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プロローグ

毒にも薬にもならない作品…

 玄関で鍵の音がする、帰ってきたようだ。仕方がないので、玄関先でお出迎えとするか

それも私の役目ということで。


 『たっだいまぁー』


 相変わらず大きな声だ、だが嫌いではない、むしろ心地良いと私は思っている。


 ずかずかと大股でリビングへと歩いていく後姿に疲れが見える、もう週末に近いし仕方

がないだろう、今日は大目に見てやろうかとゆっくりと後からついていくことにした。


 リビングに戻って見ると、そこかしこに雑然と脱ぎ散らかされた、ストッキングに上着

にスカートなどなど、他人に見られないからといっても限度があるだろうに、最近の娘と

きたら、まったく親の躾を疑いたくなる。


 目の前では相変わらず着ているものを投げ撒くっている。やれやれ今夜は機嫌が悪く

なりそうだな。


 『ちっくしょーっ、あのスケベ課長めぇ、大人しくしてればいい気になりやがってぇー

だから、今日の飲み会はパスするつもりだったんだぁ、くっそう、今度お茶に睡眠薬でも

入れてやるぅ』


 おいおいそれじゃ犯罪だってば、これでは晩飯にありつくまで時間がかかりそうだな。

仕方なくソファーの端っこへと足を進めていく途中でむんずと体を捕まれて、私の同居人

の前に運ばれてしまった。


 『あいつねー、私のこの辺りをこんな風にしたり、こんなこともしようとしたのよぉ』


 同居人の手が私の体の弱い部分を這っていく、うわっ、たっ、たまらんくすぐったい。


 『やっ、止めろーっ、いくら私が猫でもして良い事と、悪い事の判断もつかないのかぁ

この酔っ払いがぁ』


 と、口を大きく開いて、抗議の声を上げるが、人間には


 『ギャー、フギャー』


 としか聞こえないらしく、我関せずとばかりに執拗な攻撃を仕掛けてくる、これはたま

らんとばかりに体を捻って脱出し、見事に着地となった、が。


 『痛ったぁ、なんで引っ掻くのよぉ』


 しまった、脱出の際に少々爪を出していたようだ、ここは退散するに限ると、速攻でオ

ーディオラックの下へと潜り込む。壁際までぴったりとくっついて、ほっとしていると。

反対側に同居人が顔を床につけて覗いてる。


 『ミュー、出ておいでぇ』


 ミューとはここの同居人が私に付けた名前である、同居人が「μ」と書いているのをちら

と見た事があるが、私にとっては文字なんぞ読めなくてもどうってことはないが、この名

前は少々気に入っている。


 『ミュー、晩ご飯だよぉ』


 そんな甘い声を出して呼んでもらっても、ハイそうですかと出て行って、どんな目に遭

うか判ったもんじゃない、私の経験からしてロクな事が無いに決まっている、が、しかし

お腹も空いてることも確かだ。


 『あっ、そう晩ご飯いらないのねぇ』


 足早にキッチンへと移動する素足が見える、まだ下着姿のままでいるのかと溜息をつき

ながら床にうずくまろうとした時、キッチンで缶詰を取り出す音がする、うぐ、こうなれ

ば出ていくしか仕方があるまい、何しろ私には缶詰をあける能力は無いのだから。すごす

ごと申し訳なさそうにうな垂れて、オーディオラックの下から出て行った時に、首根っこ

をぐっと捕まれてしまった。


 こうなってしまう猫というものは情けないもので、4つ足を差し出した状態でもがくこ

ともできない、そのまま、同居人の目の前に吊り上げられている。


 『へっへー、さっきはよくもやったわね』


 何を言うか、そちらが先に手を出したのだから、言うなればこちらは正当防衛のはずだ、

と声を上げてみるが。人間には


 『ニャー』


 としか聞こえない、止むを得まい、今夜は私の完敗ということにしておいて、晩飯にあ

りつくしか選択肢はあるまい。さてと、もう一声、可愛らしく鳴いておくか。


 『ニャーオ』


 『今頃、可愛いらしく鳴いても遅いわよぉ、罰として今日は一緒にお風呂に入るんだよ、

判ったねぇ』


 しっ、しまったぁ、私の脳裏にあの悪夢のような出来事が蘇ってくる。しかし体に力が

入らない。そのままバスルームに引き摺られるように連れて行かれて、扉をカチャリと閉

められた上に、先にバスルームにポイと放り込まれてしまった。自慢では無いが私は清潔

好きだから、毎日の毛づくろいを欠かしたことは無いし、トイレだって必ず人間用のとこ

ろでする習慣を身に付けている。


 危機感をつのらせ猛然と抗議をするべく


 『ミャーオゥ、ミャーオゥ、ミャーオゥ』


 と鳴いてみるが


 『うるさいわね、後で晩ご飯あげないわよ』


 ......酔っ払いは無敵だ。


 ......20分後。


 私は濡れそぼって、細く貧弱に見える体をふらつく足で支えながらリビングへと戻ろう

としていた、が、再び捕まえられバスタオルで体中を強く擦られる。もう暴れる余力も無

く、ただひたすら、この暴挙が終焉を迎えることを願って待っている。


 リビングへと移動して、やれやれと思ったのも束の間、低い機械の音と共に、熱い風が

