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討伐されたスライムだけが良いスライム

 伝説は物語の数だけ存在する。冒険譚だったり、神話だったり、流行りの小説だったり。英雄が巨悪を滅ぼすもの、偉業を成した功績に尾ひれがついたもの、信仰を広めるため作られたものなど、内容も様々だけど、勧善懲悪ものは人気が高いのか、勇者と呼ばれる存在はとにかく多い。勇者と聞けばきっと誰しもが、苦難を乗り越え、戦い、傷つき、成長し、最後には魔王を倒し、世界に平和をもたらす者だと思うだろう。私もそう思っていた。()に出会うまでは・・・。


 私が『飯屋 山猫』で働き始めた翌日にその人物はやってきた。幅広の片手剣と小ぶりな盾を携え、地面まで届きそうなマントを着ている。そして逆立てた黒髪のおかげではっきりと分かる鋭い眼光。手入れの行き届いた武具は、よく見てみると無数の細かい傷がついている。まさに絵に描いたような勇者、歴戦の強者という出で立ちだ。

 ・・・あれ。もしかして、私ピンチ? 吸血種(ブラッドサッカー)なんて、勇者から見たら獲物でしかない。一般的な人類には脅威かもしれないけれど、伝説の勇者となると話は別だ。生まれついて聖なる力の加護を受けているため、吸血種のような闇の眷属には滅法強い。何人もの吸血種が、経験値とおこづかい目的の勇者に殺されている。足の震えと脂汗が止まらない。

 「いぃぃぃらっしゃいませぇぇ。」 声まで震えてる。ケンさん助けて。

 「おう、久しぶりだな、ああああ。」 おお、なんていいタイミング。ところで今何て言いました?

 「やぁマスター。小金が入ったから遊びに来たんだ。そっちの娘はどうしたんだい? どこかで拉致してきたのかい?」

 「んな訳あるか! 新しく雇ったんだよ。」

 「は、はじめまして。モルモーと言います。」

 「はじめまして。僕は伝説の勇者ああああだ。よろしく、モルモー。」

自分で伝説の勇者って言っちゃうんだ・・・。それよりも、ああああって何だろう? よっぽど間抜けな顔をしていたのだろう。ケンさんが苦笑いしながら教えてくれた。

 「ああああ、ってのがこいつの名前なんだよ。」

そっか、名前かぁ。自己紹介だもんね、名前を言うに決まってるよね。・・・名前?

 「我ながらひどい名前だよ。こういう適当な名付け、勇者界隈ではよくあるんだよね。」

あぁ、自分で名前を決められるゲームにありがちなパターンだ。付けたときはよくても、冷静になったら後悔するんだよね。

 「名前は変でも、勇者として世界を救ったなら立派じゃないですか。」

 「それがなぁ。こいつは、()()()()()()()()()()()()()()勇者なんだ。」

 「そりゃあ、こんなふざけた名前を付けちゃう奴がいる世界なんてどうなっても構わないよ。」

他の奴らが死んでも僕は復活(リスポーン)するしね、と笑っていた。私だって、心臓が動いていれば首を落とされたって再生できるけど、復活できるからいいなんてとても言えない。痛いものは痛いし怖い。ある意味で勇気があるんだろうけど、そんな明後日の方向でも勇者の素質になるんだ。

 名前談義に一区切り付いたところで、ケンさんが彼のオーダーを聞いた。

 「注文はいつものやつでいいのか?」

 「あぁ、頼むよ。」

いかにも常連ぽいやりとり。私には何のことだかさっぱりだ。私にも分かるように話してほしい。

 「何を頼んだんです?」

 「ゼリーだよ。スライムばかり相手にしていると、食べたくなるときがあるんだ。」

何だかんだ言って、モンスター退治してるんだ。勇者になるくらいだし、根はいい人なんだなぁ。

 「何だい、その『意外といい奴なんだ』みたいな顔は。勘違いはいけないよ、僕は僕の都合でモンスター退治をしているに過ぎないからね。」

 「はい?」

 「結局、第2の勇者が世界を救ってしまったけれど、モンスターは無限に湧いてくるからね。僕は自分の生活基盤が維持できる程度にモンスターの相手をしているのさ。」

 「そんで、スライムだけ倒してレベル99になった伝説(笑)の勇者が出来上がったってわけだ。」

それだけ戦ってるなら十分じゃないかなぁ。生活圏だけって言っても、その狭い世界にとっては正しく勇者だと思うんだけど。

 「こいつの話に付き合ってたらキリがねぇ。行くぞ、モルモー。」

 「はぁい。」

私のときはジャングルだったけど、今日はどこに繋がるんだろう。ゼリーに必要なもの・・・飾り付けのフルーツとか? それならまた森の中で植物系の魔物の相手かな?


