結局どっちなの?
あっちへフラフラ、こっちへフラフラ、態度が一貫せず情勢に応じて立場を変える。強いものに巻かれるのも処世術として悪くはないが、皆に嫌われ、最終的に孤立無援になるリスクも大いに抱えている。信用を失わない匙加減を見極められる者だけが、コウモリと呼ばれずに立ち回れるのだ。
前回のあらすじ。ドラゴンさんが魔王軍残党をふっ飛ばして、ついでにお店のドアもふっ飛ばした。私たちはその修理に当たっている。屋根まで飛ばされていたら、開き直ってオープンカフェになっていたかもしれない。
「次来たら料金10倍で請求してやる。」
「出禁にはしないんですね。」
「まだそこまでの被害じゃねぇからな。」
十分すぎる被害のようにも思えるけど・・・。ケンさんがいいなら、私がとやかく言うことじゃない。
それはそうとして、さっきから視線を感じるなぁ。お客さんかな? 様子を見に行って、誰かいたら事情を説明して今日のところは帰ってもらおう。
「あの筋肉ダルマはもう戻ってこないかにゃ?」
何やら独り言が聞こえてきた。筋肉ダルマって、流れ的にたぶんドラゴンさんのことだよね。一体何をしでかしたんだろう。本当に問題ばっかり起こす人だなぁ・・・。
「すみません。」
「ニャー!! 殴らないでほしいにゃ! この通りだにゃ!!」
物陰にいたのはネコの獣人の女の子。後ろを向いているときに話しかけたせいで驚かせちゃった。180度ターンしながらのジャンピング土下座を披露してくれた。なかなか芸術点が高い。それにしても、尋常じゃない怯え方だ。
「いや、殴ったりはしないですけど・・・。」
「本当だにゃ? 『と・・・油断させといて・・・馬鹿め・・・死ね!!!』とかやらないにゃ?」
「しません。小心者ですが小物じゃないつもりですので・・・。」
だいたいそういうこと言うと負けフラグ以外の何物でもない。そもそも追い詰められた側の言うセリフだし。
でもこの喋り方、いつか聞いたことがあるけど、どこで聞いたんだっけ?
「にゃ? よく見たらお前、おいしいおやつをくれたニンゲンだにゃ?」
「おやつ? もしかして『ちゅるる』を食べてたあの子?」
「そうだにゃ。」
王都に行くって言っていたから、もう会うことはないと思っていた。そういえば、あの後すぐに私たちも王都に行って、茶番に巻き込まれて今日に至るんだっけ。
「ところでお腹が減って死にそうだにゃ。何か食べさせてほしいにゃ。」
「えーっと・・・。」
困った。とてもじゃないけど営業できる状態じゃないんだよなぁ。でも見捨てるわけにもいかないし・・・。
「ドアも直ったし構わねぇよ。中入んな。」
「あ、ケンさん。早いですね。」
「やけにきれいに壊れたおかげで直しやすかったからな。」
よかった、ドラゴンさん被害者の会の仲間を見殺しにしなくて済みそうだ。
「にゃにゃっ、ダシを取った後のかつおぶしとかでいいんだにゃ。メチャクチャなニンゲンにぶん殴られたときにお金を落としちゃったにゃ。お代を払えそうにないにゃ・・・。」
「気にすんな、あの筋肉バカにつけといてやる。」
さすがケンさん、心が広い、もといドラゴンさんに厳しい。それにしてもドラゴンさん、こんなに可愛いネコ耳ちゃんに乱暴するなんて、何を考えているんだろう。きっと何も考えていないんだろうけど。
いろいろと問題が解決したところで1名様ご案内。一見さんなんてめったなことじゃお目にかかれないから新鮮だなぁ。
「さぁて、何か食いてぇもんはあるか?」
「何でも出せますよ。」
「何でもいいのかにゃ? それなら、魔界にいたときに食べたあれがいいにゃ。鳥肉とお魚を同時に食べてるみたいで幸せな気分になるにゃ。名前は・・・忘れたにゃ。」
鳥と魚のいいとこ取りな生き物、うーん、全く心当たりがない。とりあえず、カエルと鳥肉が似たような味っていうのとは違いそう。
それより魔界って方が気になる。何だってあんな薄暗くて空気が重たくて息が詰まるところと縁があるんだろう。食べ物だって、動物はそれなりにおいしいらしいけど植物はひどかった。トマトなんか泥を食べているようで、あんなところで生まれたことを呪って生きていた思い出しかない。
「魔界の食いもんか。まぁ、何とかなるだろ。ちょっと待ってな。」
何とかなるのはきっと事実だ。だけど、何とかするために魔界に繋がったりはしないでほしいかなぁ。あそこはモヒカンとトゲ付き肩パッドが似合う『力こそ正義』な世界だし、私みたいな貧弱な吸血種は狩りの対象にされそうだ。どうか、平和的に解決しますように・・・!
