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第6章 - 聖遺物と現実

光の届かぬ、黒水晶の街。そこに同じ材質の玉座があり、一体の人物が腰を据えていた。肌は磨かれた黒曜石のように艶めき、長い白髪が床に広がっている。彼の名はヴァレス。目を閉じ、世界の地脈に響く残響を“味わって”いた。


 遠い海の塩、山の鉄の香り――そして、突如として新しい味が差し込む。甲高く、鋭く、異物が混ざった叫びのような――


 人間の魔術だ。


「不安定だ……」彼は乾いた紙を擦るような声で溜息を洩らす。「相変わらず、粗雑だ」


 だがその粗雑さの下に、可能性を感じた。九つの、混沌とした、新しい魔力の痕跡。そのうち一つは妙に空白な領域で、欠陥を抱えている。


「――欠陥、か」薄い笑みが彼の顔を走る。「欠陥とは、実に利用しやすいものだ」

 彼は下僕の密偵に思考を送り、短く命じた。

「盤上に新たな変数。人間の城を観察せよ。欠陥のある人間どもを監視するのだ」


◆ ◆ ◆


 その夜は、誰も眠れなかった。


 塔の部屋に閉じ込められ、エララの「翌朝、夜明けからだ」という宣告が重苦しい沈黙となって壁に張り付いている。


「もう無理だ」ルーカスが毛布を蹴飛ばして呻く。「じっとしてられねえ。頭がおかしくなる」


「で、どうしろって言うの? パズルでもやる?」オリヴィアは天井を仰ぎながら冷たく返した。


「腹減った」ルーカスが宣言する。「あのポリッジ、糊みたいだった。でかい城なら厨房もあるだろ。ちゃんとした飯。パンとか、肉とか」


 俺は思わず起き上がった。「冗談だろ? 俺たち、囚人だぞ。扉の外には見張りがいる」


「だから?」ルーカスはあの、無謀で人を巻き込む笑みを浮かべる。「俺たちって英雄だろ? 英雄譚にコソコソするシーンがないと始まらないだろ。なあ、キョウ、タクミ、お前らも来いよ」


「――パトロール経路や内部防衛のマッピングには、合理的な機会だ」タクミは少し間を置いて言った。表情は真顔だが、目には好奇心が光る。彼も乗り気だ。


「信じられないほど馬鹿げてる」エマがベッドから言う。「捕まったらエララに何されるか……」


「どのみち、殺されるかもな」オリヴィアがため息をついて立ち上がる。「いいわよ。ただし刺でも刺さったら、コンドウのせいだからね」


「問題はこれだ」俺は重いオークの扉を示す。「外から鍵がかかってる」


 タクミが立ち上がり、ブーツから質素な食事用ナイフを抜いた。「少し……実験してた」彼は静かに言う。「俺の[ミミック]は行動だけじゃない。単純で非魔力的な物体ならコピーできるかもしれない。ただし、オリジナルを一瞬でも触れる必要がある」


