ぷろろーぐ2
なんやかんやで仕事が終わった。さてと帰ろう。日がすっかり落ちてしまった。さぼってたせいだな。
いつも通る帰り道、桜並木がある川沿い。月が明るく照らす桜並木。心地のいい春風が桜の葉をさわさわと揺らす。
「乙なものだね、こういう時はタバコが吸いたくなる。」
上着からタバコをだし火をつける。ふーっと息と煙を吐き出す。実に雅だねえ。
ベンチに座りながら夜空を見上げる。星がよく見える。このまま夜に溶けてしまいたい。
そんなノスタルジーに浸る。
「あの、すいません隣いいですか?」
いきなり声をかけられた、まじでびっくりした。誰だよ。桜木さんだった。昼もこんなシチュエーションあったなと思いだした。
「うわっ、びっくりした。・・・いいですけれど、帰らなくていいんですか?」
「いい景色じゃないですか、それに気持ちいいですし、ね?」
いや、ね?じゃないんだけど恥ずかしくない?もしかしてさっきのきかれてたりした?
「私この季節好きなんです。名前に桜って入ってるじゃないですか。それのおかげもあって気持ちよくて、新しい出会いとかチャレンジとかできるそんな季節。よくありませんか?」
それにと続けた。
「浪漫、いいことじゃないですか。変わらずにはいられない中で月は上にあって桜は毎年咲き乱れる。雅、私も好きですよ。ね?」
中二だ、この人中二病こじらせてるのか?そんな科白恥ずかしくて人前で言えたりしないよ!!!それにまた、ね?って同意はできるけれどけれどさああ。
「同意できますけど、恥ずかしくないですか?口に出すのって」
「んー、口に出さないと伝わらないときもあるんですよ、ねっ?」
少し間があいて彼女はそういった。
やっぱり彼女の事はよくわからないままなのだろう。確かなのは笑った顔がとても僕の心に残ったってことだった。この明るい彼女との出会いはなんの因果なのだろうか。それとも偶然なのだろうか。神のみぞ知るってやつだろうね。ま、兎にも角にも会社の同僚?になるんだからそれなりに仲良くしないとだよね。
「そうですね、偶には口に出してみます。これからよろしくおねがいします、桜木さん」
うん、これでいい。これが精いっぱい。
程よい距離感、懐に入ってこられないように、傷つかないように、知られないように。
―タバコも吸い終わったのでそろそろ帰りますけれどどうします?
―そうですね、帰りましょうか。今日はありがとうございました。
そんな会話を最後にお別れとなった。
印象に残りすぎる人だったな、今日の出来事を思い返す。年齢嘘ついちゃったけど大丈夫かな、ま、そのうちばれるだろう。ほんの少しばかりの罪悪感。込み上げてくる自分への嫌悪感。
「ほんとやになっちゃうね、まったく」
独白。今日も終わる。家に帰ろう、寝て起きてまた同じで退屈で何も起こらない日々が続くだけだ。周りのサラリーマンに続き駅へと歩きはじめる。
何事もなく無事帰宅できた、何かあることなんてないんだけどね。コンビニでちょっとした夜飯を買うくらいだ。
携帯に着信があった。鳴海さんだ、こんな時間に珍しいな。と思いつつメールを開く。
「明日、桜木ちゃんを○○駅に迎えに行ってから、現地集合ね」
あーはいはい、明日は現場で仕事なのね。んで、新人である彼女を呼びに行くと。
じゃあ早めに起きて待っとかないとな。
じゃあ、寝るか。お休み世界。
「やべ、寝過ぎた!!今何時だ?」
飛び起きて、携帯を見ようとした。けれど携帯がそこにはなかった。というか自分の部屋じゃなかった。ベッドすらなかった不思議空間だった。
これなんだろう。夢にしては意識がはっきりしてる気がするし。こういう時にはお約束がある。それを言わなくては、せーの
「知らない天井だ」
満足しました。さてと起き上がるか、ほんとここどこなんだろ。異世界転生って奴?僕死んだの?いつ?部屋で?
