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星の織りなす物語 Lethe  作者: 白絹 羨
第二章 魔法学校の神秘学者

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第四十一話 これから始まる旅のかたち

 朝霧が石畳に淡く残る帝都エルゼグラード。城壁を背にした広場は、出入りする商隊と旅人でざわめいていた。魔法都市の喧騒にまぎれ、ひと組の若者たちがその片隅に腰を下ろしていた。

 リナリアは黒い外套の裾を丁寧にたたみ、床に敷いた布の上に腰を下ろしていた。クラウスは隣で、荷物に寄りかかりながら無造作に座る。二人の目の前では、人々がせわしなく行き交い、馬車の車輪が音を立てて転がっていた。


「……本当に、あの二人で大丈夫かな」


 クラウスがふと、広場の向こうへ目をやりながら言った。ジークとルミナが行商の馬車を探しに出かけてから、もうしばらくが経っていた。


「交渉ならルミナが得意よ。……ジークは無口だけど、いるだけで値段が下がるわ」


 リナリアはそう言って、膝の上で手を組む。彼女の声には、どこか含みのある落ち着きがあった。まるで旅慣れた者の、それでいて人を信じることにどこか慣れていない者の声。クラウスは少しだけ身を起こし、リナリアの服に視線を落とした。


「その衣装、あまり見かけないよね。どこの出身?」


 リナリアはわずかに眉を上げ、しかしすぐに微笑んだ。


「東北よ。星霧(せいむ)の森って呼ばれてる地方。……聞いたことないかしら?」


「名前だけは……記録の中で見たことがある。けれど、君の声で語られると、紙の上の地図よりずっと近く感じるよ」


 クラウスが曖昧に答えると、リナリアは目を細め、少し空を見上げた。


「森と霧、静かな(かぜ)。木々のささやきみたいな祈りの声が、あの場所の時間を紡いでたわ。あそこではね、エルフのドルイドが神として崇められているの。自然を司る者、季節の導き手……そういう存在に、畏敬を込めて祈るのが日常だったわ」


 クラウスは頷きながら、その言葉を味わうように繰り返した。


「エルフか……本当にいるのかな。君を見ていると、なんとなく信じたくなるよ」


 その言葉に、リナリアは少しだけ視線を落とした。そして、ほんのひととき何かを思い出すように、唇を閉じたまま笑った。


「……フェレリエル。親しいエルフがいたの。私の……導き()。今思えば、あの人がいなければ、今の私はいなかった」


 クラウスは何も言わなかった。ただ、その横顔の沈黙に敬意を払うように、同じ方向を見つめた。しばらくして——。


「おーい!」


 人波の向こうから、ルミナの声が跳ねた。手を振って駆けてくるその後ろに、重い布袋(ぬのぶくろ)を抱えたジークの姿がある。ルミナは息を弾ませて走り寄ると、笑いながらリナリアの前で止まった。


 「馬車、確保したよ! オルセリア行きの商隊が昼前には出るって。食糧は積めるけど、あんまり重い荷物は無理だってさ」


 リナリアは、ルミナとジークを交互に見やり、ふと息をついた。


「いつの間にか親しくなっちゃって……」


 その声には、冷やかしでも、皮肉でもない、不思議な柔らかさがあった。


「……なじむ速度って、人によって違うものだけど。二人は、まるで昔から知っていたみたいね」


 クラウスが隣で微笑んだ。その瞳に映るのは、確かにまだ始まっていない旅の気配。そして、これから出会う運命の気配。石畳の隙間を、風がそっと撫でていく。遠くの鐘が、昼へ向かう時刻を告げていた。そのとき初めて、彼らの旅がほんの少し、輪郭を持ち始めた。

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