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第5章 - 訓練と信頼

 ちゃんとした窓から差し込む朝日で、顔面を叩かれるように目が覚めた。

 そうだ、王様の“ご厚意”だ。金張りの檻――ベッドも洗面台も少しはマシになったが、俺たちは相変わらずエララ司令官の監督下にいる。

 昨日の謁見の緊張は消えるどころか、静かな室内の贅沢さがそれを逆に重く感じさせた。


 俺が起きたとき、クラスのほとんどが例の、アドヴィクがひびを入れた石のテーブルの周りに集まっていた。湯気の立つ粥の器と水のカップが並んでいる。英雄の朝食らしい。


「さて、エララの下での集中訓練か」

 ルーカスが、どんよりと粥を突きながら呟いた。「楽しそうだな。選択科目で拷問入門とかやるのか?」


「チャンスよ、ルーカス」

エマがすかさず返した。疲れは見えるが、口調は前向きだ。

「王が彼女を信頼している。私たちが有能だと示せれば――」


「有能って、何に対してだよ? もっと効率よく殺される方法を覚えるってのか?」

オリヴィアが嘲るように返した。


「内輪揉めしても仕方ない」

 アドヴィクが静かに言った。膝の上に手を置き、じっとしている。「エララが指揮する。これで力のことが分かるかもしれない」


「アドヴィクの言う通りだ」

 壁にもたれていたタクミが同意した。視線が、ふと俺に向く。

「ところで、キョウ。ゴーレムの時あれは“勘”じゃなかったよな? 正確に何をすべきか言ってた。何か隠してるんじゃないのか?」


 部屋が止まったように静まる。全員が俺を見る。タクミの直球は、殴られたように響いた。追い詰められた感じが胸を締め付ける。


「……わ、分からない」どもりながら答える。声が弱く響いた。

「言っただろ、ただ……何かが見えたってだけで……」


 オリヴィアが片眉を上げる。「ふーん。『何か』ね」


 張りつめた空気が今にも切れそうになったその時、ハナが口を開いた。普段どおり柔らかい声だが、驚くほど明瞭で、疑念を斬り裂く力がある。

「彼がどうやって知ったかは重要ではありません。私たちを助けてくれた。それを信じましょう」


 驚きの顔で皆がハナを見る。彼女は一人一人に目を配りながら続ける。黙していた力強さがそこにある。

「私たちは、一つにまとまるべきです。エララ司令官が何を求めても、一緒にやります。もう口論はやめて、派閥も作らない。ただの、クラス2-Kとして」


 チェン・ユーが隣で静かに頷いた。ルーカスやタクミも、ためらいがちに頷く。ハナの短い言葉が、いつの間にか俺たちの意思を一つにした。


 ――その時、鉄の閂が甲高くきしみ、扉が開いた。エララ司令官が鎧姿で立っている。表情は読み取れない。

「装備しろ。訓練、開始する」彼女の声は短い。


 ◆ ◆ ◆


 訓練場は以前と同じ、屋根付きの広い闘技場だ。床は砂で覆われ、石の柱が点在する。迎えたのは、マットブラックの鎧を纏った三人の精鋭だった。


「軍曹、ケンジロウ、ライラ、ボーリンだ」エララの紹介は素っ気ない。

 ケンジロウは重装の圧を放ち、ライラはしなやかな俊敏さ、ボーリンは安定した力強さを感じさせる。ケンジロウ――その名は明らかに日本風で、どこか古風だ。例の“旧き英雄”の壁画を思い出すが、エララは説明しない。


「今日、お前たちをテストする。自分のクラス名を言い、力が何かを説明し、指定された軍曹を相手に実演しろ」


 ルーカスが最初に出る。簡潔に[バスティオン]と説明し、ケンジロウの軽い一撃を[運動エネルギー障壁(キネティックバリア)]で受け止める。鈍い衝撃音がして、エララは短く頷く。


 オリヴィアは[ヒーラー]と名乗り、ケンジロウが意図的に入れた切り傷を緑の手当で塞いだ。効果を確認したエララは淡々と次を促す。「次、アドヴィク」


 アドヴィクは緊張しながら前へ出る。「あの、[マエストロ]。リズムで――何かを起こします」

「石を割ったな。力ではなく、制御を見せろ」エララは平坦に言い、ボーリンに命じて矢を放たせる。ボーリンの小型クロスボウが丸い先端の矢を三本連射する。アドヴィクは呼吸を整え、太ももで一定のビートを刻む。揺らめく音の壁が現れ、三本とも静かに止める。エララは「良し」と評する。「慌てるな。集中から安定は生まれる。次、ベラ」


