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キャッチボールで親睦を深める件について




「タクマよ。その、ヤキュウ……? というのは、何なのだ?」

「まぁ、百聞は一見にしかず、ですよ。とりあえずはキャッチボールからやってみましょう!」


 俺たちは外に出た。

 場所はショップを出てすぐ、魔王城の目の前にある広場。

 程よい長さの芝生が茂ったそこは、キャッチボールをするのに最適であるように思われた。加えて本日は快晴なり。いやぁ、この全身を包み込む陽気は心地いい。


 ただ一つ気になるとすれば、四方八方をモンスターの皆様が取り囲んでいることだった。彼らはぐるりと、円形になって俺たちを見つめている。そこから感じるのは、自分たちの主たるサタンナに対して、俺が不敬を働かないかという注意。そして、殺気だった。――うん。あまり気にしないようにしよう。

 俺は5メートル程離れた場所にいるサタンナに声をかける。


「さぁ! サタンナ様。今からこの球を投げますので、そのグローブで捕ってください。最初はゆっくりといきますので安心してくださいね!」

「ぬ? ――こ、これでか!?」


 少女は左手にはめた赤色のグローブをじっと見つめ、目を丸くした。

 硬さを調整したそれをパカパカと開閉しながら、明らかに動揺してみせる。たしかに、初めてグローブを付けるとその違和感に驚くのだろう。しかし道具とはすべからく、そういったモノだ。今の俺の役目は、サタンナがそれに慣れるまでの間、楽しく感じてくれるように努めることだった。


 ――あ、ちなみに。使用するのは比較的安全な軟式球だ。

 いきなり硬式を使って、怪我をされてしまったのでは命が危ない。


「はい! それじゃあ、行きますよ!」

「う、うむ! く、来るならこい、タクマ!」


 そんなわけで、俺はそう声をかけた。

 するとサタンナは顔を隠すようにしてグローブを構える。

 どうやら魔王(自称)とは言っても、初めてのことに対しては恐怖感を抱くようだった。緊張からか、踏ん張った足がプルプルと震えている。


 ――さて。それでは、記念すべき第一投といきますか。


「……そぉれっ!」


 俺は下手投げで柔らかく、弧を描くようにしてボールを投じた。

 ゆるゆるとしたそれは、穏やかに、少女のちょうど頭上へと向かう。そして――


「――きゃうんっ!」


 そんな、何とも可愛らしい鳴き声とともに――コツンっ。

 ボールはサタンナの脳天に落下。ころころと、芝生の上に転がっていく。直後に、周囲の観衆からはどよめきが起こった。「あの人間、殺されるぞ」とか「命知らずめ、恐ろしや」とか、そんな声が聞こえてくる。――そして、その最中からいの一番に飛び出してきたのは、


「魔王さま! 大丈夫ですかっ!?」


 栗色の髪に獣耳の従者、ルーナさんだった。

 14~5歳程の外見をしている彼女が身にまとうのは、桃色のメイド服。そのスカートから飛び出した尻尾を、ピンと伸ばしながら主人のもとへ。そして心底からその身を案じているらしく、優しげなその顔に泣き出しそうな色を浮かべていた。