 私の予想は大外れだった。見渡す限りの大平原だ。天気もいいし、ピクニックに来たみたいで気分も盛り上がってくる。ちょっと遠くに見える丘なんて、眺めもよさそうでお弁当を食べるのにピッタリじゃないかな。だけど、ここで何を取るんだろう? 食べられそうな植物もなければ、動物も見当たらない。とりあえず何をするのか、ケンさんに聞いてみよう。

 「今日はとにかく歩き回るだけだな。そうすりゃその内見つかるさ。」

 「それだけですか?」

 「見つけた後は戦いになる。ただの雑魚だから心配はいらんだろ。」

そう言って歩き出した。こんなに見晴らしがいいのに見つからないってことはないだろうけど、何を探すんだろう? 私も後についていく。

 「雑魚とは言ったが、足元からぬるりと出てくるから、初めは腰抜かすかもな。」

 「えぇー、そんな気持ち悪いのと戦うんですか? そもそも何を探してるんです?」

 「スライムだ。」

えっ、もしかして捕まえてそのまま食べるの? 確かにゼリー感漂う超軟体生物(ぷにぷに)だし、ソーダ味がしそうな色合いだけど・・・。

 「スライム・・・食べられるんですか・・・?」

 「毒も持ってねぇし食ってみたことはあるが、ありゃほとんど水だ。味がしねぇ。」

食べたんだ・・・。もし栄養満点で味がよくても、食べたくないなぁ。

 スライムを求めて歩いていると、足にひんやりしたものがまとわりついてきた。嫌な予感がする。恐る恐る足元を見ると、半透明の液体のような何かが私の足に絡まっていた。

 「きゃあぁぁぁぁ、出たあぁぁあぁあぁぁぁぁあぁ!」

必死に振り払おうとするが、半分液体みたいな生物は簡単には離れない。パニックに陥った私は、力任せに謎の生物を剥がそうとする。意外なことにあっさりちぎれた。

 「はぁ、はぁ、びっくりした。」

 「初めてだとそうなるよなぁ。」

この食材探しの世界、私達の世界の常識が通用しない。もっとしっかりした形があって、つぶらな瞳で魅惑のぷにぷにボディの魔物だと思ったのに。これじゃスライムと言うより液状化した触手の方が表現としては近い。こんな気持ち悪い生物の何をどう調理したら、ぷるぷるで爽やかなデザートになるんだろう。

 「とりあえず破片を回収しといてくれ。」

言われた通りに袋に詰めていく。これ、くっついてまた動き出したりしないよね? そういうものって分かっていても、ぬるぬるしたものがウネウネと向かってくるのは嫌悪感しかない。

 スライムの残骸を回収し終わってケンさんを見ると、手慣れた様子で大量のスライムをちぎっては袋詰めしていた。それでもまだまだ足りないらしい。どれだけ必要なんだろう。

 「欲しいのは量じゃなくってなぁ、種類なんだよ。」

 「えぇー・・・。こんな不気味なのが他にもいるんですか。」

 「そろそろお出ましになるんじゃないねぇ。仲間が減って、焦り出す頃合いだ。」

言い終わったくらいで、また足元に気持ち悪い感触が。でも何かが違う。最初のは冷たい感じだったけど、今回は何だかビリビリする。目線を下にやると、確かにスライムがいる。

 「何か、色が違うんですけどぉ!」

黄色い粘液が、足元に広がっていた。ケンさんの方には赤いのがいる。

 「やっと出やがったな! モルモー、そいつを逃がすんじゃねぇぞ!」

そう言いながら、赤いスライムを細切れにしている。何だか返り血を浴びてるように見えなくもない。私の方はというと、うまく動けずにいる。このビリビリ、手足に麻痺を与えるようだ。だけど所詮はスライム、大したことはない。何より気持ち悪さが上だ、早く取ってしまいたい。

