三、和葉と一ノ瀬君、二人きりの教室
男子と二人きりの教室。
初めてのことだから、どうしたらいいのかわからない。
とりあえず、自分の席にただ、座る。
「教室で何をしようとしてたの?」
私の左隣の席に座った一ノ瀬君。
夕日が眩しいのと、顔を見まいと、下を向き、答える。
「えっと。ちょっと、答えにくいことを」
何言ってるの、私!?
「何それ~!! まさか、校則を破るとか? 優等生の二木さんが」
「違う。その、なんて言ったらいいのかわからなくて。趣味を」
しどろもどろ。
絶対に、趣味を聞かれるやつじゃん!
「趣味? 二木さんの趣味って何? 俺はね~、女の子と遊ぶこと!」
やっぱり、聞かれた。
しかも、一ノ瀬君、自分の趣味を暴露。
「それ、言って大丈夫なんですか?」
「うん。二木さんでも、そのくらいは知ってるでしょ。何気に有名だからさ、俺」
「今日は、女の子と遊ばないんですか?」
「みんな部活やらバイトやらで、遊べないんだよ~。それに、今は、二木さんとお話し中だから、いいの」
「そうですか……」
「それより、二木さんの趣味! 教えて」
話を逸らそうと思ったのに。
ダメだった。
「小説を、書いてます。ネットで」
聞こえないだろう小さな声。
「小説書いてるの!? スゲーじゃん! うん。とにかくスゲー!」
「あ、ありがとう」
「じゃあ、プロなの?」
「アマチュアです。プロになりたいけど、難しくて」
「へぇ~。二木さんは苦労してるねぇ。俺と大違い」
帰りたい。
一刻も早く帰りたいんだけど、一ノ瀬君は続ける。
「読んでみたい! 二木さんの小説!」
「えっと、それなら。このIDを、このサイトで検索してください。そうすれば、読めます」
鞄からメモ帳とペンケースを取り出し、サイト名とIDを書いて、メモ用紙を渡す。
「ありがとー」
「いえ。読者さんが増えるのは、嬉しいから」
「そうだ! 連絡先交換しようよ。感想とか送りたいし」
「あ、はい」
もう、言われるがまま。
スマホを取り出して、連絡先を交換。
「あの。帰っても、いいですか?」
「やっぱり、俺とじゃ嫌?」
首を横に振って、否定。
「一ノ瀬君、先に教室にいたから、ひとりのところを邪魔するわけにはいかない」
「女の子に邪魔されるなら、本望だよ。書きなよ、小説」
「でも、一ノ瀬君が」
見られていると、書きにくいから。
「お構い無く。二木さんの小説読んでるから、気にしないで」
「はぁ。そうですか」
「それにさ。二木さんと二人きりは、初めてだしね!」
気づいていたけれど、この教室には私と一ノ瀬君しかいない。
つまり、二人きりということ。
扉はしまっているから、『密室』。
鍵は掛かっていないから、ここは『不完全密室』なのだ。