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第2話 二人のバカ

2話です!


「……はぁ、……はぁ……っ」


 肩を掴んでいた彼の指先から、強張った力がふっと抜けた。

 水底に響き渡った咆哮の余韻が、静かな青の静寂に吸い込まれていく。彼は我に返ったように視線を泳がせると、きまり悪そうに煤けた手で鼻の頭をこすった。


「……ごめんなさい。あんた、めずらしい格好してるし、へ、へ変なこと言うから……つい」


 彼はそう零すと、逃げるように足元の「鉄の塊」に向き直った。

 それは、高さ三メートルほどの歪な円錐形。表面は至る所が継ぎはぎの鉄板で覆われ、太いパイプや蛇腹状の奇妙なタンクが、まるで内臓を剥き出しにした生き物のように突き出している。


「それ、なんだ?」


「これ……は……じいちゃんの設計図から作ってる……『そら』に行くための……ロケット」


 ロケット。だが、俺の知る白い巨体とはあまりに形が違った。


「……なぁ、これ……本当にロケットなのか?」


 俺が知っているロケットは、巨大な燃料タンクと火を吹くエンジンを持つ。だが、目の前にあるのはただの重たそうな鉄の塊だ。

 俺は冷たい水の抵抗を感じながら、その鉄の塊を軽く叩き、隙間から内部を覗き込んだ。そこには、化学燃焼を起こすエンジンなど影も形もない。代わりにあったのは、鈍い光を放つ巨大な「バネ」のような螺旋装置と、水を溜め込むための「タンク」だった。


「当たり、前… 」


「……でもさ、これだと飛ばないぜ?」


 生前、物理学を専攻し、エンジニアとして摩耗するまで働いていた俺には、一目でわかった。これは、俺の知る「空へ昇るための構造」じゃない。


「え……で、でも! じいちゃんの設計図にはそう……」


「見せてみろ」


 俺は彼の手から泥のついた羊皮紙をひったくるように受け取った。染みついたオイルの臭いと、細かく書き込まれた異世界の数式。それを見た瞬間、死にかけていた俺の脳細胞が、エンジニアとしての本能を呼び覚ます。


(……なるほど。そういうことか)


 この「鉄の卵」は、外側の凄まじい水圧をあえて中に取り込み、溜めた力を一気に解き放つことで自分を撃ち出す装置なのだ。


「……ロケットっていうより、これは『超巨大なバネ仕掛けの弾丸』だな」


「ダンガン……?」


「お前のじいちゃんは、この重たい『水』そのものを、空へ昇るための踏み台に変えようとしたんだな。……ただ、これじゃまだ足りない。溜めた力を一気に爆発させるための『引きトリガー』……それがないと、ただの鉄クズだ」



 俺がそう告げたときだった───





背後の暗がりに、針で刺すような冷ややかな視線がいくつも突き刺さる。


「……また、あの『星憑き』が、バカな話を誰かにホラ吹いているよ」


「見るんじゃない。あんたにまでうつったらどうすんだ」


 現れたのは、淡い灰色の瞳をした住民たちだった。彼らの瞳には、かつて俺を追い詰めた世界と同じ、無機質な拒絶が宿っていた。


「……気にしないで。いつもの事」


 ミラは自嘲気味に肩をすくめ、慣れた手つきで設計図の端についた泥を払った。


 その横顔には、怒りも悲しみも浮かんでいない。ただ、嵐が過ぎ去るのを待つ石像のような、諦めに似た静けさだけがあった。



 ───ああ、この顔を知ってる。


 

かつての俺も、あのアスファルトの上で同じ顔をしていた。周囲の無理解に心を削られ、反論する気力すら失い、ただ透明な壁の中に引きこもって、自分が消えるのを待っていたあの頃。



 けれど、この青年は俺とは違う。

どれだけ嘲笑われ、石を投げられても、彼はこの薄汚れた「鉄の卵」を叩き続けてきたのだ。俺が投げ出した「明日」を、彼はこの暗い水底で、たった一人で繋ぎ止めていた。

 胸の奥で、冷え切っていた何かが熱を帯びて爆ぜる。気がつけば、俺はまっすぐに彼の瞳を見つめていた。


「俺はかっこいいと思うぜ。あんたを」


「え、?」


「何かに向かって夢中になれるのは才能だ。……俺には、……出来なかったことだからな」


 自嘲気味に笑い、俺は不器用に手を差し出す。


「良かったらでいいんだけどさ……俺にも手伝わせてくれないか?」


差し出した俺の手を、ミラは信じられないものを見るような目で見つめていた。

 この街の誰からも「バカ」と蔑まれ、たった一人で鉄を叩き続けてきた彼にとって、その言葉は「星」という言葉以上に非現実的な響きだったのかもしれない。

 やがて、彼は視線を伏せ、震える手でゆっくりと俺の手を握り返した。

 鉄を叩き続けたせいで岩のように硬く、無数の火傷の跡が刻まれたその手は、冷たい水底で唯一、確かな熱を持っていた。

 その熱が、掌を通じて俺の冷え切った心臓に直接流れ込んでくる。


「……ほんとう?…………手を貸して欲しい。おいらは、ミラ。この街じゃ『星憑きのバカ』って呼ばれてる」


「カイだ。俺は……ただの死に損ないだよ。自分の名前すら嫌いになるような場所から逃げてきた」


「カイ?……こっちの言葉で『海』だ。いい、名前じゃん……」


 彼は───ミラはニカッと、煤けた顔で笑った。その笑顔は、俺がいた世界で見飽きたどんな愛想笑いよりも、ずっと眩しかった。


「星を見たことがないおいら、星を捨てようとしたあんた。二人合わせりゃ、ちょうどいい『バカ』だね? ……おいらのガラクタに、あんたの知恵で命を吹き込んでくれよ」


「……ああ、任せろ。最高のバカになろうぜ、ミラ」


 かつて、あのアスファルトの上で全てを諦めた俺が、今、名前も知らない異世界の水底で、誰かの夢を支える「引き金」になろうとしている。

 光の届かない水の牢獄で、俺たち二人の『バカ』による「海面突破計画」が、静かに、けれど確実に動き出した。


ここまで読んでいただきありがとうございます!

何にでも夢中になれる人は誰でも素敵ですよね。

連日更新になります!次が最終話の予定です!

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