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生き血を飲んでも貧血は治りません

 貧血に悩む人は、鉄分不足に起因する場合が大半である。サプリで摂ってるから大丈夫、などと慢心してはいけない。あくまでも不足分を補う目的で用いるものであって、それ単体でどうこうできる万能薬ではないのだから。まずは食生活を見直すところから始めてはどうだろうか。


 寒さの厳しい季節がやってきた。寒くなると私たち吸血種(ブラッドサッカー)は活動が鈍くなってくる。人間たちの血の質が、冬になると悪くなってしまうのが原因だって言われている。

 もちろん何の根拠もない上に、血を吸えない私には全く関係ないはずなのに、私にも影響があるんだから、吸血種そのものが冬に弱いんじゃないかなぁ。

 「今日も寒い・・・。」

朝起きて暖炉に火を入れ、部屋全体が暖まるまでのこの時間が辛い。そして、暖まってしまう前に店先のお掃除をしてしまわないと外に出たくない思いが勝ってしまう。絶好の温もりポイントの暖炉前を離れて、斬りつけるような冷気に身をさらさないといけないのがもっと辛い。

 防寒着に身を包み、少し気合いを入れて扉を開く。・・・あれ、開かない。凍っちゃったような手応えじゃない、何かが扉の前にあって邪魔してるような感覚。

 イタズラか何かは知らないけれど吸血種の腕力に敵うはずもない、力任せに押しのけちゃおう。

 「とりゃあああぁぁ!」

まったくもう・・・。営業妨害するようなライバル店なんかないし、恨みを買うことは・・・ないとも言い切れないけれど、朝からいい迷惑だ。一体何が置かれていたんだろう。

 扉の裏側には、霜がついて白くなった黒い布のかたまり。そこからヒールのある黒い靴が生えている。・・・靴?

 「ケ、ケンさん! 大変です~!!」

 「朝から元気だなぁ、どうした?」

 「扉の黒い邪魔する人の前が布を拾いました!」

 「そいつぁどこの世界の言葉だ?」

あまりに動揺しすぎて自分でも何を言っているのかさっぱりだ。

 「えっと、扉の前で開かないように邪魔してた黒い布に包まった人間を拾いました。まだ生きてるみたいです。」

 「普通死ぬだろ、何者だよ。」

本当に何で生きてるんだろう。霜がつくくらい長時間、この寒風吹きすさぶ中で無事でいられるなんて想像できない。とりあえず暖炉の前で解凍しておこう。

 服がガチガチに凍って口しか見えなかったけれど、溶けて動かせるようになった。さてさて、あんな過酷な環境で生きていた人の顔でも拝むとしよう。

 「ふふふ・・・。ケン様の・・・幻が・・・見えますわ・・・。」

 「何だよサーシャじゃねぇか。心配して損したぜ。」

 「そこは嘘でも心配したままでいましょうよ。」

ケンさん曰く、サーシャさんがお店の前で倒れていたのは今日が初めてじゃないらしい。大体が極限まで体を張った研究のせいみたい。お店の前まで来たのはいいけど、そこで力尽きて寝落ちしているとか。

 「今回は何やらかしたんだ?」

 「幻聴まで聞こえますわ・・・。」

 「洒落にならない状況ですうぅぅぅぅ!?」

現実との区別が全くついていない。ケンさん関係なら正常な意識を取り戻すと思ったのに。これは本格的に危ない予感がする。

 「荒療治が1番だ。ちょっと退いてろ。」

 「ちょっ・・・、まだ逃げてな・・・熱っ、熱いですうぅ!」

まさかの沸騰直後の熱湯攻撃。10割の確率で火傷の追加効果付きの、役割持ってるとかそういう次元じゃない技だ。ケンさん自身は厚手の服やゴム靴で防御を固める抜け目のなさ。私はすぐに治るからいいけど、サーシャさんはまた別の命の危機に瀕しているんじゃ・・・。

