金が掘れたら何屋が儲かる?
一攫千金。夢と希望とロマン溢れる言葉だ。たった一度の人生、博打に出るのも悪くはないだろう。だが夢ばかり追いかけて、目の前に転がっているチャンスをみすみす逃さぬよう、よく考える時間もお忘れなく。
金、銀、宝石類の輝きは人間たちを惹きつける。吸血種には必要ないものなんだけど、人間社会に溶け込むにはお金も必要になってくる。食事に困らなくなった今となっては、ただのきれいな石ころ、意匠の凝った金属、洋服引換券くらいの感覚になってきた。
何でこんなこと考えているのかというと、近くの鉱山で金鉱脈にぶつかったとかなんとかで、ここ『飯屋 山猫』の周りの街に、人がわんさか押し寄せてきている。誰も彼も、一山当てようという野心にあふれている。
お店のある街道が鉱山への通り道になっているせいで人も自然と増えてきて、忙しくてたまったものじゃない、主にお掃除で。着替えて、とまでは言わないけれど、お願いだから泥を落としてホコリを払ってから来てほしい。
「どいつもこいつも汚れた恰好だから、気にならなくなっちまうんだよ。」
ケンさんの言うとおりかもしれない。流されちゃったらお店も汚れっぱなしになっちゃうから、お客さんの途切れたタイミングを見計らって、きれいにしていかないと。
「はぁ~、疲れましたぁ・・・。」
「お疲れさん。」
みんな一斉にお昼休憩に入るのか、ピークが過ぎると来客がピタッと止まってしまう。人がいない間にお掃除を済ませたら私たちが休憩に入る番だ。
トマトジュースを片手に、そんなにお金を稼いでどうするんだろう、なんて考える。それなりの稼ぎで、まあまあの暮らしでも十分だと思うんだけどなぁ。
「出るか分からん金なんか探すんなら、その辺でモンスター倒してる方が儲かるんだがな。」
「ケンさんくらい強くないと成り立ちませんよ。」
人間基準で言えば、訓練しないとスライムも意外と強敵で、討伐依頼数も多いから意外といい稼ぎになるらしい。ぷにぷにしてても体当たりで骨折するくらいの威力はあって危険みたいだけど、所詮はスライム、鉱山で働けるくらい元気なら勝てる気がする。
さて、休憩もおしまい。私たちは地道に働いてお金を稼ごう。
「ご機嫌よう~・・・。」
「どうした? 随分くたびれてんな。」
フラフラとお店に入ってきたのはジュリエットさん。今日は何だか様子が変だ。いつもなら私を見た途端に抱きついてくるのに。邪悪なんだか輝かしいんだか分からないオーラも感じない。
「最近のゴールドラッシュはご存知でしょう?」
「はい。ここにも鉱夫の人たちがたくさん来るようになりましたよ。」
「そのせいで作業着の注文が山のように舞い込んできまして、休む時間も満足にないんです。」
そういえばデザイナーって言ってたっけ。誰彼構わず、針仕事ができる人に依頼してるんだ。そこまでしないと作業着も足りないのかぁ。
「そりゃ建前だろ。本音は何だ?」
「可愛い女の子成分が枯渇して力が入らないんです。」
なるほど。男の人の服ばかり作っていて、気が滅入ってきたんだ。しかも鉱夫の人たちが着る作業着なんてデザインそっちのけで機能美が求められる大量生産品、ジュリエットさんの趣味の真逆と言える。
「仕事も少し落ち着きましたし、モルモーちゃんで癒されようと思っているんです。」
「そういう店じゃねぇって何回言わせんだ。」
「まぁ、いい加減慣れましたし、いいですよ。」
「お前も毒されんなよ・・・。」
スキンシップ対策は好きにさせておくのが1番安全だと気づいてからというもの、抱きつく程度は日常の挨拶と同じくらいに思うようになってしまった。
ほっぺたをぷにぷにとつつかれたり、髪の匂いを嗅がれたり、そんなこんなでしばらく好き放題してもらって回復した頃合いを見計らって注文を受けることにしよう。
「今日のご注文は何にします?」
「世界で1番おいしいものをお願いします。」
「・・・まだ本調子じゃねぇのか。モルモー、悪いがあと10分くらい相手してやってくれ。」
「違います! 鉱夫のみなさんがそう仰っていたんです!」
ここにも鉱夫の人たちはたくさんやってくる。でも頼むものはバラバラで、何が世界一とかそういう話も聞いた記憶がない。一体何のことだろう。
「世界で1番売れているハンバーガーとコーラが世界で1番おいしい、そう伺ったので、1度くらいは食べてみたいのです。」
「そんな話真に受けんな。」
「私も本気にしているわけではないですよ? ですが、実際に食べてみないことには真偽の判断がつかないでしょう?」
売上って1つの指標にはなるだろうけど、味覚の1番となると1人1人違うと思うんだけどなぁ。そんなことで決まっちゃうなら、きのこの森とたけのこの丘で戦争にならないような。
それにしても、いつもは紅茶とスイーツを頼んでいるジュリエットさんが、ハンバーガーとコーラかぁ。ジャンクフードのイメージが湧いてこない。ハンバーガーも何だか品のある一品料理みたいな雰囲気になりそうな予感がする。
「具材のリクエストはあるか?」
「ハンバーガーって、1種類だけじゃないのですか?」
「よし、わかった。1番シンプルなのでいいな。」
思ったとおり、ジャンクフードとは無縁の生活だったみたいだけど、全くと言っていいほど知識がないとは想像してなかった。ジュリエットさんの作る服はドレスと言って差し支えない。そういう客層の女の子はハンバーガーとか食べそうにないし、ジュリエットさんが知らないのも無理はない・・・のかなぁ?
