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Log.3 恋愛指南

 茜が帰り際に私にこっそりと囁いていった。


 『ミュー、藍の事頼んだよ、守ってやってね』


 ちぇっ、そんな風にお願いされたら断れないじゃないか。仕方がない、多少は損な役回

りではあるが、ここは受けざるを得まい。私も小さく。


 『ミャオ』


 と答えておいた。すると藍が


 『そこで何こそこそやってるのぉ、ミューに何か言ったでしょー』


 茜はにこにこしているだけで何も言わない。


 そして茜は藍に見送られて戻っていった。


 あれから数日、もう秋も中盤にさしかかり、涼しさよりも肌寒いと感じるような日が混

じってきている。今日は土曜日、と言っても私には関係のないことだが。私はいつものよ

うに朝の散歩を済ませて藍の部屋へと帰っていった。

   *2

 藍がPITで話している。


 『うん...うん...なあに相談事?、私に?、珍しいわねぇ、でなんなの?、えっ

何そこでは言えない事なの、そうなんだ、今から、うーん判った、じゃあ待ってるからね、

はーい』


 『うーん、なんなんだろうなぁ、和美の相談事って、自分の家で言えないなんてなぁ、

今から来るって言ってたし、そんなに深刻なのかなぁ、仕方ない待つとするかぁ』


 藍はぶつぶつ言いながら、部屋を見回してから。


 『そんなに散らかって無いからいいかな、あっ、それと何かお菓子がいるかな、和美は

結構味にうるさいからねぇ、何か買ってあったかなぁと、えっとスティックチョコとポテ

トチップスぐらいかぁ、飲み物はと、あぁっ、コーヒー豆が切れてるなぁ、和美はコーヒ

ー党だからなぁ、どうしようかぁ』


 藍は考えながら部屋の中をぐるぐると歩き回っている。いつもの癖が始まったか。私は

邪魔をしないように、部屋の隅を通ってソファへと移動していった。


 『やっぱ、買ってこようかなぁ、ミュー、ちょっと買い物してくるねぇ』


 と言って、バッグとPITを持って玄関へと走っていった。


 暇だ......寝るか.........寝よう。


 その時、室内ターミナルから呼出音が鳴った。誰か来たようだ、が、肝心の藍がいない

のではどうしようもない。猫が応対しても驚くだけだろうからな。無視、無視。寝よう。


 それからしばらくうとうとしていると、玄関の扉が開く音がした。


 『藍ーっ、酷いわよぉ何分待ったと思うの』


 『ごめーん、だって和美がコーヒー好きだからわざわざ買いに行ってたのよぉ』


 『ほーっ、コーヒーとな、それでは、そちのその右手に持っている化粧品やら、大量の

お菓子はなんとしたものじゃ、余の目は節穴ではないぞ、それとも何か申し開きをしてみ

るかな』


 『ははーっ、これはこれはさすがお代官様、真にすばらしき眼力をお持ちで、さすれば

こちらの南蛮渡来のショートケーキにて一つお見逃しのほどをーっ』


 『何、ショートケーキとな、有無、苦しゅうない、許してつかわす』


 『ははーっ、有難き幸せ........なーんてね』


 キャハハハッ、て二人で喜んでる。馬鹿らしい、何やってんだか。


 『和美ぃ、ちょっと座って待っててねぇ、今コーヒー淹れるからぁ』


 『ああ、いいわよ藍、そんなに慌てなくても』


それで、その相手が和美さんていう訳か。うん、この人どこかで見たような気がするなぁ。

と室内を見回してみると、オーディオラックの上に写真立があって、藍と並んで笑顔で写

っていた。成る程ね、会社の同僚の一番の仲良し、ってこの女性なんだな。ふーん、結構

可愛い、のだろうが、私にはどうでもいいことだ。さてと昼寝じゃなくて朝寝の続きを。

あれっ、こっちを見てるな、近寄ってきたぞ。およっ、逃げ場所が無い。


 『ふーん、君がミュー君てわけかぁ』


 慣れない人にしげしげと見られるのに猫は慣れていない、しばらく他所を見ていようと横

を見ていたら、正面に回られた。


 『あーーーーっ』


 突然大きな声を出すんじゃない、びっくりするじゃないか。うっ、ちょっと毛が逆立っ

てしまったぞ。ちょっと毛繕いをしておこう。

*3

 『藍ーーーっ、ちょっとこの子、オッドアイじゃないのー』


 藍が当然とばかりに答えた。


 『そうよ、ちょっと珍しいでしょ、それでもって三毛の雄、ってね』


 『ふーーーん』


 『あまり見ないでしょそういうの、それに性格もね、ちょっと変わり者』


 見かけはともかく、性格のことはほっておいてもらおうか。


 『どーれっ、良っく見せてねーっ』


 くぅっ、また捕まってしまった。そんなに顔を近づけないでくれ、化粧品の匂いで鼻が

おかしくなりそうだ。微香性とか言うらしいが猫にはかなりきついぞ。お願いだから顔を

擦り付けるのだけは止めてくれ。


 『うんっ、結構可愛いじゃん、ミュー君、仲良くしてねぇ』


 やれやれ、やっと開放されたか。私は可愛いより逞しいと言われる方が嬉しいぞ。別に

仲良くする事に文句は無いが。


 テーブルに食器を並べる音がする。思わず反応して上を見てしまう自分が悲しい。


 『ははっ、ミューには飲めないよっ』


 藍はコーヒーシュガーとミルクを持って移動している。。


 『和美ぃ、コーヒー淹れたよー』  


 ソファーの前にあるローテーブルに藍がコーヒーカップなどを置いていた。


 『サンキュー』

 

