静水
「あそこが駐輪場です。」
ボク達は自転車で海岸沿いを通り、音楽ホールの東側にある銅像の隣の駐輪スペースに駐車した。
「よし!それじゃあ行ってきますか!」
ボクは自転車から鞄を取り出し音楽ホールの方へ歩こうとする。
「・・・。ねえ中島君。」
紗良が銅像の方を向いて中島君に質問する。
「あの像ってなに?何か着物着てるみたいだけど・・・」
紗良は銅像の方に関心があるようだ。
「ああ。あれは静御前ですよ。」
「静御前?静御前ってあの鎌倉の?」
「はい。それであってます。」
中島君は続ける。
「あまり詳しくはありませんが、鎌倉で自分の赤子を奪われた静御前は北条家に助けられ、ここ志筑で一条家に預けられます。そして、義経との別れ、子を失った悲しみ、鎌倉での悲劇によって傷ついた心を癒しながら、安らかに余生を過ごすこととなりました。まあこんな感じですかね?」
「へえ。悲しいお話だね。」
ボクは中島君の話に少し心にひびが入ったような気がした。
「この話ってなんだか私たちに似てるね。」
「似てる?先輩たちにですか?」
中島君は不思議そうに尋ねる。
「だって私たちも向こうでいろいろあって・・・・・・。父さん・・・。結衣の父さんの繋がりでこっちに引っ越してきて・・・・・・。それで…」
気付くと紗良の足元に水滴が落ちた跡ができている。慌てて紗良は顔を伏せて右手で瞼を擦る。
「紗良・・・。」
ボクは紗良の背中に左腕を回し、ゆっくり優しく撫でる。
「ごめんっ。なんかっ押さえらんなくなっちゃってっ」
「謝らなくていいよっ。大丈夫っ。大丈夫だからっ。」
気が付くとボクも目頭が熱くなり、視界が歪んで目の前が見えなくなっていた。
「っ・・・。なにっ?」
ボクは視界が歪んだまま目の前でオドオドしながら佇んでいる男の子の方を見る。
「えっと…・・・・・・。」
「ごめんっ中島君。先行ってて!っ後から行くからっ。」
「ああ、はい。じゃ、じゃあ先行ってますね。」
場の空気に順応できなくなった中島君は紗良に促され、先に荷物を持ってホールの方に走っていった。
はあ。変なとこ見せちゃったな・・・。何かだんだん目頭が熱くなって止まんなくなっちゃった。
「・・・・・・。結衣…。っ大丈夫?」
「うん・・・っうん。」
そっちこそ……そう言おうとしたけど言葉が喉の奥で突っかかる。代わりに左人差し指の付け根にどんどん水滴が流れ落ちるのが分かる。
「結衣。歩ける?」
声を震わせながら発せられた質問にボクは頷き、左手を紗良とつなぎながらホールへと足を進める。
まったく。今からだって時に何してるんだろうね。ボクは…。
これはボクだけの戦いじゃない。結衣、蒼、そしてパパとママが幸せに成るための戦いなんだ!それに中島君やミステリー研究部のみんな、それに警察の方々まで協力してくれている。絶対に勝つ!勝って幸せになってみせる!
黒く澱んだ川が流れを取り戻し、迷いという汚泥を押し流し始めた。




