夜早賀未菜編
私は祖母と二人で暮らしていた。
祖母、夜早賀宮は病んでいた。身体ではなく心を。
彼女は昔家族を全員殺された経験があった。それだけではなく故郷の村人全員が惨殺されたのだ。
町の工場に出稼ぎに行っていた彼女は助かったが知り合いを全て失い、しかも犯人は未だ捕まっていない。
母はそんな祖母の世話に加え、生まれたばかりの子供の世話、家に寄り付かない父に苦しみ私が幼い頃に自殺してしまった。
父はその後二度と私の前に現れなかった。
祖母の世話をしながら母の残した僅かな財産と毎月送られてくる父からの仕送りでなんとか生活ができていた。
人の世話をするのが当たり前になっていた私は人からの親切に飢えていたのだろう。
だからあんな奴のことを友達だなんて勘違いしてしまったんだ。
金谷姫鳥は人気者だった。明るく可愛く、典型的な良い子。
教室の席が近く人付き合いの悪い私にもよく話しかけてくれた。
いつも一緒に帰っていた。話しかけるのが苦手で黙って後ろにくっついていた。
いつも一緒に遊んだ。誘われる前に姫鳥が友人と待ち合わせをしている場所に行っていた。
「ねえ、何してるの?」
体育の授業が終わった後、みんな体操着から制服に着替えが終わった休み時間。脱いだ体操着を机に置いたまま姫鳥が友人と連れだってお手洗いへ行ったので、姫鳥の体操着をたたんであげていた。
思ったよりも早く戻ってきた姫鳥が尋ねてきたのだ。
それに答えようと口を開きかけたら、
「それ気持ち悪いよ。」
姫鳥の言葉が最初信じられなかった。
友達だと思っていたし、友達に気持ち悪いなんて言う人だと思っていなかった。
「私はただたたんであげようと…」
「またアンタかよ。いい加減キモいんだよ!」
私の言葉を遮ったのはいつも姫鳥の回りにいる女子の一人だった。その子を口切りに次々と罵声を浴びせられる。
「いや、そのジャージ汗が付いてて…」
姫鳥が何か言っていたが罵声に耐えられず耳を塞いでいた私には聞こえなかった。
思わず教室を走り去る。気付けば家の近くにある公園にいた。
昔から嫌なことがあるといつもここに逃げ込んでいた。家に気の休まる場所なんてなかったから…
それからどれだけ泣いただろう。日も暮れかけた頃、一人の少年が話しかけてきた。
泣いていた私を慰めてくれた少年はまだ小学生のようだった。
初めて私を助けてくれた私にとっての『小さなヒーロー』。
今度は私が彼を助けたかった。助けられる強さが欲しかった。
家に帰り祖母に声をかける。
「おばあちゃんただいま。」
「………」
返事はない。
もう何年もこの家で会話らしい会話が行われたことはなかった。
祖母が喋るのは夜中に昔の夢を見たときだけ。突然夜中に殺してやると叫ぶのだ。何度も何度も。
私は祖母が叫び疲れて再び寝るまで布団の中で耳を塞ぐしかできなかった。
でも私は強くなると決めたのだ。
彼を守れるように。
その夜、私は初めて叫ぶ祖母のもとへ行った。
祖母は私を見るなり、80を越える身とは思えない素早さで私に襲いかかってきた。
祖母の手が私の首を締める。
「グゲッ」
自分の声とは思えない奇声が喉から溢れる。
咄嗟に私は近くにあった何かを掴み、思い切り腕を振るう。
何か温かなものが顔にかかる。
全ての情報が切断される。全身から力が抜け、呼吸すらも困難になる。
床に倒れながら、えずきそうになるのを必死にこらえる。
なぜか祖母の部屋には鉈が置いてあった。そして壁には夥しい量の切り傷があり、祖母がとっくに壊れていたことに気が付く。
現実逃避ぎみにそんなことを考えていたら唐突に分かった。
これは最初から壊れていたんだ。だから私は悪くない。そうだ。壊れたモノは片付けないと。
私はそのままだとゴミ箱に入らないのでソレを鉈で細かく分解してから処分した。
次の日学校をサボり、放課後に姫鳥の家の近くで姫鳥を待っていた。
家の中に入ったことはなかったが、姫鳥が友達面して私に近づいていた時、姫鳥の少し後ろについて家まで一緒に下校したことがあるので間違いない。
私を騙していたうえに、キモいと言ったアイツがいては学校に行くことはできない。
彼の為に強くならなければいけないのだ。自分のこともなんとかできなくてどうして彼を助けられるだろう。
