説明する気は特にない
それは、俺が台所で夕飯にする予定のヒャン・アナンタボガの鱗を落としている時のことだった。
「どーん!」
そんな元気のいい声と共に、壁が突然粉々に砕け散る。
「何しやがる」
ヒュカッ。ボトリ。
振るった包丁は狙い違わず頸椎の隙間を潜り抜け、欠けることなく彼女の首を斬り落とした。どばどばと緑色の血が辺りを濡らす。しまった、生臭い。
「もー。酷いことするなあ」
シズナは頬を膨らませながら、頭を持ち上げて自分の肩の上に乗せる。ちょっとずれてる。
「どっちがだ。ちゃんと壁直しとけよ」
「はいはい」
緑色の体液を吐きだし、シズナは壁を修復した。いつも通りと言えばいつも通りの光景だ。
「そんな事より、タカちゃんちゃん!」
「おう」
ザクリ。ヒャン・アナンタボガの腹を裂いて、はらわたと三千世界を取り出す。
「何か気付くことはありませんか!」
そう言って、シズナは腕を広げて自分の身体を見せつけた。
「何かって……」
緑色の肌に三つの赤い瞳、五本の腕、ちょっとずれた首。
幼馴染の無量小路・デストラクション・シズナ・デ・沢子そのものだ。
「いつも通り、可愛いじゃないか」
「ん? 今なんて言いました?」
「別にいつもと変わらないって言ったんだよ!」
「ふむう。駄目ですね、タカちゃんは。見てください!」
そう言ってシズナは地べたに腰を下ろすと、ゆらゆらと身体を揺らし始めた。
「チャ、チャ、チャ」
そんな動物の鳴き声のような音が、彼女の発声管から聞こえてくる。
そのゆらゆらはだんだん激しくなり、盛り上がりと共に彼女の腕が振り上げられ、頭上で手の平がひらひらと蝶の羽の様に揺れた。
「おい、お前、それって」
どん、と音がした。
「酷い目にあった……」
異界の王と戦ったせいで、台所はしっちゃかめっちゃかだ。包丁の刃まで欠けてしまった。
「ごめんごめん」
「まあ、別にシズナのせいってわけでもないからいいけど」
俺が偶然ヒャン・アナンタボガなんか捌いていたせいだ。
「で、なんでケチャなんて踊りだしたんだ」
「それは! 私が、旅行に行ってたからです!」
最近姿を見ないと思ったら。
「どこ行ってたんだ?」
「まだわからないのですかタカちゃん!」
チャ、チャ、と発声管を鳴らしつつ、シズナは両手を振り上げる。
「インドシナの中央! 魅惑の土地! ターイラーンド!」
しゃらん、と腕輪を鳴らし、神々しく宣言する彼女に、俺は言った。
「ケチャはインドシナじゃなくてインドネシアだぞ」