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モフモフの木

 動物が好きで、つい構いたくなる。しかし、構いすぎると嫌われてしまう。特にネコに顕著である。こちらから構いに行くと逃げられ、作業中には遊べと誘惑してくる。ままならぬものだが、そうやって振り回されるのもネコ飼いの楽しみだ。


 近頃のペットブームに乗っかって、犬同伴で利用できるドッグカフェが王都で人気らしい。他にもネコちゃんと戯れることができるカフェとか、フクロウがいるカフェとか、何でもありな状態だ。でも可愛い。こうやってお休みの日に紹介記事を眺めているだけでも癒される。

 「うちでもネコちゃん飼いません? 『飯屋 山猫』なんですから。ネズミも捕ってくれますよ。」

 「申請が面倒くせぇ。それに衛生局の連中の査察まで受けるんだぞ、やってられっか。」

 「言ってみただけですよ。」

分かってはいるけど、飲食店で動物を飼うのは簡単じゃないよなぁ・・・。呼んでもいないのにネズミとか小バエとか、黒光りする名前を呼んではいけないあの虫は次から次へと湧いてくるのに。

 野良猫たちで暖を取って過ごしていた日もあったけど、この辺じゃ見かけない。やっぱり、人の多いところじゃないとネコちゃんには会えないのかなぁ。

 「使い魔(ペット)にネコ居ねぇのか?」

 「ネコ系だけは売り手市場なんです。私みたいなのじゃ、誰も契約してくれません。」

強さ至上主義みたいなところがある吸血種(ブラッドサッカー)たちも、同じ強さなら可愛いかったり、かっこよかったり、そういう使い魔を好む傾向がある。ネコ系は強さとルックス両方を完璧に押さえている。

 おまけに尻尾が分かれていない猫又みたいな、いわゆる『半端者』も希少価値が高いとかで、オスの三毛猫よろしく引く手数多なのが実情。出がらしどころか、茶器すら私のところには回ってこない。

 リルくんもモフモフ可愛いけど、魔狼(フェンリル)というか、犬系ってどうしてもゴツゴツした感じがするんだよね。ネコちゃんのやわらかあったかいモフモフの方が癒し効果が高い気がする。私個人の趣味で言えば、間違いなく高い。

 「人間でも最上位の魔女とかは飼ってるんですよ。羨ましいですぅ・・・。」

 「お前、人間にも負けてんのか・・・。さすがに同情するわ。」

 「同情するならネコちゃんをください。」

 「かつおぶし持ってたら出てくるかもしれねぇぞ。」

実はもうやったことがあるなんて言えない。案の定、全く見つからなかった。ネコちゃんどころか、野生動物がいるかどうかも怪しい。

 王都まで出向けばいいんだけど、人が多いと危険も多いからなぁ・・・。どこか安全にモフモフを堪能できるところ、あったらいいのに。

 「話は聞かせてもらったよ!」

 「定休日の札が見えねぇのか。それはともかく、静かに開けろ、ああああ。」

 「びっくりした・・・。」

勇者さんがお休みなのにお店に遊びに来るなんて珍しい。何か用事でもあるのかなぁ。あんまりいい予感はしないんだけど・・・。

 「村に凶悪なモンスターが出てきてね、僕じゃどうにもならないから助けてほしいんだ。」

 「お前が対応できないならもう手遅れだろ、諦めろ。」

ひどいこと言ってる気がするけど、ケンさんの言うことも一理ある。助けを呼びに行って戻るまで無事でいられる戦力が辺境の村にあるとは思えない。

 「まあまあ、そう言わないでよ。お礼も(村のみんなが)用意してるから。それに、モルモーにとっても悪い話じゃないよ。」

 「どういうことですか?」

 「来れば分かるよ。」

襲われてるっていう割には、随分と余裕があるような・・・? 焦ってる様子もないし。

 「たまにゃ、お得意さんの頼みくらい聞いてやるか。」

 「そう言ってくれると思っていたよ。じゃあ行こうか。」

お店以外で人間と関わりを持つのはいつ以来だろう。ケンさんもいるし、危害を加えられることはないと思うけど、ちょっと怖いなぁ・・・。


 行こうか、と言われてからたったの数秒、気がついたときには勇者さんの村の入口にワープしていた。忘れそうになるけど、勇者さんってスペックだけはものすごく高いんだよね。勇者って聞くと万能な代わりに専門家には一歩及ばないイメージになりがちなところ、この人は戦士(ウォーリア)の体力・筋力と魔術師(メイジ)の魔力と知力、それから盗賊(シーフ)の器用さと素早さを合わせた究極の万能タイプ。ワープくらいできて当然って感じがする。

 そんな勇者さんがいるから油断してるのか、大して強いモンスターがいるわけじゃないのか、周りは簡素な木の柵でとりあえず囲っておいた感じ。よく言えば開放的、悪く言えば無抵抗。これじゃ、何かの拍子にモンスターの侵入を許すのも仕方ないかなぁ。

