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夏のお小遣い大作戦

 夏休みに遊びに行くと、冷たいものの誘惑につい負けてしまいがちである。少額でも繰り返し使っていると、気温とは裏腹に寒い財布。

 金は天下の回りもの、使った分は稼げば解決。そうと決まれば砂糖とレモンを抱えて屋台の準備だ!


 夏。それは吸血種(ブラッドサッカー)たちにとって受難の季節。天敵の日差しはもちろん、長い昼で活動が制限され、食料となる人間たちも夏バテで血の状態がよくないみたいで、栄養失調に陥るのが風物詩だとか。

 その点私はトマトが主食だから、夏の方が元気だったりする。人間に合わせて生活リズムを強引に昼行性に変えたのもいい方向に働いてくれている。

 「その割にぐったりしてるな。」

 「暑さばかりは克服しようとしてできるものじゃないんですよ。」

猛暑と厨房の熱気が徒党を組んで襲いかかってくる。お客さんは冷たいおそばとか冷しゃぶとか涼しげなもので楽しそうだけど、それを作る側は湯気が立ち上るお鍋の前から動けない。こんなことなら魔王学でもかじっておいて、冷気系の魔法の1つくらい覚えておけばよかった。まぁ、魔眼も使えない時点で魔法なんて夢のまた夢なんだけど。

 こう暑い日が続くと、冷たい飲み物が恋しくなる。トマトジュースの消費量もうなぎ登りだ。今だけは血液アレルギーでよかったと思える。まともな吸血種だったら生ぬるい人間の血液で喉を潤さないといけない。意味もなく高いプライドがそれ以外の摂取を拒むんだって。そんなプライド、投げ捨てちゃえばいいのに。

 「誇りで飯が食えるか、って言葉もあるからな。大体、ここ数年の暑さを経験しといてまだプライドにしがみついてる方が信じられねぇよ。」

 「吸血種は誇り高い種族だって学校で教わって育ってますからね。私はどこかに落っことしちゃいましたけど。」

 「いいじゃないか、プライドなんて荷物にしかならないよ。」

 「少しは持っとけよ。それから無音で入ってくんな、ああああ。」

夏の盛りに勇者さんがお店に来るなんて珍しい。氷結魔法で氷を作っては売ったり自分で涼んだりしているって話で、その稼ぎで秋頃に豪遊しにやってくるまで忙しいはずなのに。

 「近年暑さが厳しくてね、売上もいい感じなんだけど、その分魔力の消耗が早いんだよ。村にワープする余裕だけ残して今日は営業終了さ。」

 「魔力補給してまで働かねぇあたりがこいつらしいよな。」

 「当然だよ。疲れるだけだし、回復だってタダじゃないんだ。それに、ある程度供給を絞ってこその需要だよ。いつでも手に入るものに価値はつかないのさ。」

いつでも手に入るのが売りのこのお店だけど、手に入れるのに必要な労力が段違いだから価値は保っていると思いたい。たまに死にそうになるし。

 「そもそも価値のつけようがねぇんだがな。言い方悪いが得体の知れん食いもん売ってんだからよ。」

 「売ってる側がそんな認識でいいんです?」

 「いいんだよ。みんな納得してるし、僕も含めて、勝手に価値を見出してるだけなんだから。」

人生ゆるーく、軽い気持ちでいかなきゃ息が詰まっちゃうよ、とは勇者さんの弁。この人の場合、軽すぎる気がする。いや、でもここに来る人みんな、何か考えているようで考えていない、頭空っぽ・・・じゃない、能天気・・・違う、前向きで大らかな人たちばかりだし、私が考えすぎなだけなのかも。

 「君はそのままでいた方がいいよ。貴重な常識人枠だからね。」

 「そうか? 割とぶっ飛んでる方だと思うが。」

 「比較的まともなつもりですが・・・。でも常識、常識って何だろう・・・?」

存在が非常識な私が常識を語るって、どうなのかなぁ。そもそもおかしな人が集まるこの空間では、世間でまともって言われる存在が非常識なのでは・・・? そして、そこに馴染んでしまった私は常識的と言えないんじゃ・・・?

