第四章 第二十四話 語り神の居場所と、第四章の幕
◇ 王宮 セラフィナの私室 ——翌夕 ◇
「語り神のもとへ——行くことは、できるかもしれません」
セラフィナがそう切り出したのは、翌日の夕方だった。
全員が揃っている場で、静かに言った。
「私は使者でした。一度だけ、そこへ行ったことがあります。場所は知っています」
エルンが「それは——いつですか?」と聞いた。
「語り神が原稿を止める直前に、私だけを呼んで『見守っていてほしい』と言われました。その時、一度だけ」
「それ以来、語り神はどこに?」
「居場所は、知らせ続けてくれています。今もまだ——そこにいます」
「ただ」とセラフィナが続けた。
「そこへ行けば、全てが決まります。語り神と向き合うということは——この物語の最後の頁に、自分で立つということです」
「それでも、行きますか」
誰も即答しなかった。
アリアが「皆さんの意見を聞きたいです」と言った。
ガルドスが「俺はどちらでも構わない。ただしレンが決めることだ」と言った。
エルンが「行きます。記録したいし——それに、語り神に直接聞きたいことがある」と言った。
セラフィナが「私は案内します。決めるのは皆さんです」と言った。
アリアがレンを見た。「レンは?」
レンは少し考えた。
「行く」
「根拠は?」
「前の改稿者の手紙に書いてあった。物語を放棄することは許されない、と。ならば——物語を書いた人間に会うべきだ」
アリアが頷いた。「では、行きます」
◇ 王宮 中庭 ——夜、独り ◇
夜、レンは一人で中庭にいた。
ベンチに座って、空を見上げている。月が出ていた。王都の夜は帝都より少し騒がしく、遠くから誰かの笑い声が聞こえた。
前世のことを、しばらく考えた。
編集者として最後に担当した原稿のことを思い出した。
深夜のオフィスで、締め切りを過ぎた原稿を読んでいた。作者は若かった。設定が詰めきれていなくて、世界の矛盾があちこちにあった。
何度も手紙を返した。何度も直させた。
そして——ある原稿を、ボツにした。
(あの原稿……世界観に矛盾が多すぎる、設定に無理がある、と言ってボツにした。作者はひどく怒った。俺も引かなかった。そのまま、絶交同然になった)
今思えば——あの原稿の世界観は、どこかこの世界に似ていた。
整然とした帝国。曲がった王国の街道。語り神のような存在。改稿者のような加護。
(気のせいかもしれない。でも……もし、あの原稿の作者が——)
その考えの先を、レンはそっと止めた。
まだ分からない。確かめていない。
(語り神に会えば——わかる。その時に考えよう)
「ボツにした原稿を、今ならどう直す?」
声に出してみると、夜風に吸い込まれた。
(……今なら、直せる気がする。この世界で覚えたことを使えば。設定ボックスを読めるなら、矛盾を一つずつ直していけば)
月が、静かに照らしていた。
◇ 出発の朝 ——第四章の幕 ◇
翌朝、一行は王都を発つ準備をした。
アリアが行き先を「セラフィナの案内する場所」と外交記録に記した。ガルドスが荷を確認し、エルンが帳面を新しいものに替えた。
セラフィナが全員の前に立った。
「準備はいいですか」
「いつでも」とガルドスが言った。
「行きましょう」とアリアが言った。
「楽しみです」とエルンが言った。帳面を抱えながら。
レンはその場に少しだけ残った。
王都の空を、もう一度見上げた。
青い空。帝都とは違う、少し雑然とした青さ。
(前世で俺は、他人の物語を生かすことを仕事にしていた。今ここで俺は、他人の物語の中に生きている。——そして今から、その物語を書いた人間に会いに行く)
「行くぞ」
ガルドスの声が聞こえた。
レンは歩き出した。
── 第二十四話 了 ──
── 第四章「神の原稿と、校閲担当」 完 ──




