敬虔な奴隷
信じる者は救われる。常套句ではあるが、心の拠り所というものは誰にでも必要なものだ。人は心の支えなしに生きることができない。
ただし、依存しすぎるのは考えものだ。のめり込みすぎると、すくわれるのはあなたの足かもしれない。
1年で1番嫌いな日がやってきた。『聖人の日』といって、この世の悪と戦ったとされる、はるか昔の聖人たちに感謝と祈りを捧げ、恒久の平和を願う日だ。
この日は教会に仇なすもの、闇の眷属である悪魔や吸血種への当たりが一段と強くなる。わざわざ悪魔が描かれた大きな壁画を用意してそれを破壊したり、吸血種の人形に杭を打ちつけたり、どっちが悪魔かわからなくなる蛮行が日の出から日没まで続く。平和を願うとは一体何なのか。
「今日はもう引きこもってちゃダメですか?」
「表向きだけでも平静を装っとかんと却って怪しまれるぞ。普通にしてりゃ何ともねぇさ。」
「うぅ・・・。変な人たちが来なければいいんですが・・・。」
大抵お祭りの日は、知らない顔もたくさんやってくる。『聖人の日』ともなると、王都へ向かう人で溢れ、この『飯屋 山猫』の面した街道も人通りが普段の倍以上に跳ね上がる。その分、常連さん以外のお客さんの割合も必然的に増え、危ない思想の人も数人は混じってしまう。
今のところはいつもと変わりない。だけどこの平穏もいつ崩れるか分からない。こういうことを考え始めると大体ろくなことにならないのは分かっているけれど、どうしたって頭に浮かんできちゃう。
「そういや、カルトな連中に出くわしてねぇな。」
一神教のくせに、教義の中に『相反する思想でなければ、信教の自由を許せ』とあるらしく、何だかよく分からない神様を担ぎ上げてるカルト教団があるって話はよく耳にする。このお祭りムードに乗じて布教して回ってるとか回ってないとか。
「私、まだ会ったことないです。どんな人たちなんです?」
「俺も噂でしか聞いたことねぇが・・・。」
ケンさんの説明を遮るように謎の一団が店内にやってきた。クワやジョウロを持って、みんな揃いの被り物で素顔を隠している。犯罪者のそれとそこまで変わらない恰好なんだけど、強盗と呼ぶには武装が貧弱なんてレベルじゃない。クワはまだ分かるけど、何でジョウロ?
「あんな感じだ。」
「不審者の間違いじゃないんですか?」
「我らが女神のため!」「カブを崇めよ!」「カブを育てよ!」「カブを愛せよ!」「カブを捧げよ!」
カルトってもっと回りくどい手を使って、精神攻撃で洗脳して信者を増やすものだと思ってた。ストレートにカブを推してくる。よく見ると覆面もカブっぽい。
「君たちにもカブを育てる喜びを分けてあげよう。」
「ありがとうございます?」
1人1人にカブの種を配っている。ついつい受け取っちゃった。結構手軽に育てられるし、気が向いたら育ててトマトと一緒に煮込んでスープにしようかな。
「では店主よ。」「我らが女神に。」「最高の。」「カブを使った料理を。」「作ってもらおう。」
「誰か1人が代表して喋ってくれ。」
やたらと声の通りがいいし、次の人が喋るまでの間の取り方が完璧だ。謎のカルト教団の布教なんかやめて、演劇でもやったらいいのに。
ところで最高のカブ料理って何だろう。主役になる野菜とは到底言えない。いくつもある具材のうちの1つになっている程度の認識だ。意外と幅広く使えるのは利点だけど、同じ根菜仲間の大根や人参辺りと比べちゃうと地味な印象は拭いきれない。
「女神は!」「料理にこもった!」「心意気をご覧になる!」「誠心誠意作るがよい!」「「酢漬けはだめです。しまつしてください。」
一体酢漬けが何をしたというのだろう。捨てるでも処分でもなく、始末ってところから尋常じゃない殺意を感じる。
「放っといてもうるせぇだけだし、さっさと終わらすぞ。」
「そうですね。」
うるさいけど無理な勧誘はしない。他の宗教を引き合いに出して貶したりもしない。これ本当にカルト教団なのかなぁ? ただ酢が嫌いなカブ愛好会ってくらいじゃない?