 和美と藍はソファーに移動して、コーヒーを飲み始めた。ローテーブルにはコーヒー以

外のものがしっかりと置かれている。


 『うーん、美味しいわね、藍はコーヒー入れるの上手ね』


 『いつも会社ではコーヒー係だからねぇ』


 『ぼやかない、ぼやかない、私達にできる仕事はまだまだ少ないからねぇ』


 『あー、私にも早く研究テーマくれないかなぁ』


 『そうねぇ、それはこの前のレポート次第、ってとこかなぁ、私、あんまり自信がない

んだよねぇ』


 『私も、あのレポートにはかなり梃子摺ったもんねぇ、内容がちょっと薄いかも知れな

いなぁ』


 『あと何年掛かるのかなぁ、準研究員から正研究員になるまでに』


 『でも、他の同期の人でも研究員になってる人はまだいないしぃ、一応正研究員にもま

だ空きがあるから可能性が無いってことでもないのよねぇ』


 有るのか、無いのかどっちだ。うぉっ、和美の手が伸びて来て、背中を撫でていく。私

はもう少し強く撫でて貰う方が心地よ......、失礼。


 『まあ、当面は努力努力って訳ね、もし和美がさあ先に正研究員になったら、私はコキ

使われるんだろうなぁ』


 『そうねぇ、ビシビシやってあげるわよ、って言ったらどうするの』


 『ひぇー、お許しくださいませーっ』


 まだやってる。


 『ばっかねぇ、そんなことしないわよ。ちゃんと早く正になれるように助けてあげるから

さ、それに今は藍の方が成績良いじゃないの、私の方こそ助けて欲しいくらいよ』


 『へへっ、ありがとう、ごぜえますだぁ』


 『有無、よきに計らえ』


 あーあ、いい加減にしてくれ。


 『では、本題に入りますが、和美さんよろしいでしょうか?』


 『ハイ、よろしくお願いします、藍相談員、ウフフッ』


 『では、何事も正直に答えるように』


 『ハイ』


 『で、誰が好きなのよ、和美は』


 『むむっ、いきなり核心を突くとは』


 『言うの、言わないの、どっち』


 『うーん、悩むなぁ、誰にも言わないって約束する?』


 『うん、する、する』


 『その、軽い返事が心配なのよねぇ』


 『じゃあ、なんだい、和美は僕のことがそんなに信用できない、そう言うんだね』


 『信用できないとかそういう事じゃなくってぇ』


 『良く判ったよ、僕達はもうお終いなんだね』


 藍はなりきって声まで変えてる、そういえば一時期女優になりたいとか言ってたな。


 『ううん、ちがうの洋介さん、私はそんなつもりじゃ......うっ、しまった』


 『えっ、何っ、洋介、洋介、洋介、ってさあ』


 藍はにまっと笑った。


 『そうか、あの研究開発2課の、背の高いちょっと浅黒い渋い感じの人かぁ、ふーん、

そうなんだ、和美はああいうのが好みなんだ、ほほぉーっ』


 『茶っ、茶化すんだったら、私帰るわよっ』


 『ああっ、ごめん、ごめんね、そんなつもりは無いのよ、本当に。でも私達の1課とは

リサーチルームも違うし、めったに顔合わせたりしないでしょ。一体いつ頃からなのかな、

と思ってね。うん、感じ良い人だよね、和美の好みも結構良いわね』


 和美は舌をペロっと出して、ちょっと照れている。


 『ふふっ、あの人ね、実は大学の先輩なんだ、だから随分前から知ってるの』


 『えっ、ひょっとして和美がうちの会社に就職したのも、そのため?』


 『ううん、そこまでは知らなかったけど、偶然見つけた時には、やったー、って』


 『それはちょっと怪しいわねぇ、で、その洋介さんは和美の事に気付いてるのかな』


 『そう、2、3回会社の通路で立ち話をしたことはあるの、向こうもちゃんと私が大学

の後輩だということは覚えててくれたみたい』


 『ほっほー、それは脈ありなのかな』


 『それがねぇ、大学の時も彼女がいたし、私が会社に入った頃はまだその人と続いてい

たみたいなの、それがつい最近別れたらしいということを聞いたから......』


 『焼けぼっくいに火が付いたというわけね』


 『やーね、そんな言い方しないでよ、ずっと憧れてたの、綺麗な気持ちなのよ』


 『まあ、そういうことにしておいてあげる、で、私に頼みたい事って何なの』


 『えっとね、あの人は家庭的な女性が好みらしいの、だから、今度の私の誕生日にホー

ムパーティを開いて招待したいの、そこで私の家庭的なところをアピールできたらいいな

ぁって思って......』


 『誰が家庭的よ、ちょっとというか、かなり無理があると思うけど』


