撃つ命、討たれる命
魔銃、かつてそれは大陸の支配者の証明だった。
カレタカ族と呼ばれる少数民族がイクバヤ大陸を支配出来たのも魔銃のその絶大な力ゆえであろう。
しかし、魔銃と言うのは諸刃の剣であった。
カレタカ族は後頭部に一本の管を持っており、それを魔銃に接続することで自らの生命エネルギーを弾にすることができる。
そう、寿命を弾丸にするのだ。撃てば撃つほど寿命は縮まる。それでも彼らは戦った。
自らの住む場所を守るために。
寿命を縮めてまで彼らが魔銃を使い続けたのは、銃の圧倒的なアドバンテージがあったからだ。
遠くから、素早く敵を攻撃できる。これほど有利な点はない。侵略者の戦いの主力武器である弓矢より強く、早く、正確に攻撃でき、例え魔法使いに魔法を使われようが、詠唱前に殲滅出来る。 騎兵や歩兵は言わずもがなである。
黒い髪に琥珀色の瞳、褐色の肌を持つカレタカ族はそうして侵略者からイクバヤを守っていた。
…ある時までは。
彼らは一夜にして姿を消した。
カレタカ族の集落を見張っていた兵士も一体何が起きたかわからないと言う。
突然、空が天地を切り裂かんばかりの轟音を響かせると、大量の雷や竜巻が彼らを蹂躙したと言われている。
そして残された魔銃は支配者によって多くが封じられ、その残りは研究、もしくは物好きな金持ちのアンティークとして裏市場で取引された。
それから60年程後、カレタカ族という存在が人々の記憶から消え始めた頃、南の島国レーベンからひとつの物語が始まろうとしていた。
鋭い金属音を辺りに響かせて、二人の男が剣を交えている。
細身で背が高く、白髪混じりの頭をした壮年の男と背はそれほどでもないが、中々逞しい肉体を持った血気溢れる面持ちをした青年の二人だ。
一見する限りでは青年の方が優勢に見える。
…青年の顔さえ見なければ の話だが。
青年の怒涛の攻めをなに食わぬ顔を受け続ける壮年の男とは対照的に、青年の顔には早くも疲れが滲んでいるように見えた。
疲れが形になったのか、青年の攻めが一瞬の隙を見せる。
その一瞬を壮年の男は見逃さなかった。体を一気に地面の手前まで沈ませ、その場で青年の踵に脚を叩き込む。
バランスを崩した青年はそのまま後ろに倒れ、地面に叩きつけられそうになるが、なんとか受身を取ることに成功する。
急いで立ち上がろうとする青年だが、既に自分の喉元に剣が向けられていることに気づいた瞬間、再び地面に倒れこみ、口を開く。
「参りました」
壮年の男は微笑み、鼻の下に生えた髭を指先でくるくると弄りながら青年に声を掛ける。
「まだまだですな。坊っちゃん」
そう言いながら青年に向かって手を伸ばす。青年はその手に応じながら、恥ずかしそうに言う。
「“坊っちゃん”はもう止めてくれよ。俺はもう18歳なんだし…」
「はっはっは! 私にとっては坊っちゃんはいつまでたっても“坊っちゃん”のままですよ」
「はぁ…」
そんなやり取りをしていると、兵士の一人が稽古場に入ってきた。
「どうした?」
青年が声を掛ける。それに応じ、兵士は片膝を突いて言った。
「ハインリヒ王子、アルト様。 王がお呼びになっております」
「私もですか?」
アルトと呼ばれた壮年の男は意外そうに言った。
「はい、ご両名とも呼ぶように と仰られていました」
「そうですか、それはまた珍しいですね。しかし呼ばれたからには行かないといけません。行きましょうか、坊っちゃん」
ハインリヒはアルトの言葉に不満そうにしながらもアルトの後を追った。
暗く、冷たい廊下を抜けると階段を昇ると一際大きな扉を姿を表す。そこが王の居る玉座の間である。
「毎回思うが、なんでこんなに不便な造りにしたんだ。面倒くさいったらありゃしない」
「坊っちゃんが小さいころ、教えたじゃないですか。仮に敵に侵入されても、階段の上という地の理を生かして敵を撃退するためですよ」
「いや、それは知ってるけどさ。こうも毎回長い階段を昇らせられたら愚痴も言いたくならないか? 第一、今の時代に攻めてくる敵なんていないだろうに」
