問題ありませんが食べられません
他の動物を狩ることについては、いくつか理由が存在する。食べるためというのは当然、逆に食べられないため、身を守るためということもある。あるいは毒のある生物を利用し、敵対する者を始末するために。
変わり者が集まってくるところというのは、往々にして変わった品も集まってくる。というか、頼んでもいないのに持ち込んでくる。しかも大抵の場合、面倒事を丸投げしにやってくる。
「何でわざわざうちに持ってくるんだ? 便利屋じゃねぇぞ。」
「ケン様なら何とかしてくださるという信頼に基づいた行動ですわ。」
今日の厄介事は、サーシャさんの案件だ。
目の前に置かれた透明な小箱の中には、何やら得体の知れない真っ黒な物体が入っている。まだ詳しい話は聞いていないけれど、怪しい実験の結果生み出されて手に負えなくなったという仮説が簡単に導き出せる。
「それで、これは一体何なんです?」
「『ミニ黒い寒い美しい鈍い何でも食べる胃』ですわ。」
「お前は何を言ってるんだ。」
1回で理解できる人は、きっと世界のどこを探しても見つからない。文字に起こされたとしても、頭が追いつかない自信がある。
よく分かる解説。サーシャさんが偶然見つけた古びたノートには不思議な言葉が大量に書き連ねてあった。どうやら大昔の魔道具や兵器を記したもので、その中から特に興味を惹かれたものについて復元を試みて成功したのが、この物体らしい。
そこまではよかったものの、厄介なことに生命反応を感知すると襲いかかり、名前の通り何でも食べてしまう危険な代物。どうにか閉じ込めたのはいいけれど、消滅させる方法が分からない。『何か毒性の強いものでも食べさせたらどうか』と思って持ってきたらしい。なんてはた迷惑な話だろう。
「やたらと記述の多かった死んだライオンの方を再生するべきでしたわ。」
「再生してんのか死んでんのかどっちなんだ。」
特に理由のない虐殺がライオンを襲う。でも最初から死んでいるなら殺したことにはならないのかも? 何に使うのか定かではないけれど、ライオンからしたらろくでもないことなのは間違いない。
「だいたい、お前んとこにも口に入れたらヤベぇもんあるだろ。それじゃダメなのか?」
「一通り試したのですが、ご覧の有様ですわ。」
箱から出せと言わんばかりに暴れている。毒耐性に関しては、私たち吸血種に引けを取らないみたい。違う点といえば、赤ワインが吸血種にとって毒になるのに対して、この物体にはそういうイレギュラーが存在しないこと。
「わたくし渾身の魔術も食べられましたわ。攻撃して殺す手段はないと考えていただいて結構ですわ。」
「そんなの毒殺できます?」
「やってできねぇこともねぇとは思うが、骨が折れそうだな。」
何でも揃うとはよく言ったもの。まさか劇物まで網羅しているとは。・・・飲食店としてどうなのかなって思わなくもないけど黙っておこう。
「こんな物騒な仕事、早く終わらせちゃいましょう。」
「お願いしますわ。」
この他人事感漂う返事、全く反省していない。でも『ちっ、うっせーな』とか小声で言わない分、開き直っている方がマシかも。
「呑気に座ってねぇでお前も来い!」
「あぁ、強引なケン様も悪くないですわ!」
腕を引っ張るならまだしも、首根っこをつかんで引きずって行ってしまった。扱いは乱暴だけど、自分で蒔いた種だし、少しは手伝ってもらわないとね。
「って、おいてかないでください~!」
毒物の代表といえばやっぱりキノコ。到着した山の麓には鬱蒼とした森が広がっていて、キノコ狩りにうってつけと言える。反対側は遠くに砂浜が見える。海の中にも毒を持つ生き物は多い。この状況で目当ての強さの毒を探すなんて、考えただけでも気が遠くなる。
「ああそうだ、モルモー、お前は探さんでいいぞ。」
「え、どうしてです?」
「大事な仕事があるからな、それに備えて待機しててくれ。」
なーんか嫌な予感がするけど、お言葉に甘えてここで待っていよう。森に入って変な虫とかに追いかけ回されるよりよっぽどいい。
「ケン様と2人っきりで冒険ですわね、ふふふふふふ・・・。」
「バカなこと言ってんじゃねぇ。こんだけ広いんだ、手分けするに決まってんだろ。」
あからさまにテンションが下がっている。ちょっと気の毒に思えてきた。
ケンさんは木々の間に消えていき、サーシャさんも違うルートで森の中へ足を踏み入れていった。残された私は何をしていよう。特にやることもないし、ちょっと散歩でもしてようかな。2人が戻るまで時間もあるだろうし、海岸線まで行ってみよう。
砂浜を歩きながら、ついでに何かいないか探してみる。何羽かカモメの姿が確認でき、波打ち際ではカニが元気に動き回っている。たまにはこうやって目的もなしに散策するのもいいかもしれない。いい気分転換になる。よし、そろそろ戻ろう。
私が到着して数分後に、大量のキノコを抱えたケンさんが戻ってきた。紫に白の斑点だったり、凶々しい形だったり、いかにも毒キノコって見た目のものばかりだ。
「こっからはお前の出番だ。さぁ食え。」
「まさかとは思いますが、大事な仕事って毒見ですか?」
「おう。食っても死なねぇのはお前だけだからな。」
「いや、まぁ、いいですけど・・・。」
怪我と違ってそもそも効かないから苦痛もないんだけど、毒って味気ないか、ひたすらおいしくないのが多いんだよなぁ・・・。