 「常識・・・、振り向かないこと・・・?」

 「モルモーがおかしくなる前にこの話題は終わりにして、注文いいかな?」

 「あ、はい。」

危ない危ない。帰ってこられなくなるところだった。

 「レモネードを1度飲んでみたいんだ。」

 「お前王都で氷売ってんだろ? そこら中に屋台出てんのに飲んだことねぇのかよ。」

 「この僕が未来ある子どものためにお金を出すと思っているのかい?」

 「勇者とか以前に人としてどうなんです、その発言。」

レモネードと言えば、夏休みの子どもたちのお小遣い稼ぎの定番商品だ。昔は本物のレモンを使って作っていたらしいけど、最近は溶かすだけでそれっぽい味になる粉末ができたみたいで、より安価に、大量に作れるようになったって話だ。

 「子ども時代から労働を押し付ける社会に協力する謂れはないからね。辛い現実は大人だけが見ていればいいんだ。」

 「ちょっといい話風に締めましたね。」

 「話がまとまったところで、その辛い現実とやらを見に行くぞ。」

 「レモンの収穫ですよね。そんなにきついんですか?」

ケンさんが目を合わせてくれない。今から嫌な予感しかしないんだけど・・・。


 出発前の剣呑な雰囲気はどこへやら、陽気な日差しが出迎えてくれた。気温こそ高いけれど、カラッとした空気のおかげで過ごしやすい。白い砂浜も見えるし波は穏やか、バカンスにうってつけと言っても過言じゃない。

 用事があるのはどう見てもその反対側、丘の上に広がっている森の中なのが悔やまれる。森というか、果樹園みたいに等間隔に並んでいて、枝付きも整然としすぎている。とても自然にできたとは思えない風景だ。

 「よし、今回は当たりからスタートだな。」

 「何ですか当たりって。」

 「そこそこ距離が離れてりゃ当たり、あのレモン畑に近けりゃハズレだ。」

対象が近いのに外れってことは、かなり危険なんじゃないかなぁ。見つかった瞬間に取り囲まれて袋叩きに遭ったり、周りが地雷原で踏み出したらドカン、とか。

 「まさかそんなことは・・・ないですよね?」

 「お前いい勘してんなぁ。当たらずとも遠からずだ。」

 「何で外れって言ってくれないんですかぁぁぁ!」

もうやだ。ときどき痛い目には遭ってきたけど、今日はただ痛いだけじゃ済まない気がしてならない。憂鬱な気持ちを抱えながら、もう1度森に目を向ける。よくよく見てみると動いている木が混じっている。ファンタジーにありがちな、根っこが足で、枝ぶりが腕みたいな木。正面(?)には顔っぽい模様まで浮いている。

 ケンさんに従って森の近くの茂みに向かいつつ観察を続ける。複数の動く木がいて、それぞれが普通の木の周りを巡回しているように見える。個々を見るとワンパターンでザル警備と言われても仕方ないレベルだけど、死角ができないように配置されていて思ったほど隙はない。

 「あそこに飛び込まなきゃいけないんですよね。」

 「そうだな。まぁ2人いりゃそこまで難しい話じゃねぇ。」

 「2人で砦を落とす話なんてどこを探してもないですよ。」

 「落とす必要はねぇよ。レモン取って帰れりゃ、俺たちの勝ちだ。」

つまり、できるだけ戦闘を避けてお宝だけ頂戴する方向になるわけだ。料理人からコソ泥にクラスチェンジかぁ。いやまぁ、狂戦士(バーサーカー)よろしく皆殺しにして略奪しないだけ平和的だけど。

 「で、そのために何するかって話だがな・・・。」

 「できれば聞きたくないんですけど・・・。」

この流れ、私に無茶させるに決まっている。無茶したら死ぬ人間(ケンさん)と、ちょっとやそっとじゃ死なない吸血種(わたし)のどっちが適任かって言われたら、誰だって私って答える。私が死んでも、代わりはいないけど生き返るもの。

