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Log.2 類似母娘

 二人の話は延々と続いている。ミルクも飲んだし、毛づくろいでもして、あとは昼寝と

決め込もうか、と思ったとたん。


 『えーっ、そんなこと勝手に決めないでよーっ』


 んんっ、なんだ揉め事か、親子喧嘩か。


 『藍だって、父さんがすごく心配するのは判るでしょう』


 『でも酷いよ、こっちの仕事を辞めて帰って来いなんてさぁ』


 『あなた、この前帰って来た時に、たっぷり愚痴をこぼしてたでしょ』


 『うん』


 『父さんあれを聞いてたんだって』


 『ええっ、だってあの時、たしか父さんは気分よさそうに寝てたじゃない』


 『ちゃんとね聞こえてたらしいわよ、それでね、そんなに嫌なら辞めてこっちへ帰って

くりぁいいんだ、って、あなたがマンションに戻ってからぶつぶつ言ってたのよ』


 『あちゃあ、本当にどうでもいい事しか聞いてくれないわねぇ父さんて』 


 『それで、どうするの、藍』


 『どうする、ったって、私はまだ今のところで働きたいの、せっかくの研究職なんだか

ら、成果も出せないうちに辞められないわよぉ』


 『研究職ねぇ、で、あなたの会社って何作ってるの?』


 『あのねぇ、私が就職試験受ける前にさんざん説明させておいて、まだ聞くつもり?』


 『あらそうだったかしら、そんな古い話忘れちゃったわよ』


 『もぉ、いい加減なんだから、とにかくまだ辞めませんからねぇ』


 『それじゃ、ちゃんと自分で父さんに話をしなさいね、私は通訳じゃないんだからね』


 『へー、へー、仰せのままに』


 『まあーっ、まさか会社でもそんな言葉を使ったりしてないでしょうね』


 『ひ・み・つ』


 『本当に仕方のない娘ねぇ、そうそう、そう言えば葵が今度お見合いの写真を持って

来るって言ってたわよ』


 『はぁーっ、また葵おばさんのおせっかいが始まったのねぇ、答えはNOだって、母

さんから言っといてよ、藍は仕事一筋に生きています、って』


 『仕事一筋ねぇ、いつそんな娘に生まれ変わったのかしら』


 『今日からよ、今日から私は職務に専念する所存でありますぅ』


 『ふふっ、判ったわ、葵にはご丁重にお引取り願うから、あなたも毎日とは言わないけ

どね、こまめに連絡ぐらいしなさいよ』


 『はははっ、やりーっ、了解いたしましたぁっ』


 『またーっ』


 アハハハッと二人が笑い会ってる、なんのことやら、結局仲がいいんだよねこの母娘は。

この隙にソファーに戻って朝寝と決め込むとするか、掃除も済んでるし、もうクリーナー

でお腹を突付かれたりすることも無いだろう。ソファーへと移動しようとして伸びをした

時に茜に抱き上げられてしまった。ううっ、私はソファーに行きたいんだけどね。


 『ねぇ藍、ミュー少し痩せないかい?』


 『えーっ、そっかなぁ』


 毎日見てると判らないだろうからな。


 『ちゃんと面倒見てるかい?』


 『うん、今朝は寝坊したから、ちょっと遅れたけど、毎日ちゃんと食べさせてるよ』


 今朝だけかよ、と抗議の声をあげてみた。


 『ミャーオゥ』


 『ほら、ミューもそうだって言ってるでしょー』


 勝手に意味を変えて解釈しないで欲しいな。


 『だったら、良いけどね、あなたが一緒が良いって連れてきたのだから、そこのところ

を忘れないであげてね』


 やはり人間は多少古い方が話しがわかるし、情にも厚い。こうでなくっちゃ。


 『判ってるよ、この前だって一緒にお風呂に入れてあげたしぃ』


 ちょっと待て、私は風呂に入りたいとは言った覚えは無いぞ。それに加えて湯船にまで

入れようとしたくせに、あの時はとても怖かったんだぞ。


 『馬鹿だね、この娘は、猫はさっさと洗って、ポイッて放り出しておけば、後は自分で

勝手にやるものなのよ』


 それもどうかと思うな、濡れたままで風邪を引いたらどうするつもりだ。


