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ルプスの盾  作者: 深縹 あき
第1章 契約
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7


「やはり、そうですか」

 軽い朝食を済ませ、今朝のことを報告すると、ニゲルは項垂れた。ロッティはすでに出ていて、ポーも先に屋敷へ向かったそうだった。

 そして、モーは椅子の上で溶けている。恐らくはエルの話を聞いて落ち込んでいるのだろう。


「すみません、お力になれなくて」

「いえ、こちらこそ、本当に申し訳ございません。本来なら、そのような気を使って頂く必要はないのに」

「勝手にしたことですから、気になさらないでください。……あの、実はその時、アストゥート様に失礼をしてしまったようで」

 あの冷たい声を思い出して、視線を地面へ落とす。

 勇気を出したは良いものの、惨敗。その上、自分では気をつけていたつもりでも、旦那様に不快な思いを与えてしまった。

 ニゲルは眉を上げ、モーはエルの方へ首を伸ばした。


「おや、どのようなお話をされたのですか?」

 エルが説明すると、ニゲルは言った。


「それは、おそらくですが、エル様がご自分を大切にされていないところに憤りを感じたのかと思われます」

「自分を大切にしていない……?」

 エルは瞳を瞬かせた。

 ニゲルは頷き、いつの間にかモーもエルを見つめている。


「ええ、それに私も同じ気持ちです。私の場合、悲しく思います。盾になる、というのは、自分を犠牲にしてもと仰りたいのでしょう? 私は旦那様を支えてほしいとは言いました。ですが、自己犠牲を求めたわけではありません。同じ旦那様へ仕えることになるエル様のことを、私はもう仲間だと思っています。それだけは絶対にお止め下さい」

 悲しそうなニゲルの顔を見ながら、再びエルは瞳をぱちぱちと動かした。そして、またやってしまったな、と思った。


 昔、同じようなことを言って、クレアが悲しそうな顔をしたことを思い出した。

 彼女は諭すように言った。

 自分(エル)も皆と同じく、大切な存在なのだと。


 その時には頷いたが、未だ納得はしていない。

 自分を大切にしていないかと言われれば、まったくそう思っていなかった。それ以上、に周りの人々が大切なだけで。


 周りの人を守ることに繋がるのなら、死んでも良い、とエルは考えていた。

 けれど、皆とても優しいから、私が死んでしまったら悲しむのだろう。

 なるべく気をつけよう、とは思う。ただ、周りの人、大切な人たちの安全の利になるならば、選択肢の中から消えることはない。

 拾われてからずっと、自分は幸せすぎるほど幸せで、いつ死んだって良いのだ。

 そうはいっても目の前の優しい二人は、この答えに納得しないだろう。


「……わかりました」

 少し罪悪感を感じながらそう言うと、ニゲルはほっと笑みをもらした。

 モーは、エルの頭にポン、と優しく触れて、食器の後片付けを始めた。


「エル様、旦那様の言いつけもありますが、こちらの不手際でご迷惑を掛けてしまい大変申し訳ございませんでした。〈盾〉になるまでは、お客様としてゆっくりしてください。最大限のおもてなしをさせて頂きますよ」

