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【短編】詠唱が全部レシピになる見習い契約魔導師ですが、なぜかみんなを笑顔にします〜契約魔導師のレシピ帖

掲載日:2026/04/18


「ヴェーラ! そっち行ったぞ!」

「ウキーッ!!」 

 

 所長に追われた魔猿は、私のローブの中に潜り込んだ。


「きゃっ! エッチ!!」

「ギャッ!!」


 思わず私はゲンコツで叩いてしまう。

 ぼとっと魔猿は私の足元に落ちた。


「ヴェーラ……顧客の大切なペットだぞ……」 


 頭を抱え悶絶している魔猿を見て、所長はため息をついた。


 私は契約魔導師のヴェーラ。


 国家資格を取ったばかりの見習い魔導師。

 ドミトリ契約魔導師事務所で働き始めてまだ二ヶ月。

 今日も今日とて、ドミトリ所長にくっついてペット魔獣の契約案件。


「すみません……所長……」


 すかさず所長は、左手に魔導を通し、魔猿の上で魔導陣を開く。

 私も左手をかざし、魔導を通して確認する。


《一つ、悪魔化しない》


 魔猿に刻まれた文言を確認する。

 鉄則の確認。


 その下の従順契約の魔導陣は薄れかかっていた。

 所長は素早くその上に新しく魔導陣を展開し、文言を力強く刻んでいく。


《一つ、名を呼びしものに従え、ドミトリの名において、従順の契約を行う》

「一つ、名を呼びしものに従え、ドミトリの名において、従順の契約を行う」


 魔導陣を刻むと同時に詠唱。

 文言が光りながら魔導陣に刻まれていく。


 さすが、速い……


「はあはあはあ……レオニードちゃん?」

「うきっ」


 そのとき、ふくよかで品の良い婦人が部屋に入ってきた。

 レオニードと呼ばれた魔猿は、目を輝かせてその雇い主を見つめた。


「レオニードちゃん!」

「うきぃっ!」


 魔猿はその婦人の胸に飛び込んだ。

 婦人は、ひしと抱きしめる。


「まあ、良くやった」

「はあ……」


 所長の顔にはレオニードに引っ掻かれた傷があった。


「……レオニード」


 その口角が上がる。

 それは軍の英雄の魔導師の名前だった。


「もう大丈夫です。従順契約を行いました」

「ありがとうございます。この子ったら急に暴れ出して、どうしたものかと……」


 以前かけられた魔導陣は薄れかけていた。


「この子は、魔導拒絶反応が強いのです」


 私は婦人に伝える。


「二年に一度は再契約をお願いします」

「分かりました……ごめんね、レオニードちゃん」


 私たちはその顧客の商人の豪邸を出た。

 次は街の食堂の魔オームだ。


「ヴェーラ、次はヴェーラにやってもらう」

「はい!」


 この日は事務所に来て、初めて魔導陣をかける予定だった。

 一軒目の魔猿は、凶暴すぎて断念した。


 だけど、次こそは。


 魔導バスを乗り継ぎ、丘の上の高級住宅地から中心街へと向かう。

 王都には魔導学院と研修で八年過ごしているが、寮と学院と研修先の往復で終わっていた。


 なのでバス路線も覚えないといけない。

 私の故郷の北の村にはバスなんてものはない。


 村の人たちは乗り合い馬車で、村の外に出ていく。


「ギャーッ!!」


 魔オームはその店の入り口で、通行人にクチバシを立て叫んでいた。


「ああ、やっと来たよ……」

「すみません、前の案件で手間取って……」


 店の中年の女将は、エプロン姿でオタマを持って待っていた。


「どうしたんです? 新しく契約をして欲しいとか?」

「いえね。突然、言葉をしゃべらなくなってね。代わりに通行人をつついて叫んで困ってるのよ」

「はあ……」

「ヴェーラ、やってみろ」

「はい」


 私は左手に魔導を通す。

 魔オームにかけられた魔導陣を開いて確認する。


《一つ、悪魔化しない》


 大丈夫。


〈一つ、一つ、名を呼びし者に、客に危害を、従え、与えるな、ア、アレクサンドルの名において、契約する〉


「これ、二つの魔導陣がひとつになっています」