でもハンバーガーなら楽でいい。何しろ鉱夫の人たちがお肉をたくさん食べるから、改めて取りに行かなくてもお肉のストックはある。
「あれ? ケンさーん、ひき肉がもうなくなってます。」
「すまん、俺の昼飯に使っちまった。」
「そんなピンポイントで消費しなくたっていいじゃないですかぁ!」
「まぁいいじゃねぇか。全体的に少なくなってきてんだ。他の肉も補充しに行くいい機会だ。」
はぁ・・・、ちょっとは楽できると思ったんだけどなぁ・・・。
近頃何度も厨房との行き来を繰り返して、見るのも嫌になってきた光景だ。やってきたのはステップ地帯。砂漠の近くに広がる草原だ。日差しを遮るものがないのが何より辛い。その代わり、見晴らしがよくて見つけやすいって利点もある。ほら、早速1頭。
もうどれだけの数の牛型の魔物と戦ったのか覚えていないけれど、それだけ戦闘経験は蓄積されてきた。私たちを敵と認識したら突進してくるから、吸血種の怪力を活かして受け止める。膠着状態に持ち込んだらケンさんが飛び乗って首に縄をかけて失神させる。かわいそうだけど吊し上げて解体。うん、もうバッチリ。
「いやぁ、お前がいると楽でいいわ。俺1人のときはタイミング合わせて飛び乗ってたからなぁ。」
「うまく飛び乗れても振り落とされる未来しか見えないですよ。」
「何度も落とされたし、撥ね飛ばされたもんだ。」
何でこの人、今まで五体満足で生き残ってるんだろう。只者じゃないにしたって限度がある。
幸先よく1頭仕留めたけれど、お肉はいくらあっても足りない。もう何頭か倒しておきたい、そう思って少し歩いて見つけた牛は、今までとは一味違った。
「この世の理はすなわちパワーだと思いませんか? 物事をゴリ押せればその分時間が有効に使えます、弱いことなら誰でもできる、20回殴れば鉄の剣でも重騎士が倒せる! 有能なのは鉄の武器より鋼の武器、鋼よりも銀です! つまり火力こそ有能なのが戦闘の基本法則! そして俺の持論でさぁぁぁぁぁぁ!」
「牛って武器装備すんのか?」
「ツッコむところ、そこですか・・・?」
確かに火力は大事だけど、最高のパフォーマンスを出すには技術も磨かないと。当たらなければどうということはないって、よく言うし。
そういえば、何で銀を武器に使おうって思い立ったんだろう。銀の武器でつけられた傷には吸血種の再生能力が無効化されるから厄介なんだよね。よく見たら、あの牛の角も銀白色に輝いている。突き刺されたら一大事だなぁ、近寄りたくない・・・。
「私の戦闘スタイルは、ラディカル・グッドラッシュ!」
「結局、突進か。モルモー、頼んだぜ!」
「あんまり触りたくないけど、やるしかないです!」
普通の声量で会話ができる距離からの突進とは思えないくらい重い。角を避けて鼻先を掴んで押さえ込む。このままケンさんが締め上げておしまいだ。
「それが2人がかりのお前たちの力か! だが足りない、足りないぞォ! お前たちに足りないもの! それは、情熱思想理念頭脳気品優雅さ勤勉さ、そして何よりモォ~! パワーが足りない!」
「きゃあぁぁぁぁ!」
「お前、『モォ~』が言いたかっただけだろおぉぉぉぉ!?」
2人まとめてふっ飛ばされてしまった。突き飛ばされる形になった私と違って、上に跳ね上げられたケンさんはツッコミを入れる余裕があるみたい。
同種対決ならまだしも、他の種族と力比べして負けるなんて思ってもみなかった。しかも不意打ちされたわけでもなく、正面から打ち破ってくるなんて。ただ組み合っているだけじゃ勝ち目がない。
「私は何でも突き飛ばすことができまぁ~す!」
「また来るぞ! 気ぃつけろ!」
言うだけのことはある、力は強い。でも突進しかしない。それならどうにかなる。
まずは同じように突進を受け止める。さっきと違うのは、突き飛ばされたときに角が腕をかすめていて血が出ているということ。
突進の爆発力は、強力な脚力あってのこと。腕は2本しかないけれど、血が流れていればいくらでも代わりになる。牛の四肢すべてを私の血で拘束してしまえばいい。
「・・・弱い? この俺がウィークリィ?」
「ケンさん、今です!」
「よっしゃ、任しとけ!」
力自慢の牛も、もはやこれまで。力任せじゃ私の血は振りほどけず、今まで倒してきた他の牛と同じ結末を迎えた。
解体してみると、あんなにパワーを誇っていたのに、意外と赤身と脂肪のバランスがいいお肉だ。筋肉ばっかりで固くておいしくないんじゃないかと思ったけど、心配なかった。
「肉より自分の心配しろよ。」