 「はーなーれーてーくーだーさーいー!」

黄色い粘着生物を引き剥がしていく。体が小さくなるほど麻痺も弱まって、動きやすくなっていく。私にへばりついていた触手が片付いたら、地面に広がっていた残りの体を細かく切り刻む。全部のスライム片が動かなくなったのを確認し、収集していく。

 「上出来だ、引き上げるぞ。」

 「そうですね、早く帰りましょう!」

 「お、おう。」

私の勢いにケンさんは少し引いていた。だって、こんなR18指定されてもおかしくない魔物がいるところなんて、一刻も早く立ち去りたい。ピクニックなんてしてる場合じゃない。


 持ち帰ったスライム片を使って調理を始めたケンさん。青・黄・赤それぞれを鍋で加熱している。何でも、水分を飛ばすとゼラチンパウダーになるらしい。精製するときは熱に強く、調理に使うと普通のゼラチンと変わらない謎の粉、それがスライム製ゼラチン。何を言っているのか全然理解できない。

 「安心しろ、俺にも分からん。」

 「えぇ・・・それでいいんですか・・・?」

 「そういう謎の解明は学者の仕事だ。食っても害はねぇんだし問題ねぇ。」

そうこうしているうちに精製が終わったようだ。青・黄・赤の色鮮やかな粉末だ。ものすごく毒々しいんだけど、本当に大丈夫かな・・・。

 私の心配をよそに、ケンさんはゼラチンをお湯に溶かし始めた。やけにお湯の量が多い。

 「謎のゼラチンの謎の性質その2、青いのはソーダ味、黄色はレモン味、赤はいちご味、溶かすだけでなぜか勝手に味がつく。砂糖も要らん。」

おかげで安上がりだ、とケンさんは笑う。ちなみに青+黄=緑でメロン、黄+赤=橙でオレンジ、青+赤=紫でグレープも出来上がるらしい。混ぜる割合を工夫すればもっと作れるとのこと。

 「全部は混ぜんなよ、ヘドロになるぞ。」

かき氷のシロップを欲張ってかけちゃいけない。誰もが通る真っ黒な氷の教訓はこんなところにも生きている。

 あとは冷やし固めればスライムゼリーの完成だ。元を辿れば成人誌に出てくるような生物だけど、こうなってしまうとおいしそうに見えるから料理は面白い。今回用意したのは青とオレンジ。勇者さんの村の周辺によく出るスライムと同じ色の組み合わせらしい。この2色だと征服欲が満たされるとか何とか。

 「うん、やっぱりここのゼリーは格別だよ。そういえば、火炎魔法で倒せばあの粉になるかと試してみたけど、駄目だったよ。」

材料のこと知ってたんだ・・・。でも、ゼラチン(なぞのこな)になってくれれば大儲けできそう。怪しいけど便利だし、欲しい人はいると思うんだよね、怪しいけど。

 「残念だが、得体の知れんもんは取引させてくれねぇよ。」

 「そんなぁ。いいアイデアだと思ったのに。」

どこに行っても偉い人たちは普段は大して仕事してないくせに、お金の匂いがすると途端に働き者になる。特に騎士。モンスターからの防衛は自警団任せなのに、貴族からの依頼なら逃げたネコの捜索でも請け負うんだから困りものだ。

 「あいつらが働けば僕がわざわざ戦わなくて済むんだけどね。最初からいなければ僕がやるしかないから諦めもつくんだけど。ゼリーの角に頭をぶつけて死んでくれないかな。」

 「他の愚痴をちったぁ考えてこい。いい加減聞き飽きた。」

 「そうだね、次に来るときには新しいネタを用意しておくよ。」

 また来るよ、と言って勇者さんは村に帰っていった。去り際に「僕が戦わなかったらどうなるか試してみようかな。」とつぶやくのが聞こえてしまった。ダークサイドに堕ちて魔王になったりしないか不安になってきた。

 「何だか、すごいクセの強い方でしたね・・・。」

 「ありゃまだマシな方だ。」

十分変な人だったけど、もっと変わった人がいるんだ。よくよく考えたらケンさんも私も変わり者の部類だし、自然とそういうタイプばかり集まっちゃうんだろうか。

 世界を救わないやさぐれ勇者さんよりも変わった人かぁ。吸血種(わたし)が言うのもおかしいけど、本当に人なんだろうか・・・。

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