「おもてなし、ですか?」








 午後一時を知らせる鐘が聞こえて、エルは顔を上げた。

 少し体を動かしただけなのに、花の香りが強くなった。朝入らせてもらった風呂には、色とりどりの花が浮かべてあり、その花の香りが今も体を包んでいるのである。

 そして、モーが作ってくれた昼食は昨日よりも一層豪勢(分厚い牛肉も出た!)で、服の上からでも腹が膨らんでるのがわかった。

 ふーっと息を吐き出す。


「エルさん、どうされました?」

 傍に居たニゲルが言う。


「いえ、何でもないです」

「そうですか、なにかご用や欲しいものがあれば仰ってくださいね」

「はい、ありがとうございます」

 にこにこと笑顔を浮かべるニゲルに、エルは控えめな笑みで返し、内心溜息が出る。

 客人として扱われるのは、もちろん初めてのことだ。エルは客室のソファに座りながらも、なんとなく落ち着かなかった。

 何もしないのは気が引けて、仕事の手伝いを申し出ようかとも思ったが、主の言いつけを守らなかったことで叱られるのはニゲル達だ。結局、大人しくしてることにした。

 ただ敬称の変更だけは頼み込んだ。様を付けて呼ばれることは、何もしないのと同じくらい気後れしたのだ。


 綺麗に磨かれた窓を見上げる。高い所の窓も低い所と同様に、きれいに磨かれている。

 高い場所の掃除仕事は、ポーの役割のようだった。ポーは体を伸ばして高い所まで上がると、手だけを実体化させ、窓を拭いていた。

 ニゲルもたまに姿を消したかと思うと、いつの間にかお茶の用意をしてくれていたり、本を持ってきてくれたりした。

(こんなことしてもらって良いのかな……)

 やっぱり手伝ったほうが、いや、でも、と唸っているところに、窓からロッティが顔を覗かせた。


「よっ!」

「これ、ロッティ、また窓から……」

 ニゲルの言葉を受け流し、ロッティはエルを見つめる。


「エル、今暇か? 庭仕事を見に来ないか?」

 そういってロッティは、庭の方を親指で差した。話を聞かないロッティに、ニゲルは溜息をついている。

 エルは思わず立ち上がっていた。あのきれいな庭を間近で見られるのは嬉しかった。


「ええ、是非お願いします!」

 その答えに、ロッティがにっと笑みを作った。


「じゃ、エル借りてくぜ」

 彼女は諦めた様子のニゲルにそう言い残し、エルの手を引いて、屋敷の庭へと歩き始めた。







 アーチを抜け、緑の塀の中へ。呼吸をするたび、柔らかい花の香が肺を満たす。

 遠目ではよくわからなかったが、色だけでなく花の種類毎に分けて植えられているようだった。様々な花が咲き誇る庭は柔らかい雰囲気で、ここだけ空気が違うようだった。アーチから伸びている道は奥の白い四阿へと続いていた。


「きれいですね……」

「だろ?」

 ロッティはにっと笑って、白い花の前まで案内してくれた。


「この白い花はアルブムス。使ったことあるだろ? アルブムスの雫」

「はい、止血の薬ですよね。薔薇みたいな花だったんですね」

「そうさ。花と根の部分が薬として使われてる」

 訓練の後、何度も使った薬だが、花を見るのは初めてだった。

(こんなにきれいな花だったなんて)

 薔薇によく似た大輪の花を咲かせたアルブムスは、ほんのりと甘い香りがした。

 ロッティは咲き終わったものを見つけ、花から少し下の所へナイフの刃を入れる。こうやって切ることで、何度も花を楽しめるんだ、と彼女は言った。


 作業がひと段落すると、ロッティは水色の袋を抱えてやってきた。

 袋の中から彼女が取り出したのは「水」に見えた。しかし、零れも流れもせず、丸い形状のまま保たれている。

 水色の袋は魔具――魔具には魔法から作られたものと、魔法がかかっているものがあるが、これは後者――だという。これは水を持ち運び、好きな量で取り出せる魔具だそうだ。


 ロッティは水の塊を地面に向かって投げつけた。

 水球は地面に着くと、弾けた。彼女はもう一つ水を取り出し、触ってみなと、目を丸くしているエルの前に差し出した。

 おそるおそるエルは人差し指でつついた。途端、水球の形は崩れ、地面に広がった。


「これは取り出した奴以外のものが触れると、魔法が解けてるんだ」

「面白いですね……!」

「だろ? やってみな」

 ロッティに促されて袋の中に手を入れ、水球を庭に撒いていく。


「次はあっちだ」

 エルは笑って頷き返した。


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