少し泣いて、沢山笑って
夕日がカーテンの閉じられた教室を照らし、整然と並ぶ机と椅子、黒板が紅く染められている。
静寂が支配する放課後の教室には二つの影が相対していた。
「ごめんなさい」
静寂を破るのはまだ若いとわかる女子の声。
「…いやっ! いいんだ!」
それを受けて反応したのが、焦ったような、困ったような、それでいて落胆の意が色濃く出ている若い男子の声。
「じゃ…じゃあまた明日!」
男子がその場から逃げるようにしていなくなる。
悲壮感漂うその背を見つめながら先程の女子がため息をつく。
「……なんで断ったんだ? 今のサッカー部のキャプテンだろ」
出ていった男子と入れ違うようにして教室に入ってきた男子が首を傾げて佇んだままの女子に疑問を投げかける。
「……うっさい、バカ」
「随分な物言いだな……」
別に構わないが、と自分の机に向かう男子に今度は女子がムッとしながら突っかかる。
「アンタは何しに来たのよ。もう放課後よ」
「現代文の教科書を忘れた。教科書がなければ出来ないだろ、宿題」
手早く教科書を鞄の中に入れた男子が手を振って教室を出ようとしたところに再び女子が声をかける。
「…あ、あのさ」
「ん、なんだ? 宿題なら自分でやれよ。力にならんからな」
「違うわよッ! ……だから、そのね……」
凄まじい勢いで怒鳴られたことよりも、そのあとの彼女らしくないもじもじとした態度に面食らいながらも、辛抱強く次の言葉を待つ彼は振り向いて真正面から彼女を見る。
彼女が何事か話そうとした時、開け放たれていた窓から風が吹き抜け、閉まっていたカーテンがはためいて夕日が窓の近くにいた彼女を照らした。
「……アンタは好きな人、いないの?」
「…………ま、まぁいないわけではないな」
予想外の質問と自分の中で生まれた妙な感情から返答が遅れたが、男子は常のようにむっつりとした表情で答える。
そっか、と女子が笑いながら視線を外す。明るくでも、強気でも、不敵でもなく、ただ儚げにぽつりと漏らして笑った。
俯いて黙ってしまった女子に、何か声を掛けようとした男子だが、それよりも早く女子が顔を上げる。
「久しぶりに一緒に帰ろ」
何か決意を決めたような顔をした女子は有無を言わせぬと言った様子で男子の手と自らの鞄を引っ掴むと、さっさと歩きだした。
「別に構わんがお前は部活が……」
「サボる!」
自分の言葉を一撃の元に粉砕した女子を見て、男子は無駄な抵抗を止めて彼女の歩調に合わせるように歩きだした。
俺の名前は四ノ宮陸。
よくよく訳も分からずに、目の前で肩をいからせながら歩くワガママな幼馴染の女子に振り回される哀れな人間である。
今回も何故だかわからないが、半ば強引に帰路を共にしている。
「…………」
「…………」
とりあえず何か喋れと。
強引に連れてきた割に、特に話題も無いのだろうか? 俺は正直、人付き合いが苦手だ。故に相手から話してくれないとなかなか話が進まない。
「…………」
「…………」
……なるほどな。今まで沈黙で息が詰まると思ったことはなかったし、そんなことを言う奴は群れていないと何も出来ない弱い奴だと思っていたが、今ならそんな人間の言うこともわかる気がする。
常ならば奴の方が何らかの言いがかりをつけるなりしてこちらに話を振ってくるのだが(絡んでくると言ってもいいだろう)、今は何か俯いて考え事をしている。
「…………らしくないことを」
「……ふぇ?」
………いかんいかん。つい口が滑ってしまった。
何でもないぞ、という意思表示のために首を振ってみるが思いきり怪訝な顔をされる。
それでも再び視線を下に戻したのは俺のポーカーフェイスがなせる技……でもないだろう。
この女は前述したがそれはそれは、とんでもなく、かなり、すげぇ、自己中心的でワガママだ。
おそらく幼馴染みという共通項がなければ関わることなく終わったであろう相手だ。 とは言え、俺も相当にマイペースな人間であるから、例え相手が幼馴染みであろうと捨て置いて我が道を進むはずだ。はずだった。
