魔王様はショップに興味津々な件について
「お主たちは、いったい何者だ。そしてこの建物は……何だ?」
目の前に現われた人物は、綺麗な眉をひそめながらそう言った。
小柄な、見た目10歳あたりの女の子だ。フリルのたくさんあしらわれた、これぞまさしくゴスロリ! といったドレスを身にまとった彼女は、肩口で揃えられた金の髪を弄っている。こちらを見つめる真っ赤な瞳、そして端正な顔には、どうにも怪訝そうなモノが浮かんでいた。加えて、長い耳はその感情を表すかのように、ピクピクと動いている。
――いや、まぁ。それに関してはこちらも同じ意見なのだけれど。
それを伝えても、聞き入れてはもらえない雰囲気であった。
何故ならこの少女が現れた瞬間に、店のドアを押し破らんとばかりに押し寄せていたモンスターの皆様が、サッと左右に分かれて道を作ったのである。後方には、幹部と思しき女性が二人。片方は獣耳が生えており、もう一方は眉間に一本の角が伸びていた。前者はウェーブのかかった栗色の髪。後者は腰まである長い紫の髪をしていた。
と、そんな状況から鑑みるに、その中心に仁王立ちしているこの娘は、一番の権力者に違いない。俺が今まで培ってきたファンタジー知識がそう告げていた。
「えっと、ですね……」
俺はちらりと視線を後ろに投げる。
するとそこには、明らかに動揺している本日のバイトメンバー三名が、身を寄せ合って震えていた。右から順番に佐藤さん、茂木くん、小林くん。彼らはこういった事態を思い描いたことすらない、というタイプの体育会系なのだ。それならば、こんな風になってしまうのも仕方ないと思われた。
加えて本日の出勤社員、早番は俺だけ。
つまりこちらの最高責任者は俺、ということだった。おそらくは、ここでの選択肢をミスれば即バッドエンド――責任重大この上ない。
そのため慎重に言葉を探し、片膝を付いてこう口にした。
「私共は異世界からやってまいりました、商人でございます。驚かせて誠に申し訳ございません――しかし、もし弁明させていただくとすれば、私共も見ての通り困惑しているのです」
俺は一度そこで言葉を切って、バイトメンバー三名を示す。
少女は一瞥し、納得したように頷いた。どうやら、ここまでは正解らしい。それならば次は賭けになるが、一歩踏み込んでみることにするか。
「その上で、お願いしたいことがあるのですが――よろしいでしょうか?」
「……ふむ。申してみろ、異世界からの来訪者よ。この北の魔王・サタンナに答えられるモノであれば答えてやろう」
――魔王!? まさかとは思っていたけれど、こんなロリ魔王とは!!
と、いけないいけない。こんな考えが顔に出てしまっては、命がいくつあっても足りないだろう。緩みかけた顔をキリッと引き締めて、咳払いを一つ。俺は交渉を続けることにした。まずは、少しでもこの世界の情報を引き出さなければ。
「ありがとうございます。それでは、ご教授下さい――この世界について」
「ふむ……この世界について、か」
俺が言うと、少女――サタンナは顎に手を当てて考え込むような仕草をした。何故、だろうか。俺はそれに妙な緊張感を覚えた。
すると、その直感は的中することとなる。
サタンナはニッと笑い、八重歯を剥き出しにしながらこう提案してきた。
「ならば、先に私に教えてもらうとしようか――お主たちは、いったい何を売っているのだ? 異世界の品々を献上し、我を満足させることが出来たなら、身の安全は保障してやろう」
「……分かり、ました。それでは、店内を案内しましょう」
これは聞き入れるしかないだろう。
俺はバイトメンバーに視線を投げる。するとどうやら彼らも腹を括ったらしく、そこには一端の販売員としての顔があった。これなら、ひとまずは安心だろう。
あとは、下手なことをしないで上手くやり過ごすことが出来ればいい。
そう、思っていた――この時までは。
まさか、サタンナがあんな反応を示すなんて予想外だった。
◆◇◆
「わあぁっ! ――ねぇねぇっ! 何これ、この床勝手に動くよっ! あっ、こっちにも何かある! ねーっ、タクマ!? これはどうやって使えばいいの!? 教えてーっ!!」
こんなにも無邪気に、店内を飛び回るなんて!