出発前の心配は杞憂に終わった。昼夜の区別なく全てを閉ざす闇の世界とは無縁の、どこか南国のリゾート地を彷彿とさせる日差しが出迎えてくれた。代わりに、新たな問題が発生している。
「清々しいほど何もねぇな!」
「ここまで何もないと笑えてきますね。」
どこを見ても水平線の彼方まで見渡せる小島に着いてしまった。この島には木の1本も生えていない。ただ海上にちょっとした陸地がある程度の島だ。波が穏やかで助かった、大波でも押し寄せようものなら島ごと飲み込まれておしまいだ。・・・これ、何かしようにも最初から詰んでない?
出直したらもうちょっといいところから始められたり・・・しないよなぁ。むしろ海に放り出される可能性まである。そう考えたら、地に足がついているだけ比較的まともな場所と言っていいのかもしれない。
「海がきれいですねぇ。」
「おかげで何もいねぇのがよく分かるな。」
透明度の高さが仇となって魚影の1つも見つけられないこの状況、絶望感を漂わせてくれるのに一役買っている。
「そのうち海鳥でも飛んでくるだろうよ。気長に待とうぜ。」
「いるのかなぁ・・・?」
魚がいないなら鳥だっていないように思える。餌もないのにいる理由がない。
砂浜を掘ったら何かいるかもしれないと思ったけど、鳥にも魚にも関係ないだろうからやめておこう。余計な体力は使わないに限る。ケンさんみたいに静かに・・・
「寝てる・・・。」
体力温存にはいいんだろうけど、この瞬間に獲物が通りかかったらどうするんだろう。いや、そうやって油断させておびき寄せるつもりなんだ、そういうことにしておこう。
いっそのこと、私もゴロゴロしていよう。ボーッと空を眺めているのも悪くない。雲ひとつないきれいな青空と太陽。それから黒ごまみたいな点が2つ。・・・何あれ。
「ヒャッハー、新鮮な肉だぁ!」「肉・即・食! それが自然界のただ1つの正義だ!」
「さ、魚が飛んでますぅぅうぅぅぅ!?」
トビウオみたいに水面から飛び出して滑空するんじゃない、鳥のように自在に飛んでいる。よく見たら胸鰭が翼みたいな形状をしている。胴体に対して貧相すぎて、何で飛べるのか不思議でしょうがない。
猛スピードで突っ込んでくるのを紙一重で回避する。あんな速さで突進されたら、お互いただじゃ済まない。でも脅威の石頭で反動を物ともせずに頭突きを繰り出す古代魚もいるし、あっちにはダメージがないかもしれない。
ケンさんを起こさないとと思うけれど、視界の外に出られたら厄介だ。いくら見通しがよくたって、ハヤブサ並のスピードの相手だと、少し見失っただけで命取り。いつ死角から襲ってくるか分かったものじゃない。
「避けるんじゃねぇ!」「当たらないだろ!」
「当たりたくないから避けてるんです!」
でも避けてるばかりじゃ被弾のリスクばかりが増えていく。反撃したいところだけど、どうしたらいいんだろう。飛行系には弓が定番とはいえ、こんな高速移動する相手に当たるとは思えない。
「ちょこまか鬱陶しいのは後回しだ。」「あっちの寝てるやつから仕留めてやる!」
「まずいですぅ! ケンさん、いい加減起きてくださいぃぃいぃぃぃ!!」
「「獲物は水没だぁー!」」
「ケンさぁぁぁん!!」
近寄る暇もなく、両腕を咥えて海に引きずり込んでしまった。急いで追いかけないと・・・! いくら人間離れした能力でも、水中じゃ満足に動けやしない。それ以前にまともに酸素も取り入れていない今、陸地でも戦えるのか怪しい。
慌てて海岸まで駆け出した私だったけど、助けに入るまでもなく自力で帰還していたケンさんと鉢合わせになった。この人は何をしたら死ぬんだろう。
「寝起きドッキリにしちゃ、だいぶ過激だったな。」
「随分と余裕ですね・・・。」
「ところであいつらは何なんだ? 食材なのは間違いねぇだろうが。」
「私が聞きたいですよ。」
見た目がなんとなくカツオっぽい気がするくらいで、他のことはさっぱりだ。
「まぁ、何でもいい。仕留めた後に捌きながらじっくり調べてやる。」
仕留めるには攻撃を当てないといけないけど、あんなに速いんじゃ当たる気がしない。それに、海に入られたせいで完全に見失ってしまった。いくら透き通っていても目が足りない以上どうにもならない。
「獲物は不意打ちだぁー!」「突然の攻撃、失礼するぜぇ!」
