第四章 第二十三話 影のない男と、仲間への告白
◇ 王宮 廊下 ——昼 ◇
気づかれたのは、昼食の後だった。
食堂から出たところで、アリアがレンの足元を見た。
廊下に午後の光が差し込んでいた。床に影が伸びている。ガルドスの影、エルンの影、セラフィナの影。
レンの影だけが——薄かった。
アリアが立ち止まった。
「レン」
「分かってる」とレンは言った。「今日、話す」
◇ 中庭 ——五人 ◇
中庭のベンチに、五人で座った。
午後の光が穏やかだった。噴水の音がしている。誰かが「では」と言う必要もなかった。皆が、レンを見ていた。
レンは少し考えてから、話し始めた。
「帝国で確認した。俺の紋が、通常比で八分の五か六まで減っている」
「……何が起きると、八分の一になる?」エルンが静かに聞いた。
「前の改稿者がそうだった。そのまま削除された」
誰も言葉を挟まなかった。
「改稿を続けるたびに、コストとして俺の存在感が削られている。消えることに——近づいていく」
【痕跡閲覧 ——改稿の紋 現状確認(告白時点)】
属性:世界改稿(改稿者固有加護)
状態:通常比 推定 八分の四〜五(低下継続中)
注記:以前より低下が進んでいる。改稿実行を行うたびに、減少が加速する。
アリアが口を開いた。
「やめてほしい。改稿を」
声が揺れていた。
「アリア」
「やめれば、止まるんでしょう。減らなくなるんでしょう」
「……止まるかもしれない。でも、止めた前の改稿者は、最終的に語り神に削除された。改稿を止めることは——物語を放棄することだ」
「でも」
「俺は、やめない」
アリアが俯いた。泣いていないが、泣きそうな顔だった。
レンはその顔を見て、初めて少し揺れた。
(アリアに泣かせたくない。でも……やめることはできない。それは俺じゃない)
「ごめん」とレンは言った。謝罪ではなく、ただの言葉として。
アリアが「謝らないでください」と言った。「謝られたくない」
「じゃあ何を言えばいい」
「……何も、言わなくていいです」
しばらく沈黙が続いた。
エルンが帳面を取り出そうとして、途中で止めた。
閉じたまま、膝の上に置いた。
◇ ガルドスの一言 ◇
ガルドスが立った。
全員が見た。
「……分かった」
それだけだった。
短すぎる言葉だったが、その重さは全員に届いた。
ガルドスはレンを見ていた。責めていない。怒っていない。ただ——受け取った、という目だった。
「お前が決めたなら、俺はついていく。それだけだ」
「……ありがとう」
「礼はいい」
エルンが帳面を開いた。
「俺も——います。どこまでも」
声が少し震えていた。でも手は止まらず、何かを書き始めた。「記録します。全部。レンさんがここで言ったこと、全部」
セラフィナが静かに言った。
「私はずっと、あなたのことを見ていました。改稿するたびに、紋が薄くなるのを」
「知ってた?」
「はい。でも——止める権限が、私にはなかった。今は……止めたいとは思いません。あなたが決めたことだから」
「ありがとう」
アリアがゆっくりと顔を上げた。目が赤かった。
「一つだけ聞かせてください」
「何」
「……消えることが怖いですか」
レンは少し考えた。
「怖い」
「それでもやめないんですか」
「ああ。前世でも——締め切り前日が一番怖かった。でも、赤ペン入れるのやめたことはない」
アリアが小さく笑った。泣きそうな顔のまま笑った。
「……なんですか、それ」
「俺もよく分からない。でも、そういう人間なんだと思う」
中庭に、噴水の音が戻ってきた。
五人は、しばらくそこにいた。
何も言わなくていい時間が、穏やかに流れていった。
── 第二十三話 了 ──