 「熱いシャワーは目覚ましに丁度いいですわ。さすがケン様、わたくしのことをよく理解してくださっていて、感激ですわ!」

予想を裏切る展開だなぁ。凍っても生きてたり、熱湯を浴びても無傷だったり、人のこと言えた義理じゃないけど人間離れしすぎだと思う。

 「わたくし、不死の能力に胡座をかく貴女と違って身の程はわきまえていますの。予め温度変化に耐えられるよう防護魔法をかけてありますわ。」

 「寝落ちしなけりゃ、そんな魔法必要ねぇんだよ。いい加減学習しやがれ。」

 「ああ、正論をぶつけてくるケン様も素敵ですわ!」

うん、まぁ、元気になったならそれいでいいや。ちっとも反省してない様子だし、これからも同じようなことがあるんだろうなぁ。

 「もう1度聞くが、今度は何やらかしてぶっ倒れたんだ?」

 「それはうっかり指先を切ってしまったときのことですわ。滲んでくる血を眺めていましたら、ふと気づいたのです。この世の医者たちは、血の研究をしていないということに。わたくしたちの体内にあり、生死に関わる重要なものだというのに、不浄なものとして研究が禁じられていることを知りましたの。禁じられると調べたくなるのがわたくし、まずは自分の血で、と思って血を抜いては研究の日々でしたわ。ただ、少し血を抜きすぎて倒れてしまいましたの。」

 「最後のだけで十分だったろ。で、研究の甲斐はあったのか?」

 「何の成果も得られませんでしたわ・・・。」

血の研究かぁ。他の吸血種たちはよく血の味について語っていた記憶が頭の片隅に残っている。人間には分からない何かを感じ取っているかもしれない。

 「親子や兄弟姉妹は血の味も似てくるらしいですよ。」

 「あら、そういえばここには血に詳しい貴女がいましたわね。些細なものでも、もっと情報はありませんこと?」

 「研究熱心なのは結構だが、まずは体調を整えろ。」

普通に話してるから忘れてたけど、この人冷凍保存されてた上に血が不足してるんだった。顔色は元から色白なせいで分かりにくいし。

 「わたくしなら心配ありませんわ。少し世界が揺れていて、二重に見えている程度ですもの。」

 「重症ですうぅぅぅぅ! ケンさん、何かこう、一気に血が増える食べ物ってありませんか!?」

 「そんな怪しいもん、あってたまるか。」

 「こんなときこそ謎の食材の出番じゃないですかあぁぁ!」

最初に出会ったときは、欲しいものが何でも手に入るって言ってたのに・・・。これじゃ、『ないものはない』みたいな詐欺まがいな謳い文句と大して変わらない。

 「まぁ落ち着け。見たことねぇだけで、どっかには必ずある。あそこはそういう世界だ。」

 「そうと決まれば、早速出発です!」

 「だから落ち着け。何があるかわからねぇんだ、死なねぇ準備だけはしっかりしろ。」

 「トマトジュースがあれば大丈夫です。」

 「真の敵は胃袋か・・・。」

こないだみたいに銀を使う魔物なんてそうそういないし、餓え死にするまで戦うことも風来人じゃないんだから滅多なことじゃ起こらない。ジュースだって、もしものための保険みたいなものだし。

 ケンさんの準備を待って、まだ見ぬ食材を求めて出発しよう。


 人間は寒暖の差が激しいと調子を崩しやすいって聞く。吸血種も例に漏れず、温度変化が激しいと身体能力がちょっと落ちる。せいぜい、傷の治りが5秒くらい遅くなるとかその程度だけど。

 さっきまでの真冬の世界とは打って変わって、頭上から降り注ぐ太陽光が容赦なく肌を刺激する。日陰どころか、地平線の彼方まで何もない。あらゆる生を拒絶する、砂漠の真ん中に放り出された。