 『はーい、でも洗った後ってふわふわふかふかしてて抱っこすると気持ちいいよねぇ』


 私を縫いぐるみと同じように扱って欲しくない、それに別に抱っこなんかされなくても

猫は生きていけるものだ。


 『それもそうね』


 うふふふ、って二人で笑っている、そういうことだけは気が会うのだから、この母娘は

始末に負えない。


 『まあミューのことは、あなたに任せたからちゃんと面倒見てやって頂戴ね』


 どっちが面倒かけてるやら。


 『それでね、真面目に聞くけど、本当に好きな人はいないのかい?』


 そら来たぞ、さっさと吐いて楽になったらどうだ。



 『うーん、もうちょっとね、もうちょっと気持ちがはっきりしたら、母さんに言うつも

りなの、だから暫く見逃してくれないかなぁ、だめ?』


 両手を合わせて拝んでる。


 『そう、気になる人がいることはいるのね』


 茜は少し心配そうな顔をしている。


 『大丈夫よぉ、いきなり駆け落ちしたりなんかしないからぁ』


 『当たり前でしょ、そんなこと、でもあなたからそんな言葉が出るということは、かな

りの重症だわね、図星でしょ』


 藍はしまった余計な事を言ってしまったという表情をみせている。


 『いいでしょ、これ以上追求しないから、その代わりに母さんだけには、こまめに教え

なさいよ』


 『へへっ、だから母さん大好きぃ』


 『もうっ、都合がいいんだから』


 茜は私を床へ降ろすとベランダの方へと歩いて行った。ふぅっ、やっと降ろしてもらえ

たか、じゃあソファーに行くとするか。もう一度ぐっと伸びをしてソファーへと移動する。


 『藍ーっ』


 『なあに母さん』


 藍は私の食器や湯のみなどを片付けながら返事をした。


 『あれっ、あそこに見えるのが駅だよねぇ、あのモスグリーンの建物』


 『そうよ、すぐ近くでしょう』


 『あらーっ、結構近いのねぇ、あんなに時間かかったのに』


 『母さん、また方向間違えたんでしょ』


 『........』


 『母さんてばぁ』


 茜はなにやらじっと見ている。


 『ねぇ、あの駅前の派手な建物はなあに』


 藍が片付けを終えて、ベランダに歩いて行った。


 『どれよ、ああ、あれはね色々な専門店とお食事の店のビルね、最近改装したばかりで

私もまだ行ったことがないのよね』


 駅前の派手なビル、ああ、あそこか、まだ塗料の匂いとかきつくて私はあまり近寄りた

くないので、少し離れて見上げたことがある。壁面の殆ど全面が強化ガラスで囲まれてい

て、ガラス自体にも特殊な加工がしてあるようで、見る角度で色々に輝いて見えるようだ。

ただ、反射率はかなり押えてあるので我々の猫の目でもそんなに眩しくは感じない。


 『あなたお昼ご飯はどうするの』


 『どうするって、母さんまだいるでしょ』


 『あなたの元気な顔見たからもういいわ』


 『そんな、あっさりと言わないでよ、そうねぇ、あのビルのお店も見たいしぃ、丁度い

いタイミングだから、ショッピングがてらお昼をあそこで食べない?』


 『そうね、私もちょっと興味があるわ、行きましょうか』


 『ね、ね、行こう』


 と、話がまとまって、二人は早速お出かけの準備をしている。こりゃ好都合だから私も

しっかり眠っておくことにしよう。では、ちょっと身体を丸めてリラックスしてから、舌

は出さないようにして。ん、何?、何故舌をチェックしてるのかだって?。以前、寝てる

時に舌が出てたらしくて、藍に遊ばれたという苦い経験があるからね。指の先で弾いたり、

たまに引っ張ったりされたら、とても寝てはいられない。ではお休み。


 『ミャーオーッ』


 のわぁーっ、誰だまた抱き上げたやつはぁ。


 『ミュー、あんたも一緒にいくのよぉ、帰りにその首輪のメンテナンスをして貰うから、

昨日案内が来てたからさぁ』


 あっさりと用意されていたケージに押し込まれてしまった。不覚、いつもなら簡単には

捕まらせないのに。このケージはポリカーボン製で周りが全て見えるわけだが、逆に周り