まぁ、うるさいと他のお客さんの迷惑だし、早く片付けるに越したことはないかぁ。
カブ、カブ、カブ。見渡す限り一面のカブ畑。こんなに楽に欲しかった食材に出会えたことはない。あっちのピンクのとか、金色のもカブなのかなぁ? 食べてもおいしくなさそう、特に金色の。
明らかに人の手で管理されている畑だし、勝手に取っていくのはよくないよね。許可さえ貰えれば万事解決なんだけど、問題は畑の持ち主の家がどこにも見当たらないこと。水平線の向こうまでカブ畑が続いている。
「今日の獲物はそこそこ手強いぜ。」
「獲物? カブですよね?」
「最近戦ってねぇから忘れてんのかもしれんが、一応魔物だからな?」
「すっかり忘れてました。」
カブの魔物かぁ。あんまり強そうなイメージが湧かない。ちっちゃくて可愛らしい野菜のどこに手強い要素があるんだろう。
まさかとは思うけど、この畑に実ったカブ全部が魔物で、一斉に襲ってくるなんてことはないよね。戦いは数だって昔から言われてるくらいだし、吸血種だって使い魔がいなかったらただ力と生命力が強い人間くらい。何だかんだ言って人海戦術は効果的、軍師が羽扇からビームを放つ世界にでもならない限りはね。
それにしても、一向に魔物が現れる気配がない。どうなってるんだろう。
「その辺のやつ、適当に引き抜いてみろ。」
言われるがまま、手近なカブに手をかけて引き抜いてみる。ただのカブだ。聞いたら発狂する叫び声を上げたりしないかとちょっと不安だったけど、杞憂だった。
「抜いてみましたけど・・・。」
「そろそろ来るんじゃねえかな。」
来るって、何がどこから? 答えは地面から、カブ頭の人型の魔物。被り物か本物のカブかの違いこそあっても、料理を待っている彼らと見た目はそっくり。あの教団の人たちがゾンビ化したみたい、というのが率直な感想。
「カブ・・・うま・・・。」
「何か危ないウイルスに汚染されてません?」
「いや、至って健康だ。」
健康の概念がねじ曲がってしまいそう。髪みたいな葉っぱは虫食いだらけだし、あちこちについた土や泥のせいで腐りかけのように見えなくもない。目みたいな部分は何だか血走っているし。
それよりも、殺意のこもった目で睨みつけながら私の方ににじり寄ってくるの、やめてもらえないかなぁ。何も悪いことして・・・してた。ケンさんに唆されてカブを抜いたんだった。
「知ってて抜かせましたね?」
「何のことやら。」
どう見ても私のことをカブ泥棒だと思ってる。返すって言っても聞く耳持たなさそうだし、やっぱり戦うしかないのかなぁ。
どの道倒さないとちゃんとしたカブは手に入らないんだろうけど、こういう相手は不意打ちでさっくり決めたかった。噛みつかれたり引っかかれたりしたら、どうなるか分かったものじゃない。痛いで済むとは到底思えない。
「とりあえず先制攻撃です!」
手に持ったカブを投げつけてみる。げんなりした顔でもついてたら凶悪な武器だったかもしれないけれど、いくら吸血種の馬鹿力で投げつけたところでただのカブ。よくて内出血、悪ければノーダメージ。
「カブ・・・投げる・・・不敬・・・!」
「何だかものっすごく怒ってます!?」
「言うの忘れてたわ。そいつカブを粗末に扱うと凶暴になるぞ。」
「いつもいつも、言うのが遅すぎですぅ!」
ずっとのそのそと歩いていたカブ頭が、右手に鎌を掲げてダッシュで追いかけてくるようになった。まずはとにかく逃げよう。ゾンビっぽい魔物のくせに走ったり武器を使ったり、これじゃホラーじゃなくてコメディになっちゃうとか、そんな余計なこと考えてる場合じゃない。
「畑には入るなよ~。荒らしてると思われるからな。」
「そんなに余裕あるなら助けてくださいぃぃぃ!」
ケンさんは当てにならない、自分でどうにかするしかない。
少しは引き離せたかな。追いかけられるのは慣れっこだけど、反撃はそんなに得意じゃない。けどそんなこと言ってる場合じゃない。ここからは私の番・・・って思って振り返ったところで何かが飛んできて私の頭に直撃した。
「うわっ、ベトベト・・・。これ、油?」
あのカブおばけが投げつけてきたのは間違いない。転ばせようとでもしたのかな?
「モエルーワ!」
「熱っ! 熱い! 何で魔法使えるの!?」
完全に油断してた。鎌持ってるから物理攻撃がメインだと思ったのが間違いだった。呪文の奇妙さは置いとくとして、まさか魔道の心得があるなんて。しかも攻撃前に燃えやすくしてくる知能まである。見た目以上に厄介な魔物だ。
きつね色になる程度で済んでよかった。このくらいならすぐ再生する。次の手に移る前に反撃に出たいところだ。まずは武器を作・・・あれ? ナイフが見つからない。追いかけっこのときにどこかに落としてきたみたい。もしかしなくても、ピンチ?