「この腕ですか? 銀でついた傷だっていっても、このくらいなら(元の世界基準で)明日には治ってますよ。」
「そんなカサブタか血かわからねぇもんぶら下げてたら、人間じゃねぇってバレるぞ?」
「・・・・・・。あああああ! どどどうしましょう!?」
いつも再生能力に任せっきりだったツケが回ってきた。銀で負傷することなんてなかったし、治るまで適当に血で塞いでおけばいいなんて思っていた。そうだった、今の私は接客業、1人で放浪していたときとは違うんだった。こんなことなら、使わなくても包帯の1つくらい買っておくんだった・・・。
「いつかやらかすとは思ってたんだよなぁ。ほら、これ使え。」
「ありがとうございますぅぅぅぅ!」
危うく帰れなくなるところだった。今度からちゃんと誤魔化す用意はしておこう・・・。
慣れない包帯を巻いているせいか、何だか腕が動かしづらい気がする。でもハンバーガーを作るくらいなら些細な問題かな。そんなに繊細な作業はないし。
まずはお肉をひき肉にしよう。いっそのこと、ステーキとか牛カツとか、ちょっと豪華な感じのハンバーガーでもいいんじゃないかってくらい、いいお肉だ。・・・まぁ、本当にいい部位は別に確保してあるんだけど。
ひき肉が出来上がったら、塩こしょう、ナツメグを加えてこねる。空気を抜きながら形を整えて焼いたら、ケチャップをかけ、チーズを乗せてバンズに挟む。シンプルさを極めたハンバーガー。あえてケチャップを使ったことで生まれる、おおざっぱな感じが食欲をそそるらしい。
「まあ、これが噂に聞くハンバーガーなのですね。それからこちらの黒い飲み物がコーラ。どちらも実際に目にするのは初めてです。それはそうとしてですね・・・。」
「何だよ?」
「どうやって食べればいいのか、教えていただけません?」
何となーく、そんな気はしていた。大抵の人はかぶりついているけれど、ジュリエットさんにはお勧めできない食べ方だ。慣れない食べ物だし、こぼして服が汚れる様がありありと浮かんでくる。
「ナイフとフォーク、用意してますよ。」
「あらあら、ありが・・・。」
どうしたんだろう、急に固まっちゃった。
「・・・マスターさん? いくらお仕事でも、女の子に怪我させるなんて、どういうおつもりですか?」
口調は優しいし表情も柔らかいはずなのに、体の芯から震え上がる威圧感が滲み出ている。邪なオーラから殺意の波動に変わるのも時間の問題かもしれない。話をそらすか誤魔化すかしないと・・・!
「お前のために怪我してまで用意したんだよ。」
「そ、そうです! ちょっと張り切りすぎちゃったんです!」
「私のために・・・! 1口ごとに幸せを噛みしめていただきますね・・・!」
ついつい勢いでケンさんに合わせちゃったけど、とんでもないことを言ってしまった気がする。
宣言通り、ゆっくりとハンバーガーを味わったジュリエットさん。ナイフとフォークで優雅に食べる人を見るのは、今日が最初で最後かもしれない。
「ごちそうさまでした。まだ少しだけお仕事も残っていますので、失礼しますね。」
「おう、また来い。」
「いやいや、他に言うことありませんか!?」
テーブルの上には金貨の詰まった袋が置かれている。普段からチップを置いていく珍しい人だと思っていたけれど、今日のはチップの域を越えている。
「気にしないでください。私の趣味ですので。」
「??? どういうことです?」
「私の作った服で女の子を笑顔にする。いただいたお金を女の子のために使う。私がお金を使えば使うほど、女の子たちの笑顔が増える。なんて素敵なんでしょう。」
「要するに、ただのロリコンだ。」
いいことを言っているように聞こえるけれど、ケンさんの言うとおり欲望まみれなんだよなぁ・・・。
「怪我してまで頑張ってくれたモルモーちゃんへ、私からの愛だと思って受け取ってくださいね。」
私の返事も聞かずにお店を出ていってしまった。今度、ジュリエットさんのお店で服を仕立ててもらってお返しってことにしよう。・・・愛が、重い。
「最近は作業着ばかりって話でしたけど、こんなに置いてって大丈夫なんでしょうか・・・?」
「問題ねぇだろ。ゴールドラッシュってのは、採掘者よりも、そいつらをアテにした商売のが儲かるらしいしな。」
あぁ、そういえばどこかでこんな噂を聞いたことがある。もう何10年も前にもゴールドラッシュがあった。その年の長者番付のトップを飾ったのは、ツルハシ屋さんのご主人だったって。
夢を追いかけるのも悪くないけど、地道な積み重ねって、やっぱり大事だなぁ。