「いろいろ疑問に思ってるところ申し訳ないが、あまり時間がないので無視しないでくれると助かるのだが」
そう、極力見ないようにしてた。だって明らかに怪しいもん。なにその魚のぬいぐるみ。
これ何、鯖?
「一応鰹だな。案外冷静だなお主。さてそろそろいいかな?本当に時間がなくなってきたものでな。お主を呼んだのは他でもないこのワシだ。何故呼んだか、ほれ、手を出せい。」
鰹がめっちゃ爺さんみたいな口調で話してる。なにこれカオス。時間がないらしいので言われたまま右手を差し出す。
―えいっ♪
おっさんのかわいらしい声とともに何かが右の手のひらに流れてきた気がした。
「ふう、なんとかまにあったわ。これでお主も能力者だな。よくやった。」
なにそれ、能力者?中二なのこれ。どうなってんだよいったい。
「えーっと一体全体どういうことなんですかね、全然理解が追い付かなくて」
素直に疑問に思ったことを鰹に敬語で話しかける。
「簡単に言うとな、お主は能力者になったんだよ、このわしのチカラで。どんな能力になるのかはわからないがのう」
能力ガチャ始まったわ。
「なるほど、んでどうやって使えばいいんですか?」
全然実感わかない。能力者とか漫画家アニメだけの存在かと思ってたよ。というかこれまじで夢じゃないのか?
「右手に力を込める感じで握ってみればわかるぞい」
言われたとおりに右手を握ってみる。お、なんか来るな。
「微妙に筋がいいのう・・・」
「微妙なのかよ!!!」
思わず声に出して突っ込んでしまった。そんなのずるいじゃないか。
すると握った右手の中に何か出てきた気がした。開いてみる。
「なんだこれ!!桜餅?桜餅がでてくるってなんだよこれ!!!!意味わかんねえよ」
桜餅は、桜にちなんだ和菓子であり、桜の葉で餅菓子を包んだもの。
いやそうじゃないって、桜餅がでてくる能力ってなんだよ。というか食べられるのかこれ。
「・・・ップ、アヒャヒャヒャヒャヒャヒャ」
鰹の爺爆笑。そりゃね、だれでも能力貰ってランダムで桜餅が出てくる能力とか想像できないでしょうね。ええ、自分の事じゃなければ僕も爆笑してるところだよ。
「お前なあ、これどうすんだよ。食えよおい。」
僕はそういいつつ鰹のぬいぐるみの口に桜餅を持っていき無理やり口の部分に突っ込んだ。
「や、やめろ。そんなものを口に入れる出ない。アヒャヒャヒャ」
まだ笑ってるし。もうやだ。なんでこうなっちゃうんだろ。
―しかし桜餅が出るだけの能力とは、コイツホント面白いな。どんな運をしてるんだか。おなかが痛い。鰹なのに
「まだ笑うか!運がないのはどうしようもないだろうが!なんだよこれ、何に使うんだよ、餓死はしなさそうだけどさ!」
時間がない割にこれだもんな、ほんと運がないよな・・・
「ん?わし今口に出してだか?出したつもりなかったのじゃが・・・」
「思いっきり聞こえてたよ、めっちゃ笑いやがって。鰹なのにおなか痛いってなんだよ。バカにしやがってさあ」
「それは絶対に口に出して言ってないのじゃが」
いや、聞こえてたって。絶対に言った。
「もしかして、心の声が聞こえる能力なんじゃないのか?桜餅食べさせた相手の」
そこまでいうとまた笑い始めた。もうどうでもいいよ。時間がないのはどうしたんだよ。
「使えば使うほど能力は強化されていくからな、がんばれよ、桜餅!」
その言葉を言い終わった鰹周りの空間から暗くなっていく。
「おい、これどうなるんだよ。僕は無事に帰れるのか?」
「そのうち起きられるから大丈夫だと思うぞい、たぶん」
適当すぎない?あ、やばい一気に眠気がやってきた。瞼が重くなっていく。
「お主の行く道がはっぴーえんどへ続く道とならんことを」
閉じていく瞼、意識を失う直前鰹の爺そんなことを言った気がした。