パワーアップ食材
バランスのよい食事は丈夫な体を作る上で欠かせない。何でもよく食べて体を動かし、休むときはしっかり休む。特殊な事情でもない限り、これで十分である。
手っ取り早く強靭な肉体が欲しいなら、食べるだけで巨大化するキノコのような怪しい食材でも探してみてはいかがだろうか。
王暦1984年、世界は闇の炎に包まれなかった。そもそも包まれそうもなかったという現実からは目を逸らすとして、王国軍と魔王軍の出来レースはたった1人の人間の乱入によって、始まる前に終わってしまった。その人間というのが・・・
「オレより強い奴がいなかった!」
「なぁ怒羅金、お前人間辞めてんじゃねぇのか?」
そう、このお店の常連さんの1人、ドラゴンさんだ。どこで衝突の情報を手に入れたのか不明だけど、王国軍よりも先に魔王軍残党と接触して、片っ端から殴り飛ばしてしまったらしい。王国軍が到着した頃には気絶したモンスターの山が築かれ、その頂上に筋肉モリモリマッチョマンの変態がいたとか何とか。
「オレより強い貴様が人間なのだから、オレが人間なのは疑いようがない!」
「俺はクサフグ食ったら死ぬ自信があるぞ。」
いつだったか、ドラゴンさんはクサフグ丸ごと1匹食べても何ともなかったって言ってたっけ。ちゃんと資格がある人が捌いた身を少しだけならともかく、内臓ごと食べて無事だって聞いたら、人外判定されても仕方ないよね。
「そんで、今日は何しに来たんだ? また腕くらべでもしようってのか?」
「今日はやめておこう。この間酷使したばかりだからな。たまにはただの客として振る舞うのも悪くはないだろう。」
お店に飛び込むなり、私かケンさんのどっちかに戦いを挑んでは負けて、何事もなかったように食事をして帰るのがドラゴンさん。今日は魔王軍の貧弱さについて延々語っていた。鍛え方が足りないとか、筋肉の使い方がなってないとか、連携がまるでダメだとか、筋肉論だけかと思いきや意外とためになる話もしていた。
「それじゃあ、何か筋肉によさそうなものでも食べていきます?」
「うむ、小娘も分かっているではないか! そうだな、噂に聞いたほうれん草を使った料理など、よさそうだな。」
「どこの誰が流した噂だよ。聞いたことねぇよ。」
曰く、どこかの水兵さんがほうれん草の缶詰を一気に食べることでパワーアップ、悪人に正義の鉄槌を下す出来事があったとかなかったとか筋肉業界で水面下で噂になっているという、何とも信憑性に欠ける話らしい。
あの缶詰って、これでもかってくらい茹で上げられてる上に味付けも何もなくておいしくないんだよなぁ・・・。まぁ、そのまま食べるためのものじゃなくて、カット野菜みたいに料理に使うのが基本だけど。
子どもの頃、トマトが手に入らないときに貧血に効くって無理やり食べさせられて以来、ほうれん草は苦手なんだよね・・・。しかも全然意味なかったし。
「そんな禁止薬物みたいなの、あるんでしょうか・・・。」
「噂はともかく、探しに行くか。」
理由はよく分からないけれど、植物の方がアグレッシブというか、物騒なのが多いんだよなぁ・・・。きっとほうれん草とは名ばかりの、危険な野菜なんだろうなぁ。
食べるだけで強くなる怪しい葉っぱを求めてやってきた私たちは、周囲の様子を確認する暇もなく走り回っていた。正確には逃げ回っていた。なにせ、到着とほぼ同時に砲弾の雨あられという、手荒い歓迎を受けている。
「どうしてこんなにも攻撃的なんでしょうねえぇぇぇえぇぇ!!」
「そりゃ、あいつらにしてみりゃ命の危機だからに決まってんだろ。」
「まだ何もしてないじゃないですかあぁあぁぁぁ!!」
「何かされる距離に近づかれんように砲撃してんだろ。」
到着地点から離れた岩陰に退避して砲撃をやり過ごす。ようやく静かになった・・・。
落ち着いたところで状況確認。今隠れている岩山みたいなのがちょこっと転がっていて、それでいて植物もそれなりに繫栄している。土地は割と平坦で移動しやすいけれど、ここみたいな遮蔽物はほとんどなく、不用意に飛び出そうものなら集中砲火は避けられない。