「最高だな」ルーカスがにやりと笑う。「つまり衛兵に『鍵ちょっと貸してください』って頼めばいいんだな。楽勝だ」


「あるいは」タクミはルーカスを見る。「お前が陽動を仕掛ける」


 ルーカスの顔に狼のような笑みが広がる。「そうだ、陽動なら任せろ」


 五分後、ルーカスは拳で扉をドンドン叩きながら叫んでいた。

「衛兵! 衛兵! ネズミが出た! でけえネズミだ!」


 廊下の方からため息が聞こえた。「うるさい。寝ろ。こんな塔にネズミは出ん」


「本当だって!」ルーカスは蹴りを入れる。「牙が生えてる! ベラを食うぞ! 助けてくれ!」


 小さな覗き窓がスライドして、髭面の衛兵が不機嫌そうな顔で現れる。「うるさければ猿轡だ」


「ちょっと見てくれよ! そこにいるんだって!」ルーカスが隅を指差す。


 衛兵は不服そうに扉の閂を外し中へ入った。「嘘なら……」


 その瞬間、扉の近くに隠れていたタクミがわざと「つまずき」、衛兵の腰に下がる大きな鉄の鍵に手をかすめる。衛兵は「危ない」と突き飛ばすが、鍵は一瞬触れられた。


 衛兵は隅を睨み、ルーカスをにらんで出ていき、扉に鍵をかけた。「ガキどもが……」と呟きながら去っていく。


 俺たちはタクミを見る。彼はナイフを握り、目を閉じている。ゆっくりと、金属が歪む。まるで粘性のある液体のように流れ、形を変える。刃が短くなり、柄が太くなり、先端に鍵の歯が現れた。十秒かそこらで、衛兵の鍵の寸分違わぬ、鈍色のコピーが彼の手にあった。


「すげえ……」ルーカスが息を呑む。「ゾクゾクするほどクールだ」


「長くは持たない」タクミは緊張した声で言う。「行くぞ」


 月明かりの廊下を忍び、遠くで衛兵が咳をする度に俺たちは固くなる。案の定、ルーカスは鎧飾りにぶつかりかけ、オリヴィアが飛びついて兜の落下を防いだ。二十分ほどで、俺たちは道に迷っていた。


「こっちじゃねえ」ルーカスが言い、脇の狭い通路に引き込む。「厨房は地下だ。貯蔵の近く」


 埃っぽい螺旋通路を進むと、突き当たりに鍵のかかっていない木製の扉があった。


「当たりだ」ルーカスが囁き、扉を押し開けた。


 そこは厨房ではなく、小さな円形の礼拝堂だった。埃を被った彫像が並ぶ。だが、それらは獅子の神の像などではない。見慣れた顔立ちに思わず息を呑む。


「うわ……気味が悪い」オリヴィアがつぶやく。


 それは旧き英雄たちの像だった。しかも全員、明らかに日本人の風貌だ。古い侍風の鎧にファンタジー的な意匠が混じっている。それぞれの台座には名前が刻まれていた。


[英雄聖人 ワタナベ・ケンシン]

[魔導聖人 サトウ・エミ]

[剣聖 ケンジロウ]


 血の気が引く。 「ケンジロウ……軍曹の名前と同じだ」


「子孫か、あるいは彼に因んだ名か」タクミが台座の埃を指で払いつつ言う。「古い文化では聖名を付けることがよくある」


 俺の視線は部屋の中心に置かれた石の祭壇の、素朴な刀に吸い寄せられる。近づくと視界がチカついた――仲間が力を使うときと同じ現象だ。だがこれは物に対して起きた初めてのことだ。


[アイテム:草薙のクサナギノツルギ

[ステータス:休眠中、力の残響]

[調律:『第一の英雄』の血筋が必要]


「キョウ、大丈夫か?」ルーカスが肩に手を置いて囁く。


「……おい」俺の声は震えていた。「俺の……“画面”のやつが、剣に反応してる」


 皆が集まり、オリヴィアが訊く。「何て書いてあるんだ?」


 俺は読み上げる。

「『草薙の剣』。ステータス:休眠中。調律:『第一の英雄』の血筋が必要」


「クサナギかよ?」タクミの声が震える。「あの草薙の剣って、まさかの……。もし本物なら、第一の英雄が持ち込んだ物ってことかも」


 ルーカスはいつものように手を伸ばす。 「ちょっと触ってみようぜ――」


「ダメ!」俺は別の点滅を見て叫んだ。

「[警告:未調律。接触はソウルバーン(魂焼灼)を引き起こす]。触るな!」


 ルーカスは手を引っ込める。 「ソウルバーン? 了解。絶対触らん」彼は俺を見る。その目に、少しだけ敬意が混じっている。「キョウ、お前の“エラー”って、結構すごいな」


