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自称・天然はだいたい養殖

 よく言えば無邪気、悪く言えば能天気。天然とはうまく言ったものだ。だが天然と言われて喜ぶ人間の大半は天然ではない。それは計算された天然、つまり養殖だ。自覚がないから天然なのである。


 魚は健康にいい。そんな話題が持ち上がると、人々は挙って魚を食べ始め、売り切れる毎日で市場から魚が姿を消した。それだけで済めばよかったのに、乱獲に次ぐ乱獲で海からも姿を消しつつあった。

 「人間って欲望に忠実だよねぇ。なくなってからじゃ遅いのにさ。」

そう話すのはエビ型の人魚(マーマン)のロブさん。魚ブームのせいで、大挙して漁に出てくる漁船団にうんざりして一時避難してきたらしい。こないだ来たときと違って、今日はシラフみたい。

 「酒を調達しようにも今ならボクも食べられちゃう気がして、人前に出るのに今まで以上に慎重になってるのさ。」

 「大変ですね・・・。」

 「そう思うんならモルモーちゃん、酒買ってきてくれない?」

 「店員はパシリじゃねぇぞ。」

 「じゃあ大将に頼もうかな。店員じゃなくて店長だし問題ないね。」

お酒が入ってなくてもマイペースなのは変わらないなぁ。ケンさんも呆れて言い返さなくなっちゃった。

 それはそうとして、養殖に成功してる魚たちまで乱獲するのは何でだろう。天然モノよりおいしいって言う人もいるのに。

 「天然って言っときゃ格調高く感じるもんだ。」

 「そうそう、限定品って言われたら意味もなく欲しくなっちゃうようなものさ。」

 「そういうものなんですか・・・?」

人間の価値観は難しいなぁ。そんな言葉1つで評価が変わっちゃうなんて。

 「そういや、お前らが食う分の魚は残ってんのか?」

これは私も気になっていた。人間に根こそぎ獲られちゃって、お腹を空かせてる人魚がいたっておかしな話じゃない。

 「そこは心配要らないよ。人間が家畜を飼うのと同じで、ボクらも養殖をしているからね。人間たちの知らない世界が、海の中には広がっているのさ。」

 「養殖場が荒らされたりとかはしないんですか?」

 「伝承やおとぎ話って、あながち間違いでもないんだよ。聞いたことあるでしょ? セイレーンの歌を聞いた船がどうなるか。」

セイレーンといえば海にまつわる伝説によく出てくる名前だ。上半身が人間の女性、下半身が魚の姿をしていて、美しい歌声だけど、その歌を聞いた船は沈んでしまうことから、船乗りたちに恐れられているって伝わっていたはず。その正体が実は人魚(マーメイド)の一種で、養殖場の防衛に当たってるってことかぁ。

 「まぁ・・・そういうことさ。」

 「何だ歯切れ悪ぃな。お前らしくもない。」

 「いやぁ、だいたい合ってるんだけどねぇ・・・。」

妙に言葉を濁してるなぁ。何か事情でもあるのかなぁ。

 「そうだねぇ・・・。百聞は一見にしかず、暇そうなコ連れてくるよ。」

 「本当ですか!? 1度聴いてみたかったんです、セイレーンの歌!」

 「陸上ならなんともないと思うけど・・・。念のため割れ物は片付けといてね。」

 「どういう意味・・・、もう出て行きやがった。」

船が沈んじゃうくらいだし、海から離れてもそこそこ危ないのかな? 言われたとおり、グラスやお皿は裏に避難させておこう。

 片付け終わって1時間くらい経っただろうか。ロブさんがセイレーンの女の子を伴って戻ってきた。空中を泳ぐように移動している。へぇ~、水がないところでも動けるんだ。普通の生活をしていたら知ることのなかった、使えるようで使えない知識がまた1つ。

 「おまたせ。ナンパと疑われて大変だったよ。」

 「日頃の行いのせいだろ。」

どうやって誘ったのかは想像するしかないけど、女の子に声かけてレストランに連れてきてるわけだからナンパって言っても差し支えないようにも思える。口調が軽いのも災いしている気がする。

 「あたしも暇じゃないんだけど・・・。」

 「まぁまぁそう言わないでよ。好きなもの奢ってあげるからさ。」

そういうとこが誤解を招くって自覚あるんだろうか・・・。たぶん、特に深く考えないで声かけてきたんだろうなぁ、『ちょっとボクについてきてくれない?』くらいのノリで。

 「たまには養殖じゃない魚食べたいよね。」

 「だってさ、大将。活きのいいやつ見繕ってよ。」

 「はいよ。」

魚かぁ。ヒトデに邪魔されて、餌ばっかり取られて、結局1匹も釣れなかった苦い記憶が蘇ってくる。ついていくけど、大人しくしてた方がいいかもしれないなぁ。


 吸血種(ブラッドサッカー)は水に弱い。そういう風に言われているけれど、創作の世界でそういう設定にされたからってだけで、実はそんなことはない。私も人並程度には泳げるし。だけど、この不安定な足場をほいほいと飛び回るのは腰が引けちゃう。そう、ここは陸地から離れた、海の上に浮かぶ養殖施設の筏の上だ。

