共依存
深夜2時を回ったくらいであっただろうか。級友である恋羽 於音から電話がかかってきたのは。
「キミ、どうせ暇でしょ?さぁ、出かける準備をしろ」
電話越しのはずなのに、鼓膜を破らんばかりの大声に私は一瞬で目が覚めた。真夜中に下らないことで、いちいち電話をかけてくるのは彼女の悪い癖であり今ではもう慣れてしまったのだが、しかしそれが私の睡眠を妨げていい理由には到底ならない。
今日は宿題地獄であった夏休みも終わり、始業式である。愛すべき日常の再来である。
これで、合点がいった。つまり彼女はまとめサイトと、Twitterを延々と巡回し続ける安息の日々の終わりを恐れたということか。こんな時間にわざわざ付き合う義理もないし、というか即物的にいうと眠いので出来れば関わりたくない。ただ、こういう時に付き合わないと彼女はみるみる機嫌を悪くし2、3日口を聞いてくれなくなる。すぐに拗ねて、すぐに飽きる。典型的な子供なのだ。しかし、彼女の以外の同性の友達をもたない私にとって話し相手を失うというのは中々の死活問題である。
「分かった。今から用意する。何処にいるんだ?」
応答がない...。よくよく携帯を見てみたら電話は切れていた。要件だけ伝えてすぐに切ってしまうとは、それこそ人格を疑うレベルなのだが、彼女と過ごしているとこんな些事日常茶飯事なのだ。
パジャマを脱ぎ、動きやすい服に着替える。恋羽などの為にわざわざ気張ることもないので、簡単に髪を梳いて準備は終わりだ。彼女に居場所を聞こうとしたが、まぁそんなものたかがしれている。どうせ、私の家の玄関前でいつも通り体育座りをして待っているのであろう。スマホと念の為に1000円札をジーンズのポケットにねじ込む。
玄関のドアを開けると、案の定彼女は体育座りをして待っていた。その性格と変わらず幼児体型の彼女が体育座りしているのは、さながら人形のようで私でさえ一瞬ドキッとする。少し茶が入ったショートの髪が揺れる。目にかかった髪を、彼女は軽く頭を振って跳ね除けた。その一連のしぐさを見るたびに胸が締め付けられていく。このときめきはきっと、まだ明けていない夏の夜の魔力の性だといってしまえば少しは詩的だろうか?
「おぉ、来た来た。待ってたよ。さぁ、いきなりだけど今回の目的は天体観測だ。さぁ、行軍を始めようではないか」
相変わらずの独断。待て、私は早く寝たいんだが。なんて、私の言葉は喉から出るチャンスを失いみぞおち当たりに溜まっていく。
「向こうの山の上から星でも見よう」
彼女は無い胸をはり、自信満々の顔でこちらを見上げる。そうだ、その顔だ。そのニヒルな笑みだ。まるで、
私についてこいよ。絶対面白いぜ。
と主張するかのようなその顔。今度はどんな馬鹿みたいなことをしてくれるんだろう。もっと面白い世界を魅せてくれよ。なんて、私を急き立てるかのようなそれに魅入ってしまったから駄目だったんだ。全く後悔なんてしてないが。
「それでさ...」
黙々と山へ歩いていきながら、彼女の背中に声をかけた。
「何で、そんなに学校をサボりたいの?」
「んー、バレてたかぁ。そうだな、、日常生活で古語が使えなくて困ったことはある?」
こんな時間から天体観測なんて取って付けたようなことをしているのだから、それは勿論バレるに決まってるし、逆にいえば何故バレないと思ったのか甚だ謎なのだが、それよりももっと謎なのはこの問いである。何故、学校をサボることと古語についてが繋がるのだ。
「テストの時は困った」
「あー、違う違う。確かに学校生活も日常だよね。そうだな、学校以外で、買い物の時、旅行の時、友達と話す時、古語が使えなくて不便だ!!ってなったことはある?」
「そりゃ、そんなことないけど仕方なくない?それを割り切ってみんな勉強してるんだよ。どんなに、日常生活で使わなくてもね」
