【短編】詠唱が全部レシピになる見習い契約魔導師ですが、なぜかみんなを笑顔にします〜契約魔導師のレシピ帖
「ヴェーラ! そっち行ったぞ!」
「ウキーッ!!」
所長に追われた魔猿は、私のローブの中に潜り込んだ。
「きゃっ! エッチ!!」
「ギャッ!!」
思わず私はゲンコツで叩いてしまう。
ぼとっと魔猿は私の足元に落ちた。
「ヴェーラ……顧客の大切なペットだぞ……」
頭を抱え悶絶している魔猿を見て、所長はため息をついた。
私は契約魔導師のヴェーラ。
国家資格を取ったばかりの見習い魔導師。
ドミトリ契約魔導師事務所で働き始めてまだ二ヶ月。
今日も今日とて、ドミトリ所長にくっついてペット魔獣の契約案件。
「すみません……所長……」
すかさず所長は、左手に魔導を通し、魔猿の上で魔導陣を開く。
私も左手をかざし、魔導を通して確認する。
《一つ、悪魔化しない》
魔猿に刻まれた文言を確認する。
鉄則の確認。
その下の従順契約の魔導陣は薄れかかっていた。
所長は素早くその上に新しく魔導陣を展開し、文言を力強く刻んでいく。
《一つ、名を呼びしものに従え、ドミトリの名において、従順の契約を行う》
「一つ、名を呼びしものに従え、ドミトリの名において、従順の契約を行う」
魔導陣を刻むと同時に詠唱。
文言が光りながら魔導陣に刻まれていく。
さすが、速い……
「はあはあはあ……レオニードちゃん?」
「うきっ」
そのとき、ふくよかで品の良い婦人が部屋に入ってきた。
レオニードと呼ばれた魔猿は、目を輝かせてその雇い主を見つめた。
「レオニードちゃん!」
「うきぃっ!」
魔猿はその婦人の胸に飛び込んだ。
婦人は、ひしと抱きしめる。
「まあ、良くやった」
「はあ……」
所長の顔にはレオニードに引っ掻かれた傷があった。
「……レオニード」
その口角が上がる。
それは軍の英雄の魔導師の名前だった。
「もう大丈夫です。従順契約を行いました」
「ありがとうございます。この子ったら急に暴れ出して、どうしたものかと……」
以前かけられた魔導陣は薄れかけていた。
「この子は、魔導拒絶反応が強いのです」
私は婦人に伝える。
「二年に一度は再契約をお願いします」
「分かりました……ごめんね、レオニードちゃん」
私たちはその顧客の商人の豪邸を出た。
次は街の食堂の魔オームだ。
「ヴェーラ、次はヴェーラにやってもらう」
「はい!」
この日は事務所に来て、初めて魔導陣をかける予定だった。
一軒目の魔猿は、凶暴すぎて断念した。
だけど、次こそは。
魔導バスを乗り継ぎ、丘の上の高級住宅地から中心街へと向かう。
王都には魔導学院と研修で八年過ごしているが、寮と学院と研修先の往復で終わっていた。
なのでバス路線も覚えないといけない。
私の故郷の北の村にはバスなんてものはない。
村の人たちは乗り合い馬車で、村の外に出ていく。
「ギャーッ!!」
魔オームはその店の入り口で、通行人にクチバシを立て叫んでいた。
「ああ、やっと来たよ……」
「すみません、前の案件で手間取って……」
店の中年の女将は、エプロン姿でオタマを持って待っていた。
「どうしたんです? 新しく契約をして欲しいとか?」
「いえね。突然、言葉をしゃべらなくなってね。代わりに通行人をつついて叫んで困ってるのよ」
「はあ……」
「ヴェーラ、やってみろ」
「はい」
私は左手に魔導を通す。
魔オームにかけられた魔導陣を開いて確認する。
《一つ、悪魔化しない》
大丈夫。
〈一つ、一つ、名を呼びし者に、客に危害を、従え、与えるな、ア、アレクサンドルの名において、契約する〉