「いきなり散々な目に遭いましたね・・・。」
「こっちからは見えてねぇのに、一方的だったな。」
言われてみればその通りだ。はっきり確認できたわけじゃないけれど、弾が飛んできた方角には何もなかったと記憶している。
「まずはテリトリーでも探るか。」
「そうしましょう。」
こういうタイプは決まって、本体を中心に同心円を描くようにエリアを作っている。侵入を察知して警戒モードに入る場所。さらに内側には侵入者に対して警告する最後通牒ライン。それを越えると、さっきみたいに全力で排除しにくる。
二手に分かれて、どこまで安全なのか探りを入れる。何度か攻撃のスイッチを入れて逃げ回ることになったけど、当たらなければどうということはない。
調査して分かったのは、最初の予想通り円形のテリトリーを持っていること。そして、警戒ライン限界まで近づくと空砲で警告を発すること。だけど肝心の近づく方法が分からない。
「そもそも、どうやって俺たちを認識してんのかも分からねぇ。」
「こっちからは見えないのに、ズルいですよね。」
2人で同時に、別の場所から攻撃エリアに入ってみたら両方に攻撃するのに、私は岩を投げ入れるだけにしたときはケンさんだけを狙う。どうやら音や振動以外の何かを捉えて識別しているみたいだってことまでは確認できた。
そうなってくると視覚情報に絞られてくるわけだけど、空き地に生えた雑草みたいなのが一面に広がっているせいで、どれが監視用端末なのかさっぱり分からない。打開策が見つからないまま、攻撃開始エリアの手前で途方に暮れていた。
「このままだと強行突破することになりそうだな。」
「そんな無茶な・・・。」
でもその無茶をしないといけないかもしれない。弾切れしてくれるなら走り回ってもいいんだけど。
仕方ない、軽く準備運動でもしておこう。まずは屈し・・・ん?
「どうした?」
「ケンさん、キノコって平原に生えてるものですか?」
「何バカなこと言ってんだ・・・って生えてるじゃねぇか!」
雑草たちに隠れるように、緑に白いドット柄のマッシュルームみたいなキノコが生えている。日当たり良好で乾燥しているこんなところで生きていけるはずがない。ものすごく怪しい。
「引っこ抜いてみてくれ。」
「まぁ、そうなりますよね。」
もしこれが触るのも危険なキノコでも、私なら何とかなる。それを分かっているからか、ケンさんも結構な無茶振りをするときがあるんだけど・・・。
根元の辺りからポキっとな。うん、触るだけなら何ともなさそう・・・? いや、この轟音は・・・!
「よし、退散だ。」
「待ってください~!」
キノコがあった場所ピンポイントに着弾した。これではっきりした、このキノコから情報が伝わって狙いを定めていて、その内の1つが途絶えたから、外敵ありと判断して攻撃してきたんだ。
「ケ、ケンさん! いつの間にかキノコに囲まれてます!!」
「自分から食材になりにくるたぁ、殊勝な心がけじゃねぇか。残らず刈り取ってやらぁ!」
「確かに食べられそうですけど、そんな暇どこにあるんですかあぁぁあぁぁぁぁ!?」
キノコ狩りの男! とかやっている間に集中砲火に遭うが関の山だ。最悪、私が盾になって消し炭になればいいんだけど、再生する前に次が飛んできそうな勢いだ。こんなことなら走り回ってた方がよっぽどマシだった。
「ほらよ。俺じゃ腕力不足だが、お前ならやれる。」
「え・・・、空き瓶・・・?」
どこかの世界には、緑の勇者が空き瓶と棒切れで魔王をやっつけたって伝承があるんだっけ。不思議な瓶で、虫を逃がしたり捕まえたりすると笛の代わりになって、適当に吹くと魔王の居城にワープできるとか、道具を錬成できるとか、弾を跳ね返せるとか眉唾ものな話ばかりだ。
つまり、ケンさんがキノコを殲滅している間にこれで砲弾を跳ね返せ、と。物申したいところだけど、もうそんな猶予はどこにもない。えぇーい、当たって砕けろ!