 ベラはスケッチブックを抱え、震える指で言った。[アーティスト]。描いたものが現れる――「幻か?」とエララ。

「もっと…触れられる気がします。短い間だけ」ベラは囁く。ライラが瞬時に背後に回り、訓練用の短剣を突きつける。ベラは咄嗟に盾を描き、半透明のバックラーが瞬間的に現れて刃を弾いた。光の粒子となって消える――実体化する一時的な創造物だ。エララは興味を見せる。「有用。持続時間と限界を調べろ。次、タクミ」


 タクミは[カメレオン]と名乗る。「見た能力を模倣する」

 ケンジロウが複雑な防御シークエンスを示すと、タクミは動きを観察し、訓練剣で同じ流れを忠実に再現した。エララは渋く頷く。「再現度は高い。維持時間は?」

「不明です。多分、短い……一分くらいかと」タクミは答える。「仮説を検証せよ。次、ハナとチェン・ユー」


 二人は息の合った連携を見せる。ハナの[ダンサー]の動きが、チェン・ユーの[ファイター]の一撃を生む。ボーリンが盾を構える。ハナの指先が盾に三つの微かな紋章を残す。合図でチェン・ユーが拳を打ち込む。盾が受け止めると同時に、深い衝撃が響き、盾表面に蜘蛛の巣状の亀裂が走る。ボーリンが一歩崩れる。エララは満足げに小さく頷いた。「連携良し。強力だ。次、エマ」


 エマは[ディプロマット]と[誓約(オースバウンド)]を説明する。ライラ相手に精神的な影響を試みるが、最初は効果が出ない。彼女のマナが極端に減っているのが見える。俺は無意識に口パクで伝えた。「もっとシンプルに」エマはこちらを見て理解し、呼吸を整えて一点に集中する。短く命じる。「落とせ」――ライラの指が一瞬痙攣し、握りが緩む。すぐに戻ったが、それでも変化だ。エマは小さく安堵する。


 その瞬間、タクミが俺をまっすぐに見据えて言った。

「ゴーレムの時も今も。どうして分かった? キョウ、何を見てる?」


 心臓が跳ねる。再び全員がこちらを向く。俺は小さく、囁くように答えた。

「俺の画面には、エラーだけが出るんだ。[ERROR:ANOMALY DETECTED]。……力はない」


 エララが静かに近づき、冷たい興味を剥き出しにする。「だが助言はしていた。何が見えているのか、説明しろ」


 言葉が震える。「分からない。だが、奴らが力を使うと――時々、画面に余計な文字が点滅して見えるんだ。普段表示されてない、追加の説明とか、リソースとかが」


クラスにざわめきが広がる。

「余計な文字?」ルーカスが眉を寄せる。「どんなのだ? 俺のは『バスティオン』だけだぞ」


「お前のは……」俺は思い出すように呟いた。「『アビリティ:キネティックバリア』って表示された。エマのは『スキル:オースバウンド』と、あと『マナコスト』とか……」


 エマが息をのむ。「マナコスト? それだわ! 複雑な命令をしようとすると何かが減る気がしたの!」


 一斉に彼らは自分の表示を確かめ、また俺を見る。驚きと困惑が渦巻く。

「つまり、詳細が見えるのか?」オリヴィアが信じられないという顔で言う。「スキル名やリソースバーまで?」


「ああ」俺は力なく頷く。理解が肉体に突き刺さるようだった。

「待って…お前ら、見えてないのか?」静寂が辺りを包む。彼らはまるで別世界の話を聞かされているように俺を見つめている。


 ――彼らには見えていなかった。俺だけに見えていた。

 俺の“エラー”は壊れている証拠ではなく、余計なものが見えている証拠だったのだ。


 エララが片手を上げ、沈黙を命じる。彼女の目が細く、計算するように俺を捉えている。

「面白い」声が柔らかいほど危険である。

「実に面白い。異常(アノマリー)にも用途があるようだ。キョウ、その“目”がお前の武器になるかもしれん」


 彼女は周りを見回し、低く告げた。

「お前たちには可能性の片鱗が見える。荒削りで制御はされていないが、確かにある。――さて、ここからが本番だ」


 精鋭たちに合図を送り、彼らが一歩前に出る。圧が違う。エララは冷たく笑う。

「明日からは、ダミーや仲間だけで練習するわけではない。相手は、彼らだ。手加減はしない。制御、連携、そして失敗の代償を教え込む。戦場は二度は許さない。早く学べ」


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