私を襲って来た、たちまち逆立っていく私の体毛を容赦無く同居人の手がかき回していく。


 もういいどうにでもしてくれ。


 ....しばらくして


 『ミュー、ご飯よぉ』


 やった晩飯だ、いつものように椅子へ飛び乗り、そしてテーブルの上へと飛び移る。


 『はーい、お待たせぇ』


 もう同居人の声など耳に入らない。我ながら、あさましいと思いつつ、ガツガツと食べ

続けていたが、ふと同居人を見れば、頬杖をついて私をにこにこと見ているではないか。

ちぇっ、仕方があるまい空腹ではどんなにあがいても勝てる見込みは少ない、後日を期し

て今日は引き下がろうではないか。残りを平らげたところで別の皿が出されて..


 『はい、ミルク』


 うぅ、見透かされているようで何か気が引けるが、ここは素直に頂いておこう。それに

同居人は何か言いたそうだ。


 『なんで、あの人は私のことを見てくれないのかなぁ、嫌われてるのかなぁ』


 あの人とは、同居人が時折、独り言でつぶやいている、今期から配属転換でやって来た

という、あの男のことだろう。どうやら同居人はその男が気になって仕方がないようだ。


 何?、この同居人の名前は何だって?、同居人、そう言えば、名前、名前、あぁそうだ、

あい、という。何だ?、漢字で書けだと、猫に漢字もひらがなもあるものか。まあしかし、

これから知らないのも不自由だから教えてやろう。確か、同居人が手紙と呼ばれるものを

書いていた時に横から見ていたのだが、「藍」、確かこういう形だったと記憶している。


 ついでに私は三毛猫の雄である、ゆえに珍しいらしい、だったら少しは大切に扱って欲

しいものだ。何だ?、そんなことはどうでもいいって?、フンそれはお互い様だ。


 ぼやきは続いている。


 『今日だって、せっかく、お昼に隣の席に座ったのに、挨拶もしないでさっさと行って

しまうんだよぉ、俯いたままでさぁ』


 私に言われても困る。仕方が無い毛づくろいでもしていよう。


 うん?..俯いてるって?..その男が?


 私の同居人は猫として見た場合は大したものじゃない、何しろ耳は尖ってないし、ひげ

も、しなやかな尻尾も、闇夜に光る眼もない、が、人間としてまあ結構いい線ではないか

と思っている。たまに散歩がてら室外をふらふらしてるが、私の同居人より人間の基準で

いう美形の人間はそんなに見ないぞ。


 『あーん、切ないなぁ、片思いってさぁ』


 それは私の知ったことではない、が、ここはひとつ優しくしておいてやろう。


 『ミャーオゥ』


 と擦り寄ってみる。


 『ミューはいい子だね、優しいねぇ』


 これで多少は私の価値も上がろうというものだ。ん?、目から水が出ている舐めてみた、

ちょっとしょっぱい、泣いてるのか同居人。涙を拭って立ち上がって、私の食事用の皿を

洗い始めた、なんとなく寂しげな背中をこちらに向けている。黙っているのもなんだし、

床に飛び降りて、同居人のパジャマの裾に首を擦り付けてみた。


 『はいはい、もうお腹いっぱいでしょ、もう眠くなったのかなあ、もう少し待っててね』


 おやおや先程の威勢はすっかり影を潜めてしまったではないか、余程その男に参ってる

と思われる。


 『はーい、それじゃ、ベッドに行っててね』


 時計を見ると、別に私は時計を見ても見なくても関係ないのだが、午前零時を少し過ぎ

たところだ。同居人はリビングのソファーを壁面に収納させて、昇降式のベッドを床へと

降ろしている。そして、ベッドの端に腰を掛けて、おもむろにPCの電源を入れていく、

モニターに起動メッセージが流れていく。


 いかんな、どうもこういう動くものを見ると私の意識とは別のところで勝手に反応して

しまう、猫の悲しい習性といえばそれまでだが、なんとなくむずむずする。


 同居人は今日留守中に着信したものの中から必要なものだけを残して、あとはあっさり

と消去してしまう。相変わらずコンピュータウィルスがネットでは猛威を振るっているの

で、発信者が不特定のものやデジタル署名がないものは捨てられる運命にある。しばらく

して、PCをオフにした同居人が部屋の照明を消して、窓際のカーテンを開いて、外を眺

めている。


 『明日は天気いいかなぁ』


 多分明日は晴れるだろう、私の野生の勘ではそういうことになる。


 『おやすみ、ミュー』


 同居人は私をベッド上に乗せておいて、あっさりとベッドに横になってしまっている。

さてと、私もベッドのいつもの場所に移動して眠ることにしよう。


 ...........。


 『ウギャーッ....ミャーオゥ』


 『ミューどうしたの、あなた寝相が悪すぎるのじゃない、しょうがないわねぇ、明日も

早いのだから静かにしてよね』


 それゃないぜ同居人、あんたが足で私をベッドから突き落としたのだろうに、仕方がな

いなソファから落ちてた、クッションで眠ろう。


つづく




基本的に短編しか書けない初心者です。お気づきのことがあれば、遠慮なくビシバシ指摘してください。その時は涙目で拝見させて頂きます。

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