「てえぇぇぇい!」
砲弾が物理法則を無視した軌道で跳ね返り、2発目に吸い込まれるように向かっていった。そのまま空中で衝突、爆発。空が黒煙に染まっている。汚い花火って、こういうときのためにある言葉なんだなぁ。
そうやって何発かやり過ごしていると、ケンさんから声がかかった。
「キノコ狩りはお終いだ。このまま突っ込むぞ。」
「了解です!」
観測用キノコがなくなって狙いをつけられなくなったのか、辺り一面にデタラメに砲弾が降り注ぐ。危なそうなものだけ弾き返しながら中心部へ歩を進め、ようやくその姿を拝むことができた。
散々頭を悩ませてくれた砲撃の主は求めていたほうれん草・・・だよね? もう原型を留めていないっていうか、葉っぱでできた大砲そのものだ。2門の砲台が火を噴いている。
「ほうれん草っつーか、連装砲だな。」
「兵器にしか見えないですね。」
でも正直なところ、ホッとしている。もしネオアームストロングナントカ砲みたいな見た目だったらどうしようって思っていた。
根本から切り取って収穫完了。見た目は大砲でも重さは葉っぱ。嵩張って持ち運びにくいことの方が問題だ。
「さぁて、味見と変な効果がねぇか調べねぇとな。店でトラブルは御免だぜ。」
「巨大化して屋根を突き破らない保証はないですからね。」
周辺に引火するものがないことを確認して火を熾す。大砲れん草はシンプルにお浸しに、監視キノコも焼いて食べてみよう。
「・・・何だか香ばしいですね。」
「焦げ臭いっつった方が正しいと思うぞ。」
どういう原理の砲撃だったかは知りたくもないけど、残り香とでも言えばいいのかな、火薬っぽい臭いが口の中に残る。
「でもキノコと一緒だとおいしいですよ。」
「味までキノコ頼りか。どういう関係なんだ?」
「食べると強くなる繋がりじゃないですか?」
どこかのブラザーズもキノコで背が伸びたり生命力が向上したりするし、能力アップ系同士、仲がいいのかもしれない。まぁ、強くなった実感は湧かないけど。
私たちに効果がないだけで、ドラゴンさんには効き目があるのかも。変なことにならないよう祈りつつ、持ち帰って料理に移ろう。
持ち帰るまでは広いフィールドだったから気にならなかったけど、嵩張るだけじゃなくてどこかに置いておくにも邪魔になる。かと言って冷蔵庫にしまっておいてもスペースを圧迫する。なんともはた迷惑な野菜だ。キノコはキノコで大量にあってやっぱり邪魔くさい。
「あいつ以外に需要ねぇんだ、全部食わせてやる。」
そもそもほうれん草自体、人気ないしなぁ・・・。ドラゴンさんの話だって、ほうれん草を食べてもらうための作り話っぽいし。
気を取り直して調理開始。小麦粉とバターを焦がさないように炒めて、牛乳を少しずつ入れながらダマにならないように混ぜつつ弱火で加熱。とろみがついてきたら塩コショウで味を調整。
キノコの傘を叩いてゴミを落としたら、石突を切り落として薄くスライスする。鶏胸肉を一口大に切って、キノコと一緒に炒める。火が通ったら最初に作ったホワイトソースを加えて混ぜ合わせてひと煮立ち。食べやすい大きさに切ったほうれん草を入れて、ほうれん草が煮えたら深いお皿に移して、チーズを振りかけてオーブンへ。肉体改造グラタンの出来上がり。
私たちも念のため試食してみたけど、何ともなかった。だのに、ドラゴンさんは一口食べるなりおかしなことを口走り出した。
「ぬおぉぉぉぉおぉぉぉ!! 筋肉が! 刺激を! 乳酸を求めておる!!」
「何言ってんだかさっぱり分からん。」
「右に同じです。」
乳酸なんか溜まったら疲れるだけなのに。・・・もしかして、乳酸が溜まるほどの激しいトレーニングを求めているってこと? そこまで自分を追い込むなんて、私には到底できそうもない。
「一応効果はあったんですね、このほうれん草。」
「何を言うか! ほうれん草はブースター、主役はキノコの方だ!」
「・・・はい?」
「そういやキノコは勝手に動いたな。」
確かに自走して取り囲んだけど。だからって、『動く=筋肉』って発想は安直すぎる。菌糸類じゃなくて、筋糸類とでもいうのだろうか。
「呑気に食ってる場合ではない! 今すぐトレーニングだ!」
「あ、ちょっと、どこに行くんです!?」
止める暇もなく、ものすごい勢いでドアを突き破って走り去ってしまった。
グラタンは放置されてるし、ドアは壊れちゃったし、お代ももらってないし、いろいろとメチャクチャだ。今日は筋肉を休めるみたいなこと言っていたから平和だと思っていたのに・・・。
「・・・とりあえず、ドア直しましょうか。」
「そうだな・・・。」
この日を境に、ほうれん草の噂に新たな項目が追加されて広まるようになってしまった。一緒に食べることで無性に鍛えたくなるキノコ。食べれば三日三晩鍛え続けることができる夢のキノコ。
誰がつけたか筋肉キノコという呼び名で広まり、手あたり次第にキノコを食べて中毒になる人が続出したらしい。
食べるだけで強くなれるとか、そういう何かするだけで得をする、そんなうまい話はないという教訓として長く語り継がれることになりました。