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ポジティブに行きましょう!

 何も悪くないのに意味もなくネガティブな名前をつけられたり、何故か嫌われたり、それでも野生生物は元気に生きている。彼らを見習って、勝手な評価に左右されずに前向きに生きたいものだ。


 雨が降ると気分が沈む。旅暮らしのときの苦労を思い出すからかもしれないし、ただ単に雨だからかもしれない。

 太陽が出ていない日は吸血種(ブラッドサッカー)の活動が活発になるとはいえ、雨の日は人出もまばらで、あまり効率はよくない。行く先々で人間に紛れて生きてきた私にとっては、人目につきにくい天候は逃げるのに都合がいい。そうやって天気の悪い日に逃げては追われてを繰り返してきたせいで雨に苦手意識が生まれた可能性は大いにある。

 「止まない雨はないって綺麗事言う人もいるけどさ、そういう人の雨って大概真夏の夕立程度なんだよね。いつ止むかも分からない長雨なんて経験したことのない、無神経な発言だよ。」

 「えらく後ろ向きだな、らしくねぇぞ。」

お店に来るなり持ち込んだワインをラッパ飲みしながら、暗い話を始めたロブさん。超ネガティブ思考な私よりも暗い顔をしている。お調子者の面影がまるで残っていない。

 「ボクだって、やりたくてやってるわけじゃないのにさ。」

 「何をだ?」

 「増えすぎた生き物の駆除さ。」

 「何も問題ない気がしますが・・・。」

問題ないとは言ったけど、どこにでも変な人って湧いてくるんだよね。誰かがやらなきゃいけないのに、自分は絶対に手を出さないで口だけ出す人。そういう人に限って高圧的なのはどうしてだろう。

 「いや、別に絡まれてるわけじゃないんだ。増えてるのがタコなのが問題なんだよ。」

 「それがどうしたってんだよ。」

 「ああ、そういえばここに来る人間はタコも構わずに食べる変わり者ばかりだったね。」

言われるまで忘れていた。タコって『デビルフィッシュ』って呼ばれて避けられているんだった。ここではお刺身だったり唐揚げだったりと、あの手この手で消費されている。生のぐにゃぐにゃした食感は苦手だけど、火を通した後は程よい弾力とうま味がクセになる。

 「ボクは特段避けてるわけじゃないんだけどね、若い人魚(マーマン)、特にセイレーンの女の子には親の仇ってくらい不人気なんだよ。触手っぽいのがダメなんだってさ。」

 「触手が好きな女の子はいませんって。」

 「そうだよねぇ・・・。」

小型のタコなら私も問題なく捕まえられる。それでもできることなら関わりたくはない。ヌルヌルの足に絡みつかれた感触、思い出すだけでも鳥肌が・・・。

 「やっぱりタコに関わると嫌われるんですね。」

 「いいや、そうじゃなくてね、駆除したタコなんだけど、誰も食べないから仕方なくボクが食べてるんだ。最近はタコしか食べてないから飽き飽きしてね。」

 「お前の悩みなんて、そんなもんだろうとは思ってたよ。」

 「いやいや大問題だよ。ていうか何でエビのボクがタコ処理してるのさ。人魚じゃなかったら返り討ちにされてお終いだよ。」

エビよりは適任がいる気がするけど、普通のタコ相手なら体格で勝っている時点で誰でもいいようにも思える。墨や水じゃ飽き足らず、炎とか光線とか出すタコはそもそも相手にしない方が無難だし。

 「話が逸れたね。今日は2人にお願いしたいことがあるんだ。」

 「先に言っとくが、タコなら要らんぞ。」

タコの需要はあるにはあるけど多くはないからなぁ。暑い季節にはちょうどいいって、ケンさんの国では食べられていたって話だけど。国が違うだけでここまで扱いが違うとは。

 「タコの消費はこっちで済ませるよ。いい調理方法を聞きたいんだ。」

 「そういえば、ほとんど料理しないんでしたよね。」

 「うん。タコだって分かんなければ食べられると思うんだよ。みんな見た目で食欲をなくしちゃってるからね。」

 「そういうことなら任せとけ。」

こういうときのケンさんは頼りになるなぁ、伊達に怪しいものを調理し続けてきただけはある。それに、食べ物の魔改造に関して右に出るものはいない国だって自慢(?)していたし、見た目をごまかすのなんて造作もないことに違いない。