「万一に備えてこその用心ですよ。明日がこれまでと同じ平和な日だとは限りませんから」
「確かにそうだけどさ…」
「ほら、そんなことを言っている間に着きましたよ。身だしなみは大丈夫ですね?」
ハインリヒは開けていた服のボタンを閉め、アルトが開けた扉を潜り抜けた。
「ただいま参上しました。ハインリヒです」
「同じく、アルトでございます」
二人は王に向かって頭を垂れる。
玉座に座すグランツ王は非常に若く見え、ハインリヒの兄 と言っても通じる程である。
若き王は愉快そうに口を歪めて言った。
「頭を上げてよいぞ。今日お主らを呼んだのは他でもない。依頼を頼もうと思ってな」
「依頼? どういったものでしょうか?」
ハインリヒが疑問の声を上げる。
「ハインリヒ、お前にはベンリルの街へ行ってもらいたい」
「ベンリルですか? それは構いませんが、私が行くのには何か理由があるのでしょうか」
「うむ、お主ももう18だ。そろそろこのレーベンから離れ、世界を知らねばならん。そしてベンリルには私の兄、グレックが居る。お前には手紙を届けてもらいたいのだ」
「グレック伯父さんの所…ですか?」
「そうだ。グレックはこの時期は、ベンリルに居る。」
グレックという男は本来は王位を継ぐ者であるはずだが、生来の 自由人であるため、王位は弟に継がせ、季節によって街から街へと渡り歩いている。
ハインリヒは10歳の時に会ったきりである。
「知っての通りだが、ベンリルは西と東で分かれていて、西はアイスバーグ家、東はローゼンバーグ家が治めている。おそらくグレックは西に居るはずだ。前に西にあるヴォールという宿屋を絶賛していたからな。今度もそこに泊まっているだろう。しかし道中には魔物も賊も居るはずだ。危険も多々あるだろう。…それでも頼まれてくれるか?」
グランツの言葉にハインリヒは一瞬、不安そうな顔を見せたが、すぐに決心がついたようだ。
「…はい、私にお任せを! 」
そう声を上げた。
「グランツ王よ。王子をよもや一人で行かせる訳ではありませんな?」
アルトが王の目を射抜かんばかりに見つめて言った。
グランツはその眼光に怯むことなく、むしろ愉快そうにしている。
「そこに関しては抜かりない。…アナよ!」
王が声を上げると、ひとつの巨影がスッと前に出る。
仮面を着け、巨大な体にローブを羽織った人物のようだ。
このアナと呼ばれた人物をハインリヒは知っている。いや、レーベンの人間なら誰もが知っているはず。
そう、レーベン国騎士団の団長なのだから。
しかし、ハインリヒはこの人物が苦手だった。話かけても無言で頷くだけ。
そして絶対に仮面を外そうとせず、訓練も本気で殺しにかかってくる。
そんなアナが彼は苦手だった。
「おお、アナ殿が護衛か。それなら安心ですな。」
アルトはホッとしているように見えた。しかし、安心するアルトとは裏腹にハインリヒは焦燥していた。
それもそうだろう、自分の苦手な人物と旅をして喜ぶ人物はいないのだから。
そんなハインリヒの様子を察してか、グランツが声をかける。
「そうか、お前はまだアナの姿を見たことはなかったのだったな。お前も18だ。そろそろ国家機密の一つや二つ話してもいい頃だろう。…アナ、仮面と土人形の体を外してもよいぞ」
「わかった」
か細い女声が玉座の間に響いた。ハインリヒは自分の耳を疑う。
(まさか女? それに土人形? 一体何がどうなっているんだ? )
そんなハインリヒを尻目にアナの体は魔力で創られた土の体は空気に溶けていき、縮小を続ける。
そして、ハインリヒの胸までアナの体は縮み、小さい体に余りに余ったローブ、そして仮面という珍妙な格好になる。
仮面とローブを同時に外すと、一人の少女が現れた。一つのおさげにした黒い髪、琥珀を思わせる瞳、そして褐色の肌。
その姿は本の中のカレタカ族がそのまま飛び出したようだ。
「よろしく。 ハインツ」
感情を感じない平らな声と共に無表情で差し出された右手を取ったハインリヒの顔は呆気にとられていた。