しっかり勉強をすれば彼に勉強を教えてあげることもあるかもしれないし。
彼のことを思えば何だってできる気がした。
その日、一人の少女が行方不明になった。
その少女が全身バラバラの惨殺死体として発見されるのは当分先となる。
ようやく何の憂慮もなく学校に通えるようになった私は、毎日放課後あの公園で少年との逢瀬を楽しんでいた。
しかし気がかりなのが少年には彼女がいるらしいことだった。
あの少年は素晴らしい男の子だから彼女がいることに不思議はないが、その女が少年を騙す悪女の可能性は少なくない。
あの素直な優しい少年なら騙されていることも決して考えすぎということはないはずだ。
だから私は貴重な遠くから少年を見守る時間を割いて女を調べることにした。
声ならいつでも聞けるからそのくらいは我慢するしかない。
何よりそれが少年のためなのだから。
調べてみたところ、女は割と裕福な家の一人娘らしく大層可愛がられているようだ。仲の良い家族という評判は近所の人なら誰でも知っているらしい。
そのあまりの自分との違いに、何よりも少年と付き合っているかという違いに激しい嫉妬を覚える。
だが、今のところ問題らしい問題はないのでどうすることもできない。何かあればすぐにでも処分できるのだけど。
そうして女の欠点を探して数日がたった頃、おかしな点に気付いた。
小学生の少女らしからぬ店にたびたび訪れるのだ。あまりホームセンターは頻繁に訪れる店ではないと思うのだが、3日に一度ペースで何かを買って行っている。
不思議に思い何を買ったのか見てみると、工具や鉄の棒のようなものなどをいくつも買っていたり、やたら頑丈そうな鍵を買っていたりと様子が変だった。
女の部屋はどうやら道からは見えない裏側にあるようだったので、家の裏手に回ってみると女の部屋らしき窓には鉄格子が付いていた。
危険な予感がした私は女の部屋にも盗聴器を仕掛けてみることにした。
そうして恐るべき女の計画を知った私は速やかに女を処分することにした。
盗聴器から少年と女がデートをすることを知り、その前に女に接触をしようとしたがなかなか隙を見せないためやむを得ずデートをする予定の場所に隠れ潜んだ。
「哭斗今すぐその子から離れて。」
やってきた少年に離れるよう頼む。
少年の彼女面をした女が邪魔をするなと言ってくる。
その姿に一気に我を失い鉈を振り下ろす。
「哭斗に近づくなぁ―!この悪女が!哭斗にふさわしいのは私だっ!」
少年と女は手をつなぎ、植物園の中へと逃げていく。私は二人を追いかけていった。
「哭斗に触れるなっ!」
少しずつ互いの距離を詰めていき、とうとう行き止まりに追い詰める。
女めがけて鉈を振り上げたが、その鉈が女に振り下ろされることはなかった。
後ろから少年が体当たりをしてきたのだ。
(何で邪魔をするの哭斗…あなたはそいつに騙されているのに…)
そのまま吹っ飛ばされ頭に凄い衝撃が走る。
どうやら気を失ってしまったようだった。
どのくらい気を失ったのかはわからないが、血だまりに顔をつけていた私は意識を取り戻した。
目の前では私を殺してしまったと勘違いした少年が何度も謝り続けていた。
(私は死んでないよ…)
必死にうずくまる少年に這い寄ろうとする。
声を出そうとしても、のどが焼け付くように痛みうまく出ない。
(その女は危険なの…)
少年に向かってゆっくりと手を伸ばしていく。
その時、女がこちらを見た。
ゴミを見るかのような目でこちらを見た女は少年に抱き着きながら、鞄から何かを取り出した。
それは先のとがったドライバーのようなものだった。
(ごめん哭斗…君を守れなかった…)
首の後ろを刺された私は自分の命が失われていくのを感じた。
(さようなら…小さな私だけのヒーロー…)
読了感謝です。遅くなりましたが第2話です。次で最後の予定なのでよかったらそちらもよろしくお願いします。
感想を戴けるとうれしいです。
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未菜の祖母、宮の村が惨殺された事件については前作『明け行く二十五時』で書かれています。本作のストーリーにはほとんど関係ないうえ、かなり違った雰囲気(異能とか出てくる)の作品なのですが、興味のある方はぜひ読んでくれるとうれしいです。