「不意打ちなら黙って仕掛けろ。」
まったくもってその通りだけど、このうるささが今はありがたい。自分から居場所を教えてくれる相手ほど戦いやすいものはない。世紀末のチンピラみたいな魚に、罠にかけるような知能はないだろうし。
戦いやすいといっても避けやすいだけで、こっちの攻撃が当たらないことは変わらない。この問題を解決しないことには勝ち目がない。
「逆に考えろ。当てるんじゃねぇ、当たりにきてもらうんだ。」
「当たりにきてもらう・・・。なるほど、分かりました!」
一旦攻撃をかわして、次の攻撃が始まるまでに武器を作って反撃の準備に移る。手の込んだものなんて必要ない、ただの棒みたいな槍があれば十分だ。
「ケンさんもどうぞ。」
「そんなおすそ分け気分で血の武器を渡すな。」
ケンさんは謎の鉄串を取り出した。そんな携帯に不便なものを持ち歩くくらいなら、私がちょっと痛い思いをするだけで何でも作れるこっちの方が便利なのに。いや、痛い思いはしない方がいいんだけど。
準備万端、どこからでも飛び込んでくればいい。
「「これで終わりにしてやるぜぇ!!」」
「そりゃこっちの台詞だ鳥野郎!」
「どう見ても魚ですよ!」
「「ごちゃごちゃうるせぇ!!」」
うるさい魚にうるさいと言われるとは思わなかった。だけどその口もすぐにきけなくなる。
彼らの敗因は、ただ速いだけだということだ。動きが直線で読みやすい。それならケンさんの言うとおり、こっちからしかけるんじゃなくて、あっちの突撃に合わせて攻撃を置いておけば向こうから刺さってくれる。刺さったときの衝撃に耐えれば私たちの勝ちだ。
「サシミ!」「ヤキトリ!」
「チンピラは奇妙な断末魔じゃねぇとダメな決まりでもできたのか?」
最後の最後まで魚か鳥か分からない生き物だった。海も近いことだし、血抜きだけは済ませておこう。持ち帰って解剖・・・違った、解体してみたら分かるかな?
解体ショーの前に、じっくりと観察してみよう。胸鰭を隠せば見た目は完全にカツオと変わらない。特徴的な側面の縦縞模様もバッチリ表れている。
問題の胸鰭。真っ白で特徴のないただの翼って感じで、海鳥のものなんだろうけど種類までは同定できそうにない。おまけに大きさが本物のカツオの胸鰭と大差ないせいで飛ぶ仕組みもさっぱりだ。
こうなったら捌いて確認するしかない。背中の鱗を落として、胸鰭(?)とその周りの鱗を削ぐように包丁を入れ、カマの辺りで中骨の方に向きを変える。腹鰭も同様に切り込んだら、反対側も同じく処理をして、中骨を切り落とす。お腹に包丁を入れたら内臓を取り出し、血合いに切り込みを入れてきれいに水洗い。
「何で砂肝が・・・? 普通に歯が生えてましたよね?」
「肺もあるし、やっぱり鳥なんだろ。」
「えぇー・・・、鰓もありますし、鳥成分なんて1割もないじゃないですか。」
「この鰭で魚と言い張んのも無理あるだろ。」
この論争は平行線のまま終わりそうもない。仕方ない、まずは調理を終わらせてしまおう。
身を5枚におろして、軽く塩を振って臭みを取る。出てきた水分を拭き取って鉄串を打ち、改めて塩を振ったら裏口から外へ。ドラム缶に藁を入れて火をつけ直火で炙り、氷水でしめて水気を取ったらカツオのような何かのタタキの出来上がりだ。獣人用なので薬味なし。特にネギなんかもってのほか。
私たちの試食した感想はというと、
「歯ごたえは間違いなく鶏もも肉だな。」
「味は完全にカツオです。」
「どうなってんだ?」
「謎が謎を呼びますね。」
という具合で、頭がおかしくなりそうだった。生でも問題ないのは間違いないから、鳥よりは魚に近いような気はする。
「おいしいにゃあ・・・。このネコ心をくすぐる味は、ニンゲンには理解できないにゃ。」
ここまでメロメロという言葉が似合う状況はそうそうないと思える。空腹は最高の調味料とも言うけれど、これだけおいしそうに食べてくれるなら、作った甲斐もあるというものだ。
「代金の代わりと言っちゃあ何だが、魔王軍の現状について教えてくれねぇか?」
「そんなこと知ってるようには・・・。」
「お安い御用だにゃ。ネコは食事の恩は忘れないにゃ。」
何で通りすがりの獣人が知っているんだろう? 確かに悪の組織のボスにはネコちゃんがつきものだけど何か関係が?