から見られるわけで、私としては覗き窓があって外から見られないやつの方が良いのだが。

うーん、なんだか落ち着かないぞ。


 『さっ、行こうかぁ』


 藍、いやに元気だな。ふわっ宙に浮く感じが、ぞわっと背中を走っていく、くぅっ鳥肌

が起ちそうだ。何?猫でも鳥肌というのかだって。猫肌とは誰も言うまい。落ち着けない

ままにケージの中をうろうろしてると。


 『ミュー、そんなに動いてたら持ちにくくて仕方ないでしょ、ちゃんとじっとしてなさ

いよぉ、でないと落っことしたりするかも知れないからねぇ』


 ちぇっ、相変わらず脅しのうまい奴め。このまま運ばれて行ったら、きっと近所の野次

猫共の噂話の格好の餌食になってしまう、ああ情けないぜ、まったく。仕方あるまい多少

はじっとしているか、しばらく寝た振りをしておこう。私は止むを得ず丸くなっていた。


 二人が部屋を出た後、藍は部屋の扉をロック掛けている。電磁キー方式なので簡単には

開錠されることは無いものだ。そして居住者専用エレベーターへと向かう、このマンショ

ンにはあとペット用の小さめのものとセキュリティガード専用の高速エレベーターがある。

セキュリティガード専用は警備会社とか警察が緊急用に使うもので通常の3倍の速度で各

階に到達できるらしいが、その加速性能のためかなりのGが掛かるので一般人には耐えら

れないものらしい。と、藍の部屋の隣にいるヒマラヤンが言っていたことを思い出した。


 居住者専用エレベーターに乗り込んでいくと。


 『何階へお越しですか』


 人工音声によるガイドアナウンスが響いた。藍が答える。


 『1階へ』


 『1階ですね、畏まりました』


 しばらくの間静寂が続いた。


 『藍、このエレベーターってなんとなく気色悪いわよねぇ』


 茜が小声で囁いている。


 『しぃーっ、母さんだめだよ』


 藍が茜を黙らせようとしたその時。


 『申し訳ございません、私は機能オンリーで設計されておりますので。』


 人口音声が答えた。途端に気まずい沈黙が流れ始めた、が。


 『1階でございます、足元にお気をつけ下さい。』


 『ありがとう』


 藍が答えた。


 『どういたしまして』


 藍が私の入ったケージを持ち代えながら、茜に目で合図をして1階ののエントランスホ

ールへと出ていく。茜も黙ったまま、それに続いている。やがてエレベーターの扉が閉ま

りきった、その時、二人は顔を見合わせて、ほーっと溜息を交わした後でクスクスと笑い

始めて、とうとうお腹を抑えて笑い出した。


 『アハハハッ、何よあのエレベーター』


 『クククッ、あのねっ、実はぁ何か学習機能がついているらしいんだけどね、以前住ん

でた誰かがね、変なことを教え込んだらしいのよ。それで何となく白々しい性格になった

みたいで、住んでる人はみんな知ってるから乗ってる間は余計な事を一言も喋らないのよ、

アハハハっ、おっかしいーっ、これで母さんも良く分かったでしょ』


 『ウフフフッ、そうね次からは静かにしてるわ』


 『じゃ、行こうかっ』


 『ハイハイ』


 何でもかんでも笑い飛ばせる母娘って、私は言葉もなく唖然としてケージの中で狸寝入

りを決め込む事にした。そこの人、突っ込まないように。


 あれっ、そういえば二人は外で食事をするって言ってような、おいっ、私の昼飯のこと

もちゃんと考えているのだろうなぁ。


 『ミャーオゥッ』


 『アハハッ、ミューも面白かったのぉ』


 違う、そんなことはどうでもいいから、私の昼飯はどうなってると聞いてるんだっ。


 『ミャーオゥッ、ミャーオゥ』


 『そうだね、早く行こうかぁ』


 ち・が・う・-・っ


 『ギャーオゥッ』


 『アハハハッ』


 人間と猫の間には永遠に相互理解などないだろうな............。



つづく


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