 オーダーは天然の魚だったはず。よくよく考えるまでもなく、養殖場に用事はない。なのに何でこんなところにいるんだろう。

 「ケンさん、ここは何なんです?」

 「ここにゃ、養殖の天然の魚が集まってくるんだよ。」

 「ちょっと何言ってるか分かんないです。」

意味不明なのは今日に始まったことじゃない。魚が集まってくることが分かっているなら、ちょっとくらい矛盾した話でも大きな障害にはならない。

 「まぁ見てろ、っと!」

ケンさんが釣り糸を垂らし始めた。海上に生け簀を設置した釣り堀、という雰囲気。うーん、何だかどこか似たようなところが話題になってたような記憶が。

 「ところで、餌付いてませんでしたけど、いいんですか?」

 「それが釣れちまうんだよ、こんな風にな。」

魚を食べると頭がよくなるっていうけれど、魚の頭がよくならないのは何でだろう。釣れたのはアジだから関係ないか、食べてもちっちゃい魚の幼魚がせいぜいだし。

 どうせここの魚たちも喋るんだろうから、ちょっと弁明を聞いてみよう。

 「いっけなーい☆ 私ったら、うっかり餌もついてない針に引っかかっちゃった☆」

 「・・・。」

 「な? 養殖の天然だろ?」

アジだと思ったらブリっ子だった。養殖の天然って、キャラ作りした天然ってこと? でも何か微妙に方向性がズレてる気がする。

 それにしても、これ、人間がやっても鬱陶しいのに、魚にやられると3割増しくらいにイライラするなぁ。吸血種のくせに人畜無害と言われた私でさえ、殺意の波動に目覚めそう。

