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星の織りなす物語 Lethe  作者: 白絹 羨
第二章 魔法学校の神秘学者

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第三十三話 魔導への階梯

 試験前の図書館は、依然としてざわめきに包まれていた。クラウスの周囲だけは、時間の流れが違っているように感じられた。リナリアの言葉が、頭の中に残響のようにこだまする。


 ——魂とは、感情を生み、意識を生むもの。


 その考え方には、直感的な説得力があった。だが、それを証明する(すべ)はない。意識の起源を辿るには、何か根拠が必要だ。そして今、クラウスの目の前には、それを示すかもしれない書物が置かれていた。

 二冊の本。経年による傷みはあるが、大切に扱われていたことがわかる。無造作に積まれているのではなく、意図的に並べられているのだ。彼女は、これをいつもここに置いている。毎日、ここで読んでいる。そして、彼女が今日話していたこと——それらが、ただの思いつきではなく、ここに書かれている内容なのではないか。


「それ……少し読ませてもらえないか?」


 思わず口をついて出た言葉に、リナリアの肩がわずかに動いた。長いまつ毛の奥で、薄緑の瞳がわずかに見開かれる。彼女はしばらくクラウスを見つめた。まるで、彼の本気を測るように。


「……読んで、どうするの?」


 静かな問い。クラウスは即答しなかった。自分が何を求めているのか——それを明確にする必要があった。彼女がただの気まぐれで本を貸すことはないだろう。


「君が話していたことを、もう少し深く知りたい。理論としての裏付けがあるのなら、それを確認したいと思った」


 リナリアは視線を落とす。考えているのか、それとも躊躇しているのか。彼女にとって、この本は特別なものなのだろう。単なる学術書ではない。彼女にとっての何かが、そこにある。やがて、リナリアはふっと小さく息を吐いた。そして、そっと本を掴むと、ゆっくりと二冊をクラウスの前へと差し出した。


「……いいわ。でも、乱暴に扱わないで。これは、とても大切な本だから」


「もちろん」


 クラウスは慎重に二冊の本を手に取る。表紙の質感を確かめるように指先でなぞった。革の装丁は傷ひとつなく、指先に馴染むほどの使用感もない。誰の手にも触れられぬまま、ただそこに在り続けてきた。ページをめくる前に、表紙に記された著者の名に目を落とす。


『フェリオラ・ウィンスレット』

『エリオーネ・ルヴェリエ』


 クラウスの指が止まる。心臓がかすかに跳ねる。


「この名前……フェリオラ・ウィンスレット。どこかで聞いたことがある気がするな」


 クラウスは記憶の奥を探る。フェリオラ・ウィンスレット——どこで聞いた?誰がその名を口にした?思考の糸をたぐるように、過去の研究記録を遡る。彼の研究対象はアンデッド。その起源、そして存在の本質を探るもの。アンデッドの研究は一筋縄(ひとすじなわ)ではいかない。資料は断片的で、学会では異端視される領域でもある。

 以前、父の残した研究資料の中に——『死の精霊との接触。』そんな記述があったことを思い出す。その中で、ある魔導士の名が記されていた。『フェリオラ・ウィンスレット。』——そうだ。彼女の名は、かつて死の精霊の研究を行った魔導士として記録に残されていたのだ。


「フェリオラ……死の精霊の研究者……?」


 呟いた言葉が、リナリアの耳に届く。彼女の表情は変わらないまま。


「君は……彼女の研究を?」


 リナリアは、しばらく口を閉ざしていた。しかし、やがて小さく頷く。


「……ええ。でも、まだ全部は理解できていないの」


 クラウスは、視線を落とす。ページをめくる指に、かすかな緊張が走る。この本の中に、何が書かれているのか——それを知ることで、彼は何を得るのか。そして、リナリアがこの本を読む理由とは。

 クラウスは慎重にページをめくった。本の背が軋む音がわずかに響く。いま初めて開かれたかのような真新しさがあった。紙の質は滑らかで、長い時を経たものとは思えないほど保存状態が良い。この時間のために存在していたかのように、長い眠りから目覚めた本。リナリアは無言でクラウスの様子を見守っていた。彼は深く息を吐き、目を走らせる。