気は進まないけど、まずはこの紫のを焼いて食べてみよう。・・・青とか紫って、食欲なくなるよね。
「即効性はありますけど、せいぜい顔がひきつる程度の毒ですね。」
味の方も予想を裏切らない。とにかく苦味がひどく、食べてはいけないものだと全力で訴えかけてくる。
さぁ次、何だか白骨化した人の手みたいなキノコ。
「3~4日後とか、忘れたころに出るタイプですね。運が悪いと死ぬかもしれないです。」
腐ったお肉みたいな臭いと味だ。ゾンビタケとでも言えばいいのかなぁ。
その後もひたすら怪しいキノコの試食会が続いたけれど、意外なことに即効性があって死に至る毒性を持ったものには出会わなかった。
「キノコは外れみてぇだな。」
「しばらくキノコは見たくないです・・・。」
1つくらい、死んでもいいから食べてみたいと思わせるのがあってもいいじゃない。どれを食べても、風味だけで失神してもおかしくない一級品の劇物だった。我ながら、よく食べられたものだ。
「何でもいいので飲み物をください・・・。」
「でしたら、こちらを差し上げますわ。」
「あ、サーシャさん、ありがとうございます。・・・ゴフッ!!」
「殺りましたわ。」
「ケホッ・・・生きてますよ。」
勢いよく呷るんじゃなかった。喉が焼けつくような感覚のおかげで、キノコでやられた口の中はある意味でリフレッシュできた。
「酸性の液体ではせいぜい吹き出す程度・・・と。よいデータが取れましたわ。」
なるほど、悪意100%だったわけだ。この人と一緒にいると人体実験と称して何をされるやら・・・。
「あの・・・。すごく言いにくいですけど、ただのお酢です。」
「あら、残念ですわ。未知の薬品かと思ったのですが。」
ただのとは言ったものの、濃度は一般的な食酢の5倍はありそう。こんなものが湧き出てるなんて、迂闊に水も飲めない危険地帯に来ちゃったんだと改めて認識させられる。
森がダメなら海の方、海岸付近に拠点を移して捜索再開。私は毒見役として働くことが決まっているからお留守番だけど。そういえばカニが歩き回っていたっけ、暇だし何匹か捕まえておこう。もしかしたら強毒性の種がいるかもしれない。
バケツに2、3匹捕まえたところでケンさんが海から上がってきた。
「ダメだな、毒のありそうなのは見つからねぇ。」
「ダメ元でこのカニでも食べてみますね。」
泥抜きとか一切していないけど、今更どうでもいい。間違いなくキノコよりもおいしいに決まっている。
焼くのが楽でいいとは思うけど網もないし、とりあえず1匹茹でて食べよう。
「うーん、毒っぽい何かがあるようなないような・・・?」
「外れみてぇなもんか。」
どこか中途半端な感じなんだよなぁ。茹でたせいで毒素が抜けたとか、熱で変性したとか、そういうわけじゃなさそう。
「海も手がかりなしか。」
「じゃあ、やっぱり森ですか?」
「山の上かもな。」
ぱっと見た感じだとそれほど険しい山ではなさそうだけど、実態はどうなっていることか。何の準備もなくおいそれと登るわけにはいかない。登山道が整備されていたって気を抜いたら死ぬ、それが山だ。
「見つけましたわ! ええ、これしかあり得ませんわ!」
そういえばサーシャさん、何か探しに行くでもなくずっと例のノートを眺めていたっけ。一体何を見つけたんだろうか。まともな発見じゃない気がしてならない。
「この『死を招く酢』なら、生きとし生けるもの全てを冥府の彼方へと送れるはずですわ。」
「名前に捻りがねぇな。」
「殺意に満ちあふれた名前ですね。」
さっき飲まされたお酢は、ただ濃度が高いだけで毒性はなかったはず。毒と言って差し支えないような代物だったけど。そもそも一般的に流通しているお酢だって、薄めずに飲むものじゃない。
「貴女、いいものを持っていますわね。それがあれば作れそうですわ。」
「このカニですか?」
「シオマネキだから死を招くんだろうな。」
「ノーコメントです。」
バケツに残っていたカニたちをおもむろにお酢の中に放り込み、適当に蓋をして煮込み始めた。辺り一面にお酢の匂いが広がって、むせ返りそうになる。
沸騰し始めてからというもの、私以外近寄れないほど危険な蒸気が立ち込めている。茹でこぼしたら食べられる毒キノコだけど、湯気にも毒が含まれていて、それを吸い込んで中毒になったっていう事故も過去には起こっている。今まさにそんな状況だ。やってることは毒抜きじゃなくて精製だけど。
そうして出来上がったのが、『ペロッ、これは・・・』なんてやったら最期、助かる術はない恐怖の液体だ。おまけに普通のお酢と全く区別がつかない。
「実に研究のしがいのある逸品ですわ。」
「あの訳分からん物体に全部使っちまおう。」
「そうですね。こんな危険なもの、この世に存在してはいけないです。」
「あんまりですわ! せめてスポイトに数滴分ほど・・・。」
なにやら喚いているサーシャさんを押さえつけ、その間にミニ何とかかんとかを解放して全速力で逃走、死を招く酢にターゲットが向くように仕向けて様子を伺う。
「生き物に反応するんじゃありませんでした?」
「だがしっかりと酢に食いついたな。」
「なるほど、生物含め、食べられるものに反応するようですわね。やはり実践してみないと分からないことは多いですわ。」
食べた結果どうなるかを考慮していないのが兵器らしい。迷いなくお酢の入ったバケツに飛び込み、続いて謎の破裂音が響き渡ったと思ったらバケツごと消滅していた。これで解決したと思っていいのかな?
