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星の織りなす物語 Lethe  作者: 白絹 羨
第三章 風の眠らぬ国で

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第四十六話 デーモンの遺跡

 村の空気は、陽が高くなるにつれてゆっくりと乾きはじめていた。軋む荷車の音が何度も空に吸い込まれ、通りには忙しげな足音が重なっていく。商隊の荷馬車のうち、二台が先に出発し、村を離れていった。

 その様子を、井戸のそばから見送るように立っていたのは、隊長の男。積み荷を解かれた最後の荷馬車が、静かに広場の一角に残されていた。


「行くのか」


 リナリアがうなずくと、隊長は腰の革袋から銀の印章が押された小袋を取り出し、クラウスに手渡した。


「報酬の半分だ。残りは、無事に帰ってきたら渡す。……待ってる。こいつと一緒にな」


 彼は親指で荷馬車を示した。それを見たジークが肩をすくめるようにして言う。


「……いいのか? 戻るまでに三日、いや、もっとかかるかもしれないぞ。最悪、帰ってこないかもしれないんだ。おっさん、退屈で腐っちまうぜ」


 隊長は荷馬車に視線を落とし、片方の口角だけを上げた。


「それでも待つさ。お前たちが行くと決めたのなら、ここで迎えるくらいは俺の仕事だろ。……それに、村の子どもたちがあの馬に話しかけるのを楽しみにしてるんだ。そう簡単に離れちゃ、馬も寂しがる」


 その軽さは冗談のように見えて、言葉の奥には、送り出す者の覚悟が滲んでいた。そして、彼はどちらともなく笑ったあと、荷馬車のそばへ戻っていった。それを見送ってから、リナリアたちは遺跡のある北の山裾へと向かって歩き出した。

 道は森の縁をなぞるように延びていた。草の色は夏の気配を帯びはじめていたが、葉擦れの音は静かだ。クラウスは懐の地図を確認しながら歩いていたが、時折、木立の影をじっと見つめる。風が通るたび、ルミナの耳が揺れた。彼女は人目を避けるように森側に立ち、物音に対しては常に一拍遅れて視線を向けていた。


「ジーク」


 リナリアが歩きながら問いかける。


「魔導士団って、そんなに強いの?」


 リナリアの問いに、ジークは少しだけ歩を緩め、周囲の木々を見渡してから応じた。声には、単なる強さの話では終わらない何かが含まれていた。


「強いっていうか……やってることが普通じゃねぇんだ。どこかで聞いたことがあるかもしれないけど、帝国が今使ってる術式のいくつかは、五千年前のデーモン時代の遺産を基にした再構築術ってやつだ。失われた魔法の断片、壊れかけた術式、未解明の召喚円……そういう欠けた技術を集めて、無理やり現代の法則に嵌め込んでる。とっくに消えたはずの法則を、暴力的な手法で引きずり起こしてるようなもんだ」


「……そんな術式、安定しないんじゃない?」


 リナリアの声に、ジークは頷きながら苦く笑った。


「壊れたら止め方が分からない。どこまでが法則で、どこからが錯覚なのか分からない。それでも、帝国はやめない。理由は単純――力になるからだ。再現性が低くても、制御が不完全でも、相手を焼き尽くせれば意味はある。そうやって、帝国は遺跡を見つけては、そこに眠るデーモンの遺物を掘り起こし、新たな魔法体系を組み上げてる。各国はその遺物の質と量で、自分たちの優位性を保とうとしてる。王国も、他の諸国も、(おもて)では規制を謳いながら、裏では奪い合いだ」


「遺物が……武器になるから?」


「武器だけじゃない。『理』そのものだよ。遺物の持つ魔力や構造、それに付随する呪式(じゅつしき)の一部――そういったものは、単に術として使えるだけじゃなくて、新たな理論を生む土壌になる。だから帝国は遺跡を封鎖し、独占しようとする。調査団が消えようが、魔導士が死のうが関係ない。手に入れた知識と力さえ持ち帰れれば、それでいい」


 その言葉の重さに、リナリアは言葉を返せなかった。

 クラウスが黙っていたのは、知識の深さを計っていたからではない。彼はその先を見ていた。ゴーレムや術式だけではなく、それを使う者たちの意図と限界を。

 やがて彼は、前を向いたまま静かに口を開いた。


「つまり……観察するには最適な場所ということだね。常識が壊れ、理が再編され、感情が追いつかない速度で魔術が進化しようとしている。……そこに立ち会える機会なんて、そうそうあるものじゃない」


 ジークがやれやれと肩をすくめる。


「そう来るか。やっぱりお前、変わってるな。……けど、そういう目をしてる奴がいないと、この世界はどこかで壊れっぱなしになる気がする」


 クラウスの静かなひと言が、()の空気に知的な緊張を残したまま溶け込んでいったとき、ジークがふと視線を横へ向けた。


「ところでさ……ルミナ、お前はいつまでその姿でいるつもりだ?」


 少女の姿をしたルミナは、草むらに咲く小さな花を摘んでいた指を止め、くるりと身体(からだ)ごと振り返った。その顔には、からかうような微笑が浮かんでいる。


「……何か不満でもあるの?」


「いや、不満ってわけじゃねえが……」


 ジークは少しばかり言葉を選びかけてから、肩をすくめるようにして続けた。


「あんたが大人の姿で剣を抜いたとき。俺よりも鋭い踏み込みだった。……どう考えても、お前の方が護衛に()いてる。なのに、今じゃリナリアの隣で子どもの顔してるとはな」


