綺麗事を呟くあなたは綺麗だった
「路上生活なんてしてて楽しいの?」
「楽しいわけないっス。」
「…そりゃそうか。」
そう言うと、会話がしん…と止まった。
この人にどう思われても別に関係ない。
私はこの人の名前を知らない。まず女が男かすらもわからない。
「女ですか。男ですか。」
「……女だよ。正真正銘ね。」
少し悲しそうに呟くと、女の人は話し始めた。
「女であろうと男であろうとボクはボクだよ。」
「ふうん、綺麗事っスね。」
「綺麗事って、言うと気持ちいいんだよ。
ボクって良い人…!って思えんじゃん。」
「私は言う相手すらいませんが。」
自虐のように言うと、きょとんとしてからこう言った。
「ボクがいるじゃん、ね?」
「それも綺麗事。
貴女がずっとそばにいてくれるなんて保証ないっスよね。」
卑屈な私に少しおかしいと言わんばかりに口元を押さえてふっ、と笑いながら、
「何それ、ボクが裏切ると?」
「分かりませんよ?
人間っていうのは、気に入らないことがあればすぐ不貞腐れ、なんでもゴミ箱っスから。」
「なら、ボクは君のゴミ箱でありたいかな。」
「…面白いこと言いますね。」
そう言って、私のゴミ箱となってくれた彼女は、私の知らぬ間に亡くなった。
いつもくだらないことを延々と喋っていた公園付近のゴミ捨て場。
彼女は、この上なく苦しそうだった。
死んだ彼女は、全く綺麗じゃない。
逆だ。すごく汚い。
綺麗事を呟く貴方"は"綺麗だった。
─
私と妹は二卵性双生児。双子だった。
暗くて運動はできるけど頭が悪い=私。
明るくて勉強はできるけど運動音痴=妹。
そんな方程式ができてしまいそうなほど、対照的な2人。双子で能力が振り分けられたよう。そう、よく言われたものだ。
母親は自分の夢であった「医者」を子供に叶えさせようとした。
医者はとにかく頭が必要だった。
その時生まれた私たち。そこで愛すべきは妹だった。
「貴方は私の夢に要らない。」
「貴方の夢は叶える必要性を感じない。」
そう、何百回目かの親子喧嘩。まだ私が悪いだなんて思っていない。
まさか追い出されるなんて思わないだろう?
家なんかない。帰りたくもない。
野宿も嫌。汚いじゃない。
公園?論外よ。寒いし暑いわ。
お金はないけどホテルに行きたい。
あぁ、私はなんて我儘なんだろう。
醜い感情と否が応でも向き合わされたその生活。
そんな時、彼女は現れた。
「世界は君に頷かない。そして、君も世界のために何かできるわけじゃない。
だけどね、君は誰か1人を変えるには十分な素質があるんだよ。
それはボクも、世界中の生物は全員持ち合わせているんだ。」
綺麗事を言った。目がキラキラしてる。肌もツヤツヤ。本当、恵まれてる側が何を言ってるんだ。
「だから、何が言いたいの。」
「ボクは君を変えてあげたいの。」
その2ヶ月後。彼女は死ぬことになる。
どうやって死んだのか、どうして死んだのか。そんなの私には知ったこっちゃない。
ただ、私は、貴女のことを知りたいだけ。
原因不明。
最終的に事故死として扱われた彼女は、天国でどんな綺麗事を呟いているのだろう。
そんなことを考えてしまうほど、私は彼女に囚われている。
─
「何があったんですか…?」
小汚い小娘一人。
ゴミ捨て場を囲んだその場所は、「天宮真紘」の殺害(仮)現場。
「一人の女の子がね、亡くなったんだよ。」
そうすると、少女は目を真っ黒に染め上げ、涙を流すことはなく膝から崩れ落ちた。
目が泳いでいる。現実逃避もほどほどにしなければならないここで。
「その女の子って、黒髪で肌がツヤツヤで、目が輝いてる…男の子になりたい女の子ですか?」
「……そうだね。」
ジェンダー差別が世間的に「やめるべき」と訴えられた世の中にも、認めない人間はたくさんいる。
ましてや、自分の子供なら。
「女の子なのか。一緒におままごとしてあげるんだ。」
「男の子なのか。電車とか車とか乗り物、好きかな。」
どうしても、女の子ならこういうものが好き。男の子ならこういうものが好き。
そう思ってしまう。それが事実なのだ。
「君は、天宮さんのお知り合いですか。」
「知り合いという程でもないですよ。
彼女は、綺麗事好きな、私のゴミ箱です。」
「ゴミ箱…。」
「私は彼女がどうやって死んだのか。どうして死んだのかについては全く興味がない。
ただ私は、彼女を知りたい。」
彼女は絶対に私を裏切らないはずなのに。すぐにいなくなってこの世から消えた。
「詳しくお聞かせ願います。」
「天宮真紘。16歳。一人っ子。幼い頃に父親は他界。
母親はずっと彼女の男になりたい、という願いを叶えてはくれなかった。」
「……。」
「そこから帰らない日が続く。3ヶ月後、最後家に帰ってくる事なくご臨終だ。」
「彼女らしいですね。消えた後迷惑かけまいと死んでくるところとか。」
「貴方にとって、天宮真紘さんはどのような存在?」
「はは、バカらしい綺麗事ばっか好む変人。
だけど、れっきとした私の友達です。」
「…左様ですか。」
空を見つめた。
あの人の綺麗事ほど透き通った空を。




