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実は水でも作れます

 お湯を注いで3分。手軽に食べられ携行もしやすく、長期保存も可能。時間はかかるが、水でも調理ができる便利な食品、それがカップ麺である。手軽さの代償に失った栄養は、他の食事でうまく補っていきたいところだ。


 私たちは今、なぜか王宮の総司令室に連れてこられている。何かやらかして軍法会議にかけられているわけじゃない。王国軍総司令がケンさんを指名して依頼を出したらしく、そこにくっついてきただけ。全然状況が飲み込めない。

 「サワミヤ殿、急な呼び出しにも関わらず応じていただき、感謝しております。」

 「堅苦しいのはなしにしてくれ。」

ふえぇぇぇ、なんて畏れ多い言葉遣い。王様とか元帥とかに軽口叩いて無事なのは物語の中だけの話。投獄で済めばまだいい方だ。

 「ん、そうか? その方が儂も助かる。全く、変に偉くなるもんじゃないな、おちおち気も抜けん。」

他に誰もいないのをいいことに、キリッとした顔つきがあっという間に崩れ、背筋を伸ばして腰掛けていた姿勢も、リラックスモード全開だ。

 「えーっと、ケンさん、お知り合いだったりします?」

 「月に1度は店に来てるだろ。軍服だと印象違うし、分からんのも無理ねぇな。」

うーん・・・。そう言われたら見たことあるような、ないような・・・。

 「儂のことはよいではないか、ただのモブ軍人だと思っておいてくれ。」

将軍なんか目じゃない程偉い立場なのに、モブ扱い・・・。こんなおおらかで、よく総司令まで上り詰めることができたなぁ。軍全体もこの調子で平和ボケしてそう・・・。

 「んで、わざわざ呼び出す用事ってのは何なんだ?」

 「そうだな、その話をする前に、こいつを食ってみてくれんか?」

私たちの目の前に、白い四角い入れ物が出された。レーションっぽいけど容器の安っぽさから考えると、もっと庶民向けに市販されているものかな?

 蓋を開けると広がる香ばしいソースの香り。いろんな野菜と豚肉かな、バランスよさそうな具材たち。おいしそうな焼きそばだ。

 でも何か違うような? とりあえず食べてみよう。

 「おいしいです。でも、焼きそば・・・なんですか?」

 「これ、カップ麺か何かだろ。新しい兵糧か?」

給仕部隊をわざわざ用意してるのにこれかぁ・・・。お湯さえあればどこでも食べられるっていうのは利点かもしれないけど。

 「そいつは『一兵卒ちゃん』という名前のカップ麺だ。軍の食事再現シリーズとして売り出しておる。」

一般市民への還元っていう名目でいろんな商品を開発しては売り出して、軍事費の足しにしているらしい。中でもこの手の食品は売上好調だとか。お手軽なのに本格仕様ってところが消費者のハートをガッチリ掴んで離さないんだろうか。

 「ところがだ、『平時もこれ食ってればいいんじゃないか?』という意見が軍の中から出てきてしまってな、それに腹を立てて軍属のシェフが皆ストライキしてしまったのだよ。」

 「よりによってそれ言っちゃいます?」

 「お前の部下は口は災いのもとって言葉を知らねぇのか。」

 「返す言葉もない・・・。」

ちゃんとしたものを出されている限り、食事の文句だけは言ってはいけない。ましてや国内の選りすぐりのエリートたちだ、プライドを傷つけたらどうなるかなんて、考えるまでもないはずなのに。

 「本題に移ろう。頼みというのは、兵士たちに手作りの料理のよさを思い出させてやってほしいのだ。」

インスタント食品って、たまに食べるからおいしいのであって、毎日食べてたら飽きると思うんだけどなぁ。私もときどき市販のトマトジュースを飲んでみるけど、あれはあれで悪くない。でも結局は万人受けするように作られたもの、毎日だと単調で味気ない。

 「やるだけやってみるけどよぉ、ちゃんと部下の教育しとけよ。」

 「頼んだぞ。こちらも・・・善処はしてみるがな。」

歯切れが悪いなぁ。まぁ、一流のシェフとカップ麺を天秤にかけるような人たちが相手だし、仕方ないかも。


 自由に使っていい、と言われて調理場に案内されたわけだけど、目眩がしそうなくらい広い。そして大きい。お店で1番大きな寸胴鍋がコップに思える。何人分を調理できるんだろう、この調理場を回すのに何人必要なんだろう。まさか2人で兵士全員の食事を作るなんてことは、いくらなんでもない・・・よね?

 「やるっつったが、何食わせても変わんねぇと思うんだよなぁ。」

 「そんなことないって、到底言えないですねぇ。」

焼きそばとカップ焼きそばは独立した別の食べ物、どっちが上でも下でもないって話が頭を過る。それを同一視しちゃう人たちに、一体何を食べさせたらいいんだろう。『私が作りました』って顔で堂々とカップ焼きそばを出しても気づかれない可能性すらある。

 まずは試しに、私とケンさんそれぞれがここのレシピを使って焼きそばを作ってみた。違いが分かるか調べる作戦だ。

 はっきり言って、私の実力ではケンさんの足元にも及ばない。出来上がったものを食べ比べてみたけど、私の方は人参の形や厚さが違って食べにくいし、キャベツはちょっとべちゃっとしてシャキシャキした食感が薄れている。味付けもソースが多すぎたのか、塩辛さが目立ってなんだか喉が渇く仕上がりだ。