「ハゼルーワ!」
「わぁ、おっきなカブ・・・。」
いきなり爆発した。なるほど、呪文は魔法の効果を表しているんだ。でも爆弾になるのってパイナップルの仕事だと思う。おまけにカブを粗末にしてるし。内容はともかく、威力は申し分ない。
「痛たたた・・・。吸血種じゃなかったら死んでたかも。」
爆風による熱傷、それから飛び散ったカブの破片が突き刺さり、貫通し、あちこちから血が流れ出ている。怪我の範囲が広いかな。治るまでちょっと時間がかかりそう。
でもこのダメージは私にとって都合がいい。血が出ているということは、武器を作れるということだ。
作り出すは草刈鎌。畑の雑草を刈り、害獣を狩り、ときにはうっかり作物を刈り取る片手持ちの使いやすい刃物。命を刈り取る形の農具と恐れられている装備。
ここから反撃開始だけど、魔法にだけは細心の注意を払っていきたい。生きるか死ぬかを楽しむ趣味は持ち合わせていないし、すぐに傷が治るからといって痛いのは嫌だ。吸血種の生命力に物を言わせたノーガード戦法は私には合わない。
これまで使ってきた魔法はどれも派手で攻撃範囲が広い。だったらやることは1つしかない。
「ハゼルーワ!」
「待ってました!」
爆弾なら爆発する前に駆け抜けてしまえばいい。そのまま肉薄してしまえばこっちのもの。私の射程範囲なら自爆する危険の高い広範囲を巻き込む魔法は使えない。
「とりゃあぁぁぁ!」
どこを斬りつければいいか分かんないけど、とりあえず葉っぱを狙って一閃。葉っぱがなくなれば大体の植物っぽい魔物は動きが鈍くなる。このカブの魔物なら魔力の供給を断てそうだ。
一振りで全部落としてしまいたかったけどそううまくはいかない。すんでのところで回避され、後ろ半分の葉っぱが残ってしまった。
「ナグルーワ!」
やっぱりまだ魔法を使えるだけの元気が残ってる。殴るってことは、近接戦闘特化の魔法かなぁ。何が起こるか注意しないと。
見る見るうちに魔物の体が肥大化していく。肉体強化の魔法だったみたいだ。
「カブ・・・抜けない・・・。」
大きくなって強そうには見えたんだけど、重くなりすぎたのか、カブ頭を残して地面に埋まっている。葉っぱ半分じゃうまく制御できなかったのかもしれない。
なんだか可哀相になってきた。敵というか獲物というか、倒さなきゃいけないのは分かってるけど、ここまで真面目に戦ってきたわけだし、正々堂々戦って終わりたい。人間の力じゃダメでも、私なら引き抜けるかもしれない。
「どっこい・・・しょ!」
普通のカブみたいに根っこを張ってるわけじゃないおかげで、重たかったけど簡単に引き抜くことができた。葉っぱを引っ張っちゃったことは大目に見てほしい。
「カブ、感謝。お礼。」
「くれるんですか?」
袋いっぱいのカブの種をもらった。意外と話せば分かるタイプの魔物だった。
「カブ、植える。すぐ育つ。」
そう言い残してどこかへ歩いていった。つまり、この種を蒔いたらあっという間にカブが実るってことでいいのかな? 最初の畑に戻って試してみよう。確か少しだけ何もないスペースがあったし、そこを借りよう。
「お、帰ってきたな。」
「ケンさん、どうしたんです、その格好。」
戻ってみると、カブを収穫しているケンさんが待っていた。服にちょっとだけ焦げ目がついて、こころなしか髪がチリチリになっている。追ってこなかったのは1人で戦ってたからかぁ。
「爆発に巻き込まれました?」
「いや、炎で軽く炙られただけだ。お前は派手にやられたみてぇだな。」
「そりゃもう、いろいろ直撃でしたよ。」
傷は全快しても服の穴と血痕はごまかせない。ケンさんにはどっちも見られない。暖房に近づきすぎてヒゲが曲がったネコくらいの被害しか受けてなさそうだ。これが経験の差かぁ。
「ところで種は・・・ちゃんと手に入れたみてぇだな。そこに蒔いてみろ。」
ケンさんに促されて畑の一画を間借りして、もらった種を蒔いて様子を見ることおよそ1分。ひょっこり新芽が顔を出し、瞬きした一瞬のうちに立派なカブに成長していた。土が付いていてもなお輝きを放つ白さがまぶしい。
このカブなら、あの人たちも納得してくれそうだ。最高のカブを使って、最高のカブ料理を作ろう。
さっきまでは戦いの熱でおかしなテンションだったけれど、いざ冷静になってみると、最高のカブ料理って一体何だろうという最初の疑問に戻ってきてしまう。
「酢漬けじゃなけりゃ何でもいいんじゃねぇの?」
