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星の織りなす物語 Lethe  作者: 白絹 羨
第四章 仮初の女神、偽りの世界

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第六十話 白い影のなか

 夏の早朝、王都オルセリア東端(とうたん)

 夜の帳が薄く街を覆い、鈍色にくすんだ空の下、石畳と低い家々の隙間を砂塵を孕んだ乾いた風が静かに流れていた。地面にはまだ一夜の()えが残り、破れかけたテントがその吐息に震えている。眠る難民たちの布の波に、リナリアとルミナの細い影が寄り添い、静かな夢の淵に沈んでいた。

 その離れた場所で、クラウスとジークは、昨夜から所在の掴めなかった彼女たちの姿を探していた。低く垂れこめた曇天のもと、二人は膨れたテント群の間を縫い、慎重に歩みを進めている。

 クラウスは小声で呟いた。


「どこだ……昨夜は見失ったが……」


 ジークが肩をすくめ、ぼそりと呟く。


「まるで、家出娘を探す親父だな」


 クラウスは笑わず、眉間に深く皺を刻んだ。彼の眼差しは、一夜でさらに荒んだ広場を貫くように真剣だった。

 ようやく、炊き出し場の奥、ほつれた布の簡素なテントの隙間に、朝の光を受けて淡く咲いた花のような、薄紅の髪がちらりと覗いた。毛布にくるまれ、華奢な肩をわずかに動かしながら、リナリアはまだ夢の中にいた。ルミナはすでに気配を察し、体を起こし、半ば目を開け、じっとこちらを見つめていた。

 クラウスは、深く、ひとつ息を吐いた。


「……いた」


 声はごく小さかったが、そこには言葉にしきれない安堵の響きがあった。ルミナは座りながら毛布の中で身じろぎし、軽く瞬きをする。


「クラウス、ジーク」


 掠れた声で名前を呼び、ルミナは身体(からだ)を起こすと、リナリアは耳を澄ませるようにわずかに眉を動かし、静かに睫毛が震え、ゆっくりと瞼を持ち上げた。眠気の名残を滲ませた瞳が、光の中に現れる。彼女は何も問わず、ただ静かに周囲を見回した。

 クラウスはルミナに小さく頷きかけ、ジークは鋭い目で周囲を探る。

 その時、空気の密度が変わった。朝の靄を裂くように、金属の擦れ合う鋭い音が遠くから近づいてきた。王国兵と冒険者たちが、整然とした列を成して難民キャンプへと押し寄せる。鎖帷子が鳴り、槍の切先が冷たく光る。 彼らの顔には迷いがない。目的はただ一つ、命令の遂行。

 高官が乾いた勅令書(ちょくれいしょ)を掲げ、冷ややかに広場へと告げた。声は鋼のように無機質で、誰にも逆らう隙を与えない。


「本日をもって、この区域は王国の管理下に置かれる。炊き出し場、食糧庫、居住テント、すべて封鎖する。火災防止および疫病拡大の防止を目的とし、王国法第百二十七条に基づく措置である。以後、この地での活動には、王国の許可が必要となる」


 ざわめきが波紋のように広がり、誰もが耳を疑う。兵たちは命令を待たずに動いた。バリケードは重く押し倒され、テントは刃で裂かれ、鍋が蹴飛ばされ、煮えた湯気が甲高い音を立てて広がった。硬い食器が石畳を(たた)き、乾いた悲鳴のような音を散らした。

 女性の信徒が悲痛な声を上げる。


「それでは子供たちに食べさせるものがなくなってしまう! 王は、子供たちに飢えろと命じるのですか!」


 その叫びが引き金となった。難民たちの間に怒声が広がり、押し寄せる悲鳴と訴えが渦を巻く。広場は、一気に不穏な熱気に包まれた。

 高官は、それを待っていたかのように、わずかに口元を緩め、一歩踏み出す。声は静かだったが、その下に潜むものは明白だった。


「我々は暴力を望まない。代表がいるなら出てきたまえ。話し合いには応じよう」


 白衣の信徒たちは顔を見交わし、年配の男に近寄った。低く、誰にも聞こえぬよう囁く。


「これは罠です。リナリア様を誘い出すための」


 男は頷き、朝靄に濡れた白衣をまといながら、人波を押し分けて進み出る。高官の前に立つと、兵士たちが剣の柄に手をかけた。まだ抜かれてはいないが、広場の空気は、剣が抜かれる寸前(すんぜん)の緊張で満ちた。

 その一方、別の白衣の信徒たちが動き始めた。リナリアとルミナのもとへ身を寄せ、耳元に息を吹きかけるように囁く。


「そのままでいてください。移動します」


 リナリアは顔を上げる。中央に立つ年配の男、その背に宿る覚悟が目に映った。胸の奥に(いか)りと葛藤が渦巻く。だが今、感情に溺れてはならない。それを、彼女は誰よりも理解していた。

 クラウスが群衆の端からその様子を見ていた。無言でジークに合図を送る。ジークもまた頷き、懐から短剣の柄を確かめる仕草を見せた。


「……嬢ちゃん、下がるぞ」


 ジークが低く呟く。リナリアはルミナの手をそっと握り、静かに頷く。


「行こう」


 その声は、騒乱にかき消された。信徒たちは自然に動き、盾となるようにリナリアとルミナを包み込んだ。彼らの白衣が波のように揺れ、ふたりはその陰に紛れて広場の(ふち)へとすべり込んでいった。クラウスとジークもまた、すぐに続く。

 広場は荒れ狂い、声なき(なげ)きと怒声がぶつかり合っていた。倒れた鍋から熱気が逃げ、裂かれた布が破れた翼のように舞い、砕けた器が足元で乾いた叫びを上げている。それらすべてが、朝の薄明に濡れ、鈍い光を放っていた。


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