ドン=ウォン=リーが行く!
すべては一枚の手紙から始まった。
イゴス王立魔法学校、その栄えある学長として20年務めた老年の男はその長い髭をしごきながら、一通の手紙を前に思いを馳せていた。
手紙の文面は以下のとおりである。
『イゴス王立魔法学校 ホン=コウ=チョー様
拝啓。
……云々かんぬん。
ところで当校に在籍しておりますウォン=リー家の一族、ドン=ウォン=リーについて。
彼は分校の教授陣では手に余る逸材です。なにとぞ本校に移籍し、本校の優秀なる教授陣の手によって、魔法使いのあるべき姿を示して頂きたく存じ、ここにお願い申し上げる次第であります。
イゴス王立魔法学校 ナイカ分校長 ブン=コウ=チョー』
ナイカ分校においてそのトップに立ち、自分の甥にして一族の中でも才を振るったプライドの高かったあのブンが、己の力に余るとすら言わせる逸材。
しかもウォン=リー家といえば一芸に特化した家門として有名な一族であり、その筆頭文官や将軍を輩出しつづけた家系。かの一族が魔法の分野にも麒麟児を生み出したとあらば、それは確かに魔法界に百年に一度の激震をもたらす重大事である。
「これは……時代が変わるかもしれんな」
学長は己のたどってきた権力闘争の果てに今の地位に上り詰めたが、いまだ己の力のすべてを受け継ぐ人材を見出すという夢をあきらめてはおらず、それが叶えられる前に寿命が来るのではないのかと幾何の焦燥を覚えていた。
「ドン=ウォン=リー……いかなる男か、見極めさせてもらうおうかの」
歴戦の魔法使いとして抑えられぬ高揚を胸に、男は髭を満足げに撫でる。彼は知らなかった。一陣の手紙からもたらされた風が、百年に一度どころか、千年に一度、否一万年に一度に匹敵しかねない大騒動を巻き起こす発端となることを。
ブン=コウ=チョーの記した手紙が届いてより数日後、只人なれば馬を使役してすら数週はかかる道程をその半分以下の日数で踏破した一人の男が、イゴス王立魔法学校本校の大門の前に泰然と佇んでいた。
その姿は、幼子すら分かる強者の風貌。猛る獅子がごとき覇気を携えた男。これが未だ十も半ばしか生を受けていないと信じるのは難しい。
だが、その顔には確かに年若い者独特の幼さが見え隠れしており、これから成長すればどれほどの英傑に至るのか夢想させてくれる存在であった。
「たのもう!!」
周囲の家々の屋根にとまる鳥たちが一斉に飛び立つほどの大声とともに、大鐘を鳴らすがごとき轟音が門を揺らし、すわ何事かとイゴス王立魔法学校に在中する衛士は剣を抜き放ち使用人用の小門より飛び出す。
相対するは無手にてただ佇む男。衛士にその鋭い目をやると、堂々と名乗りを上げる。
「我が名はドン=ウォン=リー! ナイカ分校から転入するためやってきた! 学長へのお目通りを願いたい!」
「き、貴様のような怪しい男を通せると思うてか!? た、立ち去れい!」
鋭い眼差しと体躯から放たれる気迫に押されつつも、流石は栄えある王立魔法学校の衛士。腰が引けつつも剣を向けて立ち塞がる。
「怪しいことなど何もない。紹介状もこの通り確かに! どうかお目通りを願いたい!」
おもむろに懐から取り出したるは一通の封書。一歩踏み出しその封書を衛士の眼前に突きつける。
「そ、それは確かにコウ=チョー一族の家紋入りの封蝋。し、しかし衛士として本校の平穏を乱したものを立ち入らせるわけには……」
苦悩する衛士は、いかにも只者ではない男と封書を見比べては思案する。そして二人は対峙したまましばしの時が経ち、緊張のあまり衛士が血気にはやらんとしたその瞬間。
「そこまで大声で言い合っておれば儂にも筒抜けじゃよ。
入れてやるがよい。ブンより話は聞いておるのでな」