「むむぅ? 大丈夫だ、ルーナ。そこまで痛くはないぞ……?」

「ほ、ほんとですか? また無理、してないです?」

「あぁ、大丈夫だ。それよりも――」


 そんなルーナさんにそう答えつつ、サタンナは表情を切り替える。

 次いで俺の方を見て、こう言った。


「――北の魔王・サタンナ、馬鹿にされたまま終わるわけにはいかない!」


 彼女はボールを拾い上げて、ハチャメチャなフォームでこちらに投じてくる。

 ――バシンッ! おぉ、なかなかの球威にコントロールだ。


「もう一度だ。タクマ! もう一回、それを投じてみろ! 次こそは見事かつ、華麗に捕ってみせよう!!」


 さて。俺がそんなことに感心していると、サタンナは再びぐっと身構えた。

 どうやら、この少女は相当に負けず嫌いらしい。――いいぞ。それでこそ、教え甲斐があるというモノだ。これなら、少し厳しくしても大丈夫だろう。


「分かりました! では、行きますよ!」


 俺はそう考えつつ、もう一度ゆっくりと下手投げでボールを放るのであった。


◆◇◆


 ――そして、数十分が経過。


「くあぁっ! 何故だ。何故に捕れぬのだ!?」


 サタンナは結局、一回も捕球することが出来なかった。

 がっくりと膝をつき、うな垂れる少女。その姿からは、完膚なきまでにプライドを粉砕された、そんな音が聞こえてくるようであった。分かる分かる。最初は、誰だってそうなんだよな。うん。

 主人のそんな様子を目の当たりにして、ルーナさんはオロオロ。対してサナさんは心なしかピリピリとしていた。――ふむ。そろそろ、頃合いかな?


「わ、我はこのようなコトも出来ぬのか……!?」


 どうやら、相当にダメージがあるらしい。

 歩み寄るとサタンナは、そう小さく漏らしていた。

 俺はしゃがんで彼女と同じ視線になって、こう話しかけることにする。


「大丈夫ですよ。誰だって、最初は出来ないんです」

「くっ、そのような慰めは受け――」

「――なので、私からサタンナ様にコツをお教えしましょう。これを身に付ければ、すぐに捕れるようになりますよ?」

「なにっ!? それは本当か、タクマ!!」


 すると、コンマ1秒で面を上げるサタンナ。

 こちらを見つめる円らな赤い瞳には、期待に満ちた強い光が宿っていた。


「えぇ。簡単なコツなんです。いかがでしょう?」

「教えろ! このままで終わっては、お父様や先代の魔王様方に顔向けできない! ――こちらから頼む、タクマ。そのコツとやらを我に伝授してくれ!!」


 次いで、そう口にする。

 その言葉には、プライドと共に貪欲さが滲み出していた。

 俺はそれを見て、どこか嬉しくなってしまう。――そう、この目と言葉だ。これが出来る子は成長する。間違いなく。その確信が、俺の心に火をつけたのだった。


「では、練習しましょう! さぁ、立って下さい」


 そうとなれば、善は急げだ。

 俺は膝をついたままのサタンナに、優しく手を差し出す。

 すると少女は迷うことなく、それを取るのであった。あるのは、強い意思だ。


 ――よし。ここからは、俺の腕の見せ所だな!


 ……。

 …………。


「む……円を描く、だと? なぜ絵の話をしているのだ。タクマは」


 俺の言葉に、サタンナは眉をひそめる。


「いえ、それは比喩ですよサタンナ様。まずは、グローブをぐっと前に突き出してみてください」

「う、うむ。――分かった! こう、だな……」


 サタンナは素直に俺の言葉に従った。

 ちなみにだが、ルーナさんや何名かのモンスターさんも興味を持ったらしい。みな一堂に会して同じ動きをしている。俺はそれを壮観に感じながら、自らも実践しつつ、次の指示に移った。


「で、それを胸まで引き戻してみて下さい。そこがキャッチボールの基本の位置です。そして次は、グローブを右に突き出して、そこからぐるっと反対側まで動かすのです。これが、円を描く、という意味ですね――あとは素直に、立体的に動かして見てください」


 ぐるり、俺が腕を動かす。そうするとサタンナたちも真似をして、ぐるりと、腕を動かした。そして、


「この時に肘を曲げ伸ばしして、距離を調整します。――以上が、基本的なグローブの動かし方ですね!」

「な、待て! そんなに簡単でいいのか?」


 説明を終えると、サタンナは困惑したように声を上げる。


「もう少し、何かないのか? こう、お主のように綺麗に捕る方法は!」


 その言葉に、俺はぞくっとした。

 自主的に質問してくる姿勢は、実力向上の第一原則だ。こうやって訊かれると、教えている側は嬉しくなって仕方ない。俺は思わず顔がニヤケそうになるのを堪えながら、こう続けた。