「そのようだ。経年劣化だな」

「何歳ですか?」

「開店当初からいるという話だからね。かれこれ八十年は経つかしら」


 私はため息をついた。

 魔導陣自体もかなりの年代物。

 うちの故郷の師匠とそう年は変わらない。


「従順契約で良いですか? 所長?」

「構わない」

「分かりました」


 私は魔導陣を展開し、左手の指先で上書きをしていく。


《一つ、名を呼びし者に従え、ヴェーラの名において、従順の契約を行う》


 所長みたいに文言を刻んですぐの詠唱はできない。

 文言を確認してもらう。


「いいだろう」


 所長はうなずく。

 私は一字一句間違えないように詠唱する。

 間違えたらその場で魔導陣は霧散する。


「一つ、小麦粉に卵と牛乳を合わせ、薄く広げて、黄金色に焼き上げよ!」


 食堂とは別に香ばしい匂いが店先に漂う。

 魔導陣に文言が光りながら刻まれていく。


 私が詠唱すると、何故かいつも良い匂いが漂う。

 でも、私にはその理由は分からない。


「……また、料理か」

「え?」

「いや、なんでもない」


 魔導陣を確認する。

 きちんと刻まれている。


「魔導陣に契約を刻みました。もう大丈夫です」

「今の、ブリニのレシピね」


 食堂の女将が鼻を鳴らした。


「でも、フライパンの温度が一番大切なのよ」


 そう女将が言ったとき、通行人が店に入ってきた。


「良い匂い。この店からだ」

「なんか、お腹空いたわね。入っていこうよ」


 通行人が足を止める。

 次々と客が店に吸い込まれていくのを見て、女将は目を丸くした。


「で? 契約は? 何? あれで契約が出来たの?」

「ヒトツ、コムギニタマゴトミルクヲマゼアワセ、ウスクヒロゲ、オウゴンイロニ、ヤキアゲヨ!」


 魔オームが叫んだ。


「ぴーちゃん……?」

「ピーチャン! ピーチャン! オイシイオイシイ、オミセダヨ!」

「確かに……また喋るようになったわ」


 女将が首を振ったとき、店の中から女将を呼ぶ怒号が響いた。


「早く! 接客しろ! お前!」

「うるさい! ちょっと待ってなさい!」


 負けずに女将も叫ぶ。


「魔導師さま、ありがとうございます」

「ヒトツ、コムギニタマゴトミルクヲ、マゼアワセ、ウスクヒロゲ、オウゴンイロニ、ヤキアゲヨ!」

「お代をお支払いします」

「ヒトツ、コムギニ……」


 魔オームのピーチャンはレシピを叫び続けていた。

 所長はその様子を苦笑して見ている。


「所長……?」

「まあ、問題はないな」


 私のお腹が鳴った。


「ブリニか、食べていくか?」

「はい!」


 なんだか無性にブリニが食べたくなっていた。


「女将。我々もブリニをもらおう」

「魔導師さま! うちのブリニは自慢じゃないけど……絶品よ」

 

 私の魔導陣は、何故かは分からないけど、みんなを笑顔にする。

 お腹は空くけど。


「この詠唱……みんなレシピと言うのは何故なんだろう?」


 でも、不安になる。


「ヴェーラ」

「はい?」

「それ、多分な——」


 所長は少しだけ笑った。


「普通じゃない」


 でも、始まったばかりの私の契約魔導師人生。


 悪くないんじゃないかと思う。



最後まで読んでいただき、ありがとうございます。


この短編は、本編「契約魔導師のレシピ帖」の主人公ヴェーラが事務所に来てまだ二ヶ月のころのお話です。

所長の「普通じゃない」の意味、そしてなぜ詠唱がレシピになるのか——その答えは本編でだんだんと明らかになっていきます。

ヴェーラのちょっとおかしくて、でも本物の契約魔導師人生、よろしければ本編でもお付き合いください。


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『契約魔導師のレシピ帖』 https://ncode.syosetu.com/n8578ma/
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