き え な い ゆ め
遥か遠い道を歩いて、丘の上に立つお城のような豪邸にたどりついた僕は、真新しいきれいなドアをノックする。
「お待ちしておりました」
そういわれて部屋に通されると、応接室では 青く思慮深い夢が待っていた。僕は彼を探していた。ずっと夢を求めていたんだ。
「遠かったでしょう。こんなところまできて、お疲れさまでした。どうぞお座りください。お茶でもいかがですか、それともお酒がいいですか」
夢は青く聡明なまなざしで僕をみると、そんなことをいう。お茶とか酒とか、それは僕にはどうでもいいことだった。僕はあわてて、自分がどんな思いで、どれだけの努力をしてここにたどり着いたのかを説明した。わかってほしくて、ずいぶん早口になってしまったけれど、夢中で思いを語った。夢は黙って話を聞いた。
「そうでしたか。それは大変でしたね・・・・」
彼は飾りのないやさしい口調で僕にいう。哀れなものを見るように。
「でも私は、あなたのものにはなれません。あなたのもとには行けない。だって、あなたには才能がないからね」
僕はまたあわてて彼に伝えようとした。僕がどんなに頑張ったか、どんな思いで夢をさがしたか。なんとしても、彼にわかってほしかった。
「そうじゃないんです。あなたが努力してきたことはわかっているよ。だってここまでたどり着いたのだもの。遊んでいたら、こんなところまではこれやしない。それは大変なことだったと思う・・・・だから残念だ」
彼の哀れみはいっそう深いものとなる。
「でもあなたには才能がない。だからあなたとは進めない。必要なものがないのだから」
僕が何も言えないでいると、
「努力と才能は違うんだ。私はあなたの夢ではない。あなたはあなたの夢を探しなさい」
彼はそういった。
僕は自分の夢を探すため、それからまた何年も旅に出た。
たどり着いたのは小さな鍛冶屋だった。
そこにいたのは 赤い夢だった。情熱的な夢だった。
僕が彼の家を訪ねると、彼はスコップで炉に石炭をくべていた。
「俺を探してたっていうのかい」
汗まみれの彼は、炉の熱で真っ赤になった鉄の棒にハンマーを打ち付ける。
「でもそれは間違いだよ」
打たれた棒は少しずつ薄く伸びていく。水につけるとジュッと音がして、炉に入れるとまた真っ赤に焼ける。
赤い夢がいう。
「おまえの情熱では俺には足りない。おまえと行けば俺が冷めてしまう」
僕がどんなに夢を求めて必死だったかを伝えても、彼はとりあわなかった。
薄く伸びた棒は、やがて鋭さを増してゆく。
「必死さと、情熱的であることは違うのさ。選ぶ夢をまちがえたな」
やがて棒は、剣となって完成した。
できあがったそれは強く美しかった。その剣をみて、僕はしばらくここにいたいと思った。彼の夢を感じてみたかった。
「おまえはここにいてはいけない。ここにいれば、俺がおまえを焼き尽くしてしまうだろう」
確かにそうだった。僕は彼と同じほどの、熱い情熱を持っていないことを認めるしかなかった。
「でも おまえのひたむきな心は好きだよ」
その場所をはなれるとき、暖かい言葉が聞こえてきた。
次に訪ねたのは、光り輝く黄金の夢だった。
僕が訪ねたとき、夢は車を磨いていた。
「残念だけど君とはいけないよ」
彼も教え諭すように僕に話しかける。
「だって君にはお金がないじゃないか」
僕は夢ばかりを追いかけていたから、お金なんて使い果たしていた。
彼はそんな僕を侮辱したり、しかりつけたりもしない。暗闇に光をともすように、ただ優しく教えてくれた。
「わたしはね。どんなに才能がなくても、とびぬけた情熱がなくても、自分のことを我慢して、こつこつと蓄えることのできる人と一緒にいたいんだ」
僕はそれを聞いて考えてみた。
もっともだと思った。大切なことだと思った。それが普通の夢だと思った。
僕は彼と握手をした。
「わたしはね、本当は君と一緒にいきたいんだ。何ひとつ得るものもないのに、ここまで頑張ってきた君と一緒にいたいと思っているよ。でもお金がないんじゃ、暮らしていけない」
僕と彼は、お互いに手を振って別れた。
悲しい別れだったけど、嬉しい出会いでもあった。
緑の夢は、わざわざ僕を探して、あいに来てくれた。
「ボクも君とは進めないんだ。ボクを活かせる知識が、君にはないからね」
彼は僕のことをすごく気にかけて、そばにいられるように、いろいろ考えてくれた。ずっと話しをしたけど、僕には彼の言っていることがほとんど理解できなかった。
夢ばかりを追いかけていた僕は、自分の知りたいことには詳しいけれど、みんなが知っているような、当たり前の知識はまるでもっていなかった。
「ほかの夢たちから君のことをきいたんだ。ボクのところまでは遠いから、あいに行ってやってほしいって」
一緒にいけないって断られたけど、あいに来てくれたことがうれしくて、僕は一生懸命お礼をいった。
その後も夢をさがしたけれど、それからはもう、夢にあうことはなかった。
長い時間が必要だったけど、僕はようやく夢をあきらめることを理解した。
太陽と月は、毎日交互に現れる。何度も何度も、何か月も、何年も。
あてもなく歩くうちに、空から冷たい雪がおりてくる。
今夜の宿をさがそうと、僕はそのちいさな家を訪れた。そこには 愛が住んでいた。
彼女は僕に食事を与え、会話を与え、寝るところを与えてくれた。朝になり、一夜のお礼を伝えて別れるとき、僕は一緒に来てほしいといった。
愛は答える。
「わたしはあなたと一緒には行けません。あなたは歳をとりすぎました」
考えてみれば、夢を追い求めるうちに、僕の人生はあといくらも残っていなかった。
彼女は言葉をつづける。
「魅力もありません」
返す言葉もない。
「昨日あなたと話していて思いました。歳をとっても、夢を目指したあなたには、魅力があったことでしょう。でもその輝きも、あなたには もうない」
はっきりそう言った後、彼女はもう一度笑顔をつくる。
「じゃあ、お元気で」
はきはきとした、若く魅力的な笑顔だった。
さいごの一日、僕は夢のことを考えていた。
僕はあきらめるために 夢を見たのだろうか。
才能がないと気がつくために 夢を見たのだろうか。
人生を無駄にするために 夢を見たのだろうか。
夢を見ることで、楽しいこともあった。
夢たちは、たくさんのことを教えてくれた。
もっと早くあきらめていたなら、違う道もあっただろうか。
でもできなかった。夢をなくしたら、その命はもう 僕じゃない。
僕には夢が必要だった。僕を必要とする 夢がなかっただけのこと。
とうとう僕は、僕の答えを手にいれた。
ひとりぼっちの草原で、両手を枕に星をみた。
冷たく風は体を刺す。
後悔はない。後悔しても いいのだろうけど。
今はただ深く眠る。
夢がかなった 夢をみながら。
了