 「僕の村へようこそ。まずはお茶でも飲んでほしいところだけど、事態は急を要するんだ。」

 「その割にゃ、のどかなもんだな。」

 「平和そのものです。」

おしゃべりに夢中なおばさん、農具の手入れをしているおじさん、陽気な歌を歌っているおじいさん、駆け回る子どもたち、どこに目を向けてもモンスターの気配なんてない。日常が流れているだけ。

 「ここだけ見てたらそう思うかもしれないね。とりあえず、ついてきてよ。」

勇者さんに促されるまま、村の中を進んでいく。村人以外の出入りが少ないのか、やたらと好奇の目で見られている気がする。

 「おい、あいつら・・・。」「まさか、ああああの奴に友達がいたなんて・・・。」「スライム以外にも親しい奴がおったんじゃな。」「おじいちゃん、スライムは金ヅルでしょ。」

何とも悲しくなる会話が聞こえる。暮らすだけでも息が詰まりそうなのに防衛までしてるなんて、実は聖人か何かなんじゃないかなぁ。

 「よくこんなとこで暮らせんな。」

 「勝手に人の家のタンスや壺を調べるくらい図太くないと、勇者は務まらないよ。あんな雑音、そよ風みたいなものさ。」

図太いにも限度がある。私だったら1日も保たずに逃げ出しちゃうなぁ。世の中にはどろぼーって呼ばれ続けても気にしない勇者もいるみたいだし、鋼のメンタルは最重要なのかもしれない。

 言葉の千本ノックから抜け出して、たどり着いたのは村の農園。どうやらここの特産品は果実みたいだ。何が実っているのかなぁ。

 「ここだよ。木にモンスターが集まってきて、収穫ができないんだ。このままじゃ経済が止まって、村が潰れてしまう。」

 「ただのネコじゃねぇか。」

 「モフモフがいっぱいですぅぅぅぅぅ!!」

勇者さんが敵わないモンスターって聞いていたから何が待っているのかと思ったら、ネコちゃんたちが木の上で集会を開いている。

 ある意味では恐ろしいかもしれない。あんなにいたら、可愛くて構いたくてお仕事が手につかなくなっちゃう。何匹か、お店の近くに移り住んでくれないかなぁ。

 「で、どの辺が凶悪なんだ?」

 「実はね、ここには魔王軍の呪いがかけられていて、この村で産まれた者は重度のネコアレルギーを発症してしまうのさ。」

 「何をどうしたらそんな呪いをかけられるんです!?」

 「それはね・・・。」

思っていたよりも回想が長かった。要約すると、勇者さんがずっと村にいて動かないことにしびれを切らした四天王の1人、猫娘の襲撃を猫じゃらし1本で撃退された恨みらしい。

 「いやー面白かったね。じゃらすついでに下っ端連中に飛びかかるように誘導してさ。自分のとこの将軍に蹴散らされる魔王軍はなかなかいい見世物だったよ。」

 「この人、本当に勇者ですか?」

 「俺に聞かんでくれ。」

勇者さんのせいで村がピンチになったことだけは分かった。

 そういえば、『ネコと和解せよ』なんていう変な標語もあったっけ。それに乗っかってみるのも悪くないんじゃないかなぁ。

 「アレルギーだから追い出すんじゃなくて、適度な距離感で共生するのがいいと思うんです。」

 「飼ってみたら治るパターンも、まれにあるらしいしな。」

 「じゃあ近くの空き地を使ってみてよ。村長は適当にあしらって・・・許可もらっておくからさ。」

そうと決まれば、ネコちゃんに移動のお願いをしよう。モフらせてもらえないかお願いも・・・。

 「ボスネコさん、あっちの空き地に移住しませんか?」

 「お前、ネコと話せんのか?」

 「動物会話は基本スキルですよ。これができないと使い魔なしが決定します。」

 「にゃ? うにゃにゃ。うなー。」

ふむふむ、なるほど。そういう事情があるのかぁ。村の人たちの協力があればすぐにでも解決しそう。

 「1人で納得してんじゃねぇよ。」

 「葉っぱが虫よけになるらしいです。定期的に葉っぱをくれるなら退いてもいいって言ってます。」

 「キウイに虫よけ効果なんかあるのか。」

私も知らなかった。マタタビの仲間だっていうのは聞いたことがあったから、娯楽のために居座ってるものだと思っていた。今度、かつおぶしと一緒にキウイの葉っぱもお店の裏に置いてみよう。