 日焼け止めがなかったら大変な目に遭っていた。一応再生するけど、またすぐに焼けちゃうから対策必須なんだよね。

 「そんなんで耐えられるのか?」

 「日焼けしなければ、寒さと違って暑さはやる気がなくなるだけで、やれないことはないです。」

ケンさんは被り物が増えたくらいで、いつもとそんなに変わっていない。どこでも快適なあのコックスーツ、ちょっと羨ましい。

 状況確認が済んだところで食材を探そうと歩き始めたけれど、砂と空以外に何も見当たらない。どこまでも砂の海が続くだけ。

 「ここまで何もねぇとは思わなかったな。」

 「そうですね。ラクダの1頭くらい・・・あれ?」

 「どうした、何か見つけたか?」

風向きが変わった一瞬の出来事だったけど、間違いない。血の臭いだ。

 「俺にゃわからんが、行ってみるか。」

 「こっちの方です。」

針路を10時の方角に変更。ときどき立ち止まって臭いのする方向を確認しながら進む。・・・近づいてきているみたい、だんだんと臭いが強くなってきた。

 「ここまで来りゃ、俺でも分かる。だがこいつぁ・・・。」

 「かなりの量ですね・・・。」

こんな砂漠で大量の血を流す要素なんて普通あり得ない。でも、あり得ないことが起こるのがこの世界。ここからは用心して進まないと・・・。

 むせ返りそうな血の臭いがする方へ歩みを進め、ついにその元凶へとたどり着いた。さっきまでの、生を拒む熱砂の大地とは様変わりし、僅かな水源と1本の木、背の低い植物が自生するオアシスが目に飛び込んできた。命の気配が濃厚なのに漂う血の臭いが生きることを否定する。それを証明するみたいに、辺りにはラクダの魔物の死骸と骨がいくつも転がっている。どれもみんな、お腹と背中を貫くように穴が開いている。何に襲われたらあんな傷がつくんだろう。

 「何が待ってんのか知らねぇが、迂闊に近寄れんな。」

少し離れたところで様子を窺うことにする。オアシス周辺にだけ死骸が見える以上、何かがいるのは間違いない。

 いくら観察していても変化がないと思っていたところに、反対側からラクダの魔物が1頭やってきた。オアシスに近づいていくみたい。うーん、あまりにも無警戒。

 ラクダが草地に入った瞬間、何かがラクダの体を貫いた。地面から飛び出してきた『それ』がまた地中に潜り、後にはラクダの死骸が残っただけ。おそろしく速い一撃。見逃しちゃうところだった。

 「根っこ・・・でしたね。」

 「ああ。多分、あの木のだろうな。」

ただの木だと思っていたあれが、魔物だったとは。今にして思うと、1本だけぽつねんと生えている時点で疑ってかかるべきだった。ラクダが目当ての魔物じゃないとなると、あの木がそうなんだろうなぁ。

 「よく見たら実がついてんな。」

 「鮮血みたいに真っ赤で、気味が悪いですぅ・・・。」

あの赤色って、まさかとは思うけど血が由来・・・? 植物のくせに悪趣味としか言いようがない。趣味は悪くてもラクダの死骸は土になるし、血は果実を実らせる、すごく効率的だ。

 目標が定まったのはいいんだけど、どうやって採りに行こう。近寄ったら串刺しだし、安全なところから手出しできる道具もない。

 「お前のペットにちっこいヤタガラスいたよな、採ってこれねぇか?」

 「クロですか? スプーンより重いもの持てませんよ。」

クロじゃどうにもならないけど、そっか、空を飛べれば根っこに突き刺されることはないのか。なるほど完璧な作戦だ。不可能だという点に目をつぶれば。

 そうだ、クロにあの木の実を安全に回収して帰れるルートを聞いてみよう。クロなら何とかしてくれるはず。

 「コンナ アツイトコニ ヨバナイデ ホシカッタデス。」

 「ごめんごめん。でもクロじゃないとだめなの。」

私の影から出ようとしない。真っ黒な体に砂漠の太陽は危険だから仕方ないか。教えてもらったらすぐに帰ってもらおう。

 「トマトジュースヲ クサムラニ ナゲイレテクダサイ。1ジカンホド アンゼンニナリマス。アツイノデ カエリマス。」

クロが言うんなら間違いないんだろうけど、どういうことだろう? もったいないけど、やってみよう。

 手近な草むらに容器ごと投げ込んでみる。地面に落ちた衝撃に反応したのかなぁ、あの根っこ攻撃で入れ物が大破、トマトジュースが辺りに飛び散った。これで本当に安全なのかなぁ?