『魂の理論は、いまだ仮説に過ぎない。意識の座とされるものは数多く存在するが、それらは概念としての定義にとどまり、実態を伴うものではない。』


 フェリオラの筆跡は、緻密で整然としていた。論理の流れを重視し、一文ごとに厳密な推論が積み上げられていく。難解な言い回しが多用されていたが、それは彼女の思考が一般的な魔法理論の枠を超えていたからだろう。クラウスは続けて目を滑らせる。


『魂は、魔法の根幹をなすものではない。少なくとも、従来の魔法理論においては、魂は単なる概念に過ぎない。しかし、意識の働きを考慮するとき、それが純粋なエネルギーによって駆動するものとは言い難い。意識とは、単なる魔力の発露ではなく、別の次元に存在する要素と結びついている可能性がある。』


 魔法の根幹は意識によるもの。それはクラウスも承知していた。しかし、フェリオラは『意識が魔法の根幹』ではなく、『意識が魔法と結びつくための何か別のもの』があることを示唆している。彼女の言葉を追ううちに、ページの端に記された書き込みが目に入った。


『意識とは何か?』


 問いが、読者に投げかけられている。クラウスは思わず眉を寄せる。意識とは何か。単なる感情や思考の働きではなく、それを発する主体があるとするならば——。彼は次のページを開いた。


『意識は、知覚と記憶の総和ではない。それを単なる情報処理の結果とするならば、記憶を失った者は意識を失ったことになる。しかし、記憶を失っても意識は残る。この点において、意識は知識や経験とは別の基盤を持つものである。』


 クラウスは息を呑んだ。意識とは、記憶ではない。では、それはどこに宿るのか?彼はペンを取り、思考を書き留めようとしたが、それよりも先に次の一文が目に入った。


『意識は、魂によって形成される。』


 クラウスの心臓が跳ねる。ページの端に、さらに追記されていた。


『魂は、意識の座であると同時に、意志の根源でもある。そして、それが魔力に作用する。』


 彼の研究とは、根本的に違う理論だった。彼はこれまで、魔力とは「意識が作用することで初めて形を成すもの」だと考えていた。この理論では魔力は魂そのものの延長にある。


『魔法とは、魂が世界と交わる現象である。』


 クラウスは、思わず本を握る手に力を込めた。魔法とは、意識が魔力を操るもの——そう教わってきた。だが、フェリオラは『魔法は魂が外界と接触する手段』だと定義している。

 クラウスの脳裏に、ふとアンデッドの姿がよぎる。彼らは、本当に意識を持たない存在なのか?一度死に、その肉体が朽ち果てても、何らかの力によって動き続ける者たち。それは単なる魔力の残滓によるものなのか?フェリオラの言葉は続く。


『意識の座としての魂は、魔力の構成と密接に結びつく。そして、魔法は魂と世界の間に橋を架けるものである。この関係を逆転させれば、魔法から魂の再構築が可能であるはずだ。』


 魔法から、魂の再構築——。クラウスはゆっくりと息を吐いた。魔法が魂と結びつくものならば、逆に魔法によって魂を形成できる。それが理論上可能ならば……アンデッドの魂はどうなっている?もし、魔法が魂の再構築を可能にするならば、アンデッドはその結果なのか?あるいは、未完の再構築なのか?彼はゆっくりと顔を上げた。


「……これは」


 リナリアがクラウスの視線を受け止める。彼女の指は、机の上の本の端をそっと撫でていた。


「君は……この理論を、本当に信じているのか?」


 リナリアは静かに目を伏せる。彼女の答えは簡単なものではない。だが、確かに彼女はこの本を信じている。そして、クラウスにこの本を見せたということは——。


「……フェリオラは、魂が魔法によって再形成できると考えていた」


 リナリアの声が静かに響く。


「もし、それが本当なら——アンデッドは、ただの動く死体なんかじゃない」


 彼女の言葉に、クラウスは深く息を吐いた。魔法とは、魂の作用。そして、それが可逆的に働くのならば——。クラウスの思考の中で、一つの答えが浮かび上がりつつあった。それが何なのか、まだ明確ではない。だが、一つだけ確信できることがあった。アンデッドとは、魂を喪った者ではない。魂を持ちながら、何かを求め続ける者たちなのではないか。クラウスは本を閉じ、リナリアを見た。

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