるのか、不思議でしょうがない。弾幕が薄いわけでもないのに。

 私は全部避けるのは諦めて、栗の回避に専念する方針に決めた。刺さるトゲと刺さらないトゲ、どっちかを受けるなら刺さらない方がまだ気が楽だ。

 モヤモヤゴムボールに当たりながら栗を避けること数分。だんだんと栗とゴム球との見極めにも慣れてきた。今ならできる気がする。

 ぶつかって足元に散らばっているゴムボールを素早く回収。今まで避けるだけだった栗だけど、処理しやすいのが飛んでくるまで回避。・・・きた、正面から飛んでくるライナーだ。

 モヤッとするけどそれはそれ、ゴムで衝撃を和らげて栗を足元に落としたらすかさず拾い上げる。さっきは打たれたけど、今度は私が勝つ。

 「うにーーーーー!!」

へなちょこストレートだけど、正しい叫びが勝利につながるんだよね。

 隙を見てとにかく投げただけの栗は飛んでくる弾幕を華麗に避ける上に徐々に加速する魔球と化し、ノッカーの木に突き刺さった。

 「見事なり。よくぞこの特訓を乗り越えたな。褒美を授けよう。」

私の足元に緩いゴロでイガ栗をたくさん転がしてくれた。こういう報酬があるんなら根性論だって悪くない。

 「だが避けるだけだったオヤジ、貴様はお仕置きだァァァ!」

 「何でそうなる・・・いてててててっ!」

ケンさんの頭上から降り注ぐ、無数のモヤっとする緑のトゲ球。避けるのが下手で助かった。

 「じゃあ私は一足先に帰ってますね。」

 「あ、お前ズルいぞ!」

 「ズルいのは避けるしか能がない貴様の方だァァァ!!」

ケンさんの悲鳴が木霊する。スッキリして帰ってくるのを気長に待っていよう。


 気長に待つも何も、現実では時間なんて進んでいないようなもの。私の帰還と同時にケンさんも戻ってきた。やっぱりゴム製なだけあって、大した被害は受けていなさそうだ。

 「何だか妙に頭が冴えてんだよなぁ。」

 「よかったじゃないですか。その調子で衝撃的な調理も閃いちゃってください。」

 「そうだな・・・。普通の栗じゃねぇし、やっぱあれだな。あいつなら死にやしねぇだろ。」

意外と物騒なことでも思いついちゃったみたいだ。あながち私のうどん生地兵器だって的外れじゃないことをやらかしてくれそうな予感がする。

 今回は厨房を飛び出して、お店の裏手に回る。やることは単純、火を起こしてそこに栗をイガごと投入するだけ。・・・とても正気の沙汰とは思えない。ただの栗なら中身が弾けるだけで済むけど、どうなることか・・・。

 「呼ばれたわけですが、どうすればよいのです?」

 「そのまま火の前に立っててくれ。」

 「わ、私、お店の掃除してきますね~。」

 「うふふふ、わたくしとケン様を2人っきりにしてくださるのは嬉しいですが、一蓮托生、貴女も道連れですわ。」

 「あ、足が・・・? 嫌です! 私は刺激とか求めてないですぅぅぅ!」

いつの間にかかけられた怪しげな魔術のせいで動けなくなった私と、その陰で安全を確保するケンさんという構図。そして目の前には時限爆弾。完全に詰んだ。

 実際にはそう何分もかかっていないのに、ものすごく長い時間が流れた気がする。限界を迎えた栗がついに牙を剥く。実が弾け飛んだ衝撃で、周りのイガが全方位に発射される。

 「痛っ、熱っ!」

 「うふふふふふふふ・・・。もっと、もっと刺激を・・・!」

 「極悪な鍼治療だな。」

単発火力は全然ないけれど、とにかく数が多い。ちくちくダメージを積み重ねるイガと、勢いよく飛んでくる熱々の栗の実。絶妙なコンビネーションを発揮している。時間差で弾けるのもまたいやらしい。

 「これですわ! これで完成形まで持っていけますわ!」

 「そ、それはよかったですね・・・。」

 「さっそく実証実験を始めなければなりません! 失礼いたしますわ。」 

全身針まみれ、火傷だらけになっているのに、随分と元気だなぁ・・・。私と違って勝手には治らないはずなのに。

 ぶるぶると身震いして針を落とす。ひどい目には遭ったけど、今回はお楽しみが残っている。ホクホクあまあまな焼き栗だ。ちゃんと割れ目を入れておけば労せず食べられたはずだけど、もう済んだこと。食欲の秋を堪能しよう。

 「おいしいです~。秋はおいしいものが多くて幸せです~。」

 「なぁ、俺が食ったやつ全部ウニだったんだが・・・。」

 「あの木もウニって言ってましたし、何もおかしくないですよ。」

 「納得いかねぇ・・・。」


 翌朝、サーシャさんの姿を見かけることはなかった。あんなのが本当にいい刺激になったなら、サボテンと熱烈なハグでもしたらすぐにでも解決したんじゃないかなぁ。

 「急にいなくなると寂しいものですね。」

 「そうか? わけ分からんコーヒー淹れなくて済むと思うとせいせいするぜ。」

 「そう考えると何とも言えないですね・・・。」

お店に日常と普通のコーヒーが帰ってきた。そう思っていたのも束の間、午後一番に日常はあっさりと崩れ去った。

 「できましたわ! お手軽護身用アイテムが!」

 「おう、よかったな。」

 「貴女、ちょっと付き合いなさい。」

 「え、嫌ですよ。この流れ、どう考えたって私で実験するつもりですよね?」

 「安心なさい。人が死ぬほどの威力はないことはわたくし自身で実証済みですわ。」

さらっと危ない発言をねじ込んでくる。出来上がったものは試さずにいられないとはよく耳にするけど、自分を実験台にする人はそうそういないはず。

 お店の中で使わせるわけにもいかず、ケンさん立ち会いのもと、屋外でのお披露目会の運びとなった。空撃ちでも一向に構わないと思うんだけどなぁ・・・。

 「さぁ、行きますわよ!」

サーシャさんが取り出した球体を私に向かって投げつける。・・・のはいいんだけど、届かずに2、3回バウンドして足元に到着。どういう反応をしたらいいんだろう。

 「えーっとぅわぁぁあぁあぁぁ!?」

 「ふむ、人間以外にもきちんと対応できていますわね。成功と見て問題なさそうですわ。」

戸惑っていたところでいきなり爆発して、トゲを撒き散らし始めた。狙い澄ましたように爪の間とかまぶたとか、物理的にも精神的にも大ダメージなところ目がけて向かってくる。爆風も不意に跳ねた揚げ油が腕にかかったくらいの被害はある。そんなのが何発も炸裂するものだから、怯むのも仕方のないこと。

 「あれなら魔王本体は無理でも、使い魔くらいなら撃退できそうですわね。」

 「復活の予定でもあんのか?」

 「忘れた頃に蘇るという占いが出ましたわ。」

 「そうか。」

 「な、何で追いかけてくるんです!?」

 「だがあいつを仮想魔王の使い魔にすんのは無理があるんじゃねぇか?」

 「薄々そんな気はしていましたわ。」

 「止まって、止まってくださいぃぃいぃぃぃ!」

 「うふふふ、やはり秋と言えば芸術の秋ですわ。」

 「芸術は爆発でも、爆発は芸術じゃねぇぞ。」

 「助けてくださいぃいぃぃいぃぃぃ!!」

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