第五章 第二十六話 前の改稿者の逃げ道
◆ Scene 1 草稿の海の中の一冊
語り神の庭には、木の他にも何かがあった。
白い石のような塊が、空間の端に積み上がっている。近づいてみると——それは本だった。
ただし、全部が途中で止まっていた。半分まで書かれたもの、一行だけのもの、最後のページが破られたもの。
「これは全部、改稿者が使った記録です」とセラフィナの光が言った。「この庭に来た者が残したもの」
レンは一冊を手に取った。表紙に、かすかな文字。
『第一改稿者の記録 アレン・マスカラード著』
(前の改稿者の……記録)
「見てもいいか」とレンは語り神に確認した。
「どうぞ」
「あなたに見せるために、残してあります」
レンはページをめくった。
◆ Scene 2 前の改稿者の記録
記録は几帳面な字体で書かれていた。前半は実務的な内容——どの設定を改稿し、どんな効果があったか。
しかし後半で、字が乱れ始めていた。
【アレン・マスカラードの記録 最終章より抜粋】
一〇三回目の改稿を終えた。影がまた濃くなった。
計算は合っている。あと数十回で、私はこの世界から消える。
それがわかってから、ずっと考えている。
「逃げ道」はあるか、と。
語り神は「代償は必然だ」と言った。書き換えるたびに消えていく——それは世界の均衡のための仕組みだと。
だが私はそれに納得できなかった。
纏めると——私は一つの結論に至った。
レンは次のページをめくった。字が、更に乱れていた。
【続き】
世界を「没」にすればいい。
改稿を完了させず、この世界を未完成のまま折りたたむ。
物語が完結しなければ、代償も完結しない——そう考えた。
語り神を説得しようとした。
「世界を一度終わらせてくれ」と。
語り神は拒んだ。
「この物語には、まだ終わりを決める権限がない」と。
【記録・終節】
アレン・マスカラードは最終的に単独で「没」の実行を試みた
方法:語り神の領域に侵入し、この世界の根幹設定を「削除」しようとした
結果:失敗——語り神によって阻止された
その後のアレンの記録は、この本には存在しない
「……消えた、のか。前の改稿者は」
レンは本を閉じながら言った。
語り神は静かに答えた。
「消えたのではありません」
「終わりの時が来た、だけです」
「彼が逃げようとしたことは——わかっていました」
「でも止めなかった。自分で気づくまで、待っていました」
(「自分で気づく」——何に?)
◆ Scene 3 ミラへの接続
「ミラが」とガルドスが口を開いた。「前の改稿者の記録を持っていたのも、そのためか」
語り神はゆっくりと頷いた。
「彼女の先祖が——アレンの記録を写しました」
「次に来る者が、同じ失敗をしないように」
「なら、ミラは最初から俺を守ろうとしていたのか」
語り神は答えない代わりに、もう一冊の本を宙から引き寄せた。
表紙に記されていたのは——ミラ・ケステルの名前だった。
【ミラ・ケステルの手記 第一章より】
帝国に仕えているのは、情報を集めるためだ。
次の改稿者が来たとき、すぐに見つけられるように。
そして——「逃げ道はない」という事実を、伝えるために。
アレンが間違えたのは、逃げようとしたことではない。
一人で抱えようとしたことだ。
次の者には、仲間がいてほしい。
私にできることは、その場を整えることだけ。
アリアが小さく言った。「だからミラさんは……最初から、私たちを——」
「試していたんじゃなくて、確認していたんだ」とレンは言った。「仲間になれるかどうかを」
【第二十六話 終】
⑮「最初の改稿者の逃げ道の試み」:完全回収
⑪「ミラが帝国側にいる理由」:次話で完全回収予定
前の改稿者の末路と、ミラの真の動機——繋がった
── 第二十六話「前の改稿者の逃げ道」 了 ──