 糸口も見えてきたし、農家のみなさんに事情を説明して回ろう。協力的ならいいんだけど。

 「何、葉っぱをよこせ!?」「勝手に住み着いたくせに生意気だな!」

うわぁ、すごく怒ってる。これじゃ、交渉は決裂だなぁ・・・。穏便に解決したかったのに。

 「だが生意気なのがいい!!」「エサもよこせって言わねぇのか? 水入れもあるぞ!」

あ、あれ・・・? なんかおかしな方向に進み始めちゃったような。

 きっとあれだ、噂に聞くネコちゃん好きの末期症状だ。ネコちゃんのすることなら何でも許しちゃう、ネコちゃんに人生を捧げてしまった、『ネコご主人、私下僕』な人種だ。実は大好きなのにアレルギーのせいで近づけないからか、愛が暴走している。

 とりあえず一件落着・・・かな? 農園に戻ってボスネコさんに報告をして、お引っ越し完了。村の人たちからのいろんな貢ぎ物もあって、快適な生活が送れそうだ。

 「ところでボスネコさん、ちょっとだけモフらせてくれません?」

 「にゃっ!」

 「何だ、お前振られたのか。とことんネコと縁がねぇな。」

そ、そんな・・・。ケンさんはモフモフを堪能できている。どうして私だけ・・・。ケンさんなんて下りられなくなってた子を下ろしただけで、交渉も案内も全部私がやったのに・・・。

 「2人ともお疲れ様、助かったよ。・・・モルモー、魂が抜けかけてるけど大丈夫かい?」

 「モフモフ・・・。」

 「ああ、そういうこと。それなら、今日のお礼にって持ってきたこれ、早速使うかい?」

勇者さんの手に握られているのは、王都で大人気の『ちゅるる』だ。ネコちゃんを虜にする魔性のおやつ、売り切れ続出の幻の逸品。そんな貴重な品がどうしてここに?

 「最近できた、うちの特産品だよ。何がどうなってるのか知らないけど、キウイがこうなるんだ。」

どうしてキウイが? キウイそのものに強く興味を持つって話は聞いたことないなぁ、食べる子もいるにはいるらしいけど。

 細かいことはいいや。これさえあれば、私もネコちゃんにモテモテ間違いなし。・・・物の力でモテるっていうのも虚しいけれど、手段を選んでなんていられない。

 「えへへ・・・。可愛いにゃあ。あったかいにゃあ。」

 「お、おう。よかったな・・・。」

さすがはちゅるる。あんなに拒絶していた私にも抱っこさせてくれる。何だかケンさんがドン引きしている気がするけど、そんなことどうだってよくなる。

 時間の許す限りモフモフを味わってお店に戻ることに。お土産にもいくつかちゅるるをもらったし、かつおぶしと合わせて野良猫を引き寄せられるか、時間のあるときに試してみよう。


 勇者さんの村の凶悪モンスター(?)事件から数日後、朝のお掃除のついでにお店の裏でひっそりと作戦決行する私。野良猫が現れればよし、そのまま居つけばなおよし。出るとは思っていないとはいえ、やってみてからいないと決めても悪くはない。白いカラスが存在しないなんて、誰にも明言できないのだから。

 「野良猫さん野良猫さん、おいしいおやつですよ~。いるなら出てきてください。」

待てども待てども、動物の気配がない。分かっていたこととはいえ、ちょっとショック。

 「にゃにゃにゃ? おいしそうな匂いがするにゃ。」

 「ふえっ!?」

不意に後ろから声がした。振り返るとそこには、猫耳の女の子がちゅるるを盛ったお皿を覗き込むように立っていた。コスプレ・・・じゃないよね。ネコ型の獣人(ウェアアニマル)だ。ネコ要素があるなら何にでも効くんだ。

 「食べます?」

 「いいのかにゃ? いただくにゃ。」

おいしそうに食べてるなぁ。私が味見したときは薄味で物足りない感じがしたのに。ネコ科基準で言えばおいしいんだろうなぁ。

 「ごちそうさまだにゃ。」

そういえば常連さんでもない獣人なんて、どこから来たんだろう。

 「そうにゃ、道を聞きたいにゃ。王都に行くには、どうすればいいにゃ?」

 「王都でしたら、この街道を南にまっすぐ行けば着きますよ。」

 「助かるにゃ。」

あ、行っちゃった。今どき語尾に『にゃ』がついた珍しい獣人だったなぁ。・・・あの耳、ちょっとだけモフりたかった。

 実験の結果、野良猫はいない。まれに獣人が見つかるということが分かった。朝から何やってるんだろう・・・。

 「モルモー、悪ぃが出かける支度してくれ。しばらく出張だ。」

 「出張ですか?」

 「王都から使いが来た。何でも王国軍総司令直々の依頼だとさ。」

とんでもないところからの依頼だ。いやいや、その前にご自慢の給仕部隊は何をしているんだろう。食事が軍の士気高揚に欠かせないとかなんとか言って、凄腕の料理人を何人も抱えてるって噂なのに。

 はぁ、ケンさんと一緒とはいえ、まさか騎士に囲まれる羽目になるとは・・・。無事に帰ってこられますように。

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