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第五話 時のゆらぎ、帰る場所

 扉が開かれると、ひんやりとした冷気が室内に流れ込んだ。フェレリエルとリナリアは、すっかり雪をまといながら戻ってきた。ローブや長靴についた雪をばさばさと払い、リナリアはぶつぶつと文句を言いながらコートのフードを振る。


「まったく、そんなに振り回したら雪が床に落ちちゃうわよ」


 フェレリエルが軽くたしなめながら、自分のローブをゆったりと壁掛けにかける。リナリアも真似をして、フードの雪を振るのをやめたが、床にはすでに小さな雪の水たまりができていた。

 エリオーネは静かにその様子を見つめていた。二人のやり取りは、まるで姉妹のよう。


「だから違うの! そういう意味じゃなくて!」


「ふーん、本当に? 雪の中から手を掘り出してたんでしょ? まさか、君の忠実なしもべでも見つけたのかしら? ほら、あの……薄気味悪いけど妙に愛嬌のある家族の話に出てくる、ちょこまか動く『ハンド』みたいなやつ!」


「違う‼そんなわけないでしょ‼」


「へえ〜? でも、雪の中で手を探してたのは事実よね。もうすっかり『手と親しくなる魔法使い』の称号が定着しちゃったんじゃない?」


「やめてー‼」


 フェレリエルの口元にはいたずらっぽい笑みが浮かんでいる。リナリアは顔を真っ赤にしながら、「そんな目で見ないで!」と睨む。だが、エリオーネが静かに咳払いすると、リナリアはハッとして、慌てて姿勢を正した。


「おかえりなさい、フェレリエル。ずいぶんたくさん買ってきたのね」


「ええ、もうしばらく行かなくても済むくらいに!」


「ふふ、それってつまり……どうせまたすぐに『ちょっと気になるものがあった』とか言って行くんでしょう?」


「えっ……それは……」


「ね?」


 エリオーネが穏やかに笑うと、フェレリエルは肩をすくめて苦笑した。リナリアは「確かに!」と頷きながら、フェレリエルが(かつ)いできた大荷物をどさりと床に置く。彼女が持ち帰る荷物の量には慣れているが、今回もなかなかの重さ。


「まあ、今回はちょっと面白い話を聞いたのよ」


 フェレリエルは荷物をほどきながら話し始めた。リナリアは興味津々で耳を傾ける。


「何々? どんな話?」


「んー……この前行った村の子、覚えてる? ほら、前にちょっと立ち寄った時に、木登りばっかりしてた元気な男の子。あの子がね、もう旅に出る年齢になったんですって」


「えっ⁉ついこの前まで、木登りして一緒に遊んだのに……!」


 リナリアの目が丸くなる。確かに、村を訪れたのはつい最近のこと。あの時は幼い少年だったはず。なのに、もう旅に出る年齢になったなんて——。


「ね? 私たちにとってはほんの数年、でもあっちでは十年、二十年が流れているのよ」


 フェレリエルは淡々と言うが、リナリアにとっては衝撃的。この森と外の世界では、時間の流れが違う。知識としては知っていたが、こうして実際に聞くと、改めてその違和感が身に染みる。


「なんだか、不思議……」


「不思議でも、これがこの森の時間よ。あなたも、外の世界に行ったら驚くかもしれないわね」


 リナリアは、外の世界のことを考えた。自分が成長する間に、外ではどれほどの年月が過ぎているのだろう。誰かの人生が、まるで風のように通り過ぎてしまうような感覚——。


「ねえねえ、それで、その子はどこへ旅立ったの?」


「それがね、なんと帝都よ」


「帝都!」


 リナリアの目が輝いた。帝都——遥か遠く、世界の中心とされる場所。かつて母もそこにいたことがあるのだろうか。思わず、胸の奥が騒ぎ出す。


 「……すごいなあ。いつか、私も行ってみたい……」


 フェレリエルは、そんなリナリアの姿を見て、優しく微笑んだ。


 「そうそう、リナリア、あなたにお土産があるのよ」


 「え⁉ お土産⁉」


 フェレリエルがごそごそとリュックの奥を探り、小さな包みを取り出した。リナリアは嬉しそうにそれを受け取り、中を開く。


 「これ……」


 そこには、美しく編み込まれたブレスレットが入っていた。淡い青の石が繋がれ、光を受けるたびに静かに輝く。


 「市場(いちば)で見つけたの。旅の安全を願うお守り、なんですって」


 「……ありがとう、フェレリエル!」


 リナリアはぱっと笑顔を咲かせ、ブレスレットを腕にはめる。どこかで、自分の未来と外の世界がゆっくりと繋がり始める気がして——それが嬉しかった。


「さて、荷物の整理をしましょうか」


 エリオーネが静かに促すと、フェレリエルは「そうね」と頷き、買ってきたものを机に広げた。リナリアも手伝いながら、目を輝かせる。


「これが塩で、こっちが干し肉で、それから……ほら! すっごく美味しそうなチーズも見つけたの!」


「相変わらず、食べ物ばっかりね……」


「えへへ、だって食べるの大事でしょう?」


 フェレリエルはいたずらっぽく笑う。家の中には、温かい空気が満ちていた。遠く、森の外では、別の時間が流れている。その流れの先に、自分が踏み出す日が来るのだろうか——。

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