 かんたんに釣れるみたいだし、何匹か釣って早めに切り上げよう。

 「こんな餌に釣られクマー!」

どうして私が釣ると変なのがかかるんだろう。この鮮やかなオレンジ、クマノミ・・・でいいのかなぁ。人面魚ならぬ、熊面魚。全然可愛くない。

 「可愛くなくても意外とおいしいクマ。特に左の胸ビレ付近が美味だクマ。」

 「はぁ、そうですか・・・。」

そういえば、クマの左手は特においしいって、いつかケンさんが言っていたような気がする。ますますクマなのか魚なのか分からなくなってきた。

 最低限のノルマは達成したし変なのばっかり釣れても困るし、後はケンさんに任せて大人しくしてよう。

 「こないだ遅刻しそうでオキアミ咥えて泳いでたらサバ君にぶつかっちゃったぁ~☆」

 「あたしなんかマグロから逃げてるときにぜいごが当たっちゃって、すっごい恥ずかしかった~☆」

 「・・・。」

 「やめるクマ! そこに入るくらいなら防波堤で干からびる方がいいクマ!」

何この会話。クマノミ? に拒絶されるのも仕方ない。ずっとこんなの聞かされたら頭がおかしくなりそう。

 「これくらいでいいんじゃないですか?」

 「そうだな。そろそろこの声聞いてんのも限界だ。」

こんなうるさい魚でもいいのか、一抹の不安を抱えながら帰路についた。


 人魚の人たちの食事って謎が多くて、どんな料理がいいのかよく分からない。ロブさんはお酒が進めば何でも食べるみたいだけど。

 「あえてそのまんま出すのがいいと思うんだよ。」

 「せめて喋れない状態にしましょう。食欲なくなりますって。」

 「そうだクマ!」

このクマノミ、自分も食べられる側だって分かってるんだろうか・・・。

 「そんじゃ、1発しばいて気絶させっか。」

そう言いながら、クジラの尾ビレみたいな扇状の何かを取り出した。確かクジラって、海面を叩いて小魚を気絶させるときがあるんだっけ。直接叩くのはどうかと思うけど。

 「任せた。」

 「私ですか!?」

 「何のための吸血種の筋力だ、今使わないでいつ使うんだ?」

 「・・・どうなっても知りませんよ。」

まな板の上でピチピチ跳ねている、無抵抗な魚に攻撃するのはちょっとなぁ・・・。

 「このままじゃ食べられちゃう~、誰か助けて~☆」

前言撤回。この期に及んでキャラを崩さない図太さには関心するけど、神経を逆撫でする以外の効果がない。

 「ていやっ!」

我ながらいい一撃が入ったと思う。これならしばらく目を覚まさないかな。まな板のヒビは見なかったことにしよう。真っ二つじゃないだけ、うまくやれた方だし。

 「どういう理屈で魚潰さねぇでまな板壊せるんだよ。」

 「カエルを潰さないで下の岩だけ砕く、あれの応用です。こう、メメタァって感じで。」

 「それ、お前が食らう側じゃねぇのか?」

 「細かいことは言いっこなしです。」

黙っていれば普通の魚に見えるし、意識が戻る前に早く持っていこう。

 「気絶させただけ? 人間にしては気が利くじゃない!」

どうやら調理しないという選択は正しかったみたい。でも頭から丸かじりで食べるのは想定外だった。あれはたい焼き、そう思い込めばそこまでグロテスクでもない・・・かなぁ?

 「ところで、このクマ顔のは何なんだい? ボクらも見たことがないんだけど。」

 「俺にもよく分からん。本人曰く、割とうまいらしいぞ。」

 「ふーん、おいしいんだ。それじゃ、いただきま~す。」

何のためらいもなく口に運んでいっちゃった。肝が据わっているのか、味がよければ他のことはどうでもいいのか、何にせよ剛気な人だなぁ。

 骨を噛み砕く、バリバリという小気味よい音が響く。おせんべいとか硬いものの音って、何だか心地よく感じるよね。やってることは目を背けたくなるけど。

 「ごちそうさま。悪くなかったよ。」

 「そいつぁどうも。」

 「それで、あたしの歌が聴きたいんだって? うまい魚のお礼に、特別に聴かせてあげるよ。」

待望のセイレーンの歌。世界広しと言えども、普通の吸血種は一生経験することはないと思う。今日ほど情けない吸血種でよかったと思うこともない。

 「それじゃ行くよ! あたしの歌を聴けー!!!!!」

ものすごくロックだ。もっと穏やかな、子守唄みたいなのだと思っていたのに全然違う。それに、何だか意識が遠くなってきた・・・。声は確かに聞こえているんだけど、頭がそれを歌と認識できない。ただ何か雑音が響いている感覚。

 わかった、声に精神汚染系の魔力が込められているんだ。知っていたら対処のしようもあったけど、もう手遅れ。視界までぼやけてきた・・・。

 「センキュー!!」

や、やっと終わった・・・。まだ耳鳴りが止まないし、世界がぐるぐる回っている。せいぜい2分くらいなのに、こんなにも体に異常が現れるなんて。よく気絶しなかったと、自分で自分を褒めたい。

 「・・・ケンさん?」

 「・・・。」

ずっと静かだと思っていたら、目を開けたまま気を失っている。どんな攻撃も避けるか受け流すかして、かすり傷すらほとんどなく、魔法もそんなに深刻なダメージを受けたことがなかったケンさんも精神攻撃には耐えられなかったみたい。

 「あたしの歌がよすぎて声も出せないって感じ? キャー、自分の才能が恐ろしいわ! 気が向いたらまた来てあげる、じゃあねー!」

嵐のような歌声を振りまいて、やっぱり嵐のように去っていった。自覚がないって恐ろしい。

 「・・・はっ、死ぬかと思った。」

 「あ、生き返った。」

 「よかったぁ、生きてました。」

それにしたって、どこでどうねじ曲がって美しい歌声だって伝わったんだろう。まさかデスボイス(物理)だなんて夢にも思わなかった。マンドラゴラが可愛く思える。

 「ゴメンね、予想よりもひどい威力だったよ。」

 「あの・・・、海の上で聴いたらどうなっちゃうんです・・・?」

 「人間は間違いなく死ぬし、船はバラバラになっちゃうね。他の種族も、人魚以外は気絶で済めばラッキーってとこだね。」

 「歌っつーか、兵器だな。」

海には神秘のヴェールに包まれた謎がたくさんある。その1つが解き明かされたわけだけど、こんな話、誰も信じてくれないだろうなぁ。というか、美の対極と言える歌声だなんて、信じたくないだろうなぁ・・・。

 「彼女らも悪気があるわけじゃないから、注意しづらくてね・・・。」

 「あれで悪気ねぇって、冗談はやめてくれよ。」

 「ボクはいつだって大真面目さ。今日は例外だけど、基本的に縄張りに近寄らなければ害はないからさ、大目に見てあげてよ。」

恐るべき天然パワー。無自覚に周りを混乱の渦に巻き込んでいく。

 『迷惑料だよ』と言って、いつもより多めにお代を置いて、ロブさんもセイレーンの女の子を追いかけて行ってしまった。うまく言いくるめて、人前で歌わないように説得してくれてたらいいけど・・・。

 「なぁ、モルモー。」

 「はい。」

 「天然って、おっかねぇな・・・。」

 「はい・・・。」

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