「これ、二つの魔導陣がひとつになっています」
「そのようだ。経年劣化だな」
「何歳ですか?」
「開店当初からいるという話だからね。かれこれ八十年は経つかしら」
私はため息をついた。
魔導陣自体もかなりの年代物。
うちの故郷の師匠とそう年は変わらない。
「従順契約で良いですか? 所長?」
「構わない」
「分かりました」
私は魔導陣を展開し、左手の指先で上書きをしていく。
《一つ、名を呼びし者に従え、ヴェーラの名において、従順の契約を行う》
所長みたいに文言を刻んですぐの詠唱はできない。
文言を確認してもらう。
「いいだろう」
所長はうなずく。
私は一字一句間違えないように詠唱する。
間違えたらその場で魔導陣は霧散する。
「一つ、小麦粉に卵と牛乳を合わせ、薄く広げて、黄金色に焼き上げよ!」
食堂とは別に香ばしい匂いが店先に漂う。
魔導陣に文言が光りながら刻まれていく。
私が詠唱すると、何故かいつも良い匂いが漂う。
でも、私にはその理由は分からない。
「……また、料理か」
「え?」
「いや、なんでもない」
魔導陣を確認する。
きちんと刻まれている。
「魔導陣に契約を刻みました。もう大丈夫です」
「今の、ブリニのレシピね」
食堂の女将が鼻を鳴らした。
「でも、フライパンの温度が一番大切なのよ」
そう女将が言ったとき、通行人が店に入ってきた。
「良い匂い。この店からだ」
「なんか、お腹空いたわね。入っていこうよ」
通行人が足を止める。
次々と客が店に吸い込まれていくのを見て、女将は目を丸くした。
「で? 契約は? 何? あれで契約が出来たの?」
「ヒトツ、コムギニタマゴトミルクヲマゼアワセ、ウスクヒロゲ、オウゴンイロニ、ヤキアゲヨ!」
魔オームが叫んだ。
「ぴーちゃん……?」
「ピーチャン! ピーチャン! オイシイオイシイ、オミセダヨ!」
「確かに……また喋るようになったわ」
女将が首を振ったとき、店の中から女将を呼ぶ怒号が響いた。
「早く! 接客しろ! お前!」
「うるさい! ちょっと待ってなさい!」
負けずに女将も叫ぶ。
「魔導師さま、ありがとうございます」
「ヒトツ、コムギニタマゴトミルクヲ、マゼアワセ、ウスクヒロゲ、オウゴンイロニ、ヤキアゲヨ!」
「お代をお支払いします」
「ヒトツ、コムギニ……」
魔オームのピーチャンはレシピを叫び続けていた。
所長はその様子を苦笑して見ている。
「所長……?」
「まあ、問題はないな」
私のお腹が鳴った。
「ブリニか、食べていくか?」
「はい!」
なんだか無性にブリニが食べたくなっていた。
「女将。我々もブリニをもらおう」
「魔導師さま! うちのブリニは自慢じゃないけど……絶品よ」
私の魔導陣は、何故かは分からないけど、みんなを笑顔にする。
お腹は空くけど。
「この詠唱……みんなレシピと言うのは何故なんだろう?」
でも、不安になる。
「ヴェーラ」
「はい?」
「それ、多分な——」
所長は少しだけ笑った。
「普通じゃない」
でも、始まったばかりの私の契約魔導師人生。
悪くないんじゃないかと思う。
最後まで読んでいただき、ありがとうございます。
この短編は、本編「契約魔導師のレシピ帖」の主人公ヴェーラが事務所に来てまだ二ヶ月のころのお話です。
所長の「普通じゃない」の意味、そしてなぜ詠唱がレシピになるのか——その答えは本編でだんだんと明らかになっていきます。
ヴェーラのちょっとおかしくて、でも本物の契約魔導師人生、よろしければ本編でもお付き合いください。