それはそれとして、魔王軍の動向は確かに知っておきたい。平和じゃないとお店はやっていけないからね。
「む、あれは猫娘のタマ!」「知っているのかライディーン。」「うむ。タマは魔王軍四天王の1人、いや1匹。四天王唯一の生き残りだ。(官暗書房刊『世界の前座大全』より)」
いつの間にお店に・・・! でも解説ありがとうございます。
「あいつの言う通り、四天王はもうタマしか残ってないにゃ。」
タマちゃんの言うところによると、魔導ゴーレムのプレート最後の1枚に、誰かがうっかり『ヨMヨTH』と書いたせいで使えなくなり、ゾールケンっていう剣士は、無血開城の裏ルートで突破された責任を取って辞任、ゴッドローブ・マイツェンとかいう人は映す価値なしらしい。生き残りも何も、誰も死んでない。それに映す価値なしってどういうことなの・・・?
「タマも下っ端たちも、魔王様が食べるのに困らない世界を作ると言ってくれたから従ったにゃ。でも今は仕事もあるし、何でも食べられるにゃ。だから誰も忠誠を誓ってないにゃ。毎年1回の戦争もどきで義理を果たす程度で十分だにゃ。もし封印が解けても、タマもみんなも戻る気がないにゃ。」
「食事の恩はどこへ・・・?」
「どこぞのカメ大王は慕われてんのに、えらい差だな。」
悪の組織の下っ端ってブラックもいいところだし、従う理由がなくなったら離れていくのもしょうがないよね。
「ごちそうさまだにゃ。今度はちゃんとお金を持ってくるにゃ。」
「ところでこいつ、要るんなら捌いてやるが持って帰るか?」
「本当かにゃ? 嬉しいにゃ。お弁当にするにゃ。」
そういえばまだ片割れは何も手をつけていなかったっけ。特殊すぎる素材で私たちの手に余る存在だし、おいしく食べてくれるならあげちゃった方がいいかな。
「ぬう、あれは・・・!」「知っているのかライディーン。」
もしかして、この珍妙な生き物の知識まで持っているの? ただの解説役にしておくにはもったいない。
「うむ。トリガツオと呼ばれているが、カツオドリの一種という説もあり、鳥という学者もいれば魚だという有識者もいる、謎多き生物だ。都合よく鳥と魚を使い分けるとされ、『海のコウモリ』の異名を持っておる。(官暗書房刊『合成魔獣のつくりかた一覧』より)」
な、なんてモヤモヤする説明・・・! 分かったことといえば、正体不明の謎の生き物だってことだけ。あぁ、何なのか気になってしょうがない。
「何でもいいだろ、味と肉質が分かりゃ十分だ。」
「細かいこと気にしても疲れるだけだにゃ。」
私だけおかしいみたいな空気を出さないで。魔界の生き物を相手にしただけでどうしてこんなことに・・・。きっと、どっちつかずのコウモリだらけな世界のせいだ。
「だから! 魔界なんて! 大っ嫌いですぅぅうぅぅぅ!!」