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第4章 - 王と神官

 ウィスパーウッドからの帰り道は、長く、静かだった。

 エララ司令官に付き従う兵士二人は、俺たちから数メートル離れて歩いている。その距離がやけに深い峡谷のように感じられた。彼らの視線は時折こちらに刺さり、まるで俺たちを裏切り者、モンスターの味方だと言っているようだった。


 エララ自身は、石の壁みたいに無表情で何も語らない。彼女はただ黙って歩き、俺たちを不安の渦に置き去りにするだけだった。


 戻されたのは兵舎ではなく、城の別棟にある大きな円形の部屋だった。天井は高く、壁沿いにベッドが並んでいる。兵舎よりはよほど整っている。だが、背後で閂が重々しく締められる音はやはり同じだった。金箔を施した檻に移された――そういう感覚だ。


 衛兵の足音が遠ざかると、部屋の空気が一気に爆発した。


「マジで、あいつら信じられるか?」

 ルーカスが檻の中の獣みたいに部屋を行ったり来たりしながら叫ぶ。「子供を本気で殺すつもりだったんだぞ!」


「戦術的には危険な行動だったのよ、ルーカス」

 エマは腕を組み、冷静に反論する。「任務中だもの。感情で動くわけにはいかない」


「それで何をするつもりだっていうんだ? 子供を見殺しにするのか?」

 オリヴィアの声には怒りと軽蔑が混じっていた。


 口論が続く中、窓の方を見ていたタクミが振り返らずに淡々と言った。

「兵士たちは、俺たちが命令に背いたと見た。司令官は能力を目撃した。森には、俺たちにヒーラーがいると知る目撃者がいる。感情としては成功だが、戦術では大失敗だ」


「じゃあ、どうすればよかったんだ。見殺しにしろってのか?」

 俺はぶつけるように言った。


 タクミが振り返る。そこに、一瞬だけ共感が見えた。

「知らない。でも、ここでは『正しいことをする』だけじゃ生き残れない」


 その沈黙を破ったのはハナだった。彼女はチェン・ユーと並んで静かに立っている。

「彼の言う通り。問題は複雑」

 チェン・ユーが肩に手を置き、低く続ける。「でも、ルーカスの気持ちも間違ってない。放っておけなかった」


「仲間を守る」チェン・ユーの声は低く、揺るがない。

「今、重要なのはそれだけだ」


「我々はみんな同じ側にいるんだ!」

 アドヴィクが部屋の中央に出て言う。髪を掻き上げ、苛立ちを隠せない。彼は重い石のテーブルに腰掛け、指で複雑なリズムを叩き始めた。それは彼の神経を鎮める習慣だ。


 アドヴィクの指が刻むビートは徐々に早く、複雑になっていく。部屋の緊張と同期するように――そして、異変が起きた。


 石のテーブルから、低い唸りが響き始める。最初は気づかなかった。唸りは次第に増幅し、床の石にまで震えを伝えていった。


「アドヴィク、やめて」

 ベラが急に叫んだ。目を見開いている。


 しかし遅かった。アドヴィクが最後の一打をテーブルに叩きつけた瞬間――


 ドンッ。


 音の衝撃が物理的な波となり、俺たちを一歩押し戻した。石の天板に蜘蛛の巣のような亀裂が走る。部屋の空気が低く振動した。


 閂が外れ、半ダースほどの衛兵が剣を抜いて部屋に飛び込んできた。彼らは割れたテーブルを見、呆然と立ち尽くす俺たちを見、そしてアドヴィクの手を見て凍りついた。


 その背後から、エララが現れる。顔は冷徹な怒りで固まっていた。

「……何をした?」


 ◆ ◆ ◆


 一時間後、俺たちは城の見たことのない区画へ連行され、巨大な金張りの扉の前で足を止めさせられた。重装の衛兵に取り囲まれ、俺たちの心臓は冷たく沈むように縮んでいく。勢いのある驚きは消え、不安だけが胃をえぐる。俺たちは単なる反抗的な子供ではない。不安定で危険で、制御不能な存在だと烙印を押されているのだ。


 扉が開く。玉座の間の重い空気が、まるで塊のようにのしかかってくる。息をするのが窮屈に感じるほど濃密だ。高位司祭ヴァレリウスは玉座の脇に立ち、凍てつくような憎悪を帯びた顔をこちらに向けている。主座に座するのは、王――セロン・モリだった。額の金の冠が、その重責を物語っている。疲れ切った顔だ。豊かな衣を纏っているが、目には長く続く戦いに疲弊した色が映っていた。


 王の視線は怒りではなかった。深い悲しみと、心配が混ざったものだった。


 謁見は苛烈だった。

「兵舎での事件」という新たな材料を得たヴァレリウスの尋問は、以前よりもずっと鋭い。彼は俺たちを、感情に振り回される不安定な子供たちであり、神に等しい力を持つがゆえに王国の脅威であると断じる。


「命令に背き、敵を援助し、城の備品を制御不能の力で破壊した! 英雄ではなく、厄災だ!」

 ヴァレリウスの声は冷たく、断罪の鐘のように響いた。


 ルーカスが言い返そうとした丁度そのとき、王が片手を上げた。場がすっと沈む。

「そこまでだ、ヴァレリウス」静かだが、強制力のある声だ。王は玉座から立ち上がり、壇上を降りて俺たちの前に立った。


「彼らをこの部屋に移すよう指示したのは私だ」王の声には後悔が滲む。「わずかでも快適に過ごしてほしかった。だが、こうした場となってしまったことは残念だ」彼はアドヴィクを同情の眼差しで見た。「力が新しければ制御できぬのも無理はない。それ自体は罪ではない」


 そして王はオリヴィアとルーカスを見据えた。

「教義を前にして慈悲を示したことを、私は罰しない。そういう資質は、英雄のものだ」


 その瞬間、俺の視界が一瞬チカチカと点滅した。王のステータスが変わっている。

 [名前:セロン・モリ][クラス:王][ステータス:憂慮、疲労、**決意**]


 何かが、変わった。もはや単なる叱責ではない。


「だが、高位司祭の指摘も一理ある」王の口調が引き締まる。「お前たちは不安定だ。我々はこれ以上の過ちを犯す余裕はない」彼はエララ司令官を見た。「現在の訓練は不十分だ。実戦に出すには早すぎる」


 王は父の顔から王の顔へと戻り、決定を告げる。

「偵察任務は無期限に停止する」

「これよりお前たちはエララ司令官の直轄の下に置かれる。彼女が任務に耐えると認めるまでは、許可なく訓練場を離れることを禁ずる」


 王は最後に疲れた目で俺たちを見て言った。

「エララ司令官が、我々が必要とする武器へと鍛え上げるだろう。……生き延びることを祈る」


 それだけ言うと、王は玉座へと戻って行った。謁見は終わった。


 控えの間に連れ出されると、エララが待ち構えていた。その目には、新たな、危険な光が宿っている。

「王の言葉を聞いたな」彼女の唇に、ほとんど残酷と呼べる笑みが浮かぶ。「遊びは終わりだ。高位司祭はお前たちを欠陥品と見る。王は子供と見る。――だが私は、違う」


 彼女は俺たちを一人ずつ厳しく見回し、最後に俺を一瞥した。

「明朝から本当の訓練を始める。相手はゴーレムではない。私が誇る最強の精鋭部隊だ。お前たちの力の限界を見つけ、そしてそれを叩き壊してやる」

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