 「多分、塩で活動が鈍るんだろ。」

 「確かに入ってますけど、ひとつまみくらいですよ?」

基本的に植物は塩に弱い。だからって、トマトジュースに使う分でやられちゃうほど弱くないと思うんだけどなぁ。こんな環境で暮らすうちに一層弱くなったってことにしておこう。

 恐る恐るテリトリーに侵入してみる。・・・反応なし、本当に大丈夫みたい。早速果実を回収しよう。

丁度いい高さに実っているしハサミも使わずにもぎ取れる。持てるだけ収穫したら、復活する前に離脱しよう。

 次がないのが1番だけど、今度来るときは塩を持ってこよう。


 収穫したばかりのときは真っ赤だったのに、持って帰ってくるまでの間にドス黒く変色してしまっている。・・・本当に血みたいで不気味だ。

 「まずは味見だな。」

 「とても食べ物とは思えない色ですぅ・・・。」

見た目の気持ち悪さとは裏腹に、収穫したときと変わらない、柑橘系の爽やかな香りがする。果皮の中身は・・・うわぁ、真っ赤だ・・・。

 「血みてぇのは色だけだな。お前でも問題なく食えるぞ。」

ちょっと怖いけど、味も分からないままでは使えない。いただきます。

 「見た目はアレですけど、おいしいです~。」

ひと口かじると甘みたっぷりの果汁が広がり、遅れてやってくる酸味が心地いい。ついつい顔が緩むし、いつまでも噛んでいたいと思わせる。

 それから、人間には分からないと思うけど、血の量が増えた。健康な人は食べ過ぎ注意かな。1つなら何ともないけど、2つ食べたら鼻血がしばらく止まらなくなる可能性あり。

 「今のサーシャさんなら、10個でも平気だと思いますよ。」

 「どんだけ血抜きしたんだ、あいつ。」

とにかくたくさん摂ってもらわないと。外側の皮をむいて、種を取り除いたら薄皮ごとミキサーにかける。お手軽ジュースの出来上がり。・・・こうすると本物の血って言われても違和感がない。

 もう1品。よく洗って皮をむいたら、ワタを取り除いた皮を煮て水気を切ってを数回繰り返す。千切りにして、種を取った中身と砂糖を加えて、水分が出てきたら中火で煮詰める。とろみがついたら完成。これも赤黒いけど、マーマレードって言っていいのかなぁ? トーストに塗って食べてもらおう。

 トーストとジュース、くし切りにした果実を添えて、朝食セットっぽい何かが出来上がった。朝から目に優しくない。寝起きドッキリには最適かもしれない。

 「サーシャさん、朝ごはんですよ~。」

 「貴女の血かしら?」

 「オレンジっぽい何かです。」

 「ブラッドオレンジの仲間だ、多分な。」

(ブラッド)というよりは血塗れ(ブラッディ)の方が近いかな。喩えでも何でもなく血を浴びて育った実だし。

 元が白いと顔色の変化が分かりやすい。どんどん血色がよくなってきている。これなら血が足りないなんてことはなさそうだ。

 「これなら、最低でも三日三晩は徹夜で研究できそうですわ。」

 「また倒れても知らねぇぞ。」

たぶん、寝ないだけじゃなくて食べないで研究してるんだろうなぁ。さっきのオレンジ、まだ余ってるしお土産に持たせたほうがいいかもしれない。

 「いえ、もっといいものを頂いて帰りますわ。」

いいもの? サーシャさんの研究の役に立ちそうなものなんて、お店にはないと思うけど・・・。

 「な、何でにじり寄ってくるんです!? それに、目が怖いです!」

 「わたくしのために、血を分けていただきますわ。不死者なんて貴重な検体、そう安々と手に入りませんもの。」

まさかとは思うけど、あのオレンジに血の気が多くなる効果まであったとか? 血だけで済むなんて、そんなわけないじゃない。あの目は・・・死なない程度に調べ尽くす気でいる・・・!

 あなたの貧血を即座に解消! その名も『ブラッディオレンジ』、ひと口かじればたちまち元気に。副作用で血が滾って抑えが効かなくなります。食べすぎにご注意ください。

 「さぁ、観念なさい不死女!」

 「痛いのは嫌ぁぁぁ! ケンさん助けてくださいぃぃぃぃ!」

 「気前よく10リットルくらい、くれてやったらどうだ? どうせ何ともねぇんだろ?」

 「血も涙もないですぅぅぅぅ!!」

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