 俺たちは、灰色がかった夜明けに部屋へ戻った。心はぐちゃぐちゃだ。


◆ ◆ ◆


エララのブーツが、最初の陽光とともに扉を蹴り開けた。

「起きろ。立て、今だ」


訓練場は冷たかった。軍曹ケンジロウ、ライラ、ボーリンが威圧感を放ちながら待っている。

ケンジロウは、俺は身震いしながら気づいたが、巨大なタワーシールドを担ぎ、腰には重い鋼のメイスを下げていた。まさにタンクだ。


「昨日は評価だった」エララが、朝の空気を切るように言う。

「今日からは、力を持っていることと、武器であることの違いを学べ。組手をする。1対1だ。お前たちは勝てない。降伏してはならない。耐えることを学べ」


一人ずつ、徹底的に叩きのめされた。


ライラがタクミに向かう。彼は[ミミック]で彼女の構えを完璧に模倣した。だが彼女は微笑み、まったく別の流派に切り替え、タクミの見たこともない動きで三手で訓練用ダガーを彼の喉元に当てた。

「形は真似ている」彼女は囁いた。「だが、基礎が欠けている」


ベラは[エフェメラル・コンストラクト]を試み、盾を生み出した。

ボーリンはそれをただ一撃で破り、消えるのを待つことなく、彼女が次の盾を描く間にパッド付きのメイスで殴った。

「遅い」彼はぐっと吐き捨てた。


ハナとチェン・ユーは、ボーリンに対して連携を試みた。ボーリンは[フロウイングストライク]を防ごうとすらせず、三発の軽い一撃を受け流した後、チェン・ユーが[シャッターストライク]を放とうとした瞬間、ボーリンはハナのガードの内側に素早くすり抜けてリズムを崩した。二人の完璧なコンボは崩れ去り、彼は二撃で二人を非致死的に排した。


俺たちは、文字通り完膚なきまでに圧倒されていた。ついに残ったのはルーカスだけだった。


「コンドウ」エララが吠えた。「お前が最後だ。[バスティオン]。その障壁を盾だと思っているか? それは添え木に過ぎない。皆が失敗するのを見てきた。学んだことを見せろ」


ルーカスは砂の上で身体を固めた。目には反抗の炎が灯る。彼はただ「耐える」つもりはなかった。勝つつもりで来ている。


彼は踏ん張り、叫んだ。

「シールド・アップ!」


金色に輝く[運動エネルギー障壁キネティックバリア]が、これまでになく明確に、より固く彼の前に立ち上がった。彼は全てをそこに注ぎ込んでいるようだった。


「ケンジロウ軍曹、壊せ」エララが命じる。


だがケンジロウは突撃しなかった。彼は自分のタワーシールドを地面に叩きつけ、重いメイスを引き抜くと、低く野性的な咆哮を上げた。一歩、二歩と近づいてくる。ルーカスは鼻先で自信の笑みを浮かべ、衝撃を待った。


ケンジロウはただ盾を叩くだけではなかった。彼は最後の瞬間に、純粋に物理的で残虐な技を繰り出した。巨大なメイスを金色の障壁の中心に叩き込みつつ、同時に自分のタワーシールドで障壁の縁を強烈に打ち砕いた。完璧な、締め付けるような挟み撃ちだ。


相反する力が同時に、ルーカスの過剰に張られて硬直した障壁に襲いかかる。耐えられるものではなかった。


それは単に消えたのではない。内側へと爆発したのだ。


「ぐあっ!」


ルーカスが、本物の鋭い叫びを上げる。自らの障壁の金色の破片が胸や腕を刺し、彼は弾かれるように後方へ飛ばされ、短剣が手から飛び、砂の上に崩れ落ちた。胸を押さえて荒く息をする。


「ルーカス!」ベラが叫んだが、彼女は皆と同じく硬直して動けない。手を半ば上げたまま固まっている。


彼は荒く息をし、驚愕で顔が青ざめていた。胸元を見下ろし、震える手でそれを引き離すと、手のひらが血で覆われているのが見えた。鮮やかな赤が、既に上着の前面を染めている。


彼は恐ろしい、沈黙の問いかけを浮かべた目で俺たちを見上げ、それから目が白目を向くように虚ろになり、力なく崩れた。

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