 「・・・ってことで、1つ頼んだぜ。お前なら無傷で終われるだろ。」

 「うまくいけば、ですけどね。」

ケンさんと別れて単独行動開始。隠れていた茂みから抜け出して果樹園にほど近い、1人なら身を隠せそうな小さな植え込みに移動。ケンさんは私とは逆サイドから接近する手筈になっている。あっち側もうまく潜伏できたのを確認できた。ここからミッションスタート。

 「えっと・・・、このくらいかな?」

移動しながらかき集めた小石を投げ込んで注意を引き付ける。うまく1匹だけ釣り出せればいいんだけど・・・。

 「何事だ?」

 「石ころであります、サー!」

 「警告射撃の許可を求めます!」

 「よろしい。逃げるならよし、抵抗の意思ありならば殺害もやむなしと心得よ。」

 「イエス、サー!」

ちょっと聞いている話と違うんだけど。『石でも投げて気を引きゃ1匹だけおびき寄せて倒せるぜ』って言っていたのは何だったんだろう。

 それより射撃って、隠れるところなんてここくらいしかないんだから、ピンポイントで私のいる近辺を狙ってくるんじゃ・・・。

 「撃ち方始め!!」

ほらやっぱり。そこらの地面がレモンの種で抉られていく。警告でよかった、こんなのまともに受けたんじゃ、蜂の巣になっちゃう。

 「撃ち方やめ!!」

 「特に動きはないようであります!」

 「カラスのいたずらだったか? まぁいい、平時の体制に戻れ。」

 「念のため見てこいカルロ。」

そんな死亡フラグ建ててまで見にこないで。こうなったら近づいてきたところをさっくりやるしかない。ピッチフォークみたいな武器を作って待ち構える。茂みを覗き込んだ瞬間を見計らって・・・!

 「フラグは回収です!!」

はぁ、やっちゃった・・・。でもフラグを建てる方が悪い、私は回収しただけ。私は悪くない。そういうことにしよう。

 この木にもレモンが生っているみたい。ケンさんが食べられないけど有効利用しろって、よく分からない話をしていたっけ。なんだか軍隊みたいな木だし、投げたら爆発したりするのかなぁ。何個かついているし、試してみよう。レモン畑とは反対側に、そぉい!

 「うわぁ・・・。」

予想通り爆発した。どうやらグレネードの一種で、炸裂と同時に強酸性の液体をばら撒くタイプみたいだ。着弾地点でいろいろ溶け出すほどの酸で、レモン果汁とは言えない危険な代物だ。でも私の肩なら安全な距離まで投げられそうだし、ありがたく使わせてもらおう。

 「ケンさんは混乱させればいいって言ってたよね。」

そう、なにも哨戒している木を全滅させる必要なんてない。このレモン型グレネード、略してグレモネードがあれば難しい話じゃない。それじゃあ早速、敵陣目がけて第一投。

 「緊急事態発生であります!! 突如擲弾が飛来、数名が爆発に巻き込まれ、誘爆して被害拡大中であります!!」

 「救護班急げ!!」

 「待て!! 頭のは置いていけ、巻き込まれたいのか!?」

えーっと・・・。私が投げたのって、薬品が飛び散るタイプだよね? 何で弾薬庫に延焼したみたいな被害になっちゃっているの? 結果だけ見たら大成功なんだけど、何て言うか・・・、ごめんなさい。

 「動ける者を集めろ! 全戦力をもって敵を駆逐せよ!!」

 「イエス、サー!!」

た、大変なことになった。見つかってもいいから逃げなきゃダメだ、逃げなきゃダメだ・・・!

