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第3話 『星』

最終話になります!


 「……ダメだ。これじゃ、ただの鉄の塊を海面にぶつけるだけだ」


 カイは整備場の隅で、油まみれの設計図を睨みつけながら低く唸った。

 『鉄の卵』の構造は完成している。だが、肝心の「バネを弾けさせる速度」が足りない。今のままでは、あの分厚い海面に押し返され、再びこの暗い底へと沈んでいく。


「カイ、何が足りない……? あと何を作れば、いい?」


 ミラが焦燥に駆られた瞳で詰め寄る。その手は、連日の徹夜作業で震えていた。


「一瞬でエネルギーを爆発させる『起爆剤』だ。……ミラ、お前のじいちゃんの図面に、どうしても分からない箇所がひとつあったんだ。……ここ、中心核にある『星の心臓』だ」


「星の心臓……?」


それは孫であったミラでも聞き覚えのない言葉であった。

しばらく考えた後、ミラはハッとして、広場の中央で淡い光を放つ巨大な街灯を見つめる。この街の、たった一つの太陽。


「……あの街灯だ。あれがその心臓だ」


ミラがその言葉をなぞるように呟き、確信に満ちた瞳でカイを振り返る。


「カイ。あれは元々、じいちゃんが開発したもんなんだ。街のみんなには、ただの明かりだって説明して……。じいちゃんは、いつかこの日が来るのを分かってたんだ」



◇◇◇◇


 二人が広場へ向かう道中、住民たちの罵声が水圧と共に背中に突き刺さる。


「……カイ。あんた、本当は怖いでしょ」


 ミラが前を向いたまま言った。カイは、自分を追い詰めたあの灰色の空と、無機質なデスクを思い出した。


「……怖いよ。俺がいた場所は、誰もが『無理だ』って諦めることに慣れきった世界だったから。……だからさ、ミラ」


 カイは、震えるミラの煤けた背中を、強く叩いた。


「世界でたった一人、『宙』があるって言い張り続けたお前のバカさ加減が……今は、俺の唯一の希望なんだ」


 自警団の制止を振り切り、カイがスパナで外装をこじ開ける。青く輝くクリスタルを引き抜いた瞬間、街の灯がふっと消えた。完全な、漆黒。


「逃げるぞ、ミラ!!」


 怒号が飛び交う中を疾走し、二人は鉄の卵へと飛び込んだ。カイは震える指で、その青い心臓を船体の中心部へ叩き込み、レバーを引き抜いた。

 



圧倒的な衝撃───


内側から爆ぜるような加速度───




鉄の卵は、自分を押し潰そうとしていた「水圧」を上昇する力へと反転させ、蒼い監獄を切り裂く弾丸と化した。

 視界が真っ白な泡に包まれる。頭上の「偽物の天国」が、ガラス細工のように粉々に砕け散った。


───ザパァンッ!!


 大きな飛沫を上げて、鉄の卵が跳ねる。

 激しい水の音が消え、代わりに世界を支配したのは、澄んだ静寂だった。


「……ミラ。……おい、ミラ。生きてるか」


「い、きてる」


 隣でミラが震える手でハッチを押し開ける。二人は、吸い寄せられるように外へと這い出した。

 そこには、水なんてなかった。頬をなでる、冷たくて自由な「風」。

 そして、見上げた先。


「……あ、…………ぁぁ…………」


 ミラの喉から、押し殺したような嗚咽が漏れた。

 漆黒の夜空。そこには、水面の揺らぎに邪魔されない、圧倒的な密度で輝くダイヤモンドの飛沫があった。瞬きもせず、ただ永遠の静寂の中で燃え続ける、何万、何億という光の粒。


「……これが、お前が探し求めてた『そら』だ」


「これが、そら…………ぐすっ、ほんと、うに、あったんだ……!!


 ミラは煤けた手で顔を覆い、子供のように声を上げて泣いた。19年間、たった一人で叩き続けた鉄の音が、今、この銀河の輝きとなって報われたのだ。

 カイは、そんなミラの横顔を眺めてから、視界いっぱいに映り込む星々を見つめた。


(……ああ。そうか)


 胸の奥が、熱い何かに突き上げられる。俺がいた世界でも、星はあった。排気ガスに汚れ、街灯に掻き消され、誰も見向きもしなかった、ありふれた点。


けれど、今この場所で、命を懸けて『水』をぶち抜いた先に見る星は。

 

「……星って、こんなに……綺麗だったんだな」


 独り言のように、言葉が漏れた。

 かつて死に場所を探していた男は、今、この穏やかな波の揺れの中で、生まれて初めて「明日」が来るのが怖くないと感じていた。

 

 二人の「バカ」を乗せた鉄の卵は、星々を映す鏡のような海面を、どこまでも静かに漂っていった。


完結まで読んでくださりありがとうございました!

この物語はラストシーンの視界いっぱいの星空を二人が眺める場面は、この物語で一番書きたかった瞬間です。

2人の物語を楽しんで頂けたら嬉しいです。

また別の物語で会いましょう!

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