 ルミナはくすくすと笑い、摘んだ花を両手で胸の前に差し出すようにして見せた。


「だって、私が大人の姿になったら――あなた、私を守ってくれなくなるでしょう?」


 その声音は、ふわりとした無邪気さに包まれながらも、どこか確信めいた含みを持っていた。

 ジークは一瞬だけ眉を上げ、それからわずかに視線を外した。口元に浮かんだ笑みは、苦笑というにはやさしく、皮肉というには甘かった。ほんのわずかに頬が引き締まる。だが、それを誤魔化すように鼻を鳴らし、いつもの調子で返す。


「それは……ずるい言い草だな」


「ずるい方が、あなたたちを守れるのよ。今の私が一番、リナリアのそばにいられるから」


 言いながら、ルミナはリナリアの手をとり、指先で自分の白髪をひとなでさせた。その仕草には、言葉を超えた繋がりが確かに息づいていた。

 ジークは黙ってその様子を見ていた。ルミナの姿が今だけのものなのか、それとも本当に彼女が選んだ在り方なのかは分からない。ただ確かなのは――この旅において、誰がどの立ち位置にいるかを、彼女は誰よりも繊細に理解している、ということだった。


 森を抜けると、遠くの丘の斜面に、赤と黒の布が風に揺れているのが見えた。帝国の魔導士団の旗が、谷から吹き上げる風を受けてひるがえる。その下にあったのは、粗く削られた岩と硬化した土が積み上げられて形成された、一体のゴーレム。

 灰色の塊は、四肢こそ持っているものの、関節には柔軟性が感じられず、粘土細工のように無理に形を整えられた跡が残っていた。胴体の中心には顔のようにも見えるくぼみがあり、わずかに刻まれた線が眼のような印象を与えていたが、それが見るためのものなのか、それとも単なる意匠なのかは判然としない。

 動きはない。陽に照らされたその輪郭は、むしろ動かないこと自体が意図された設計であるかのようで、見る者に不気味さよりも無言の圧を与えている。意思を持つこともなければ、自律的に考えることもできない。与えられた命令に従い、黙々と地を穿ち、岩を砕き、必要とあらば壁を作り、門を破る――そんな命令の器としての存在。

 丘の中腹にはいくつかのテントが張られており、軍服をまとった数人の兵士たちが集まっていた。何かを激しく口論しているようだったが、魔導士団の幹部と思しき数人が、その前で腕を組み黙っていた。視線の鋭さはまるで観察者であることを求めておらず、傍観を許さない種類のものだ。


「雰囲気が妙だな」


 ジークが立ち止まり、丘の斜面を覆うテント群と、その間を慌ただしく動く兵士たちを見つめながらつぶやいた。周囲には命令の声が飛び交い、兵が走る音に混じって、魔導士たちが誰かと口論するような声が漏れていた。規律というよりも混乱が前に立ち、組織された行動ではなく、どこか焦りに駆られているような雰囲気が広がっている。


「どうも……想定より戻れない状況が長引いてるみたいだな。これはただの探索じゃない。……もう、何かに巻き込まれてる」


 ジークの目が魔導士団の旗を横切り、その先の指揮用テントに一瞬だけ止まる。その入り口では、ひとりの幹部級と思われる魔導士が、帳簿らしきものを投げるように閉じ、誰かに命令を投げつけていた。


「命令系統も崩れてる。これは……表沙汰にできない何かが起きた後だ」


 リナリアはその言葉に頷いた。風が旗を撫で、近くのゴーレムの肩に積もった土埃がさらりと剥がれる。

 そのすぐ(そば)では、クラウスが夢中でノートを開いていた。彼はゴーレムの構造に惹き込まれたように、関節の接合部や胴体の中心にある模様らしき部分を丹念にスケッチしていた。


「この肩部の切り込み角度……支持点の調整が魔術的じゃない。これは、構築術というより粘土操作系の……いや、もっと前の術理に……」


 クラウスの鉛筆が走る。関節の角度、胴の模様……すべてを図像のように、夢中で書き留めていた。

 ジークがそれに気づいて肩をすくめる。


「おいクラウス、もう少し今の空気を読めると助かるんだが」


 クラウスは顔も上げず、黙々と線を引く。


「……君たちは目に映る現象を状況として処理する。けれど僕は、今この瞬間に現れている構造を記録するだけだ。……構造ってのはね、どんな混乱よりも正直なんだ。状況は変わる。でも仕組みは、ずっとそこにある。そこが、面白いんだよ」


「構造、ね……」


 ジークはため息交じりに言いながらも、その観察者らしい偏執的な姿勢に一分の尊敬を込めて視線を戻す。彼が見る混乱と、クラウスが見る静物は、たしかに同じ場所にありながら、まるで違う次元の話のように重なっていた。


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