なのに俺はここにいてこいつの隣を同じ歩調で歩いている。
何故か? なんてのは考えるまでもない。答えは俺の中にある。
詰まるところ、俺は好きなのだ。心地よいのだ。
こいつのことが、こいつといるのが。
自問自答の時間は山ほどあった。幼馴染みだし。
あいつが告白されている姿を見るのは辛かった。夕日の包まれて映えた憂鬱な表情を見てドキリとした。急に手を掴まれて冷や汗まで噴き出してきた。
そんな感情を常の無愛想な顔で押し潰して、隠し通してここまで来た。
しかし、もう限界だ。
気付いていた。気付いていたのに気付かないふりをしていた。
この時間が大切だった。大切すぎて踏み出せなかった。
終わらせたくない。楽しかった思い出で今この時を終わらせたくない。
逃げるな臆病者。退いて見えるものなんてたかが知れている。
自分を鼓舞して久しぶりに真面目な表情をつくる。
息を吸い込み、覚悟を決めて。
「話がある―――……」
俺は口を開いた。
私の名前は東条香澄。
色々と覚悟を決めて、後ろにいるやる気がなさそうな幼馴染みの男を連れてきた人間だ。
が、
「…………」
「…………」
覚悟を決めたと言ってもやっぱり気恥ずかしいものでなかなか口に出して言えない。
好きだ、と。
「…………」
「…………」
こいつは私がそんなことを言おうものなら、いつも以上の仏頂面で『よく、意味がわからないんだが』とか言って私にこっ恥ずかしい告白をもう一回させたあげくに、無愛想に『すまない』とか言って断りそうな気がする。
……正直、考えるだけで心が折れそうになるんだけど、だからって退くわけにはいかない。『退けば老いるぞ』とか誰かが言ってた気がするし。
…しかし、まぁ我ながらどうしてこんな扱いにくい奴を好きになってしまったんだろう。
無愛想であんまり喋らないし、喋ったかと思えば面倒くさそうな顔をして二、三口にしてまた黙るし。性格は……まぁ意外と気が利いてるかも。顔は…………いつも眉間にシワを寄せてるとこ以外は結構良いかも。
……って、あれ?
もしかして、私、惚けてる?
「…………らしくないことを」
「……ふぇ?」
ビクンと身体が震え、無意識に常のあいつみたいな顔をして後ろを振り返る。
一瞬、思っていることを読み取られたのかと思ったが、あいつにそんな超能力紛いの力はない……はず。
振り返った先には微妙な顔をして首を横に振っているあいつがいる。
意味がわからない、と思い切り顔に出してやると、あいつの首を振るスピードが少し速くなった。
ちょっとだけ吹き出しそうになったけどグッと堪えて前を向く。何も、今から告白する相手の気分を損ねる必要はない。
けど、あいつの面白い顔を見たら少し気持ちが落ち着いた。
散らばってしまった勇気を拾い集めて、今一度自分を奮い起たせる。
怖かった。告白することですべてがバラバラになるのが怖かった。
大切だった。本当に大切すぎて、壊れてしまいそうで触れなかった。
嫌だった。他の何よりも、この日がただの思い出になってしまうのが嫌だった。
だから……、例えあいつに好きな人がいたとしても、告白する。
絶対に失敗するとしても、このままでいられるほど私は強くない。
失敗上等。泣いて笑って、いつも通りに過ごしてやる。
拳を強く握って、覚悟を決めて。
「話があるの―――……」
私は口を開いた。
斯くして、二人の声は重なって、互いの思いを知ることとなる。
もちろんのこと、不器用な彼らの恋は一筋縄に行かないのだが、それはまた別のお話……。
と、いうわけでまさかの寸止めエンドです(笑)続きを書いてみたいとかいう奇特な方はご連絡を。………相変わらず時間無し人間で、ほぼ、携帯からの執筆になり、もしかしたらかなり読みづらいかもです。また、内容自体も三人称→一人称→三人称と行ったり来たりで読みづらく、微妙なデキに。本当は統一したかったんですがねぇ……、ダメ作者にはこれが限界です。………まだまだ言いたいこともありますがここまで!感想や評価、その他諸々、頂けると作者の力になりますm(__)m