 「あ、肝心のタコ持ってくるの忘れちゃった。悪いけど、獲ってきてくれない?」

 「えっ。」

 「仕方ねぇなぁ、料理始めるときに声かけっから、酔い覚ましとけよ。」

 「よろしくね~。」

食材は忘れるのに、お酒だけは絶対に忘れないんだもんなぁ・・・。まぁ、魚介に関してはあんまりひどい目に遭わないし、ちゃちゃっと行ってこよう。


 タコ漁は他の魚たちに比べたら楽な方だ。舟を漕いでそれらしいポイントに移動、沈めておいた壺を引き揚げて中を確認する。何度か経験したけど、トラブルらしいトラブルもなく平穏そのものだ。

 これから行くポイントだって、前にタコを捕りにきたときにしかけた壺を回収するだけ。ケンさんお手製らしい少し不格好な舟も意外と丈夫で、ちょっとの波なら乗り越えていける。あとは1つでいいからタコがかかっていればクリア。なんてことないはずだった。

 到着してすぐに目に飛び込んできたものは、しかけておいた壺を持ち上げて、海面でうねっている巨大なタコの足だった。動き方が触手生物のそれを思わせる気持ち悪さだ。

 「帰りましょう!!」

 「帰ってもいいが、何か手打つまでこのまんまだぞ。」

 「そんなぁ・・・。」

海上に出ている分だけで数メートルはあるのに、あんなのどうにかできる気がしない。ヌルヌルの足に捕まって引きずり込まれてあんなことやこんなことをされるに違いない。触手っていうのはそういうものだって相場が決まっている。

 「何だかいわれのない誹りを受けた気がする・・・。」

 「自分から出てくるのは予想外だったな。」

海が盛り上がり、足の主と思しきタコが姿を見せた。巨大な体躯の割にはオドオドした雰囲気を醸し出していて、どことなく親近感が湧いてくる。だからといってウネウネが許されるかはまた別の話、気持ち悪いものは気持ち悪い。

 「露骨に嫌な顔をしている・・・。やっぱり、タコなんか滅びてしまえって思っているんでしょう? だからこうやって罠にかけて仲間を捕まえているんだ、根絶やしにするために・・・!!」

 「論理の飛躍がすげぇな。」

私が言うのもおかしな話だけど、想像力豊かというか、被害妄想が激しいというか・・・。長年デビルと呼ばれ続けたせいで卑屈になっちゃったんだとすると、ちょっと可哀想。

 「今度は哀れみの視線を感じる・・・。タコに生まれたから殺されるんだぞっていう、下等生物に向ける目をしている・・・。」

 「私より後ろ向きな生き物、初めて見ました。」

 「そうだな。お前より下がいるとは考えたことなかったぜ。」

 「やっぱり下だと思ってる。そりゃそうだよね。意外と賢いとか持て囃しといて、どうせ心のどこかで『所詮は軟体動物よ』とか見下してるんだ。」

一を聞いて十を知るなんて無茶な話がまかり通っているこの世の中、一聞いただけなのに十知ったつもりでここまで拗らせたネガティブな妄想を繰り広げるのは、ある種の才能と言ってもいい。ただ、話が全然進まないのだけはどうにかならないかなぁ。

 「埒が明かねぇ。面倒くせぇしサクッとやっちまおう。」

 「殺るって言った! お、お助けを!!」

 「足1本でも多すぎるくらいじゃないです?」

 「ひいぃぃぃ! 1本ずつ千切って拷問して殺す気だ!!」

 「半端に切るわけにもいかねぇし、とりあえず1本だけもらってくか。その内生えてくるだろうし、問題ねぇだろ。」

 「ま、まさか斬り落として治してを繰り返して、永遠に拷問を・・・!?」

 「そうしましょうか。」

なにやら叫んでいたような気がするけど、私たちの声が聞こえていたんだろうか。波の音にかき消されそうなくらい小声だったのに。でも周りに怯えるあまり、あちこち聞き耳を立ててはその内容に勝手にビクビクしちゃう気持ちはよく分かる。