 『そう突っ込まないでよ、私だってその気なればアットホームな女性になれるのよ』


 『ハイハイ、そのあたりは黙って見逃してあげるから、それと私と何か関係するの』


 『へへっ、それでそのパーティのために藍のこの部屋を貸して欲しいのよ』


 『ええっ、私の部屋、なんでぇ、だって和美には立派なお家があるじゃないの』


 『だってさぁ、私の家でそんなことしたら、うちの家族にバレバレじゃない、とくに母

さんなんか、ねぇねぇ、どの人が本命なの、ってうるさいに決まってるし、わざわざ野次

馬の中でパーティなんてできないわよぉ、ねぇお願い、助けると思ってさぁ』


 必死で両手を合わせて藍を拝んでる、そんなに有難いものなのかどうか。


 『うーん、強引なんだからもー..........、仕方が無いわね、他ならぬ和美

の頼みだもんね、判ったわ、OKよ、で、部屋を貸すだけでいいの?』


 『サンキュー藍、やっぱり持つべものは友達よねぇ、お察しの通り、一緒に料理も作っ

てくれると助かるんだけどなぁ、もう一つついでにパーティにも出て欲しいしぃ、もう一

つついでに..』


 『ストップ、そこまで、パーティに来る人の招待と、費用は和美の役割よ』


 『しまった、バレたか』


 和美はチッと舌打ちをしている。


 『か・ず・みぃーっ』


 『あははっ、ごめんごめん、冗談よ』 

 

 『今の顔は冗談とは思えないわよっ、どうなのっ』


 『お願いっ、費用は私持ちでいいから、男性陣の招待だけは藍にして欲しいのっ、ねっ、

ねっ、ダメ?』


 『費用は当然でしょっ、んとにもうっ、で、男性陣って、何人呼ぶつもりなのよっ』


 『えっとね、いまのところ、女性陣は私と藍と、それからあと2人で、男性陣は彼を含

めて3人のつもりなの、ねぇ、ダメ?』


 『ひぇーっ、総勢7人も、そんなに座れる場所は無いよ』


 藍は部屋を見渡している。


 『平気、平気、向こうの部屋も使えばいいでしょ、このリビングとの仕切は収納できる

はずでしょ』


 『うわーっ、人の部屋良く観察してるわねぇ』


 『この前来た時に、ちゃんと下調べをしておいたのよ』


 『うへっ、そういうところは抜け目が無いわねぇ、和美ってさぁ』


 『それ、誉めてるの、貶してるの』


 『両方、っていうか、もっといいことに使ったら、その能力』


 『いいの、いいの、それよりダメかなぁ、このアイデア』


 『だって向こうの部屋片付けてないから、見せたくないのよ、それにベッドだってある

しぃ』


 『じゃあ掃除は手伝うから、それにベッドも収納タイプでしょ』


 『くぅーっ、本当に良く見てるわ、商売変えたら?』


 『いやよ、お仕事変えたら彼と会えなくなっちゃうでしょー』


 『あっ、そうかぁ』


 『バカなこと言ってないでさぁ、ねぇ、お願いしますぅ』


 和美はとうとう床に座り込んで頭を下げてる、ああ、これが人間のする土下座ってやつ

なのか。ふーん。といっても猫には同じ高さだから別にどうってことは無いが。


 『うわっ、やっ、止めてよー和美ぃ、そんなことしなくてもOKよ、OK』


 とうとう根負けしたようだな。


 『えっ、本当、本当に、うわっやったー、嬉しいーっ、藍っありがとうっ』


 和美が藍に抱きついてる、こいつらちょっと怪しいかも。


 『げっ、止めてよ、私にそんな趣味ないわよ』


 和美が離れてから真面目な顔をして。


 『私にもそんな趣味は無いけど、これが親愛の証ってやつよ』


 『はははっ、はぁーっ』


 こりゃ藍の完敗だな。で、バースデーパーティーだって。そんなに人が来たら参っちゃ

うよな、その日は一日外で過ごすことにしよう。藍、カレンダーに丸付けといてくれ。


 『それでねぇ、私が呼びたいの人はー........』


 おやおや、具体的な計画が始まったようだな。


 『うんうん、えっ、その人も呼ぶの』


 藍もやっと乗り気になったようだ。


 『でさぁ、料理なんだけど、季節的にはこういったのがいいかなと思ってるけど...』


 和美は持ってきたバッグから料理のレシピデータブックを取り出して、色々と説明を始

めたようだ。私の背中にあった手ももう無いし、では、朝寝の続きとしよう。おやすみ。



*2:PIT=パーソナル・インフオメーション・ターミナル/PDAと携帯電話の複合機

*3:オッドアイ/左右異瞳(瞳の色が異なる)のこと


つづく





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