「は、はいっ! えっと、これはですね――」
「――あ、あっちにも面白そうなモノがある! ルーナ、行ってみよう!?」
「あ、あの!? サタンナ様!?」
俺の目の前にいるサタンナは、先ほどまでの威厳ある態度はどこへやら。まるで足に強力なバネが付いているかのように、あっちへこっちへ。付き人の一人であるルーナさん――先ほどの二人のうち、獣耳を生やした女性だ――の手を引いて動き回るのであった。その素早さは、並の子供のそれではない。
さすがは魔王(自称)というだけはある。身体能力は高い――その上、子供らしい無邪気さが加算されているのだから、店員である俺としては凶器に近かった。
商品の説明をしようとしたら今のように、興味が別のモノに移ってしまう。その度にそこそこ広い店内を大移動するのだから、なかなかに大変だ。
その証拠に、バイトメンバー三人はすでにリタイアしてしまっている。
サタンナについて行けているのは、俺とルーナさん。
そして、もう一人の付き人である――
「あら、タクマさん。もう限界なのですか? 人間とはやはり、脆弱な生き物なのですね。我々のような誇り高き魔族とは雲泥の差がある――当然のこと、ですね」
――一角の女性、サナさんだった。
チャイナドレスのようにスリットの入ったセクシーな赤服を身にまとった彼女は、キリッとした鋭い目を愉快そうに細めている。口元に浮かんでいる笑みには、妖艶なモノ。ついで、そこから少し視線を下げるとそこには、二つのたわわに実った果物が――その谷間に、自然と目が吸い込まれていく。
「……っと! サナさん!? いえいえ、まだまだ頑張れますよーっ!」
そこまで思考を巡らせて、俺は邪念を振り払うように視線をそらした。
次いでその場でランニングをし、まだまだ体力が有り余っていることをアピール。そうすると、サナさんはまた小さく艶やかな笑みを浮かべた。
瞬間、その人並み外れた美貌にドキリとさせられるが、どうにか堪える。
ここで変にヘラヘラしては、部下たちに見せる顔がない。
「ふふふっ。無理はなさらない方が良いですよ? 人間はどうせ、我々にとっては羽虫以下、ですから。強がらなくても結構です」
「いえいえ! 人間も舐めたモンじゃないですよ!」
「…………ふむ?」
俺が余裕を見せると、彼女は少しだけ眉をひそめた。
そして――
「――まぁ。サタンナお嬢様が、久方ぶりに楽しんでおられるので、今のところは良しとしましょう」
そう、小さく言葉を口にする。
「えっ……? 今、何とおっしゃいましたか?」
「いいえ。何でもありません。虫は虫らしく、今は生かされていることに感謝することが大切ですよ?」
しかし俺が疑問の声を漏らすと、返ってきたのはそんな辛辣なモノ。
どうやら異邦人である俺のことを、サナさんはあまり快く思っていない様子だった。――まぁ、それもそのはずか。突然に現われた人間を信用しようという方が、無理な話だ。俺みたいに異世界への憧れがあったりしたら別かもしれないが、最初は警戒して身動きを取れないのが普通。そのように思われた。
でも、それにしたって『虫』呼ばわりとは。
もしかしたら彼女の中では、人間というモノに好印象がないのかもしれない。
そのことは、少し頭の中に入れておいた方が良いかもしれなかった。今後、何があるか分かったモノではないから、少しでもリスクを下げる行動を心掛けた方が得策だろう。――と、そんなことを考えていた時だった。
「――おい、タクマ! こっちに来いっ!」
「あ、はい! 少々お待ちくださいませ!!」
サタンナが、俺のことを呼びつけたのは。
大急ぎで、俺は声のした方へと向かって駆けだした。そして、到着するとそこは――ボール競技の商品を取り扱うブースである。俺の大得意な野球から始まり、サッカーやテニス、さらにはバドミントンや卓球まで。様々な球技に対応した、我が店舗の花形コーナーであった。
そこでサタンナは首を傾げながら、ある物を見つめていた。
「おい、タクマ。これは何だ? ――帽子か?」
そう言って、少女が被ってみせたのは――野球のグローブ。
円らな瞳で、きょとんとこちらを見上げるサタンナの姿は愛らしくもあり、また滑稽であった。しかしルーナさんとサナさんの手前、笑うわけにもいかない。なので、俺は腰を落として少女と同じ目の高さに顔を持って行った。そして、懇切丁寧にグローブの使い方を教えようとして、
「あ、そっか――そうだ!」
あることを思いついた。
そうか。これなら、一石二鳥。
親睦を深めつつ、俺たちのことを知ってもらえるかもしれない。そうとなれば、善は急げである。俺はポカンとするサタンナからグローブを受け取って、こう提案した。
「サタンナ様! これから、キャッチボールを致しましょう!」――と。
サタンナ、ルーナさん、そしてサナさんの三名はきょとんと顔を見合わせた。
後になって思えば、これが全ての始まり。この世界で、スポーツを巡る物語の始まりなのであった。でも、この時の俺はそんなことを知る由もなかったのである。
だから、お気楽に俺は三人に向かってこう言ったのであった。
「野球、しようぜ!」――と。
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