 「そこのタコ助、ものは相談なんだが・・・。」

 「殺られる前に殺ってやる! うりゃあぁぁあぁぁぁ!!」

 「わわっ、危ない!」

8本の足を使った連続叩きつけ。手数を増やせば威力が落ちる、重たい一撃はたくさん繰り出せない、足の数がそんな悩みを解消している。どれもこれも一撃必殺の破壊力で放ってくる。まさしくタコ殴りという様相だ。

 「はぁ、はぁ、こ、このくらいで勘弁してやる・・・。」

 「そうか、次は目を開けて攻撃するんだぞ。」

初撃を回避してからというもの、私たちは攻撃の届かないところまで退避していた。

 臆病な性格の時点で分かってはいたけれど、明らかに戦い慣れていない。8本もあるんだから、囲んで退路を断つとか、薙ぎ払いとか突きとかいろいろできるのに。

 「あれを避けられた、もう勝ち目がない・・・。煮るなり焼くなり好きにすればいいよ。」

 「じゃあ足1本分けてくれ。それで手打ちにしてやる。」

 「足? 鹿の頭みたいに飾るの?」

 「いや、食う。」

 「何それ嫌なんだけど。悪魔より邪悪な思考してるね。」

邪悪じゃない思考ってものが分からないけど、人間がわざわざタコを捕る理由なんて、食べる以外にないんじゃないかなぁ。少なくとも王都の人間は絶対にしないという確信は・・・ないかな。なんだかんだ人間の好奇心の前には敵わないだろうし。

 ケンさんじゃ交渉は難しそうだ。ここは口先と逃げ足だけで生き延びてきた私の出番だ。

 「まぁタコさん、ちょっと聞いてください。最近は悪魔って言葉をいい意味で使うようになってきたんです。」

 「へぇ~。それがどうかした?」

 「それでですね、デビル呼ばわりのタコも実はいい種族じゃないかって検証が進んで、今では評価が逆転したんです。」

 「へ、へぇ~。タ、タコがいい種族、ね。」

うん、褒められた経験がないだろうという読みは当たったみたい。ちょっと照れくさそうだ。もう少し押してみたらいけるんじゃないかな。

 「ところがですね、今まで捨ててきたタコへの贖罪の意味を込めて食べてあげようって考えが出てきたんです。そしたらこれがおいしいって評判を呼んで、乱獲されるようになってきたんです。」

 「けっ、やっぱり人間って勝手だよね。」

 「あなたの立派な足が1本あれば、人間たちの食欲を満たせるんです。そうすればタコの乱獲被害も防げるんです。お願いです、あなただけが頼りなんです。」

 「そ、そこまで言われたら仕方ないな~。どうせ減っても戻るもんだし、いいよ、1本あげるよ。」

 「ありがとうございます!」

器用に他の足を使って押さえながら1本取ってくれた。自傷って結構痛々しいんだなぁ・・・。私が普段からやっていることなんだけど、自分でやるのと他人のを見ているのとじゃ、大きな差がある。

 「他の人間たちに、少しならいいけど乱獲はやめろって伝えといてよね。さよなら~。」

 「少しはいいんだ・・・。」

 「その方が俺たちもありがてぇだろ。毎度千切らせるわけにもいかねぇ。」

巨大タコ騒動も解決したし、タコ足もゲットできたし、漁業権も一応確保できたし、丸く収まってよかった。後はこの足をカットして持ち帰るだけかな。

 「しっかし、よくもまぁあそこまでデタラメ言えるな。嘘しか話してねぇんじゃねぇか?」

 「私たちが余計なことしなければ、あのタコさんには真実ですよ。」

 「詐欺師の言い分じゃねぇか。」

何度も騙されかけて身につけた話術だし、似通ってくるのもしょうがない。それに『だまして悪いが、仕事なんでな』なんてたちの悪いことしないだけありがたく思ってもらわないと。


 タコ足を持ち帰ってきても、ロブさんの酔いは全く覚めていなかった。食材捜索中は時間がほとんど進まないから当然と言えば当然かな。何を作るのか私も知らされていないけど、酩酊していなければ問題ないのかな。

 まずは水と卵を混ぜて小麦粉を加えてダマにならないように混ぜ合わせる。小指の第一関節までくらいの大きさにタコ足を切って、ネギを刻んで紅生姜を粗いみじん切りにする。それから天かすを用意して準備はおしまい。王都周辺じゃ見ない料理になりそうだ。