門より現れしは一人の老人。精錬された威厳を背に、しかし表情は朗らかに事態を収束させる。
「ホン=コウ=チョー様!? お手を煩わせ申し訳ありません!」
「よいよい。そなたは職務を全うせんとしただけのこと。
ほれ、ドン=ウォン=リー君、ついてまいれ」
「はっ!」
平伏せんが勢いの衛士を軽く押しとどめると、そのまま二人に背を向け自ら案内をかってでる。決して驕らず人の上に立つ、尊敬すべき魔法使いの先達の姿を自然と見せつけられ、ドンの心の内には敬意の念が確かにこのとき芽生えたという。
「さて、食堂や厩舎、講堂などの主だった場所の案内は終えたし、ここが最後じゃな。ここが魔法の修練所じゃ。ひらけた場所に結界が張っておる。ここならば魔法を使っても安全というわけじゃ。流石に周囲の人間には気を付ける必要があるがの。
さて、ブンの目にかけた実力を見せてもらおうかの。これは転入試験も兼ねておる。基本四属性、頼むぞ。」
学長自ら見知らぬ人間を引き連れての道中はやはり人目を誘い、何事かと集う生徒が遠巻きに群れを成していた。
緊張を強いられる状況で簡素な杖を渡され、ドンはわずかに瞑目したのち決然と眼を開く。
「非才の身故、水は苦手とするのですが、ご要望とあらば」
「相反する属性を得意とするものはそうおらん。そう力みすぎるではない。これはあくまで素質を測るためのもの。風と土がともに使えるだけでも才はあろう。
ちなみに得意なのはどれかね?」
「風と土は同程度でございます。火は二つに劣るかと。最も得意なのは魔力障壁であります」
「ほほう、それはますます珍しい。地水火風ではなく補助魔法に才があるのやもしれんな。
さて、話はこれぐらいにして見せてもらおう」
学長がドンとの距離を開け、ドンはおもむろに杖を岩に近づける。群衆は岩に何をするのかと固唾をのんだ。
「ファイア!」
高速にて杖が振られ、風音すら置き去りに杖は岩をなぞり往復し、そして一瞬にして杖の先から大きな火が上がる。
瞠目した群衆は一瞬静まり返り、ざわざわと騒ぎ立てる。
「あ、あれは……」
「……あ、ああ、信じられんが間違いない」
魔法使いの多くは学問の徒である。故に、その結論に至るのも早かった。
そう、これは正しく摩擦熱の産物!! 魔力など一切使っていない!!
あまりの出来事に言葉を失う学長をよそに、いまだ燃える杖を地面に置き、瞼を閉じて力を溜めていった。
「はああぁぁぁっ! ウォーター!」
全身が一回り膨張したと同時に紅潮し、体躯の周囲に蒸気が発生する。そして数舜遅れ、手の先から燃える杖に向かって滝のように水がしたたり落ち、鎮火してゆく。
群衆はまたも息をのむ。
「こ、これは……」
「普通ではないが、目の当たりにすると信じざるを得ない……」
「なんと膨大な……」
それは汗!! 燃え盛る火すら消す、滴る汗!! 魔力は一切関係ない!!
いまだ放心する学長の姿は瞳の中になく、ゆえにドンは続けざまに風の披露へと移る。
「続けて、ウィンド・ブリッド!」
膨張した体のまま腕を引き、そのまま斜め下に突き出される拳。その速度を追うことができるものはその場におらず、舞い上がる土煙と深く抉れた地面だけが残された。
土埃が収まった後、群衆は目を疑う。
「よ、よく見えなかったが……」
「信じられん、こんなことが……」
「しかし、あの行動から考えられるのは一つ……」
風圧!! 地面をも抉る、激しい拳速による副産物!! やはり魔力は関与しない!!
いまだ我を取り戻せない学長に気づけず、ドンは最後の四属性を見せるため岩ににじり寄る。
「ふんっ! アース・クラッシュ!」
拳を当てた瞬間、岩は弾け飛び跡形も残さず、大小の石が周囲に降り注ぐ。
あまりの光景に、もはや群衆は絶句するしかない。
殴っただけ!! 魔力ではなく筋力の証明!!