「とりあえずは一件落着だな。」
「奇妙な実験はほどほどにしてくださいね。」
「前向きに善処するよう、検討いたしますわ。」
この返答、どれをとってもまた何かやらかすに違いない。とんでもない事件でも起こさなきゃいいけど・・・。
サーシャさんのよく分からない物体毒殺事件の翌日、忙しいお昼どきに事件は起きた。まさか舌の根の乾かぬうちにやってくれるとは思わなかった。
「できましたわ、わたくしの死術の集大成と言える傑作が!」
「他の客の迷惑だろうが、静かに入ってこい。」
「声よりも迷惑な臭いが漂ってるんですが・・・。」
獣の臭いと・・・何だろう、発酵食品のようなものが混ざりあった、強烈な異臭がする。食欲減退効果があるのだけは間違いない。
お店で1番大きなテーブルの上に無造作に置かれた物体、私の目がおかしくなったんじゃないなら、ライオンに見える。獣臭の正体は判明したけど、どうして牛乳を拭き取って放置した雑巾のような臭いがするんだろう。
「何だこりゃ? 新手の兵器か?」
「頭が痛くなってきました・・・。」
飯テロなんて名前で、おいしそうなごはんの写真を見せつける遊びも一時期流行っていたけど、こっちは正真正銘のテロ行為だ。この悪臭、不意に嗅いだら呼吸困難を引き起こしても何も不思議じゃない。一歩間違えたら人が死にそうだ。
「太古の食糧危機打開策の1つ、『ブドウ栽培のパンのチーズの辛い死んだライオン』ですわ! どうぞ召し上がってくださいまし。」
「食いもん・・・だと・・・?」
こんな反応をするケンさんは初めて見た。変な生き物と格闘してもニワトリの首を刎ねるようにあっさりと仕留めるケンさんを倒せるのは、もしかしたらサーシャさんだけかもしれない。
サーシャさんが期待に満ちた眼差しで私を見つめている。そうか、この人、私しか食べられないものだって理解しているんだ。食べたときの反応を記録したいって、顔に書いてある。
「食べます、食べればいいんですよね!?」
「その言葉が聞きたかったですわ!」
とは言ったものの、ライオンなんて扱ったことないしなぁ、どこから手をつければいいんだろう。とりあえず背中の辺りを適当に切って口に・・・入れたくないなぁ・・・。
パン生地みたいなお肉と、チーズのように伸びる皮膚。恐る恐る口に運んで・・・。
お肉なのにもちもちとした弾力のある食感、チーズと死臭の入り混じった風味、後からやってくる謎の刺激。おいしいと思わせる要素が1つもない。そして、これの何がすごいって、まさかの無毒だということ。食べる拷問という表現が適している。
「顔が赤くなったり青くなったり、今まで観測したことのない反応ですわ! あぁ、さらに汗と涙と鼻水まで! 実に興味深いですわ!」
「ちっ、遅かったか! だがこれ以上の被害は出させねぇ!」
「ケン様、何をなさるんですの!? お待ちください、わたくしの最高傑作ですの!」
「うるせぇ!! 憲兵呼ばねぇだけありがたく思え!」
後で聞いた話によると、ケンさんが『死を招く酢』を作ってライオンの口にねじ込んで消滅させたらしい。なぜ伝聞系かというと、このときの私は口内の異物の処理で手一杯で、話し声は雑音に過ぎず、誰が何をしても涙でぼやけてほとんど見えていなかったからだ。
私が右往左往している間に、サーシャさんはケンさんにこってりと絞られて帰っていったみたい。しばらくは大人しいと思うけど、喉元過ぎればなんとやら、どうなることか。
それにしても、どんな毒よりも強烈な食べ物(?)だったなぁ・・・。『死を招く酢』がなかったら・・・考えないようにしよう。毒物も使い方次第で薬になる、とはちょっと違うけれど、毒性があっても役に立つことはあるという教訓は得られたかな。
「毒耐性任せで食うなって話も叩き込んどいてくれ。」
「気をつけます・・・。」