「勉強でしか、優劣を測れないこの社会が嫌いだよ」
「他のことで優劣を決めても、恋羽はそんなこというんだろうね」
黙々と山へ歩いていく。とっくに市街地は抜け、木々が目立ってきた。このまま更に進むと田んぼが見えてくる。そこまでくればもう山は目の前だ。気がついたら山が目的地のようになっていた。あー、恋羽が言いたいことはこういう事なのかな。
「帰省に行っていたんだ」
彼女はこちらを振り返らずに、語り出す。
「目の前で、おばあちゃんがトラックに轢かれてね。私は何も出来なかった」
「それから本当に死ぬのが怖いんだ。落ち着いて考えてよ。自分が居なくなるんだよ。何でみんな普通に生きているんだよ。無理だよ。怖いよ」
「人間は絶対死ぬのに、何で貴重な青春を意味の無いことにつぎ込まなきゃいけないんだよ。二次方程式が4トントラックから私を護ってくれるのかよ」
顔を見ないでも、彼女が泣いていることは上ずった声で分かった。私はここで何て言うのが正解なんだろうか。彼女を何て慰めればいい?
「ごめんね。こんな話をして。さぁ、行軍を続けようぜ」
彼女は何もなかったかのように、歩き出す。結局何も言えなかった。こういう時にさらっと洒落たセリフでも言えたら私も少しは変わっていただろうに。
そのままお互い何も言えずに時間がたった。田んぼを抜け、山の前に来るほどに。山まではもう少しだ。逆にここまで距離でいうと何キロ程だろうか。足がパンパンになっている事ぐらいしか、歩いてきた距離を表すものがない。ふと、空を見上げる。どんよりと曇った空から星はまったく見えない。まぁ、所詮建て前なので深く気にはしないが。
彼女の揺れる髪をぼんやり見つめる。こうやって落ち着いて考えてみると、彼女とは長い関係になる。彼女は昔からいわゆる、かまちょと呼ばれる人間だった。小学校の頃は携帯なんぞ持っていなかったので今日のように深夜に電話がかかってくることはなかったが、そうだからこそ一緒にいるときは凄かった。
のべつまくなく、語る。
今日何があっただとか。明日何がしたいかだとか。こういう夢を見ただとか。天気が良いだとか。悪いだとか。この漫画が好きだとか。この映画がつまらなかっただとか。万引きしてみたけど案外バレなかっただとか。この遊園地が面白そうだとか。宿題がめんどくさいだとか。この先生が怒ると怖いだとか。蝉を殺しただとか。中学生は大人っぽいだとか。高校生にまでいくと怖いだとか。給食の揚げパンが美味しかっただとか。でも、がっつり麻婆豆腐とかの方が好きだとか。ブラックコーヒー飲んでみたけど、美味しくなかっただとか。猫を殺してみただとか。
それこそ、ごく一般的な雑談なのだろうが彼女は違うのだ。話し終わると死んでしまう呪いにかかってるんじゃないか、という程に話が止まらなかった。今ではその癖は治りかけているが、実際のところどうなんだろうか。
先述したが、私には友達がいない。彼女もまた同じである。彼女のいわばエキセントリックな言動は女子高生に合わないようだ。私はその宇宙人とつるんでる仲間だとでも思われてるのだろうか。私も学年の人間に遠巻きにされている。朱に交われば赤くなる。朱の近くのやつはだいたい赤いと判断されるのだ。
「私が変な話をしたせいかな?ぼんやりしているよね。もう山に入るから、気をつけてね」
彼女が上目遣いで見つめてくる。その迷いのない瞳を見てやっと気がついた。私たちはとっくに山の前に来ていたのだ。山と言っても、いわゆる学校の裏山とかいわれている、町にあるちょっとした山と変わらない高さなのだが。
彼女はずんずんと山道を進んでいく。私もそれに合わせ、早歩きほどの速さで山を登っていく。