眼前で晒された幾多の光景に、気を取り直した学長は顔をゆがめながら、声をかけざるを得ない。
「ど、ドン君……、君は」
「ふう。ここまでの事象を起こすには、やはり魔法をおいて他にない。
学長、どうですか試験の結果は?」
学長は正面から見せつけられた。一見鋭い眼差しの奥にあるのは、純粋無垢な光。確信せざるを得なかった。ドンは真面目にこれを魔法だと信じて疑っていないのだという、恐るべき事実を。
「ふ、不合か……」
言いかけた刹那、一転ドンの目が捨てられた子犬のように見えて、学長は怯んだ。そして気を取り直すとともに一つの事実を思い出した。
ドンは信頼するブン=コウ=チョーに推薦されたほどの人物。必ず見るべきものがあるはずだと。
「ごふんごふん。ドン君、君は魔力障壁が得意だと言ったね? 四属性ではなく補助魔法こそが本分なのではないかね?」
「おお、分かりますか!? 私はあのブン=コウ=チョーの一撃にも耐えることができるのです!」
やはり、と学長は深く頷く。
「今から儂が魔法を放つので魔力障壁にて受けるのじゃ。なに、心配はいらん。ちゃんと手加減はしよう」
「分かりました!」
若き素質を見極めるため、学長自らが手を下す。先達としてあるべき姿を常に心がける学長も、杖をかざす時ばかりは一人の魔法使いへと戻る。
「行くぞ、ドン君。 ファイア・ボール!」
空中の魔素が集い、杖の先から放たれる一塊の業火。
対峙するは、ウォン=リー家の麒麟児たるドン。迫る火球に向かい大きく息を吸いその本領を発揮する。
「はあっ!!」
放たれるは、咆哮を超えた怒号。二人の間で衝突した力は押しへし合い、なんと手加減としたとはいえ学長の放った業火を無効化する。
この時ばかりは、群衆に動揺が走ったのもむべなるかな。
「なん、だと……?」
「学長の一撃が?」
「しかし、あれの正体は……」
それは咆哮を伴った気合!! 魔力障壁では断じてない!!
学長は言葉を失う。ドンの所業は魔法では明らかにない。しかし、起こった結果だけを見ればどれも常人では起こせぬ奇跡の数々。火炎を生み出し、それを生み出した水でもって鎮火し、風は地を抉り、岩を粉砕し、挙句の果てに一流の魔法使いの一撃を打ち消す。
魔法使いとしては認められない。しかし、ただ不合格を言い渡すだけでは人生の先達としてあまりに狭量すぎはしないか。そして教え諭すにはこの純粋なる存在には時間がかかろう。
「……ご、合格じゃ……」
懊悩の末、学長は絞り出すように口にした。その目で多くの魔法使いを見ているうちに自分の異質さに気づいてくれるだろうと、結論を先延ばしにした。
「やりました! 父上! 母上!」
「ええーー!?」
ドンの子供のような歓喜の声と、群衆の信じられぬと言わんばかりの悲鳴が入り混じる。
学長は知らない。ドンの純粋無垢な心と思い込みは並大抵のものではないと。
そして、彼が王立魔法学校で今後起こす多くの大騒動の始まりがこの瞬間だったのだと。
遠き地、ナイカ分校では一人の中年の男性が髭を撫でながらひとりごちていた。
「結局、自分ではドンに真の魔法使いの姿を教えることはできなかった。無力な自分をお許しください。
ホン伯父さん、どうか彼を正しくお導きください」
彼の視線が宙をさまよっているのも、ナイカ分校の修練所に大きな穴が大量に開いて修繕を待っているのも、ドンの本校行きを決定した理由とは関係ない。
決して彼は持て余して投げ出したのではないのだ。……たぶん。
読んでいただければ分かったと思いますが、完全なるネタ作品です。
なろうの初投稿がネタ話なのはどうかと自分でも思いますが。
ホン=コウ=チョーとかブン=コウ=チョーは言うまでもなくそのまんまの名前。イゴス(すごい)王立魔法学校、ナイカ(いなか)分校です。
我ながらひどい名前だなあ。
主人公のドン=ウォン=リーはドン(壁をたたく音)、ウォン(風を切る音)、リー(字面的に中国人的な名前と勘違いさせるため)、と伏線を込めた名前だったりします。「don't only」でもあります。(魔法)ではない(物理)だけだ。
続きは正直思いついていないので書けないと思います。
アース・クエイク(地面を揺らし隆起させるほどのパンチ)やトルネード(ぐるぐる回るあまりの勢いで竜巻を起こす)などの技のストックはあるのですが、肝心のストーリーがついてこないのです。
蒼久斎とのよた話が元で、一発ネタのインパクト故に短編にならざるを得ないと判断しました。
続きかいても面白さは減っていくだろうと。
なお、文章力・世界観設定能力ともに蒼久斎の方が圧倒的に上なので、よろしければそちらを検索してみてください、などと宣伝してみる。
一緒になって話を書いている「勝ち取れ、適正価格! ~異世界労働交渉記~」もありますが、こちらは不定期更新です。
作者は豆腐メンタルなのでいぢめないでください。