 「いたぞ!!」

 「殺しても構わん、撃て!!」

 「み、見逃してくださ痛い!!」

 「やったであります!!」

後頭部にクリーンヒット、そのまま倒れ込んでしまった。死なないといっても、急所に当たれば死ぬほど痛い。戦闘狂な他の吸血種は高揚状態で痛みを感じないらしいけど、私は『任務、了解』とか言って自爆する酔狂さは持ち合わせていない。

 このまま寝ててもいいんだけど、さすがに痛かったからちょっとだけ脅かしてあげよう。頭から大量出血したんだし、使わないと損した気分になる。私そっくりの巨大な人形なんて、脅かすにはちょうどいい。

 「ば、化け物ぉぉぉ!?」

 「そうです、化け物です。呪われたくなければ、これから言うことをしっかり聞いてください。」

自分で言っておいてあれだけど、こんな丁寧に話す化け物なんて、どこにいるんだろう。

 「私が来たときは、爆発しないレモンを分けてください。それから、おいしいトマトも栽培するように。」

 「ト、トマトでありますか?」

 「そうです。トマトの赤は、この地に染み付いた呪われた私の血の色です。おいしいトマトを育てて浄化し、私に返してください。」

 「い、イエス、マム!!」

 「こちらが本日分のレモンであります。お納めください。」

思っていたよりも聞き分けがいい。今後楽できることを考えたら、今日痛い目に遭ったのも悪くない気がしてきた。

 これだけ派手に注意を引いたんだし、ケンさんもいい加減戻ってきている頃かな。とりあえず合流しよう。

 「さっきのデカいお前は何だったんだ?」

 「ちょっといたずらしただけですよ。」

 「いたずらねぇ・・・。まぁいいや、帰るか。」

 「はい。」

次はいつになるか分からないけど、トマトができているといいなぁ。


 帰ってきて最初にするのは料理でも何でもなく、血染めの服の着替えから。どす黒くなった服を着た店員が目に入ったら、私だったら腰を抜かしちゃう。いっそのこと、血が目立たない服とか作ってもらおうかな。

 着替えてスッキリしたところで料理を始めよう。と言ってもレモネードだし、手早く済ませちゃおう。レモンを半分に切って果汁を絞って、水とはちみつを加えてしっかりと混ぜ合わせておしまい。

 レモンとはちみつって、どうしてこんなにも相性がいいんだろう。夏の暑さに負けない、爽やかな口当たりが心地いい。

 「なるほど、へぇ~。確かに夏に売るのにぴったりだね。だからって、子どもが売ってるのは買わないけどね。」

 「ブレねぇなぁ。」

 「これでも勇者だからね。軸がブレるようじゃ務まらないよ。」

たぶん、その軸が曲がりに曲がって、一見するとまっすぐなんだけどものっすごく拗れて1本に見えているだけのような気がする。ブレないんじゃなくって、動かしようがない感じ。

 「まぁ何でもいいさ。ところで、せっかくいいレモンがあるんだし、夏の間だけでもお冷の代わりにレモン水にしたらどうだい?」

 「ほう。お前にしちゃ悪くねぇ提案だな。」

 「いいんじゃないですか? ちょっとしたサービス気分で。」

 「だろう? あ、プロデュース料として、今日の分おごりにしてよ。」

 「ちゃっかりしてんなぁ。別に構わねぇけどよ。」

勇者さん発案で夏季限定サービス、普通のお冷かレモン水、好きな方を選べるように。好評だったら通年にしてもいいかもしれない。

 「でも、モルモーが乗り気だとは思わなかったよ。」

 「え、そんなにおかしいです?」

 「そういやそうだな。あんな血まみれでレモン取ってきたのに、何だってOK出したんだ?」

 「それはですね・・・。」

かくかくしかじか、まるばつさんかく。

 「あっはっは、レモンで小銭じゃなくてトマト稼ぎするんだね。面白いよ。」

 「ちょっと勇者さん、笑いすぎですよ。」

 「お前、そこまでしてトマトかよ。ダメだ、腹痛ぇ!」

 「ケンさんまで、ひどいですぅ~!」

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