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星の織りなす物語 Lethe  作者: 白絹 羨
第三章 風の眠らぬ国で

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第四十五話 初めての依頼

 陽が、まだ遠くの山の稜線を滲ませている頃、村の広場には、商隊の荷車が軋む音を残しながらゆっくりと動き、薪のくべられる香りが朝の空気を満たしていた。馬たちは鼻先で曇った息を吐き、隊商の者たちが最後の積み荷を整えるたびに革と金具の擦れる音が静かに交じり合ってゆく。

 その様子を、井戸の裏手に続く古びた石塀の上からリナリアは眺めていた。彼女の傍らには、少女姿(しょうじょすがた)のルミナが立っており、石塀に背を預けながら、朝露を弾く光のなかに身を沈めていた。白銀の髪が風にほどかれ、長い耳が時折ぴくりと動くたび、彼女の存在がここにあることを静かに告げていた。

 リナリアは何も言わず、ただ昨夜の火のぬくもりを記憶の奥から引き寄せているようだった。

 広場の向こうでは、商隊の隊長らしき男と年老いた村人が何かを話し込んでいる。言葉までは届かずとも、交わされる目線や手振りがただの交渉ではないことを、二人の体の傾きが物語っていた。

 やがて隊長がリナリアたちのほうへと向かって歩いてきた。革鎧は使い込まれ、陽に焼けた顔は歴戦の旅を語っているが、その足取りはしっかりと迷いがなかった。ジークがすでに塀の脇で背を伸ばしていたのに気づき、隊長は軽く頷いた。


「おはようさん。こんな朝っぱらから高いところで物思いかい?」


 朗らかにかけられた声の裏に、何か決めた者だけが持つ重さがあった。クラウスが立ち上がり、軽く会釈をして彼の正面に立つ。


「お前さんらに、ちょっとした話がある。いや、正確には頼まれごとだな」


「あの爺さんからか?」


 ジークが口を開くと、隊長はうなずきながら手で書類筒を叩いた。


「オルセリア王国の役人、()をユルゲン・オステン。昨日からこの村に立ち寄っていたらしい。俺たち商隊にも声をかけてきたが、さすがに調査団の救出なんぞやってる暇はない。けど――」


 ここで彼はジークを見やる。その目には、見込みを試す色があった。


「旅の途中、あんたと獣人の嬢ちゃんと軽く稽古してたとき、ちらっと剣の動きを見た。用心棒ってのは伊達じゃないな。ユルゲンも言ってたよ、力と見る目の両方を持った者を探しているってな」


 リナリアは少しだけ眉を動かしながら問いかけた。


「何を……見るんですか?」


 隊長は一度視線を落としてから、語気を抑えるように言葉を続けた。


「北の遺跡だ。古代に封じられたものが、今も眠るあの場所で……王国の調査団が消息を絶ったそうだ。だがそれを聞きつけた帝国の魔導士団が、何かを掘り返してる。現地を封鎖して、王国側の情報を一切無視してな」


 ジークが肩をすくめ、笑う気配と警戒を一つにしたような声をこぼした。


「俺たちが行って、帝国の顔色うかがいながら真相を探れって? 随分と上等な死に場所だな」


 隊長は真顔で続ける。


「報酬は出すと約束されてる。額面も悪くなかった。ただし、命の値段と比べりゃ、釣り合うかはわからん。……それでも、君たちならと思ってな」


 クラウスがゆっくりと口を開く。


「なぜ、王国は自ら動けない?」


「表向きは緊張状態の維持って(はなし)さ。実際は、帝国との戦火の火種を避けたいだけだろう。王国も無力ってわけだ。だが、旅人なら関係ない。……そう思ってるのかもしれんな」


 リナリアはルミナに視線を向ける。少女の姿をしたその存在は何も言わず、けれど確かにうなずいたように見えた。


「やってみてもいいかもしれない」


 リナリアの声は、昨夜の静けさを残しながらも、どこか温度を持っていた。

 ジークが片眉を上げて笑う。


「物好きな姫様だな。けど、悪くない。久々に、剣の出番がありそうだ」


 隊長は軽く顎を引いて荷車へと戻っていった。

 その背が遠ざかるのを見ながら、クラウスは眼鏡を押し上げ、ぼそりと呟いた。


「古代遺跡、封じられた魔術、帝国の魔導士団、そして消えた調査団……記録と現実の間で食い違う何かがあるなら、知りたくなるのが学者の(さが)だ。僕にとっては……少なくとも退屈しない旅の始まりに聞こえる」

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