 「こっからはお前にも働いてもらうぜ。」

 「それはいいけど、この鉄板は何だい? こんなの見たことないよ。」

ケンさんの用意した鉄板には、同じ大きさの丸いくぼみがいくつもついている。煮るにしても焼くにしても使いづらそうな形状だけど、どうやって使うんだろう。

 「そんじゃ始めるとするか。」

 鉄板を熱して油をひいたら、お玉で水溶き小麦粉を流し込んでいく。その中にタコを放り込み、紅生姜と天かす、ネギを投入。じわじわと焼けてきたけど、まさかこれでおしまいってことはないよね。全然タコが隠れていない。これじゃタコが入っているってバレバレだ。

 「少し忙しくなるぜ。俺の真似しながらやってみてくれ。」

爪楊枝で90度くらい回転させていく。なるほど、中のまだ焼けていない生地が流れ込むっていう寸法かぁ。確かにこれは忙しい。もたもたしていると他の生地に火が通ってしまってドーム状の物体になってしまうし、完全に焼ける前にあと90度回して球体にしないといけない。素早く正確に、手先の器用さが求められる作業だ。

 「これ楽しいねぇ。みんなでワイワイやるのも悪くないんじゃない?」

 「店売りもあるが、家族で作って食うことも多かったんだぜ。」

 「子どもたちも喜びそうですね。」

作って楽しい、食べておいしい、みんなの仲も深まって言うことなし。このためだけにパーティーを開くのもいいかもしれない。目の前で出来上がっていくライブ感もいい雰囲気を作る助けになっている。

 「好きなもんかけて食っていいんだが、こいつらが定番だな。」

ときどき回しながら形を整え、きれいなきつね色に焼き上がったら取り出して、ソースをかける。お好みで青のり、マヨネーズ、それからかつお節をトッピングして食べるみたい。

 「ソースの香りってズルいですよね。お腹いっぱいでも食べたくなっちゃいます。」

 「だからってすぐに食うとえらい目に遭うから気ぃつけろよ。」

 「熱っ! あっつ!!」

 「ああなるからな。」

ひと口で頬張ったロブさんが大変なことになっている。火傷に気をつけながら食べてみる。なるほど、中はトロトロで、注意しないとこれで火傷するのか。

 このトロトロした生地、タコの食感、ソース、ほんのりと香る紅生姜と青のり、全部が混ざり合って生まれる幸福感。タコを何とも思わない人が増えたらきっと流行る。

 「ところで何て名前の料理です?」

 「タコ焼きだな。」

 「全くの別物なのに、名前はイカ焼きと似てるんだね。」

イカがそのまんま過ぎるだけのような気も・・・。正直、焼きイカとイカ焼きの違いがさっぱり分からない。

 ロブさんに鉄板を貸し出して、縄張りで作ってもらうことになった。人魚たちに熱い食べ物は馴染みがないかもしれないけど、冷めてもおいしいし、好きになってくれるといいなぁ。


 タコ焼き作りから1週間ほど経ったある日、お調子者に戻ったロブさんが鉄板を返しにやってきた。この様子だと、みんなに受け入れられたのかな。

 「いやぁ、助かったよ。そりゃもう大好評さ。」

 「そいつは何よりだ。」

見た目を変えるだけで食べられるようになるんだから、料理の見栄えって大事だよなぁ。お腹に入れば一緒だって言う人もいるにはいるけど、見た目が悪いとやっぱりおいしくないって思っちゃう。

 「ところでさ、新しい問題ができたんだよね。タコの養殖って、できないかな。」

 「俺に分かるわけねぇだろ、育てんのは専門外だ。」

 「人魚のみなさんで分からないなら、陸の生き物には分かりませんよ。」

 「だよねぇ~。まぁいいさ、みんなおいしいタコ食べたさに張り切って考えてくれるでしょ。じゃあ、また来るよ。」

陽気な笑い声を残してお店を出ていった。

 「鉄板返しにきただけだったな。」

 「まぁ、元気になったみたいだし、いいんじゃないですか?」

元気があれば何でもできるって言うし、ないよりあった方がいいに決まっている。ネガティブ要素を克服してプラスになったんだし、終わりよければ全てよしってことで。

 「あのタコみてぇに騙して元気にするのはありなのか?」

 「け、結果がよければいいじゃないですか。」

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