登山気分に浸る間もなくあっという間に頂上に着いた。頂上には小さな木製のベンチがポツンと置かれていた。いつも通り私は右側に、彼女は左側に。目線さえ合わさず自然とこの席になるのだ。
「うーん、曇ってたかぁ。綺麗な星でも見ながら、キザに告白とかしてみたかったんだけどなあ」
彼女はぐーっと胸をそらして空を見上げている。眩いばかりの曇天の空がそこには広がっていた。
「ねえ、恋羽」
道中ずっと、心の隅で気になっていた疑問を吐き出したくなり呼びかける。
「なになに?逆にキミから告白?」
彼女はこちらを見ない。
「どこから、建て前?」
「あぁ、さっきも言ったよね。早々とバレちゃったけど。天体観測は建て前だよ。ごめんね、キミと話したかっただけなんだ」
笑いながら彼女は答える。
彼女はこちらを見ない。
「どこから、建て前?」
私はもう1度問いかける。
「やっぱり、問いの意味が分からないや。天体観測は建て前だって何度も言ってるじゃん。それともそんなに怒っているの?駅前にミスドが出来たよね。今度奢るから許してよ」
彼女はこちらを見ない。
「どれが嘘?」
質問を少し変えてみる。
「...全部、本当。あぁ、もちろん事故ではないよ。お察しの通り」
彼女はこちらを...見ない。
しかし、確証は持てた。私でないと意味が分からない返答だが、それだけで充分だった。
「会話だけが、触れ合いじゃないって私何度も言ってるよね。何で、そんなに会話にこだわるの?」
さっきまでの話はもう終わり。確証が取れれば別によかったし、確証が取れたところで何が変わるわけでもない話だ。だから、これはこれからの話だ。私たちのこの歪な関係を保つために必要な話だ。
「セックスって何か気持ち悪いじゃん」
彼女はやっとこちらを見た。少し頬を膨らまして目元にシワを寄せている。こういう顔をしても絵になるが、そんな顔でセックスとか急にぶち込まないでほしい。
「誰もそこまでは言ってないでしょ。何で伝わらないかなぁ」
「それを伝えるために話すんでしょ?」
私の伝えたいことはやはり伝わっていないようだ。このようなじゃじゃ馬には実践が何より効果的だろう。私は彼女に抱きついた。包むように、混ざり合うように。私の頭は彼女の華奢な肩に置き、彼女の頭は私の肩にくるようにする。
「うーん、やっぱりキミの気持ちは全然分からないや」
「これでも分かんないんだったら、今度会ったらセックスしようか。ボディーランゲージだ」
「クリープハイプだね」
多分、私は彼女とずっと居なくてはいけないのだろう。その理由として、彼女が私から離れようとしないということが絶対含まれるであろう。しかし、それは私にも該当しているのだろう。彼女以外の同世代の人間とまったく話をしてこなかった私が今更他人とコミュニケーションを取れるはずなどない。つまり、私もまた彼女とは離れられないのだろう。
結局のところは共依存。失うにしてはお互いの存在が大きくなりすぎた。
「今日はこのままサボっちゃおうよ」
彼女はまた、あの顔をした。あのニヒルな笑みだ。
「そうだね」
私はそれしか言えなかった。
この腐りきって、歪な、彼女との関係を強く求めているのは、案外私の方なのかもしれないと思ったからだ。
久々に聴いたクリープハイプがカッコよかった。
作中の歌詞は「HE IS MINE」っていう曲がもとです。みんな、聴いてな。
でも、私は元気です。
以下部誌後書き
↓
お久しぶりです。蓬です。
夏休みは終わりましたが、夏っぽいことはてんでしなかった気がします。
友人の1人が、夏休み中に入院しまして、ざまぁみろの感情以外湧かないのですが、それでも人生何があるか分からないなぁって思いました。
オチはないです。尺稼ぎです。
では、また次の部誌でお会いしましょう。
私は、元気です。
引越し間際、殆ど物がない自室より(2017/08/14 02:41:23)