十、付き合ってるの?
大津さんの一言は、悪気があってのものじゃない。
その事はわかっているはずなのに、どうも気にしてしまう。
「付き合っているわけではなくて、友達です。天宮さんのことは、最近知ったばかりなんですよ」
一ノ瀬君が、落ち着いた様子で、返してくれた。
「そうなんですか。お似合いな二人だったので、てっきり。ごめんなさい」
「いえ。気にしないでください。これから先、どうなるかなんて、わからないですし。あ、二冊下さい」
「ありがとうございます。八百円です」
ポケットから財布を出し、五百円玉一枚と百円玉三枚を取り出して、大津さんに渡す。
「それじゃあ。俺たち、他のサークルも見てきます」
「おじゃましました。大津さん」
そう言って、大津さんのスペースをあとにした。
「はい。あげる」
「えっ?」
大津さんのスペースを出て、他のサークルを見て回りたいから、キョロキョロしていると、一ノ瀬君は先程買った『妖こそ妖の森へ』の冊子を一冊、私に手渡そうとしている。
「でも、これは一ノ瀬君が買ったモノであって、私は」
「二木さんに渡す為に、二冊買ったから。今日、付き合わせちゃったし、そのお礼」
だよ。なんて言いながらのウインク。
「ありがとう。気ぃ使わせちゃったね」
ありがたく受け取らせていただきます。
「お腹空かない? 確かこの近くに、カフェがあるんだよ。すぐそこだから、行こーよ。二木さん」
「いいよ。イベントの入出場が自由でよかった」
「じゃ、行こっか~」
「あ、あれは……」
「どした?」
出入口に向かいながら歩いていると、向こうから見慣れた二人組の姿が。
「和佳奈と七松君!? どうしよ」
「ホントだ~。七松と逢坂だ~! あの二人って、ネットで小説書いてたっけ?」
「書いてないけど、七松君が本の虫なんだよ。でも、見つからないように、行こ!」
「えっ、なんで?」
あの二人に見つからないように、一ノ瀬君の手をとって出入口へ。
***
「はぁ。気づかれなかったよね」
「二木さん、どうしたの? 大丈夫? まさか、俺とのことで何か言われてる?」
「えっと、えっと。その、何でもないよ。大丈夫」
「ホント? 女子たちの会話を盗み聞きしてると、いつも俺と二木さんの関係の話ばかりしてるんだよね」
一ノ瀬君、勘が鋭い。
「気にさせてたらゴメンね。俺はただ、二木さんと仲良くしたいだけだから。何かあったら、距離をとってくれて良いから」
最近の一ノ瀬君は、チャラ男と呼べなくなってきている気がする。
ナンパだってしていないんだから、皆が心配することは何もないはずなのに。
「てか、俺たち、まだ付き合ってないのに」
「一ノ瀬君?」
「何でもない。行こっか。お昼前だと、混み始めちゃうからね」