「それは思ってても口に出しちゃダメなやつです。」
「冗談だ。カブをメインにすりゃいいんだろ? 大して難しい話でもねぇさ。」
自信満々みたいだし、メニューはケンさんに任せて下準備をしておこう。葉っぱを切り落として皮を少し厚めに剥いて、お尻に十字の切れ込みを入れておく。それから一口大に切った人参とブロッコリーを用意。赤・白・緑でいい色合いだ。これらを下茹でしたら準備完了。
「準備が終わったら、もうできたようなもんだ。」
具材を他の鍋に移し替えて、牛肉やいろんな野菜の旨みたっぷりの特製コンソメスープで煮込んでいく。最後に塩こしょうで味を調えたら、カブを真ん中にして、その周りに人参とブロッコリーで飾り付けるように盛り付けて出来上がり。見た目も美しい、カブを丸ごと1個使った贅沢なスープだ。きっとあの人たちも満足してくれるはず。
「ついに我らの長年の夢が今、ここに実現した。」「当たらないと思っていた宝クジで(略)。」「我らの乏しいボキャブラリーではこの感動を(略)。」「この溢れ出すパトスを押し止める(略)。」「つまり、とってもうれしい。」
何だかすごい早口で代わる代わる感想を述べていたと思うんだけど、興奮しすぎていて一体何を言っているのか聞き取れなかった。辛うじて最後の『うれしい』が理解できた程度だ。勢いが強すぎて、ちょっと目眩がしてきた。
ひとしきり騒いだ後は、祈りを捧げてから食事を始めた。うるさい代わりに、それ以外のマナーはしっかりと身についているのが何とも言えない気分にさせる。好きなことの話になると周りが見えなくなっちゃう人って、きっとこういう感じなんだろうなぁ。
「店主よ。」「我らと我らが女神の感謝の証に。」「この金のカブの像を与える。」「大変名誉なことである。」「誇りに思うがよい。」
「そりゃどうも。」
小さいけれどずっしりと重い。何かの賞でも取ったのなら飾っておく価値はあるのかもしれない。でもこれは、怪しい宗教団体のような何かの、謎の像だ。はっきり言って、いらない。
「その像は我らカブ奴隷の中でも特に優れた者の証。」「カブ神様の加護を受けられる。」「カブを収穫するときに持っていくがよい。」「きっと、よいことが起こるだろう。」「信じなさい・・・信じなさい・・・。」
「ふえぇぇぇ・・・。」
「奴隷って言ったぞこいつら。」
最後の1人が不気味すぎて、奴隷とかどうでもよくなってきた。どこまで行ってもカルトはカルト。ちょっとでも邪険に扱ったらカブが顔に貼り付いて取れなくなる呪いとかかけてきそう。
物騒な像を残して、覆面の一団は去っていった。これ、どうしよう・・・。
「物は試しだ、それ持ってカブでも取りに行ってみようぜ。」
「えぇ・・・、正気ですか・・・?」
「いいことあるって話が本当か、試してみねぇとな。」
「他にもカブ使うかもしれないですし、後にしません? せめてお仕事終わってからにしましょう。」
「それもそうか。」
結局、自称・カブ奴隷の教団以外にカブの需要がなかった。おかげで閉店後にカブの収穫に出かけることになってしまった。
例の像を携えて、またあのカブ畑にやってきた。現実ではすっかり暗くなってしまったというのに、こっちの世界は太陽が燦々と輝いている。時差ボケ待ったなし。
恨めしいまでに青い空を見上げていると何かが私たち目がけて降ってくるのが目に入った。カブの魔物・・・じゃない。あれは、魔物を助けたときにもらった種袋かなぁ。
「いいことあったじゃねぇか。」
「でもこれって、カブのために働けってことですよね。」
「カブ育てんのと上手に焼かれんの、どっちがマシか考えるまでもねぇよ。」
「そうですね、きつね色も血まみれも嫌です。」
降ってきた袋の中の種を蒔いてみると、金色のカブが実った。青い食品は食欲がなくなるって言うけれど、それ以上に食べたくない色だ。本物の金なら値打ちもある。だけどこれはただ金色になっただけのカブ、たぶん市場価値は大したことない。味はというと・・・。
「うへぇ、ひでぇもんだ。食えるアルミホイルってとこだな。」
これは齧ってみたケンさんの感想。どうやら食用には向いていないみたい。
「結局、あの魔物と戦闘か交渉かぁ・・・。」
カブの頭も信心から。信じた結果が食用に堪えない黄金のカブ。カブ奴隷だっけ? きっと、あの人たちにとってはお宝なんだろうなぁ。
信者と書いて儲かるとはよく言ったもの、私たちはくたびれ儲けに終わってしまった。