俺以外にも異世界転移した人もいる件について
「あの、牧田さん? 少しお時間よろしいですか?」
さて。とりあえず、衣食住の確保が出来たところで、であった。
ひとまず魔王城に向かおうと、歩き始めた時だ。意気揚々とした俺に対して、どこか不安げな声をかけてくる人がいた。――バイトの一人、佐藤さんだ。
本日のシフトで入っていた唯一の女性スタッフ。長い黒髪を後ろで一つに結び、青色の四角い縁をしたメガネをかけていた。顔立ちはどこか大人しい雰囲気が漂っており、パッと見は体育会系、というよりも文系女子のよう。
だがしかし、その実態は陸上で国体出場経験のある女子大学生なのであった。
「ん? どうしたの、佐藤さん」
「いえ。わたしに限らず、他の二人も話があるらしくて……」
返事をして振り返ると、そこには茂木くんと小林くんもいた。
茂木くんは一言で表現すれば、筋骨隆々のマッチョメンである。趣味が筋トレ、仕事も筋トレと豪語する彼は、我がスポーツショップのアスレ、いわゆる筋トレグッズコーナーの担当スタッフだ。角刈り頭に、身の丈は180センチの巨体。正直、モンスターの皆さんの中にいても違和感はなかった。
対して、小林くんは細身の青年である。しかし侮ることなかれ、彼もまた我がショップの誇るエキスパートの一人。小学生の頃からテニスを始め、その腕を買われて大学に特待生として入学した経歴を持つ。現在はその大学でテニスに励む傍ら、我がショップでボール競技担当スタッフとして働いてくれていた。明るく、誰とでもすぐに仲良くなれる好人物である。
さて。そんな三人は、どこか悩ましげにこちらを見ていた。
どうしたのかと思っていると、佐藤さんがこう切り出してくる。
「あの……とりあえず、今日はあの皆様にお世話になるとして。わたしたちは、いつ自分たちの世界に帰れるのでしょうか。牧田さんは喜んでいる様子ですけど、その……」
「まぁ、簡単に言うと、だ。牧田さん――オレたちにだって家族がいる。いつまでもこの……異世界? とやらに、いるわけにはいかないんだ」
「ふむ。たしかに、そうだね……」
控えめな佐藤さんに代わって、言葉を引き継いだのは茂木くん。
たしかに彼の言う通り、いつまでもこの世界にいるわけにはいかないのかもしれない。そう思い、俺が顎に手を当てて考え込むと、フォローするように間に入ったのは小林くんだった。
彼は明るい口調でこう言う。
「まぁ、たしかに不安は不安ですけど! 牧田さんを責めても何の解決にもなりませんよ。とりあえずボクは、現状の責任者としての牧田さんのご意見をお聞きしたいです!」
「現状の俺の意見、か……」
それを受けて、俺はまた改めて考える。
そうだった。今回、異世界転移したのは俺だけではなかったのだ。
だとすると、それぞれに言い分があって然るべきだし、監督者として意見を求められるのは当然の話だと思われた。なのでとりあえず、今の時点で最適だと考えられる案を提示することにする。
「そう、だな。とりあえず、しばらくは無理に動かずにサタンナたちの世話になることにしよう。右も左も分からないわけだし、まずは身の安全を確保することを最優先に考えようか」
「そうですね。ボクも、それに同意です! ――佐藤さんと茂木さんは?」
小林くんが話を意見を求めると、二人はゆっくりだが頷いて見せた。
ただ、やはりどこか腑に落ちないらしい。まぁ、当然だ。
だから俺は、続けてこう言った。
「ただ、並行して帰る方法も探すことにしよう。俺はともかくとして、三人は絶対に帰れるように努力する。それでいいかな……?」
現状は何も分からない。原因も、何も。
だけど、それで三人を帰すことを諦めるのとは話が違う。
したがって現時点で言える俺の意見は、以上のようなことであった。
「あの、一つよろしいですか……?」
しばしの沈黙のあと、口を開いたのは佐藤さん。
彼女は少し迷った様子を見せたが、思い切った風にこう訊いてきた。
「牧田さんは、どうするつもりなんですか?」――と。
それは、きっと『三人は絶対に帰れるように』という俺の発言を受けての言葉。
自分は帰るつもりはないのか、という疑問であった。
「あぁ、そのことか。それだったら――」
その問いに対する答えは、すでに決まっていた。
いや。もっと正確に言うならば、この世界にやってきた時に決めていたのだ。
「――俺は、帰らないよ。せっかく夢にまで見た異世界、冒険の世界にやってきたんだ。楽しむだけ楽しんでいくことにするよ!」
そう。そうだった。
俺はもう、そう決めていたのである。
せっかくの夢の舞台だ。降りるなんてもったいない! と。
「それに、何だったらこの世界にスポーツの素晴らしさを広める、なんてのもアリだと思うんだ! 今日みたいに、たくさんの笑顔を見れるかもしれないからね!」
そして、この世界なら――と。
この世界だったら、俺の夢を両方叶えることが出来るのではないか、と。そう考えたのだった。これはもしかしたら、理解されないかもしれない。それでも今思う、素直な俺の気持ちだった。
それを聞いて、三人は顔を見合わせる。
そして、呆れたように声を揃えて言うのであった。
「牧田さん、アナタやっぱり変です」――と。
ズバリと言われて、俺は苦笑して頬を掻くしか出来なかった。
でも、これが自分なのだから仕方ない。とりあえず、今は目の前のコトに対処しよう。
――これからのこと、なんて。
明日また、考えればいいだろう――
さて。
おおよそ2000文字!
これを目標に、頑張っていきたいと思います! あ、それと。誤字脱字などがあれば、ご指摘いただけると幸いです! よろしくお願い致します!
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