 これだけ違えば嫌でも気づくはずだけど・・・。さて、試食担当のみなさんの感想は・・・。

 「うん、うまい。」「何が違うんだ?」「どっちも同じだろ、試されてんだよ。」

 「これは想像以上ですね・・・。」

 「こんなひでぇ味音痴はさすがの俺も初めてだ。」

試したのは間違いない。間違いないんだけど・・・。

 何を食べてもおいしいって思えるのはいいことだと思う。だけど、鈍感すぎるのは生物として危ないんじゃないかなぁ。腐ってても分からないで食べちゃいそう。

 ケンさんが眉間に手を当てて固まっている。珍しい光景を見られた、なんて呑気なこと考えている場合じゃない。これはもう、手の施しようがないレベルに到達してるんじゃないかなぁ。

 「もうお手上げって感じですね。」

 「だが諦めるのは俺のプライドが許さん。意地でも奴らが納得するもん食わせてやらぁ!」

ケンさんはそう言うけど、本当に何を食べさせたらいいのやら・・・。

 試行錯誤はケンさんに任せて、試食係の人たちから話を聞いてみようかな。もしかしたら何かヒントが見つかるかもしれない。

 「コックの料理について聞きたい? 答えられる範囲でいいか?」「あんまり専門的なことは聞かないでくれよ。」「俺たち詳しくないし、バカ舌だからな。」

味覚が鋭くない自覚はあるんだ・・・。だったら余計なこと言わなきゃいいのに。

 「例えばですけど、パスタソースのバリエーションとか覚えてます?」

 「どれもうまかった。」「赤白緑の3つがあったのは覚えてるぞ。」「もっとあったろ、忘れたけど。」

こんなに作り甲斐のない人たち相手に、どれだけの期間を費やしてたんだろう。きっと、ストライキ直前くらいには無心で作業してたんじゃないかなぁ。

 「とにかく、俺たちが飽きないように工夫してくれてたんだよ。」「古いレシピからレトルトにして、新しいのは改良できるまで製品化してないって話だぜ。」「まぁ俺たちの舌が違いを理解できないんだがな。」

 「そ、そうですか。ありがとうございました。」

一応収穫のようなものはあったし、ケンさんと相談してみよう。

 厨房に戻ってきたら、ここのメニュー一覧とにらめっこしているケンさんの姿があった。まだ作るものが決まらない様子だ。

 「ケンさん、ちょっと掴めた気がします。」

 「何でもいいから聞かせてくれ。何も浮かばねぇんだ。」

 「目新しさがあればきっと大丈夫です。味で勝負したってどうせ分からないはずですから、ここは見た目の奇抜さで攻めるべきです。」

 「奇抜さ、ねぇ。」

またメニュー表に目を戻しちゃった。でも何か考えがありそうな雰囲気が漂っている。

 「よし、あれで行ってみるか。」

何かに気がついたみたい。早速調理に取りかかろう。

 まずは具材を揃えよう。人参、玉ねぎ、チンゲン菜を切って、チンゲン菜は葉っぱと芯を分けておく。豚肉と背ワタを取ったエビに塩コショウ、お酒を振って下味をつけたら、溶き卵と片栗粉でコーティング。水で戻したキクラゲと、茹でたウズラの卵。これでいいかな。

 人参と玉ねぎ、チンゲン菜の芯の部分を油通しして、個別に豚肉とエビにも油通し。鶏ガラスープとオイスターソース、お酒と砂糖を合わせたものをひと煮立ちさせ、そこに卵以外の具材を全部投入。軽く火を通して水溶き片栗粉でとろみをつけたら、色がつくまで両面を焼いた麺にかけて、最後に卵を乗せれば完成。

 「あの・・・、これって普通のあんかけ焼きそばですよね?」

 「俺たちにゃそうかもしれねぇがな、あいつらにはさぞ珍しい料理に見えるだろうさ。ここのメニューにねぇからな。」

普通の人なら知識として知っていると思うけど、あの人たちじゃ分からなくてもおかしくない。なにせ、名前じゃなくて色で覚えてるような有様だし。

 「うまい!」「トロトロなのにパリパリしてる!」「あんかけ! あんかけ! あんかけ!」

 「うまくいって何よりだが・・・。」

 「このやるせない気持ちは何でしょうね・・・。」

分かっていたことだけど、語彙力がない。最初の人なんて『うまい』以外の味の感想を言っていない。それとあの呪文みたいなのは何?

 「どうやら成功したようだな。」

 「おう、もう2度とやんねぇがな。」

そうは言うけど、何だかんだと面倒見がいいからなぁ。頼まれたら引き受けちゃいそう。

 「これで魔王軍残党との戦闘も何とかなりそうだ。」

 「残党なんているんです? 聞いたことないですよ。」

 「年に1回、各地に散った奴らが集結して攻めてくるのだ。まぁ、奴らも万が一魔王が復活したときに報告する実績作りみたいなところがあってな、本気で戦ってるわけではないのだよ。」

つまり、サボってない証明のために侵略する素振りだけは見せておこうってこと?

 「儂らも軍事費を要求する口実ができて大いに助かっとる。」

 「そんなくだらねぇ茶番劇のために呼ばれたのか、俺たちは。」

毎年そんな八百長戦争やってたなんて・・・。もうそれって戦争でも何でもないただの武闘大会、いや、王国組と魔王組の運動会だよね。

 「付き合いきれん。帰るぞ、モルモー。」

 「そうですね・・・。」

こんな調子じゃあ、平和ボケするのも無理はないなぁ。仲よくケンカしててください。

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