「そうですね。あとは、ボールを追いかけない――ということですかね。イメージとしては、ボールの軌道にグローブを持っていくだけ。という感じです!」

「ボールを追いかけない、だと? ……ふむ」


 すると何かしら自分の動きの中で思い当たる節があったのか、サタンナは小さく息をつく。――よし。それなら、ここで一度やってみるとしようか。

 俺は下に置いてあったボールを拾い上げて、サタンナに声をかけた。


「では、今言ったことを意識してやってみましょう! 準備はいいですか?」

「う、うむ! 次こそ捕ってやるぞ、こいタクマ!」


 少女は今日何度目かの威勢の良い声を上げ、構える。

 そして、俺は下手投げで――


「――――――っ! あっ!」



 ――パスンっ。



 そんな、控えめな音と共に彼女は小さく声を上げた。

 赤のグローブの中を覗き込んで、そこにすっぽりと収まったボール。それを確認して、サタンナは目を輝かせるのであった――。



◆◇◆



 ――活気に満ちた声が響き渡る。

 楽しいという感覚に人間も、魔族も大差はないのだろう。

 バイトメンバーもいくらか打ち解けたのか、魔族のみんなとキャッチボールに興じていた。投球フォームなどは今度教えてあげることにして、今はとにかく、同じ白球を追いかけるのも悪くはないだろう。


「なぁ、タクマ? お主はこれから、どうするつもりなのだ?」

「ん? どうするって、何がですか。サタンナ様?」

「敬語などよい、我は堅苦しいのは嫌いだ」

「……そっか」


 さてさて。

 そうしていると、俺のキャッチボール相手――サタンナはそう話しかけてきた。

 たしかに言われてみれば、今後のことなんて考えてなかった。我ながら浅はかだとは思うけれども、野球のことで頭の中がいっぱいだったのである。


 そう。ここは異世界――しかもショップごと転移してしまったのだった。

 心躍るような冒険に憧れてはいたモノの、いざ自分がその立場になってみたら困ってしまうモノである。――ふむ。これは、どうしたものか。

 そんな風にボールを見つめながら、考えていた時だった。


「タクマが嫌でないなのなら、客人として迎えるが、どうだ?」――と。


 サタンナが、そう提案してきてくれたのは。


「え、いいのか? 迷惑にならないか?」

「迷惑なモノか。それに、そういう約束だっただろうに」

「あぁ、そう言えば。そんな話だったっけ……完全に忘れてた」


 たしかに、思い返してみればそんな話であったような気がする。

 本当に、スポーツのことになると夢中になってしまうのだから、自分でも考えモノだ。


「それじゃ、お願いしてもいいかな? ――サタンナ!」


 しかし、何はともあれ生活の保障はされるということだ。

 こんなにありがたい話はないだろう。まぁ、それがまさか魔王城に、だなんて考えてもみなかった話ではあるけれども。細かい話は、抜きにして考えるとしようか。俺は少し力を込めてボールを投げながら、そう答えることにした。


「うむ! では、これからよろしく頼むぞ。タクマ!」


 ――パシンッ!

 すっかり上達したサタンナは見事にそれを受け止め、笑いながらそう言った。

 そして、こちらの真似をするように力一杯に返球してくる少女。その球威たるや、俺のそれに匹敵するモノであった。――こ、これは。ダイアの原石かも。


 おっと、いけないいけない。

 また思わず、指導に熱が入ってしまうところだった。

 今日のところはもう、ゆったりと時を過ごそう。そう思えた。




 これが、俺とサタンナの出会いと親睦の出来事。

 そしてこの世界での、新生活の始まりなのであった――。

次回からは、ゆるゆるとしたお話を2000字程度で書けたらいいなー(どうせオーバーするw

という感じでいきたいと思います。

明日も執筆する予定ではございますが、毎日投稿は確約ではありません。もしよろしければ、ブックマークなどをしていただけたらと、思います。なにとぞよろしくお願い致します。

<(_ _)>

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